製薬企業のメディカルアフェアーズ(MA)職における若手・未経験者のキャリア形成にとって重要な要素について、ソースに基づいて説明します。
まず、メディカルアフェアーズ(MA)とは、高度な医学・科学的専門知識等を活用した活動を通じて、医療現場におけるアンメットメディカルニーズの充足に貢献することを意図した機能・組織です。
MAは、医療関係者や患者団体、その他社内外のステークホルダーとの架け橋となり、全ての患者さんに最適な医療が届くこと、医学の進歩や医療の発展に貢献することを目指して活動しています。
Table of Contents
日本製薬工業協会が示すMAの基本方針
まず、日本製薬工業協会(製薬協)が示すメディカルアフェアーズ(MA)の基本的な考え方について説明します。
日本製薬工業協会は、会員会社と医療関係者、その他のステークホルダーとの間でMAに対する共通の理解を促進し、患者ベネフィットの高い医療に貢献するため、「メディカルアフェアーズの活動に関する基本的考え方」を作成しました。これは、MA活動あるいは組織を有することを前提として記載されており、会員各社の行動指針策定や活動確認、または今後MAを組織予定の場合の参考資料として活用されることが期待されています。この考え方は、2019年4月1日にまとめられました。
製薬協が示すMAのミッション
MAは、すべての患者さんへ最適な医療を届けるため、
- アンメットメディカルニーズを充足させる医学・科学的なエビデンスを構築し、医療関係者等へ情報発信する。
- 高度又は最新の科学的知見等を用い、医学的・科学的交流を社外医科学専門家に対し行う。
MAが果たすべき主な役割と業務
アンメットメディカルニーズの把握
医療現場におけるアンメットメディカルニーズを把握し、解決すべき医学・科学的課題を明確化します。具体的には、社外医科学専門家との医学・科学的交流、アドバイザリーボード会議の企画・実施、論文・学会情報の収集、クリニカルクエスチョンの特定などの業務を行います。
メディカルプラン作成
把握したアンメットメディカルニーズや医療上の価値の最適化を実現するための具体的な活動を計画します。エビデンス創出戦略、論文公表・学会発表計画、医療関係者向け教育会合計画、疾患啓発活動計画などが含まれます。
エビデンスの創出
メディカルプランに則り、医学の進歩・医療の発展に貢献するエビデンスを創出します。企業主導研究(臨床研究、疫学研究など)、研究者が発案する研究の支援・窓口業務、治験データのpost-hoc解析などが業務例として挙げられます。近年はリアルワールドデータやHEOR(Health Economic and Outcomes Research)領域の重要性が高まり、これらを視野に入れたエビデンス創出も期待されています。
医学・科学的情報の発信、提供
創出したエビデンスを含む医学・科学的情報を適切に発信、提供します。医療関係者等への高度な医学・科学的情報の提供、求めに応じたオフラベル情報の提供、論文発表、学会発表の企画・支援・実施、疾患啓発活動、社内メディカル教育などが含まれます。
MA活動における留意事項(信頼性・透明性・客観性の担保)
- MA活動は自社医薬品の販売促進を目的とするものではないこと。これは、医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドラインや、過去の臨床研究に関する不正事案の教訓を踏まえた、営業部門からの独立性確保という背景があります。
- MA活動は営業活動からの独立性を担保されたものであること。
- MA活動の評価指標は売上目標等営業活動に関連するものではなく、高度な科学的情報提供やエビデンス創出等であること。
- MA活動を行う者はMA活動に関連する規制(薬機法、臨床研究法等)を遵守すること。
MSLに必要な3つのスキル
製薬企業におけるメディカルサイエンスリエゾン(MSL)に求められるスキルとして、特に重要性な3つのスキルをご紹介します。
MSLに求められるスキルは多岐にわたりますが、ソースの中で活動の質やKOL(Key Opinion Leader)の満足度との相関が高いとされたり、業務内容から必要とされる主なスキルとして、以下の3つが挙げられます。
これらのスキルは、MSL活動の質を担保し、医療関係者からの信頼を得て、アンメットメディカルニーズの充足や医学・医療の発展に貢献するために特に重要視されています。
高度な学術的・医学的な知識水準
MSLは、疾患分野に対する高度な専門性と学術知識を有している必要があります。
医療関係者等への高度な医学・科学的情報の提供や、社外医科学専門家との双方向の高度な医学的・科学的交流を担う上で不可欠なスキルです。
KOLが製薬会社の医学的・学術的な関わりに満足するか、またその情報が医薬品の適正使用に与える影響は、MSLの学術的・医学的な知識水準と高い相関が見られました。学術的・医学的な中核知識の整備は重要であり、能力構築への投資が必要とされています。
医学系資格保持者や学位取得者(博士、修士)は、この知識水準を示す要件となり得ます。
コミュニケーション能力、特に医学・科学的知見を分かりやすく伝える能力
社内外の多くの関係者(医療従事者、研究者、規制当局など)と連携し、多様な意見を調整しながらプロジェクトを推進するために、コミュニケーション能力とチームでの協動力が求められます。
特に、専門性の異なる相手に医学的な知見を分かりやすく伝える能力は、MSLのコミュニケーション能力に含まれます。
KOLの満足度や影響力は、MSLの対人コミュニケーションスキルと高い相関が見られました。この「ソフト」なスキルについても育成が重要とされています。
プロセス管理能力
MSLの活動レベル(訪問回数など)は成果と相関が低い一方で、認識可能な影響力および医師の満足度に基づく評価が望ましいとされています。
KOLの満足度や、提供情報が適正使用に与える影響、同僚への推薦可能性といった質的な成果は、MSLのプロセス管理能力と高い相関があるとされます。
この「ハード」なスキルも育成が重要とされています。
若手・未経験者が製薬会社でMAの仕事を目指す上での重要な要素
MA職に就く前の仕事への向き合い方
新卒でMSLになる場合を除き、多くの人はMA職に就く前に別の職種でのキャリアを積んでいます。製薬業界への入り口として多いのは、医薬情報担当者(MR)や臨床開発モニター(CRA)です。
これらの最初の職種で経験を積んだ上で、セカンドキャリアとしてMSLに移ることは利点が多いと考えられています。
その理由の一つは、MSL・メディカルの仕事は、他の職種をよく知った上で、そこを軸に相対的に理解する方が体得しやすいためです。例えば、MRの経験があれば「MSLにおける中立的なメディカル活動が、MR職における販売促進とどう違うか」を、CRAの経験があれば「MSLの活動が、治験遂行・品質管理業務とどこが視点として異なるか」と考えながらMSLの実務経験を積む方がスムーズです。
もう一つの利点は、MRやCRAはMSL業務を行う上で協業する社内ステークホルダーとなるからです。担当製品によってはCRAと仕事をする機会は少ないかもしれませんが、MRとは同じ医師を担当する仲間として共闘することがあります。その職種を一通り経験したことがあるというのは、相手が何をすると助かるか、逆に何をしても無意味/無価値かを深く理解していることにつながります。
最初の職種での経験年数は、目安として3-5年がちょうど良いでしょう。これにより、ポイント①で述べた20代後半から30代前半までにMSLになるタイミングと合致します。
ただし、最初の職種の経験が長すぎると(例えば10-15年)、MA活動への適応に苦労することが多いとされています。仕事のスタイルが染みついてしまい、MSLになっても前職のトークスタイルや確認スタイルが抜けきれないケースも見られます。
MA職に求められるスキル・マインドセット
MD職(MAを含む)に就く上で、医師として培った臨床経験は土台となるスキルです。特に、診療科を問わず、患者さんと接する中で培われる視点や、患者さんのインサイトを理解する能力は、非常に価値が高いと認識されています。
その他にも、若手・未経験者が意識すべき幅広いスキル・マインドセットが求められます。
- 研究経験(Ph.D.の有無):Ph.D.は必須ではありませんが、持っていると有利になり得ます。論文執筆や学会発表の経験も学術的な業務に役立ちます。ただし、MA以外にも部署があるため、Ph.D.を持たない医師が活躍できる機会は十分にあります。
- 専門外領域へのチャレンジ精神:製薬企業のパイプラインは多岐にわたるため、自身の専門外の疾患に関する意見を求められる機会が多くあります。幅広い疾患領域に関心を持ち、積極的に学んでいける姿勢が必要です。
- 語学力:企業によりますが、特に外資系製薬企業ではビジネスレベルの英語力が求められます。会議での英語ディスカッションや、医学/薬学の英語学術論文の読解といった水準です。ただし、臨床経験や研究経験が優れていれば、英語力以外の強みでカバーされる場合や、英語力を比較的求められないポジションに就くケースもあります。
- コミュニケーション能力、チーム協働力:医療従事者、研究者、規制当局など、社内外の多くの関係者と連携し、多様な意見を調整しながらプロジェクトを推進するため、高いコミュニケーション能力とチームでの協働力が求められます。専門性の異なる相手に医学的な知見を分かりやすく伝える能力も含まれます。
- 「先生」と呼ばれることにこだわらない姿勢:医師や薬剤師などの医療従事者は、医療機関勤務の場合、民間企業の担当者から「〇〇先生」などと呼ばれることが一般的です。一方で、ひとたび企業に入社すると「先生」ではなく「さん付け」で呼ばれることが増えるでしょう。前職での呼称がなくなることに抵抗がなく、企業人としての接せられ方に順応できる方がMDに向いているかもしれません。
MA職にキャリアチェンジする年齢
製薬会社のMA部署は、社員の年齢が全体的に高めである傾向があります。新卒でMSL(メディカルサイエンスリエゾン)を採用している企業は少数であり、中途採用者も比較的高齢になることがあるためです。
このような状況において、「若い」ということは当然ながら優位性をもたらします。
新卒MSL入社ではない場合、理想としては20代後半、遅くても32-33歳くらいまでにMSLになれるよう逆算して考えることをオススメします。これは、30代後半や40代でMAに初めてチャレンジする社員もいる中で、「メディカル経験が5-10年あるが、まだ30代である」といった人材は非常に重宝されるためです。
ただし、キャリアの中で一時的にメディカルを経験するというスタンスであれば、40代半ばくらいまでを目安に考えても無理はないとされています。
どのようなチャレンジでも、人生において決して遅すぎるということはありません!
MSLの評価基準
MSLの評価に使用されるKPI(Key Performance Index)については、活動レベルが成果と相関関係にないため、訪問回数などの指標ではなく、認識可能な影響力および医師の満足度に基づくことが望ましいとされます。
具体的に、MSLの評価指標として以下のようなものが挙げられています。
- 製薬会社の医薬品に言及したKOLの文献数などの成果。
- KOLへの意見調査から測定された満足度。
- 研修終了時のサーベイで測定された能力。
- ロールプレイテストの結果。
これは、MSLの活動において量が重要なのではなく、質が重要であるという調査結果に基づいています。KOLの満足度や製薬会社が提供する医学的・学術的情報が医薬品の適正使用に与える影響、同僚に対し特定の製薬会社のMSLを推薦する可能性といった指標との相関が高いのは、MSLのプロセス管理能力、学術的・医学的な知識水準、対人コミュニケーションスキルといった質の基準であり、MSLの訪問回数や平均訪問時間といった量の基準ではないことが示されています。
先進的な企業では、すでに単純な数値指標だけでなく、医学的な成果に直結した質的な測定基準を積極的に検討しています。
また、日本ではメディカルアフェアーズ部門やMSLの活動が拡大する中で、MAの役割、KPI、行動、営業部門との線引きなどに関して、業界での統一基準を求める機運が高まっているという状況も背景にあります。
まとめ
製薬企業のメディカルアフェアーズ(MA)は、高度な医学・科学知識でアンメットメディカルニーズに応え、最適な医療提供と医学の発展に貢献する機能を担っている部門です。
- 若手・未経験者がMAを目指す場合、MRやCRA等で3~5年程度の経験を積むことが、業務理解や社内連携において有利とされます。
- MA職には、高度な学術知識、専門外にも分かりやすく伝えるコミュニケーション能力、プロセス管理能力が特に重要です。研究経験や語学力も役立ちます。
- キャリアチェンジは20代後半から30代前半が理想的で、現時点では、若さも重視される傾向があります。
- MA活動は販売促進から独立し、客観性が求められ、MSLの評価は訪問回数などの量より質が重視されます。
当然ながら、これは典型的な(ステレオタイプな)MAに適した人物像です。こうした人ばかりではなく、様々なキャリアでメディカルアフェアーズで働いている方がたくさんいます。
自分ならではの独自性を大切にしつつ、ステレオタイプなMAとの共通点もにらみながら、キャリアプランを考えてみてはいかがでしょうか。