エビデンス全般

医療におけるデジタルトランスフォーメーション概説

日本政府が2022年6月に閣議決定した「骨太の方針2022(正式名称:経済財政運営と改革の基本方針2022)」は読まれましたか?

この骨太の方針2022には、医療分野におけるデジタルトランスフォーメーションを推し進めるための様々な記載が見受けられます。

具体例としては、次のようなものです。

  • オンライン資格確認の義務化
  • マイナンバーカードの普及による保険証の原則廃止
  • 電子処方箋の導入
  • 電子カルテの標準化
  • 総理を本部長とする「医療DX推進本部」を設置

本記事では、医療DXを取り巻く最近の動向を概説します。

また、国は医療DXを進めることでどのような方向を目指しているのか、民間企業への影響としてどのようなものが考えられるのかも論じます。

医療DXとは

そもそもDXとは

DXとは、Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)」の略称です。

2004年にスウェーデン・ウメオ大学のエリック・ストルターマン教授により提唱された概念です。

「IT(情報技術)の浸透が、人々の生活をあらゆる面で良い方向に変化させる」という考え方が根底にあります。

そもそもトランスフォーメーションとは、英語で「変化・変形・変容」を表す言葉です。

「デジタル化により社会や生活の形・スタイルが変わること」が、DXの辞書的な意味でしょう。

なお、よく言われることですが、DXを推進することは単に「変革」をもたらすことだけではありません。

むしろ「デジタル技術により既存の価値観や枠組みを根底から変えてしまう」、「革新的な変革、破壊的イノベーションをもたらす」というニュアンスが強くあります。

医療DXとは

厚労省は、医療DXを次のように定義しています。

医療DXとは、保健・医療・介護の各段階(疾病の発症予防、受診、診察・治療・薬剤処方、診断書等の作成、診療報酬の請求、医療介護の連携によるケア、地域医療連携、研究開発など)において発生する情報やデータを、全体最適された基盤を通して、保健・医療や介護関係者の業務やシステム、データ保存の外部化・共通化・標準化を図り、国民自身の予防を促進し、より良質な医療やケアを受けられるように、社会や生活の形を変えることと定義できる

出典:令和4年9月22日開催 厚労省 第1回医療DX令和ビジョン2030厚生労働省推進チーム

オンライン資格確認

医療機関・薬局において、患者が加入している医療保険を確認する業務を「資格確認」と呼びます。

現状では、患者の保険証に記載されている情報(保険証記号番号、⽒名、⽣年⽉⽇、住所など)を医療機関システムに手作業で入力する必要があるのがネックです。

手作業が発生することで、手間がかかる、患者を待たせてしまうといったデメリットが度度指摘されていました。

さらには、以下のような課題もありました。

  • 高額療養費の場合、保険者に限度額適用認定証の発行を求める必要がある
  • 患者が資格を失効した保険証を提示した場合、保険者に医療費を請求しても医療機関への支払いが行われない

ちなみに、オンライン資格確認とは『マイナンバーカードのICチップまたは健康保険証の記号番号等により、オンラインで資格情報の確認を行うこと』を指します。

これにより、次のようなメリットが期待されているところです。

  • 医療機関・薬局の窓口で、患者の直近の資格情報(加入している医療保険や自己負担限度額等)が確認できるようになり事務作業が削減できる
  • マイナンバーカードを用いて患者の同意を得た場合、医療機関や薬局は特定健診等の情報や薬剤情報を閲覧できるようになり、より良い医療を受けられる環境が整備できる
  • 健康保険証を用いてもオンライン資格確認システムを用いて確認が可能となる

実は、既にこの仕組みは2021年10月から本格運用がスタートしています。

オンライン資格確認の鍵を握るのは、様々な面からメリット・デメリットが議論されているマイナンバーカードです。

マイナンバーカードは、2022年8月14日時点で5,871万枚に交付されており、人口に対する交付枚数率は46.6%という状態です。

ただし、マイナンバーカードの健康保険証としての利用登録は1,704万件に留まり、カード交付枚数に対する割合は29.0%と低い普及率といえます。

また、医療機関・薬局がオンライン資格確認を行うためには、顔認証付きカードリーダーの導入が必要でありコストがかかります。

そのため国は医療情報化支援基金を創設し、医療機関・薬局のシステム整備を支援しています。

2022年8月14日時点で、顔認証付きカードリーダーを申込んでいる施設数は、医療機関・薬局の62.8%(約14.4万件)、実際にオンライン資格確認の運用を開始している施設数は26.8%、約6.1万件という状況です。

すなわち、利用者である国民だけでなく、サービスを提供する医療機関・薬局も含めて、双方の普及拡大が大きな課題と言えます。

厚労省は23年3月末までに概ね全ての医療機関・薬局でオンライン資格確認の導入を目指しており、同年4月からシステム導入を原則として義務化、オンライン資格確認による確認も義務化する予定です。

さらに、24年度中を目途に保険者による保険証発行の選択制を導入、最終的には保険証の原則廃止を目指すとしています。

また、オンライン資格確認を推進するための診療報酬上の措置として2022年4月から、オンライン資格確認システムを利用して患者情報を取得して診療した場合に算定できる仕組みが新たに設けられました(初診では7点、再診では4点)。

これにより患者負担が発生することが問題視されていたのも事実です。

このため、10月1日から従来の保険証よりもマイナ保険証を使う場合に患者負担が少なくなる仕組みに変更されています(通常の保険証の場合4点、マイナンバーカードを用いた場合2点、いずれも初診のみ算定)。

患者にとってオンライン資格確認が行われることで、以下のようなメリットが考えられます。

  • ▽待ち時間の短縮につながる
  • 自動受付により人との接触が最小限に抑えられる
  • マイナンバーカードを健康保険証として利用することで、転職等で新たな保険証の発行を待つことなく、1つのカードを継続的に利用できる

また、患者が同意すれば過去に処方された薬剤情報や特定健診の情報を医師や薬剤師と共有することができるため、多剤・重複投与の是正など適正使用に繋がることが期待できます。

地味かもしれませんが、医療情報の革命という意味では、この「薬剤情報や特定健診情報の医療従事者間の共有」こそが、患者にとって最大のメリットと言えます。

現時点でオンライン資格確認の意義やこうしたメリットが理解されていないことが、課題と言えます。

電子処方箋

電子処方箋は、オンライン資格確認の仕組みを基盤とした、「電子処方箋管理サービス」を通じて、医師・歯科医師・薬剤師間で処方箋をやり取りする仕組みで、23年1月から運用が開始されます。

医師・歯科医師が処方箋を電子処方箋管理サービスに送信、薬剤師が処方箋を薬局のシステムに取り込み、薬を調剤、その後薬局は調剤結果を電子処方箋管理サービスに送信するという流れになります。

処方箋が電子化されても、患者は調剤を受けたい薬局に処方箋を持参することができます。

また、処方された薬剤を知ることができることが求められます。

当然、データの盗聴・改ざん等が行われないよう、高いセキュリティが求められます。

そのために、電子処方箋は「電子処方箋管理サービス」を構築して運用されます。

運用体制としては、オンライン資格確認システムを運用している「社会保険診療報酬支払基金」と「国民健康保険中央会」に電子処方箋サーバーを設置し、電子処方箋の管理・運営を行うというものです。

(出典:「電子処方箋 概要案内」(厚生労働省))

電子処方箋は、オンライン資格確認のシステムを基盤とするため、オンライン資格確認を導入していることが大前提となります。

厚労省はオンライン資格確認と同様、電子処方箋普及に向けた数値目標を設定しています。

具体的には、オンライン資格確認システムの導入施設に対しては、以下のようなスケジュールが目標として立てられています。

  • 2023年3月末: 7割程度
  • 2024年3月末: 9割程度
  • 2025年3月末: おおむね全て

また、レセプトコンピューターや電子カルテシステムなどの改修が必要となるため、補助金を用意し早期導入を後押ししています。

患者が電子処方箋を選択した場合、医師、歯科医師、薬剤師は、電子署名が必要になります。

運用開始時点で使用可能な電子署名は、HPKI(Healthcare Public Key Infrastructure、保健医療福祉分野の公開鍵基盤の略称)と呼ぶ厚労省が認めた電子証明書で、HKPIカードは日本医師会、日本薬剤師会、医療情報システム開発センターがカードを発行しています。

22年7月末現在、カードを持っている医師は2.2万人に過ぎません。

また、日本薬剤師会は、申請受付けを停止中ですが、電子処方箋運用開始に向け、多数の申請に対応するための体制再構築を行っています。

厚労省の数値目標から、全薬局の7割、42,000薬局が対象となるため、1薬局当たり2名の薬剤師がHPKIを取得できる84,000枚の発行を目標として審査体制の整備を進めています。

電子処方箋が普及することでどのようなメリットがあるでしょうか。

まず、医療機関・薬局のメリットとしては、患者が処方・調剤された薬剤について、複数の医療機関・薬局をまたいで直近のデータを含む過去3年分の薬剤データが閲覧できるようになります。

これにより現在治療している疾患だけでなく併存疾患、疾患の程度等が把握できるようになります。

また、複数の医療機関や薬局で受診・調剤を受けている患者に対し、「電子処方箋管理サービス」でチェックすることで、処方・調剤する薬剤が重複投与や併用禁忌にあたらないかを確認することができ、質の高い診察・処方・調剤に繋がることが期待できます。

薬局では、電子処方箋管理サービスから処方箋データをシステムに取り込むことができるため、処方内容を手入力する作業が軽減、入力ミスの軽減も期待できます。

また、紙の処方箋を物理的に保管する必要がなくなるため、事務負担の軽減も期待できます。

患者のメリットとしては、先ほど述べた質の高い診察・処方・調剤を受けることができることだけでなく、患者自身も薬剤情報をトータルで一元的に確認することができること、また、処方箋を電子的に受け取ることができることで、オンライン診療・服薬指導を受けやすくなることも考えられます。

電子カルテの標準化

電子カルテとは、診療内容を紙カルテに記入する代わりに、コンピュータ上で編集・管理し、診療録として保管・参照できるシステムです。

厚労省によれば20年時点の電子カルテの普及率は一般病院で57.2%、診療所で49.9%です。

400床以上の病院の普及率は91.2%と9割を超えていますが、規模の小さな病院は診療所での導入は5割程度にとどまっています。

普及が進まない理由として、▽紙カルテに馴れている、▽導入・維持費用がかかる、▽ITリテラシーが低い-といったことが指摘されています。

加えて、ベンダーによって仕様が異なり、データの共有・連結が事実上不可能であることや、データ共有・連結の難しいためベンダーによる医療機関等の囲い込みにつながっていることにより、電子カルテが標準化されていないという課題が挙げられていました。

さらに、厚労省の検討会において、以下のような具体的な解決策とプロセスが明示され、標準化に向けた取り組みや検討が進められています。

  • 医療機関同士などでデータ交換を行うための規格を定める
  • 厚労省標準規格として採用可能なものか民間団体による審議の上、標準規格化を行う
  • ベンダーで標準化された電子カルテ情報・交換方式を備えた製品を開発する
  • 基金を設置し、標準化された電子カルテ情報・交換方式等の普及を目指す

医療DXの方向性

冒頭にも述べましたが、骨太の方針2022の中で、医療DXを強力に進めるため総理を本部長とする「医療DX推進本部」を設置することが明記されました。

また、厚労省は7月に医療DX担当の審議官ポストを新設、省内に推進チームを設置するなど、動きが活発化しています。

9月22日に開催した厚労省の検討会では、医療DXを推進する背景として、次の2点が挙げられました。

  • 世界に先駆けて少子高齢化が進む我が国において、国民の健康増進や切れ目のない質の高い医療の提供に向け、医療分野のデジタル化を進め、保健・医療情報(介護含む)の利活用を積極的に推進していくことは非常に重要である
  • 今般の新型コロナウイルス感染症流行への対応を踏まえ認識された課題として、平時からのデータ収集の迅速化や収集範囲の拡充、医療のデジタル化による業務効率化やデータ共有を通じた医療の「見える化」の推進等により、次の感染症危機において迅速に対応可能な体制を構築できることとしておくことが急務である

そして、以下の3つの方向性も掲げられています。

  1. 国民による自らの保健・医療情報(介護含む)への容易なアクセスを可能とし、自らの健康維持・増進に活用することにより、健康寿命の延伸を図るとともに、医療の効率的かつ効果的な提供により、診療の質の向上や治療等の最適化を推進する。
  2. 新型コロナウイルス感染症流行に際して開発された既存のシステムも活用しつつ、医療情報に係るシステム全体として、次の感染症危機において必要な情報を迅速かつ確実に取得できる仕組みを構築する。
  3. 医療情報の適切な利活用による創薬や治療法の開発の加速化により、関係する分野の産業振興につなげることや、医療のデジタル化による業務効率化等により、SE人材を含めた人材のより有効な活用につなげていく。

また、医療DXの具体的な取組みとして、以下の3点が挙げられています。

  • 全国医療情報プラットフォームの創設
  • 電子カルテの標準化
  • 診療報酬改定DX

全国医療情報プラットフォームの創設

オンライン資格確認システムのネットワークを拡充し、レセプト・特定健診情報に加え、予防接種、電子処方箋情報、電子カルテ等の医療機関等が発生源となる医療情報(介護含む)をクラウド間で連携させることで、必要なときに必要な情報を共有・交換できる全国的なプラットフォームの構築を進めるとしています。

マイナンバーカードで受診した患者は、これらの情報を医師や薬剤師と共有することができ、より良い医療につなげることで、国民自らの予防・健康づくりの推進を目指します。

また、感染症危機において必要な情報を迅速かつ確実に取得できる仕組みとしての活用も想定されています。

電子カルテの標準化

医療機関同士などでのスムースなデータ交換や共有を推進するため、国際標準規格を活用し厚労省が標準的なデータ項目や電子的な仕様を定めるという考えです。

厚労省は22年3月、3文書(診療情報提供書、退院時サマリー、健診結果報告書)および6情報(傷病名、アレルギー情報、感染症情報、薬剤禁忌情報、検査情報⦅救急時に有用な検査、生活習慣病関連の検査⦆、処方情報)を対象として選定しており、これらの情報から順次標準規格化が進められていく見込みです。

また、電子カルテの導入が進んでいない中小医療機関向けには、標準規格に準拠したクラウドベースの電子カルテの開発も検討されつつあります。

診療報酬改定DX

診療報酬改定の際、ベンダーや医療機関・薬局では、短期間で集中的な対応を行う必要があり、大きな業務負荷が生じています。

ベンダー各社が共同で活用できる共通算定モジュールを導入、診療報酬改定の際にモジュールの更新を行うことでスムースに対応していく、これが診療報酬改定DXという考え方です。
(参照元:令和4年9月22日開催 厚労省 第1回医療DX令和ビジョン2030厚生労働省推進チーム)

民間企業が注目すべきポイント

国が医療DXを進めることで、民間企業(特に医薬品・医療機器メーカー)にどのような影響があるでしょうか。

まず考えられるのはオンライン資格確認や電子処方箋が普及することによるメリットです。

薬剤情報が医師や薬剤師の間で共有され、多剤投与や重複投与が是正されることで、適正使用の推進が進むことが考えられます。

医薬品・医療機器メーカーにおいては今まで以上に有効性だけでなく投与禁忌・慎重投与などの安全性を考慮した情報提供が求められるでしょう。

また、2021年4月から外来医療の実施状況を都道府県へ報告するよう病院などに義務づける外来医療報告制度が開始されました。

各医療機関で、外来の化学療法、日帰り手術、CTやMRIの実施件数、紹介・逆紹介など、「医療資源を重点的に活用する外来」をどの程度実施しているかの報告が求められます。

都道府県はこの結果を元に地域の医療機関の機能の明確化、連携の推進を進めていく事になります。

今まで以上にかかりつけ医から専門病院、大病院への患者の流れが進むことで、処方されるべき薬剤も医療機関、疾病によって整理されていくことになります。

また病床機能報告制度と同様、各医療機関のデータは公開されることになるため、エリアマーケティングに基づく情報提供活動が益々重要になるでしょう。

電子処方箋の導入や、医療情報のプラットフォーム化、電子カルテの標準化が進むことで、かかりつけ医と専門医、医療機関と薬局、病院薬剤師と薬局といった、地域医療連携が今まで以上に進むことが考えられます。

顧客応対部門は自社製品の知識だけでなくクリニカルパスやフォーミュラリなど地域の状況に応じた情報提供を通じて、地域医療連携に貢献することが求められるでしょう。

国民・患者自身がマイナンバーカードを保険証として利用することで、過去の健診情報を本人が確認できるようになれば、生活習慣を改めようというきっかけに繋がります。

製薬企業においては医薬品の「研究開発」、「製造販売」、「情報提供」といった役割が期待されています。

今後は、こうした枠を超えて予知・予防、治療、予後といったペイシェント・ジャーニーを俯瞰した役割を担い、疾患啓発に取り組む企業も増えていくことでしょう。

企業が疾患啓発に取り組むことで結果的に国民・患者自身が健診結果に興味を持ったり、気になる症状があれば早めに受診するといった行動変容を促すといった効果が期待できます。

まとめ

ほかの産業分野と比較して、医療分野のDXはあまり進んでいないのが現状でした。

それが、骨太の方針に医療DXを明記したことで、まさしく国のど真ん中の政策となり、大きな一歩を踏み出したと言えるでしょう。

今後、マイナンバー資格確認、電子処方箋など医療のデジタル化が、いよいよ具体化に向け動いていく事が考えられます。

しかし、医療DXの真の目的は、単なるデジタル化に留まりません。

最終的には、患者および多くの人々に対し手、より適した形で医療が提供されることが目的にあります。

そのために、これまで述べてきたように以下の取り組みがなされています。

  • 医療情報プラットフォーム構築や電子カルテ標準化による診療の効率化
  • 情報共有による多剤投与・重複投与の防止
  • ビッグデータ活用による研究開発促進

現状はまだまだ沢山の課題や問題が山積みです。

しかし、課題や問題が浮き彫りになればなるほど、解決へと少しずつ近付けることになります。

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