エビデンス全般

AIと著作権に関する考え方について(素案)
令和6年1月23日時点版

※本資料は、公開時点において議論・検討中であるAIと著作権に関する論点整理の項目立て及び記載内容案の概要を示すものであり、今後の議論を踏まえて変更される可能性がある。

1.はじめに

昨今、インターネットの普及や、コンピューターの計算能力の向上などの情報技術の進展に伴い、AI技術の開発が加速し、AI技術により実現できる計算処理の高度化が見られてきた。 また、AI 技術の高度化においては、特にいわゆる生成 AI と言われる、利用者の指示に基づき、様々な形態のコンテンツを生成するAIについても発展が目覚ましく、人間が自らの手で作成したものと見まがうようなコンテンツを生み出すことが可能となってきた。それらの生成AIについて、開発に携わる研究者や事業者だけでなく、一般ユーザーが容易に利用できるサービスやソフトウェアを提供する事業者も現れ、また、生成AIの利用を中心に据え、創作活動を行うクリエイターも出てきた。 このような中、生成AIを巡っては、著作権者等からのAIによるデータの学習及び生成に当たって、著作権が侵害されるのではないかといった懸念の声や、AI 開発事業者等からの AI 開発に当たって著作権を侵害するのではないか、また、著作権を侵害するような AIを作ってしまうのではないかといった懸念の声、AI 利用者からの AI を利用することで、意図せず著作権を侵害してしまうのではないかといった懸念の声などが上がってきた。 また、2023 年5月に行なわれた G7広島サミットにおいて、国や分野を超えてますます顕著になっている生成 AI の機会及び課題について直ちに評価する必要性の認識が示され、著作権を含む知的財産権の保護等のテーマを含めた生成 AI に関する議論を行うため、G7の作業部会を通じた、「広島 AI プロセス」がスタートした。さらに、国内でも、同月に有識者によるAI戦略会議において取りまとめられた「AIに関する暫定的な論点整理」の中で、著作権についても論点を整理し、必要な対応を検討することとされた。 また、6月に取りまとめられた「知的財産推進計画2023」においても、生成AIと著作権との関係について、AI 技術の進歩の促進とクリエイターの権利保護等の観点に留意しながら、具体的な事例の把握・分析、法的考え方の整理を進め、必要な方策等を検討することとされている。 生成AIに関するものに限らず、著作権法の解釈は、本来、個別具体的な事案に応じた司法判断によるべきものである。しかしながら、生成AIと著作権の関係を直接的に取り扱った判例及び裁判例は本報告の時点で未だ乏しいところ、上記のような生成AIと著作権の関係に関する懸念を解消するためには、判例及び裁判例の蓄積をただ待つのみでなく、解釈に当たっての一定の考え方を示すことも有益であると考えられる。 そこで、文化審議会著作権分科会法制度小委員会(以下、「本小委員会」という。)においては、クリエイターや実演家等の権利者、生成AIの開発・サービス提供等を行う事業者、生成AIの利用者といった関係者からのヒアリング等を行い、また、AI戦略会議、AI時代の知的財産権検討会(内閣府知的財産戦略推進事務局)等の他の会議体における検討状況も踏まえ、AI と著作権法の関係における現行法の適用関係などに関する各論点について議論を行った。 本報告は、このような本小委員会における議論を踏まえ、AI と著作権に関する考え方を整理し、周知すべく、以下のとおり、解釈に当たっての一定の考え方を示すものである。また、本報告において示す各論点の考え方は、司法判断に代わるものではなく、本報告の時点における本小委員会としての考え方を示すものであることに留意する必要がある。

2.検討の前提として

(1)従来の著作権法の考え方との整合性について

我が国の著作権法は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送(以下「著作物等」という。)の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的としている(著作権法(以下特記ない限り、単に「法」という。)第1条)。この目的を受けて、著作権法では、「著作者等の権利・利益の保護」と「著作物等の公正・円滑な利用」とのバランスを踏まえた制度設計がされている。 AI と著作権の問題を考えるにあたっては、こうした目的及びバランスを踏まえて整備されている既存の著作権法、及びその解釈に関する従来の考え方との整合性を考慮した上で検討することが必要であり、特に、AIについての議論が、人がAIを使わずに行う創作活動についての考え方と矛盾しないように留意する必要がある。 このような観点から、既存の著作権法の制度内容及びその解釈に関する従来の考え方のうち、特に以下の点について、AIと著作権の関係についての各論点の検討の前提として確認する必要があると考えられる。

① 著作権法で保護される著作物の範囲
② 著作権法で保護される利益
③ 権利制限規定の考え方
④ 我が国の著作権法が適用される範囲

ア 著作権法で保護される著作物の範囲

○ 著作権法で保護される「著作物」について、法第2条第1項第1号では「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と定義されている。
○ このような定義から、著作物となるための要件としては①思想又は感情を、②創作的に、③表現したものであり、かつ、④文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものであることが求められる。
○ そのため、単なる事実やデータにとどまるもの(要件①を欠くもの)、誰が表現しても同じようなものとなるありふれた表現(要件②を欠くもの)、表現に至らないアイデア(要件③を欠くもの)、実用品等の文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属さないもの(要件④を欠くもの)は、著作物に該当せず、著作権法の保護対象に含まれない。

イ 著作権法で保護される利益

○ 著作権法では、著作物等を利用する行為の全てに対して著作者等の権利が及ぶという構成は採られておらず、複製、公衆送信、譲渡といった特定の利用形態(法定利用行為)ごとに、複製権、公衆送信権、譲渡権といった「支分権」を規定し、その範囲で著作者等の権利が及ぶという構成が採られている。
○ 著作物等を利用する行為であっても、支分権が及ぶ法定利用行為に該当しない行為(例えば、著作物等を閲覧・鑑賞する行為や、その内容を記憶する行為等)については、著作権法上、著作者等の権利が及ばず、このような行為については、これを独占する利益は著作権法上保護されていない。

ウ 権利制限規定の考え方

○ 著作権法では、上記イのとおり、支分権の及ぶ法定利用行為については著作者等の権利者がこれを行う権利を独占することとしており、このような法定利用行為を行う場合は、権利者の許諾を得て行う必要があるのが原則である。その一方で、著作権法では、一定の場合には権利者の許諾を得ることなく著作物等を利用できる旨の、権利制限規定を設けている。これは、法第1条に規定する、文化的所産の公正な利用という点に配慮したものである。
○ こうした権利制限規定としては、AIと著作権の関係においてその適用があり得る、著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用(法第30 条の4)や電子計算機による情報処理及びその結果の提供に付随する軽微利用等(法第47条の5)のほか、私的使用のための複製(法第30条)、引用(法第32条第1項)、学校その他の教育機関における複製等(法第35条)、営利を目的としない上演等(法第38条)といったものなどがあり、これらの権利制限規定の要件を満たす場合は、権利者の許諾を得ることなく著作物等を利用することができる。

エ 我が国の著作権法が適用される範囲

(ア)準拠法決定の問題
○ 著作物等の保護及び利用に関しては、我が国も加盟する「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」(以下「ベルヌ条約」という。)、「著作権に関する世界知的所有権機関条約」、「実演家、レコード製作者及び放送機関の保護に関する国際条約」等の国際条約による規律のもと、各国・各法域がそれぞれの著作権法を制定している。
○ そのため、著作物等の利用行為が国境を跨いで行われる場合、当該利用行為に、いずれの国又は法域の著作権法が適用されるか検討する必要がある(準拠法決定の問題)。
○ 著作物等の利用行為に関する準拠法決定の問題については、特にコンテンツのインターネット配信を含む、著作物等の公衆送信に関するものをはじめとして種々の見解があり、今後も引き続き議論の状況を踏まえていく必要があるが、AIと著作権の関係を検討するに当たっては、現時点での考え方として、差し当たり以下の点を確認しておく必要があると考えられる。

(イ)準拠法決定の問題に関する規定及び考え方

○ この点に関して、我が国に適用される法令及び条約、並びにこれに基づく我が国における国際私法の考え方に照らすと、準拠法決定の問題については以下のように考えられる。
○ まず、著作権侵害に基づく損害賠償請求については、著作権侵害は民法上の不法行為となることを踏まえ、法の適用に関する通則法(平成18年法律第78号)第17条の規定から、原則として、加害行為の「結果発生地法」が準拠法となる。
○ また、著作権侵害に基づく差止請求については、ベルヌ条約第5条第2項第3文の規定から、当該利用行為について実体法上の権利保護を与えている国の法令としての「保護国法」が、当該利用行為についての準拠法となるとする考え方がある。

(ウ)具体的な利用行為に関する準拠法決定

○ これらの規定及び考え方を踏まえると、ある著作権侵害の結果が発生した地が日本国内であると評価される場合は、当該利用行為に伴う著作権侵害に基づく損害賠償請求(及びその著作権侵害の成否に関する権利制限規定の適用)については、結果発生地法としての我が国の著作権法が適用されると考えられる。
○ また、ある利用行為が行われた地が日本国内であると評価される場合は、当該利用行為に伴う著作権侵害に基づく差止請求(及びその著作権侵害の成否に関する権利制限規定の適用)については、保護国法としての我が国の著作権法が適用されると考えられる。
○ 著作物等の利用行為に関する準拠法決定の問題は、最終的には個別・具体的な事案に応じて、裁判所において判断されることとなるが、上記のような考え方を踏まえると、例えば、以下のような事情があることは、当該法律関係について、我が国の著作権法が適用される可能性を高める一要素になると考えられる。

生成AIの学習・開発段階において、AI 学習のための学習データ収集を行うプログラムが我が国内に所在するサーバー上で稼働しており、この収集に伴う既存の著作物等の複製を行っていること
生成AIの生成・利用段階において、生成AIが我が国内に所在するサーバー上で稼働しており、既存の著作物等を含む生成物を生成していること
生成AIの生成・利用段階において、インターネット上で提供される生成AI サービスが、我が国内のユーザーに向けて既存の著作物等を含む生成物を公衆送信していること

(2)AIと著作権の関係に関する従来の整理

著作権法では、技術革新とこれに伴う著作物等の新たな利用の態様に対応するため、種々の制度改正を行ってきており、今般のAIと著作権の関係についての検討に当たっても、これらの制度改正の経緯については前提として確認しておくことが必要である。 そこで、AI をはじめとした技術革新に対応するこれまでの著作権制度の改正、特に法第30条の4の創設を中心に、以下の点を確認しておく必要があると考えられる。

① 「柔軟な権利制限規定」の制定に至る背景と経緯
② 法第30条の4の対象となる利用行為
③ 「享受」の意義及び享受目的の併存

ア 「柔軟な権利制限規定」の制定に至る背景と経緯

○ 著作権法では、デジタル化・ネットワーク化の進展等に伴う著作物の利用環境の変化等を受け、新しい時代に対応した制度等の在り方について随時検討を行い、これまでも権利制限規定の整備等の法的措置が講じられてきた。
○ 特に、今日では、デジタル化・ネットワーク化の更なる進展により、著作物の利用等を巡る環境は更なる変化に直面している。具体的には、IoT・ビッグデータ・人工知能(AI)などの技術革新とともに、情報の集積・加工・発信の容易化・低コスト化が進んだことを受け、大量の情報を集積し、組み合わせ、解析することで付加価値を生み出す新しいイノベーションの創出が期待されている。
○ こうした状況から、技術革新など社会の変化に対応できる適切な柔軟性を備えた権利制限規定の在り方を検討することとなった。この検討の結果、平成29年4月の文化審議会著作権分科会報告書においては、現在の我が国の諸状況を前提とすれば、米国のフェア・ユース規定のような非常に柔軟性の高い一般的・包括的な規定ではなく、明確性と柔軟性の適切なバランスを備えた複数の規定の組合せによる「多層的」な対応を行うことが適当であるとの判断がなされた。 具体的には、権利者に及び得る不利益の度合い等に応じて分類した3つの「層」について、それぞれ適切な柔軟性を確保した規定を整備することが適当であると考えられ、①著作物の本来的利用には該当せず、権利者の利益を通常害さないと評価できる行為類型(第1層)については、行為類型を適切な範囲で抽象的に類型化を行い、「柔軟性の高い規定」を、②著作物の本来的利用には該当せず、権利者に及び得る不利益が軽微な行為類型(第2層)については、権利制限を正当化する社会的意義等の種類や性質に応じ、著作物の利用の目的等によってある程度大くくりに範囲を画定し、「相当程度柔軟性のある規定」を、③公益的政策実現のために著作物の利用の促進が期待される行為類型(第3層)については、立法府において、権利制限を正当化する社会的意義等の種類や性質に応じ、権利制限の範囲を画定した上で、それぞれの範囲ごとに「適切な柔軟性を備えた規定」を、それぞれ整備するべきとされた。
○ 以上の経緯を経て、デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定の整備を含む「著作権法の一部を改正する法律」が、平成30年5月18日に可決・成立し、平成30年法律第30号として同月25日に公布された。その後、関連の政省令等の整備を経て、平成31年1月1日に施行された。

イ 法第30条の4の対象となる利用行為

○ 著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない行為については、著作物の表現の価値を享受して自己の知的又は精神的欲求を満たすという効用を得ようとする者からの対価回収の機会を損なうものではなく、著作権法が保護しようとしている著作権者の利益を通常害するものではないと考えられるため、当該行為については原則として権利制限の対象とすることが正当化できるものと考えられる。
○ このため、法第30条の4では、著作物は、当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、利用することができることとし、著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない行為を広く権利制限の対象としている。
○ 具体的には、プログラムの著作物のリバース・エンジニアリングや、美術品の複製に適したカメラやプリンターを開発するために美術品を試験的に複製する行為や複製に適した和紙を開発するために美術品を試験的に複製するといった行為は、著作物の視聴等を通じて、視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為ではないものと考えられることから、「著作物に表現された思想又は感情」の「享受」を目的としない行為として、法第30条の4の適用対象となると考えられる。

ウ 「享受」の意義及び享受目的の併存

○ 「享受」とは、一般的には「精神的にすぐれたものや物質上の利益などを、受け入れ味わいたのしむこと」(新村出編(2017)広辞苑(第七版)岩波書店762頁)を意味することとされており、ある行為が法第30条の4に規定する「著作物に表現された思想又は感情」の「享受」を目的とする行為に該当するか否かは、同条の立法趣旨及び「享受」の一般的な語義を踏まえ、著作物等の視聴等を通じて、視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為であるか否かという観点から判断されることとなるものと考えられる。
○ ある行為が法第30条の4に規定する「著作物に表現された思想又は感情」の「享受」を目的とする行為に該当するか否かは、同条の立法趣旨及び「享受」の一般的な語義を踏まえ、著作物等の視聴等を通じて、視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為であるか否かという観点から判断されることとなるものであり、「享受」を目的とする行為に該当するか否かの認定に当たっては、行為者の主観に関する主張のほか、利用行為の態様や利用に至る経緯等の客観的・外形的な状況も含めて総合的に考慮されることとなる。
○ 法第30条の4各号では、同条により権利制限の対象となる行為について法の予測可能性を高めるため、柱書の「(その他の)当該著作物に表現された思想又は 感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」に当たる場合の典型的な例を示している。ある著作物等を「情報解析の用に供する場合」については、同条第2号でこの典型的な例として示されており、「当該著作物に表現された思想又は 感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」に該当すると考えられる。
○ 他方で、法第30条の4では「享受」の目的がないことが要件とされているため,仮に主たる目的が「享受」ではないとしても,同時に「享受」の目的もあるような場合には,本条の適用はないものと考えられる。なお、「享受」の目的がある場合については、法第47条の5が適用される場合もあると考えられる。

3.生成AIの技術的な背景について

AI技術は、半世紀以上前にその概念が提案されてから、現在まで、AIにかかわる様々な新技術の開発が行われ、また、実用化され社会への普及が図られて来た。 そのような中、自然言語を用い、応答が返ってくる対話型のAIサービスが登場し、社会に大きなインパクトを与えるとともに、これらは、コンピューターに関する専門的な知識がなくとも扱えることから、一般的なユーザーに急速に普及していった。 一方で、このようなAIについては、利用によるメリットだけでなく、様々なリスクも指摘されている。著作権侵害のリスクもこのようなリスクの一つとされているが、AI 開発事業者やAIサービス提供者側においては、このような著作権侵害が起きないよう、防止措置を講じているものもある。 AI に関する技術は日進月歩であり、ここで詳細に解説するのではなく、本考え方での検討の前提として、著作権法における考え方の整理との関係で必要と思われる、現時点における技術的な側面を概観することとする。 なお、今後、新技術の登場などによっては記載している内容が変わりうることに留意されたい。

(1)生成AIについて

ア 生成AIの概要

AI の主な用途には、画像識別や、自然言語処理、文章や画像の生成等があるが、昨今、特に大きな話題となっているのが、人間の自然言語や画像などによる指示を受け、文章や画像等の様々なコンテンツを生成する AIであり、これがいわゆる生成 AIと言われるものである。

イ 生成AIの開発の概略

生成AIの開発は、機械学習のうちの深層学習と言われる手法等により、大量かつ多様なデータを情報解析し、データから読み取れる多数のパターンやルール、傾向等を学習させ、指示に対して、的確な出力を予測できるように調整を行うことで進められる。 また、生成 AI を含む AI においては、その目的に応じて言語、画像等のデータを学習に用いる必要があり、これらの学習に用いるデータの質及び量が、その性能の決定に大きな影響を与えると言われている。

ウ 生成AIが生成物を生成する機序の概略
生成 AI では、入力された指示を情報解析し得られた結果と、その生成 AIが学習したパターンやルール、傾向等に基づき、生成物を生成することとなる。この際の生成については、通常、学習データの切り貼りではないとされる。

(2)生成AIに関する新たな技術

AI技術の進展とともに、生成AIに関する様々な新たな技術も登場してきた。著作権に特に関係しうるものとしては、例えば、以下のようなものがある。

①生成 AI の開発の際に用いられなかったデータであっても、生成 AIへの指示と関連するデータを検索・収集し、当該指示と合わせて生成AIへの入力として扱い、出力の予測を行う技術
②生成AIに対する追加的な学習のうち、学習済みの生成AIに小規模なデータセットを用いて追加的な学習を行い、当該データセットに強い影響を受けた生成物の生成を可能とする技術

(3)AI開発事業者・AIサービス提供者による技術的な措置について

すでにサービスが提供されている生成AIにおいては、その生成物が著作権侵害になる場合があるというリスクについて懸念の声があり、AI開発事業者やAIサービス提供者の中には、そのようなリスクの低減のために、以下のような著作権侵害の防止に資する技術的な措置を導入している事業者もいる。

①現存するアーティストの氏名等を指定したプロンプト等による生成指示を拒否する技術。
②生成AIの学習に用いるデータセットの作成のための、クローラによるウェブサイト内へのアクセスを拒否する機械可読な技術的な制限措置を尊重する措置。
③生成AIの学習に用いるデータセットに含まれているデータについて、権利者等から、将来的な生成AIの学習に用いる際には当該データを学習用データセットから削除する要求を受け付け、実際に削除を行う措置。

4.関係者からの様々な懸念の声について

いわゆる「柔軟な権利制限規定」が設けられた、平成30年の著作権法改正の検討時には、人間の指示により自律的に生成物を生成する AI は既に存在していた。しかしながら、生成 AI の実社会における利用が進んでいく中で、著作権者等や、AI の開発事業者・サービス提供者、AIの利用者等の様々な関係者から、具体的なAI学習やサービス提供、AIによる生成や生成物の利用といった場面について、生成AIの開発や利用により不利益を被っているといったものや、どのような場合に著作権侵害となるのか不明確でリスクが大きいといったものなどの懸念の声が上がるようになってきた。 これらの懸念の声については、生成AIとの関係性の違いにより、①クリエイターや実演家などの権利者の懸念の声、②AI の開発事業者や AI サービス提供事業者の懸念の声、③ AI を創作活動に用いるクリエイターや、AI を事業活動に用いる企業・団体等を含む、AIの利用者の懸念の声と、大きく3つの層に分類することができる。 本小委員会では、関係者の懸念の声を払拭する上では、それぞれの懸念の声について、論点を整理し、議論する必要があると考え、3つの層ごとの懸念の声と、これを分節した項目を以下のとおり整理した。 なお、以下については、関係者から上げられている懸念の声を可能な限り漏れなく収集したものであり、示している懸念の声及び項目は、著作権法において整理可能又は整理すべきものに限ったものではない。また、後掲する5.において、法的な観点からさらに詳細に論点を整理しているため、5.記載の論点との対応関係を、各項目の末尾において合わせて記載している。

<クリエイターや実演家等の権利者の懸念>

① 著作物等がAI開発・学習に無断で利用されている
法第30条の4の適用可否はどのように判断されるのか。(非享受目的とはどのような場合か、ただし書に該当する場合はどのような場合か等)(⇒(1)ア・イ・ウ・エ・キ、(2)ク、(4))
AI 開発・学習のための複製等を防止する技術的な措置は、法的にどのように位置づけられるか。(⇒(1)エ)
法第30条の4以外に、AI開発・学習のための複製等に適用され得る権利制限規定はあるか。(⇒(1)ウ・ク)

② 自らが時間をかけて創作した著作物等が、生成AIにより学習され、侵害物が大量に生成され得ること
どのような場合にAI生成物の生成又は利用が著作権侵害となるのか。類似性、依拠性をどのように考えるのか。(⇒(2)イ・ウ・ケ)
生成AIにより、侵害物がどの程度、またどのような場合に生成されるのか(侵害物の生成確率・頻度、指示内容の影響の程度等)という点は、法的な議論にどのように影響するのか。(⇒(2)イ・キ)
生成AIが学習した著作物に類似・依拠した生成物が生成される場合、法第 30条の4の適用可否にはどのように影響するのか。(⇒(1)イ)

③ 生成AIの普及により、既存のクリエイター等の作風や声といった、著作権法上の権利の対象とならない部分(以下、「作風等」という。)が類似している生成物が大量に生み出され得ること等により、クリエイター等の仕事が生成AIに奪われること

④ AI 生成物が著作物として扱われ、大量に出回ることで、新規の創作の幅が狭くなり、創作活動の委縮につながること
作風等が類似している生成物の生成又は利用に、既存の著作物の著作権が働くか。(⇒(2)イ、(4)イ・ウ・エ)
侵害物でないAI生成物が市場に出回ることによるクリエイター等の創作活動への経済的な不利益は、どのようなものが想定されるか。このような不利益が生じている場合、著作権法で保護する利益を不当に害しているといえるのか。(⇒(1)エ、(4))

⑤ 海賊版等、違法にアップロードされているものも学習されてしまうこと
海賊版サイト上の違法にアップロードされている著作物を学習することは、当該著作物に係る著作権侵害を助長する状況を生じさせるものといえるか。(⇒(1)エ)
違法にアップロードされている著作物の学習を回避することは、技術的に可能か。また、これを踏まえて、海賊版等、違法にアップロードされている著作物を学習することは著作権者の利益を不当に害するといえるのか。(⇒(1)エ)

<AI開発者・AIサービス提供者等の事業者の懸念>

① AI開発や生成AIを活用したサービス提供において、事業者・利用者ともに意図しないまま著作権侵害を生じさせ、事業者が著作権侵害の責任を負ってしまうのではないか
AI学習が著作権侵害となるのか。 どのような場合にAI生成物の生成又は利用が著作権侵害となるのか。類似性、依拠性をどのように考えるのか。【再掲】
依拠性の判断にあたり、当該著作物の学習の有無は影響するのか。(⇒(2)イ・ウ・コ)
利用者によるAI生成物の生成又は利用が著作権侵害となる場合、AI事業者にも責任が生じる場合があるのか。あるとすればどのような場合か。(⇒(2)オ)
AI 事業者が著作権侵害の責任を負わないためには、どのような対策が考えられるか。(⇒(2)キ)
AI 事業者が著作権侵害の責任を負うことになった場合、受け得る措置はどのようなものか。生成 AIの利用の差止めや侵害の防止に向けた措置等を求められる可能性はあるか。(⇒(1)オ・カ、(2)エ・カ・キ)

② 利用者が悪意をもって生成AIを利用した場合に、AI開発者やサービス提供者として著作権侵害の責任を負うことになるのではないか
どのような場合にAI生成物の生成又は利用が著作権侵害となるのか。類似性、依拠性をどのように考えるのか。【再掲】
AI 事業者が著作権侵害の責任を負わないためには、どのような対策が考えられるか。【再掲】

<AI利用者の懸念>

① AI生成物の生成・利用により意図せず著作権を侵害してしまうのではないか
どのような場合にAI生成物の生成又は利用が著作権侵害となるのか。類似性、依拠性をどのように考えるのか。【再掲】

② 生成AIを利用していることにより、法的に著作権侵害とはならない場合についてまで、著作権侵害であるとして非難を受けてしまう炎上リスク
どのような場合にAI生成物の生成又は利用が著作権侵害となるのか。類似性、依拠性をどのように考えるのか。【再掲】

③ 努力せずに作品を作って世に出しているのではないかという同業からの冷評

④ AI生成物が著作物とならず、法的な保護の対象とならないのではないかという懸念
AI 生成物が著作物となる要件(創作意図・創作的寄与)をどのように考えるか。(⇒(3)ア・イ)
AI生成物について、著作権法以外による法的な保護は考えられるか。(⇒(3)ウ)

5.各論点について

著作権法の基本的な考え方と技術的な背景を踏まえ、生成AIに関する懸念点について、以下のとおり論点が整理できるのではないか。

(1)学習・開発段階

ア 検討の前提

(ア)平成30年改正の趣旨

○ 近時のAI開発においては、著作物を含む大量のデータを用いた深層学習等の手法が広く用いられており、この学習用データの収集・加工等の場面において、既存の著作物の利用が生じ得る。こうした AI 開発のための学習を含む、情報解析の用に供するための著作物の利用に関しては、法第 30 条の4において権利制限規定が設けられている(同条第2号)。
○ 同条を含む「柔軟な権利制限規定」を創設した平成30年改正の趣旨としては、技術革新により大量の情報を収集し、利用することが可能となる中で、イノベーション創出等の促進に資するものとして、著作物の市場に大きな影響を与えないものについて個々の許諾を不要とすることがあったといえる(文化庁著作権課「デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方(著作権法第30条の4,第47条の4及び第47条の5関係)」(令和元年10月24日)(以下「基本的な考え方」という。)1頁) 。
○ また、法第30条の4 は、このような「柔軟な権利制限規定」 の中でも特に、著作権者の利益を通常害しないといえる場合を対象とするものである(「基本的な考え方」6頁) 。
○ そのため、同条の要件を解釈するに当たっては、このような平成 30年改正の趣旨や、同条の規定の趣旨を踏まえて解釈する必要がある。

(イ)議論の背景
○ 近時の生成AI技術の進展は著しく、また、その普及は事業者にとどまらず一般市民の間にも広く進んでいる。このような状況の中で、法第 30 条の4の適用範囲等の、同条の解釈が具体的に問われる場面も増加していることから、現時点では、特に生成 AI に関する同条の適用範囲等について、再整理を図ることが必要である。
○ この点に関して、法第30条の4は生成AIのみならず、技術革新に伴う著作物の新たな利用態様に柔軟に対応できる権利制限規定として設けられたものであり、例えば、生成AI以外のAI(認識、識別、人の判断支援等を行うAI)を開発する学習のための著作物の利用、技術開発・実用化試験のための著作物の利用、プログラムのリバース・エンジニアリング等の行為も権利制限の対象とするものである。
○ そのため、再整理を行うに当たっては、上記のように様々な技術革新に伴う著作物の新たな利用態様が不測の悪影響を受けないよう留意しつつ、生成 AI特有の事情について議論することが必要である。

【「非享受目的」に該当する場合について】

イ 「情報解析の用に供する場合」と享受目的が併存する場合について

(ア)「情報解析の用に供する場合」の位置づけについて

○ 法第30条の4柱書では、「次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には」と規定し、その上で、第2号において「情報解析(……)の用に供する場合」を挙げている。
○ そのため、AI 学習のために行われるものを含め、情報解析の用に供する場合は、法第 30 条の4に規定する「当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」に該当すると考えられる。

(イ)非享受目的と享受目的が併存する場合について

○ 他方で、一個の利用行為には複数の目的が併存する場合もあり得るところ、法第30条の4は、「当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には」と規定していることから、この複数の目的の内にひとつでも「享受」の目的が含まれていれば、同条の要件を欠くこととなる。
○ そのため、ある利用行為が、情報解析の用に供する場合等の非享受目的で行われる場合であっても、この非享受目的と併存して、享受目的があると評価される場合は、法第30条の4は適用されない。
○ 生成AIに関して、享受目的が併存すると評価される場合について、具体的には以下のような場合が想定される。
追加的な学習のうち、意図的に、学習データに含まれる著作物の創作的表現をそのまま出力させることを目的としたものを行うため、著作物の複製等を行う場合。 (例)いわゆる「過学習」(overfitting)を意図的に行う場合
AI学習のために用いた学習データに含まれる著作物の創作的表現を出力させる意図は有していないが、既存のデータベースやWeb上に掲載されたデータに含まれる著作物の創作的表現の全部又は一部を、生成AIを用いて出力させることを目的として、著作物の内容をベクトルに変換したデータベースを作成する等の、著作物の複製等を行う場合。 (例)以下のような検索拡張生成(RAG)のうち、生成に際して著作物の創作的表現の全部又は一部を出力させることを目的としたもの(なお、RAGについては後掲(1)ウも参照)
インターネット検索エンジンであって、単語や文章の形で入力された検索条件をもとにインターネット上の情報を検索し、その結果をもとに文章の形で回答を生成するもの
企業・団体等が、単語や文章の形で入力された検索条件をもとに企業・団体等の内部で蓄積されたデータを検索できるシステムを構築し、当該システムが、検索の結果をもとに文章の形で回答を生成するもの

○ これに対して、「学習データに含まれる著作物の創作的表現をそのまま出力させる意図までは有していないが、少量の学習データを用いて、学習データに含まれる著作物の創作的表現の影響を強く受けた生成物が出力されるような追加的な学習を行うため、著作物の複製等を行う場合」に関しては、具体的事案に応じて、学習データの著作物の創作的表現を直接感得できる生成物を出力することが目的であると評価される場合は、享受目的が併存すると考えられる。他方で、学習データの著作物の創作的表現を直接感得できる生成物を出力することが目的であるとは評価されない場合は、享受目的が併存しないと考えられる。
○ 近時は、特定のクリエイターの作品である少量の著作物のみを学習データとして追加的な学習を行うことで、当該作品群の影響を強く受けた生成物を生成することを可能とする行為が行われており、このような行為によって特定のクリエイターの、いわゆる「作風」を容易に模倣できてしまうといった点に対する懸念も示されている。 この点に関して、生成AIの開発・学習段階においては、当該作品群は、表現に至らないアイデアのレベルにおいて、当該クリエイターのいわゆる「作風」を共通して有しているにとどまらず、創作的表現が共通する作品群となっている場合もあると考えられる。このような場合に、意図的に、当該創作的表現の全部又は一部を生成AIによって出力させることを目的とした追加的な学習を行うため、当該作品群の複製等を行うような場合は、享受目的が併存すると考えられる。 また、生成・利用段階においては、当該生成物が、表現に至らないアイデアのレベルにおいて、当該作品群のいわゆる「作風」と共通しているにとどまらず、表現のレベルにおいても、当該生成物に、当該作品群の創作的表現が直接感得できる場合、当該生成物の生成及び利用は著作権侵害に当たり得ると考えられる。
○ なお、生成・利用段階において、AI が学習した著作物と創作的表現が共通した生成物が生成される事例があったとしても、通常、このような事実のみをもって開発・学習段階における享受目的の存在を推認することまではできず、法第 30 条の4の適用は直ちに否定されるものではないと考えられる。他方で、生成・利用段階において、学習された著作物と創作的表現が共通した生成物の生成が著しく頻発するといった事情は、開発・学習段階における享受目的の存在を推認する上での一要素となり得ると考えられる。

ウ 検索拡張生成(RAG)等について

○ 検索拡張生成(RAG)その他の、生成AIによって著作物を含む対象データを検索し、その結果の要約等を行って回答を生成する手法(以下「RAG等」という。)については、これを実装しようとする場合、生成AI自体の開発に伴う学習のための著作物の複製等のほかに、既存のデータベースやWeb上に掲載されたデータに含まれる著作物の内容をベクトルに変換したデータベースを作成する等の行為に伴う著作物の複製等が生じ得る。 このような場合、既存のデータベースやWeb上に掲載されたデータが著作物を含まないものであれば著作権法上の問題は生じないが、他方、既存のデータベースやWeb上に掲載されたデータに著作物が含まれる場合、著作物の内容をベクトルに変換したデータベースの作成等に伴う著作物の複製等が、生成に際して、当該複製等に用いられた著作物の創作的表現の全部又は一部を出力することを目的としたものである場合には、当該複製等は、非享受目的の利用行為とはいえず、法第30条の4は適用されないと考えられる。
○ 他方で、RAG等による回答の生成に際して既存の著作物を利用することについては、法第47条の5第1項第1号又は第2号の適用があることが考えられる。 ただし、この点に関しては、法第47条の5第1項に基づく既存の著作物の利用は、当該著作物の「利用に供される部分の占める割合、その利用に供される部分の量、その利用に供される際の表示の精度その他の要素に照らし軽微なもの」(軽微利用)に限って認められることに留意する必要がある。また、同項に基づく既存の著作物の利用は、同項各号に掲げる行為に「付随して」行われるものであることが必要とされているように、既存の著作物の創作的表現の提供を主たる目的とする場合は同項に基づく権利制限の対象となるものではない、ということにも留意する必要がある。 そのため、RAG等による生成に際して、「軽微利用」の程度を超えて既存の著作物を利用するような場合は、法第47条の5第1項は適用されず、原則として著作権者の許諾を得て利用する必要があると考えられる。
○ また、RAG 等のために行うベクトルに変換したデータベースの作成等に伴う、既存の著作物の複製又は公衆送信については、同条第2項に定める準備行為として、権利制限規定の適用を受けることが考えられる。

【著作権者の利益を不当に害することとなる場合について】

エ 著作権者の利益を不当に害することとなる場合の具体例について
(ア)法第30条の4ただし書の解釈に関する考え方について
○ 法第30条の4においては、そのただし書において「当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。」と規定し、これに該当する場合は同条が適用されないこととされている。
○ この点に関して、本ただし書は、法第30条の4本文に規定する「当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」に該当する場合にその適用可否が問題となるものであることを前提に、その該当性を検討することが必要と考えられる。
○ また、本ただし書への該当性を検討するに当たっては、著作権者の著作物の利用市場と衝突するか、あるいは将来における著作物の潜在的販路を阻害するかという観点から、技術の進展や、著作物の利用態様の変化といった諸般の事情を総合的に考慮して検討することが必要と考えられる。

(イ)アイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることについて

○ 本ただし書において「当該著作物の」と規定されているように、著作権者の利益を不当に害することとなるか否かは、法第 30 条の4に基づいて利用される当該著作物について判断されるべきものと考えられる。 (例)AI学習のための学習データとして複製等された著作物
○ 作風や画風といったアイデア等が類似するにとどまり、既存の著作物との類似性が認められない生成物は、これを生成・利用したとしても、既存の著作物との関係で著作権侵害とはならない。
○ 著作権法が保護する利益でないアイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることにより、特定のクリエイター又は著作物に対する需要が、AI 生成物によって代替されてしまうような事態が生じることは想定しうるものの、当該生成物が学習元著作物の創作的表現と共通しない場合には、著作権法上の「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には該当しないと考えられる。他方で、この点に関しては、特定のクリエイター又は著作物に対する需要が、AI 生成物によって代替されてしまうような事態が生じる場合、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当し得ると考える余地があるとする意見が一定数みられた。
○ なお、この点に関しては、アイデアと創作的表現との区別は、具体的事案に応じてケースバイケースで判断されるものであり、上記イ(イ)のとおり、特定のクリエイターの作品である少量の著作物のみを学習データとして追加的な学習を行う場合、当該作品群が、当該クリエイターの作風を共通して有している場合については、これにとどまらず、創作的表現が共通する作品群となっている場合もあると考えられる。このような場合には、追加的な学習のために当該作品群の複製等を行うことにおいて享受目的が併存し得ることや、生成・利用段階において、生成物に当該作品群の創作的表現が直接感得でき、著作権侵害に当たり得ることに配意すべきである。

(ウ)情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物の例について
○ 上記(ア)のとおり、本ただし書への該当性は諸般の事情を総合的に考慮して検討することが必要と考えられるが、本ただし書に該当すると考えられる例としては、「基本的な考え方」(9頁)において、「大量の情報を容易に情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物が販売されている場合に,当該データベースを情報解析目的で複製等する行為」が既に示されている。
○ この点に関して、上記の例で示されている「大量の情報を容易に情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物」としては、DVD等の記録媒体に記録して提供されるもののみならず、インターネット上でファイルのダウンロードを可能とすることや、データの取得を可能とするAPI(Application Programming Interface)の提供などにより、オンラインでデータが提供されるものも含まれ得ると考えられる。
○ また、「当該データベースを(……)複製等する行為」に関しては、データベースの著作権は、データベースの全体ではなくその一部分のみが利用される場合であっても、当該一部分でも創作的表現部分が利用されれば、その部分についても及ぶ(加戸守行『著作権法逐条講義 七訂新版』(公益社団法人著作権情報センター、2021年)142頁参照)とされている。
○ これを踏まえると、例えば、インターネット上のウェブサイトで、ユーザーの閲覧に供するため記事等が提供されているのに加え、データベースの著作物から容易に情報解析に活用できる形で整理されたデータを取得できるAPIが有償で提供されている場合において、当該APIを有償で利用することなく、当該ウェブサイトに閲覧用に掲載された記事等のデータから、当該データベースの著作物の創作的表現が認められる一定の情報のまとまりを情報解析目的で複製する行為は、本ただし書に該当し、同条による権利制限の対象とはならない場合があり得ると考えられる。

(エ)本ただし書に該当し得る上記(ウ)の具体例について(学習のための複製等を防止する技術的な措置が施されている場合等の考え方)

○ 著作権法上の権利制限規定は、文化的所産の公正な利用に配慮して、著作権者の許諾なく著作物を利用できることとするものである。また、こうした権利制限規定のうち、法第30条の4は、「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない行為については、著作物の表現の価値を享受して自己の知的又は精神的欲求を満たすという効用を得ようとする者からの対価回収の機会を損なうものではなく、著作権法が保護しようとしている著作権者の利益を通常害するものではないと考えられるため、当該行為については原則として権利制限の対象とすることが正当化できるものと考えられる」(「基本的な考え方」6頁)との観点から立法されたものである。
○ このような権利制限規定一般についての立法趣旨、及び法第30条の4の立法趣旨からすると、著作権者が反対の意思を示していることそれ自体をもって、権利制限規定の対象から除外されると解釈することは困難である。そのため、こうした意思表示があることのみをもって、法第 30 条の4ただし書に該当するとは考えられない。
○ 他方で、AI 学習のための著作物の複製等を防止するための、機械可読な方法による技術的な措置としては、現時点において既に広く行われているものが見受けられる。こうした措置をとることについては、著作権法上、特段の制限は設けられておらず、権利者やウェブサイトの管理者の判断によって自由に行うことが可能である。
(例)ウェブサイト内のファイル”robots.txt”への記述によって、AI学習のための複製を行うクローラによるウェブサイト内へのアクセスを制限する措置
(例)ID・パスワード等を用いた認証によって、AI学習のための複製を行うクローラによるウェブサイト内へのアクセスを制限する措置

○ このような技術的な措置は、あるウェブサイト内に掲載されている多数のデータを集積して、情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物として販売する際に、当該データベースの販売市場との競合を生じさせないために講じられていると評価し得る例がある(データベースの販売に伴う措置、又は販売の準備行為としての措置)。
○ そのため、AI 学習のための著作物の複製等を防止する技術的な措置が講じられており、かつ、このような措置が講じられていること等の事実から、当該ウェブサイト内のデータを含み、情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物が将来販売される予定があることが推認される場合には、この措置を回避して、クローラにより当該ウェブサイト内に掲載されている多数のデータを収集することにより、AI 学習のために当該データベースの著作物の複製等をする行為は、当該データベースの著作物の将来における潜在的販路を阻害する行為として、本ただし書に該当し、法第 30 条の4による権利制限の対象とはならないことが考えられる。
○ なお、このような技術的な措置が、著作権法に規定する「技術的保護手段」又は「技術的利用制限手段」に該当するか否かは、現時点において行われている技術的な措置が、従来、「技術的保護手段」又は「技術的利用制限手段」に該当すると考えられてきたものとは異なることから、今後の技術の動向も踏まえ検討すべきものと考えられる。

(オ)海賊版等の権利侵害複製物をAI学習のため複製することについて

○ インターネット上のデータが海賊版等の権利侵害複製物であるか否かは、究極的には当該複製物に係る著作物の著作権者でなければ判断は難しく、AI 学習のため学習データの収集を行おうとする者にこの点の判断を求めることは、現実的に難しい場合が多いと考えられる。加えて、権利侵害複製物という場合には、漫画等を原作のまま許諾なく多数アップロードした海賊版サイトに掲載されているようなものから、SNS 等において個人のユーザーが投稿する際に、引用等の権利制限規定の要件を満たさなかったもの等まで様々なものが含まれる。
○ このため、AI 学習のため、インターネット上において学習データを収集する場合、収集対象のデータに、海賊版等の、著作権を侵害してアップロードされた複製物が含まれている場合もあり得る。
○ 他方で、海賊版により我が国のコンテンツ産業が受ける被害は甚大であり、リーチサイト規制を含めた海賊版対策を進めるべきことは論を待たない。文化庁においては、権利者及び関係機関による海賊版に対する権利行使の促進に向けた環境整備等、引き続き実効的かつ強力に海賊版対策に取り組むことが期待される。
○ AI開発事業者やAIサービス提供事業者においては、学習データの収集を行うに際して、海賊版を掲載しているウェブサイトから学習データを収集することで、当該ウェブサイトへのアクセスを容易化したり、当該ウェブサイトの運営を行う者に広告収入その他の金銭的利益を生じさせるなど、当該行為が新たな海賊版の増加といった権利侵害を助長するものとならないよう十分配慮した上でこれを行うことが求められる。
○ 特に、ウェブサイトが海賊版等の権利侵害複製物を掲載していることを知りながら、当該ウェブサイトから学習データの収集を行うといった行為は、厳にこれを慎むべきものである。この点に関して、生成・利用段階においては、後掲(2)キのとおり、既存の著作物の著作権侵害が生じた場合、AI開発事業者又はAI サービス提供事業者も、当該侵害行為の規範的な主体として責任を負う場合があり得る。この規範的な行為主体の認定に当たっては、当該行為に関する諸般の事情が総合的に考慮されるものと考えられる。
○ AI開発事業者やAIサービス提供事業者が、ウェブサイトが海賊版等の権利侵害複製物を掲載していることを知りながら、当該ウェブサイトから学習データの収集を行ったという事実は、これにより開発された生成AIにより生じる著作権侵害についての規範的な行為主体の認定に当たり、その総合的な考慮の一要素として、当該事業者が規範的な行為主体として侵害の責任を問われる可能性を高めるものと考えられる(AI開発事業者又はAIサービス提供事業者の行為主体性について、後掲(2)キも参照)。
○ この点に関して、こうした海賊版等の権利侵害複製物を掲載するウェブサイトからの学習データの収集は、少量の学習データを用いて、学習データに含まれる著作物の創作的表現の影響を強く受けた生成物が出力されるような追加的な学習を行うことを目的として行われる場合もあると考えられる。このような追加的な学習を行うことを目的として、学習データの収集のため既存の著作物の複製等を行う場合、開発・学習段階においては上記イ(イ)のとおり、具体的事案に応じて、学習データの著作物の創作的表現を直接感得できる生成物を出力することが目的であると評価される場合は、享受目的が併存すると考えられるが、これに加えて、生成・利用段階においては、これにより追加的な学習を経た生成AIが、当該既存の著作物の創作的表現を含む生成物を生成することによる、著作権侵害の結果発生の蓋然性が認められる場合があると考えられる。
○ そのため、海賊版等の権利侵害複製物を掲載するウェブサイトからの学習データの収集を行う場合等に、事業者において、このような、少量の学習データに含まれる著作物の創作的表現の影響を強く受けた生成物が出力されるような追加的な学習を行う目的を有していたと評価され、当該生成AIによる著作権侵害の結果発生の蓋然性を認識しながら、かつ、当該結果を回避する措置を講じることが可能であるにもかかわらずこれを講じなかったといえる場合は、当該事業者は著作権侵害の結果発生を回避すべき注意義務を怠ったものとして、当該生成AIにより生じる著作権侵害について規範的な行為主体として侵害の責任を問われる可能性が高まるものと考えられる。

【侵害に対する措置について】

オ AI学習に際して著作権侵害が生じた際に、学習を行った事業者が受け得る措置について
○ 享受目的が併存する、又はただし書に該当する等の理由で法第30条の4が適用されず、他の権利制限規定も適用されない場合、権利者からの許諾が得られない限り、AI学習のための複製は著作権侵害となる。
○ この場合、AI 学習のための複製を行った者が受け得る措置としては、損害賠償請求(民法第 709 条)、侵害行為の差止請求(法第 112 条第1項)、将来の侵害行為の予防措置の請求(同条第2項)、刑事罰(法第119条)等が規定されている。
○ なお、損害賠償請求についてはその要件として故意又は過失の存在が、刑事罰については故意の存在が必要となる。 カ AI学習に際して著作権侵害が生じた際に、権利者による差止請求等が認められ得る範囲について (ア)将来のAI学習に用いられる学習用データセットからの除去の請求について
○ AI学習に際して著作権侵害が生じた際は、上記(1)オのとおり、AI学習のための複製を行った者に対し、侵害行為の差止請求(法第 112 条第1項)及び将来の侵害行為の予防措置の請求(同条第2項)が考えられる。
○ このうち、将来の侵害行為の予防措置の請求は、将来において侵害行為が生じる蓋然性が高いといえる場合に、あらかじめこれを防止する措置を請求できるとするものである。そのため、著作権侵害の対象となった当該著作物が、将来において AI 学習に用いられることに伴って、複製等の侵害行為が新たに生じる蓋然性が高いといえる場合は、当該 AI 学習に用いられる学習用データセットからの当該著作物の除去が、将来の侵害行為の予防措置の請求として認められ得ると考えられる。

(イ)学習済みモデルの廃棄請求について
○ 法第112 条第2項では、侵害の停止又は予防に必要な措置としての廃棄請求の対象となるものとして「侵害の行為を組成した物、侵害の行為によつて作成された物又は専ら侵害の行為に供された機械若しくは器具」が規定されている。
○ AI学習により作成された学習済モデルは、学習に用いられた著作物の複製物とはいえない場合が多いと考えられ、「侵害の行為を組成した物」又は「侵害の行為によつて作成された物」には該当しないと考えられる。また、通常、AI 学習により作成された学習済モデルは、学習データである著作物と類似しないものを生成することができると考えられることから、「専ら侵害の行為に供された機械若しくは器具」にも該当しないと考えられる。そのため、AI 学習により作成された学習済モデルについての廃棄請求は、通常、認められないものと考えられる。
○ 他方で、当該学習済モデルが、学習データである著作物と類似性のある生成物を高確率で生成する状態にある等の場合は、学習データである著作物の創作的表現が当該学習済モデルに残存しているとして、法的には、当該学習済モデルが学習データである著作物の複製物であると評価される場合も考えられ、このような場合は、「侵害の行為を組成した物」又は「侵害の行為によつて作成された物」として、当該学習済モデルの廃棄請求が認められる場合もあり得る。また、この場合は、当該学習済モデルが、学習データである著作物と類似性のある生成物の生成(すなわち複製権侵害を構成する複製)に専ら供されたとして「専ら侵害の行為に供された機械若しくは器具」として廃棄請求が認められる場合もあり得る。

【その他の論点について】

キ AI学習における、法第30条の4に規定する「必要と認められる限度」について
○ 法第30条の4では、「その必要と認められる限度において」といえることが、同条に基づく権利制限の要件とされている。
○ この点に関して、大量のデータを必要とする機械学習(深層学習)の性質を踏まえると、AI 学習のために複製等を行う著作物の量が大量であることをもって、「必要と認められる限度」を超えると評価されるものではないと考えられる。

ク 法30条の4以外の権利制限規定の適用について
○ 著作権法上の権利制限規定としては、上記の法第 30条の4及び第 47条の5のほか、法第2章第3節第5款において複数の規定が設けられている。
○ この点に関して、AI学習のための著作物の複製等については、上記の法第30条の4及び第 47 条の5以外にも、当該複製等を対象とする権利制限規定が適用される場合であれば、権利者の許諾を得ることなく適法に行うことができる。
○ 適用があり得ると考えられる権利制限規定としては、具体的には、私的使用目的の複製(法第30条第1項)、学校その他の教育機関における複製等(法第35条)が考えられる。
○ そのため、例えば、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内においてAI学習のために使用する目的で行う場合、AI学習のための学習データの収集に伴う複製は、法第 30 条の4の適用の有無に関わりなく、権利者の許諾を得ることなく適法に行うことができると考えられる。
○ なお、このように私的使用目的の複製(法第30条第1項)に基づいてAI学習のための学習データの収集に伴う複製を行った場合は、法第30条の4に基づいて複製を行った場合と異なり、収集した学習データをAI学習のためのデータセットとして第三者に譲渡したり、公衆送信したりする行為には法第30条第1項の権利制限規定は適用されない。このように、それぞれの権利制限規定において、権利者の許諾を得ることなく可能とされている行為が異なることには留意する必要がある。

(2)生成・利用段階

ア 検討の前提

○ 生成AIにより生成物を出力し、その生成物を利用する段階(以下、「生成・利用段階」という。)では、生成物の生成行為(著作権法における複製等)と、生成物のインターネットを介した送信などの利用行為(著作権法における複製、公衆送信等)について、既存の著作物の著作権侵害となる可能性があり、この場合においては、従前の人間が AI を使わずに行う創作活動の際の著作権侵害の要件と同様に考える必要がある。
○ 既存の判例では、ある作品に、既存の著作物との類似性と依拠性の両者が認められる際に、著作権侵害となるとされている。
○ 現在、生成AIを利用した創作活動においては、開発の際に、AI利用者が知り得なかった著作物を含む大量のデータを用いている生成 AIを利用する場合もあり、このような利用は、AI 利用者が認識し得ない著作物に基づいたものを生成する可能性もある。
○ このように、AI利用者が、自らが知りえない環境で開発された生成AIを創作活動に使っていることなど、人間が AIを使わずに行う創作活動と異なる点も踏まえ、生成・利用段階における著作権侵害について、侵害が認められる場合の考え方や侵害に対する差止請求や損害賠償請求、刑事罰といった受け得る措置、責任主体の考え方などについて整理する必要がある。

【著作権侵害の有無の考え方について】
イ 著作権侵害の有無の考え方について
○ 上記アのとおり、既存の判例では、ある作品に、既存の著作物との類似性と依拠性の両者が認められる際に、著作権侵害となるとされており、生成 AIを利用した場合にこれらが認められる場合については、以下のように考えられる。

(ア)類似性の考え方について
○ 類似性の有無は、既存の判例では、表現それ自体でない部分や表現上の創作性がない部分について既存の著作物との同一性があるにとどまるものではなく、既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものについて、認められてきた。
○ AI生成物と既存の著作物との類似性の判断についても、人間がAIを使わずに創作したものについて類似性が争われた既存の判例と同様、既存の著作物の表現上の本質的な特徴が感得できるかどうかということ等により判断されるものと考えられる。なお、ここでいう「表現上の本質的な特徴」に具体的に当たるものについては、個別具体的な事例に即し、判断されることに留意する必要がある。

(イ)依拠性の考え方について
○ 依拠性の判断については、既存の判例・裁判例では、ある作品が、既存の著作物に類似していると認められるときに、当該作品を制作した者が、既存の著作物の表現内容を認識していたことや、同一性の程度の高さなどによりその有無が判断されてきた。特に、人間の創作活動においては、既存の著作物の表現内容を認識しえたことについて、その創作者が既存の著作物に接する機会があったかどうかなどにより推認されてきた。
○ 一方、生成AIの場合、その開発のために利用された著作物を、生成 AIの利用者が認識していないが、当該著作物に類似したものが生成される場合も想定され、このような事情は、従来の依拠性の判断に影響しうると考えられる。
○ そこで、従来の人間が創作する場合における依拠性の考え方も踏まえ、生成 AIによる生成行為について、依拠性が認められるのはどのような場合か、整理することとする。

① AI利用者が既存の著作物を認識していたと認められる場合
生成AIを利用した場合であっても、AI 利用者が既存の著作物(その表現内容)を認識しており、生成AIを利用して当該著作物の創作的表現を有するものを生成させた場合は、依拠性が認められ、AI 利用者による著作権侵害が成立すると考えられる。
(例)Image to Image(画像を生成AIに指示として入力し、生成物として画像を得る行為) のように、既存の著作物そのものを入力する場合や、既存の著作物の題号などの特定の固有名詞を入力する場合
この点に関して、既存の判例・裁判例においては、被疑侵害者の既存著作物へのアクセス可能性、すなわち既存の著作物に接する機会があったことや、類似性の程度の高さ等の間接事実により、被疑侵害者が既存の著作物の表現内容を認識していたことが推認されてきた。
このような既存の判例・裁判例を踏まえると、生成AIが利用された場合であっても、権利者としては、被疑侵害者において既存著作物へのアクセス可能性があったことや、生成物に既存著作物との高度な類似性があること等を立証すれば、依拠性があるとの推認を得ることができると考えられる。

② AI 利用者が既存の著作物を認識していなかったが、AI 学習用データに当該著作物が含まれる場合
AI利用者が既存の著作物(その表現内容)を認識していなかったが、当該生成AIの開発・学習段階で当該著作物を学習していた場合については、客観的に当該著作物へのアクセスがあったと認められることから、当該生成AIを利用し、当該著作物に類似した生成物が生成された場合は、通常、依拠性があったと推認され、著作権侵害になりうると考えられる。
ただし、当該生成AIについて、開発・学習段階において学習に用いられた著作物の創作的表現が、生成・利用段階において生成されることはないといえるような技術的な措置が講じられているといえる場合もあり得る。このような技術的な措置が講じられていること等の事情から、当該生成AIにおいて、学習に用いられた著作物の創作的表現が、生成・利用段階において利用されていないと法的に評価できる場合には、AI 利用者において当該評価を基礎づける事情を主張・立証することにより、当該生成 AI の開発・学習段階で既存の著作物を学習していた場合であっても、依拠性がないと判断される場合はあり得ると考えられる。 なお、生成AIの開発・学習段階で既存の著作物を学習していた場合において、AI 利用者が著作権侵害を問われた場合、後掲(2)キのとおり、当該生成AIを開発した事業者においても、著作権侵害の規範的な主体として責任を負う場合があることについては留意が必要である。

③ AI 利用者が既存の著作物を認識しておらず、かつ、AI 学習用データに当該著作物が含まれない場合
AI利用者が既存の著作物(その表現内容)を認識しておらず、かつ、当該生成AIの開発・学習段階で、当該著作物を学習していなかった場合は、当該生成AIを利用し、当該著作物に類似した生成物が生成されたとしても、これは偶然の一致に過ぎないものとして、依拠性は認められず、著作権侵害は成立しないと考えられる。

ウ 依拠性に関するAI利用者の主張・立証と学習データについて
○ 依拠性が推認された場合は、被疑侵害者の側で依拠性がないことの主張・立証の必要が生じることとなるが、上記のイ②で確認したことの反面として、当該生成AIの開発・学習段階で当該既存の著作物を学習に用いていなかった場合、これは、依拠性が認められる可能性を低減させる事情と考えられる。
そのため、AI生成物と既存の著作物との類似性の高さ等の間接事実により依拠性が推認される場合、被疑侵害者の側が依拠性を否定する上では、当該生成AIの開発に用いられた学習データに当該著作物が含まれていないこと等の事情が、依拠性を否定する間接事実となるため、被疑侵害者の側でこれを主張・立証することが考えられる。

【侵害に対する措置について】

エ 侵害に対する措置について
○ 著作権侵害が認められた場合、侵害者が受け得る措置としては、差止請求、損害賠償請求及び著作権侵害に基づく刑事罰が考えられる。
○ 差止請求については、故意及び過失の有無を問わず可能とされている。これに対して、損害賠償請求については侵害者に故意又は過失が認められることが必要であり、また、刑事罰が科せられるためには、侵害者に故意が認められることが必要である。
○ そのうえで、侵害に対する措置としては、以下のように考えられる。
○ AI利用者が侵害の行為に係る著作物等を認識していなかったなどの事情により、著作権侵害についての故意又は過失が認められない場合においては、著作権侵害が認められたとしても、受け得る措置は、差止請求に留まり、刑事罰や損害賠償請求の対象となることはないと考えられる。
○ もっとも、AI 利用者が侵害の行為に係る著作物等を認識していなかった場合でも、AI 利用者に対しては、不当利得返還請求として、著作物の使用料相当額等の不当利得の返還が認められることがあり得ると考えられる。

オ 利用行為が行われた場面ごとの判断について
○ 生成・利用段階においては、生成と利用の場面それぞれで故意又は過失の有無について判断は異なり得ると考えられる。また、生成時の複製については権利制限規定の範囲内であったとしても、生成物の譲渡や公衆送信といった利用時には、権利制限規定の範囲を超える行為として、著作権侵害となる場合があるため留意が必要である。

カ 差止請求として取り得る措置について
○ 生成AIによる生成・利用段階において著作権侵害があった場合、侵害の行為に係る著作物等の権利者は、生成 AIを利用し著作権侵害をした者に対して、新たな侵害物の生成及び、すでに生成された侵害物の利用行為に対する差止請求が可能と考えられる。この他、侵害行為による生成物の廃棄の請求は可能と考えられる。
○ また、生成AIの開発事業者に対しては、著作権侵害の予防に必要な措置として、侵害物を生成した生成 AI の開発に用いられたデータセットが、その後も AI 開発に用いられる蓋然性が高い場合には、当該データセットから、当該侵害の行為に係る著作物等の廃棄を請求することは可能と考えられる。
○ また、侵害物を生成した生成AIについて、当該生成 AIによる生成によって更なる著作権侵害が生じる蓋然性が高いといえる場合には、生成 AIの開発事業者に対して、当該生成 AI による著作権侵害の予防に必要な措置を請求することができると考えられる。
○ この点に関して、侵害の予防に必要な措置としては、当該侵害の行為に係る著作物等の類似物が生成されないよう、例えば、①特定のプロンプト入力については、生成をしないといった措置、あるいは、②当該生成 AIの学習に用いられた著作物の類似物を生成しないといった措置等の、生成 AIに対する技術的な制限を付す方法などが考えられる。

【侵害行為の責任主体について】

キ 侵害行為の責任主体について
○ 既存の判例・裁判例上、著作権侵害の主体としては、物理的に侵害行為を行った者が主体となる場合のほか、一定の場合に、物理的な行為主体以外の者が、規範的な行為主体として著作権侵害の責任を負う場合がある(いわゆる規範的行為主体論)。
○ AI生成物の生成・利用が著作権侵害となる場合の侵害の主体の判断においても、物理的な行為主体である当該利用者のみならず、生成AIの開発や、生成AIを用いたサービス提供を行う事業者が、著作権侵害の行為主体として責任を負う41 場合があると考えられる。
この点に関して、具体的には、以下のように考えられる。
① ある特定の生成 AI を用いた場合、侵害物が高頻度で生成される場合は、事業者が侵害主体と評価される可能性が高まるものと考えられる。
② 事業者が、生成AIの開発・提供に当たり、当該生成AIが既存の著作物の類似物を生成する蓋然性の高さを認識しているにも関わらず、当該類似物の生成を抑止する技術的な手段を施していない場合、事業者が侵害主体と評価される可能性が高まるものと考えられる。
③ 事業者が、生成AIの開発・提供に当たり、当該生成AIが既存の著作物の類似物を生成することを防止する技術的な手段を施している場合、事業者が侵害主体と評価される可能性は低くなるものと考えられる。
④ 当該生成 AI が、事業者により上記の(2)キ③の手段を施されたものであるなど侵害物が高頻度で生成されるようなものでない場合においては、たとえ、AI 利用者が既存の著作物の類似物の生成を意図して生成AIにプロンプト入力するなどの指示を行い、侵害物が生成されたとしても、事業者が侵害主体と評価される可能性は低くなるものと考えられる。

【その他の論点】
ク 生成指示のための生成AIへの著作物の入力について
○ 生成AIに対して生成の指示をする際は、プロンプトと呼ばれる複数の単語又は文章や、画像等を生成 AI に入力する場合があり、入力に当たっては、著作物の複製等が生じる場合がある。
○ この生成AIに対する入力は、生成物の生成のため、入力されたプロンプトを情報解析するものであるため、これに伴う著作物の複製等については、法第 30 条の4の適用が考えられる。
○ ただし、生成AIに対する入力に用いた既存の著作物と類似する生成物を生成させる目的で当該著作物を入力する行為は、生成 AIによる情報解析に用いる目的の他、入力した著作物に表現された思想又は感情を享受する目的も併存すると考えられるため、法第30条の4は適用されないと考えられる。

ケ 権利制限規定の適用について
〇 生成AIの生成・利用段階においては、生成指示のための既存の著作物の複製等(プロンプト入力)や、既存の著作物に類似した生成物の生成、出力された既存の著作物に類似する生成物の利用といった場面で、既存の著作物を利用することがあり得る。これらの場合については、権利制限規定が適用され、権利者の許諾なく行うことができる場合があると考えられる。
〇具体的には、私的使用目的の複製(法第 30 条第1項)、学校その他の教育機関における複製等(法第 35 条)がある。また、企業・団体等の内部において、生成物を生成することについては、生成物が既存著作物と類似している検討過程における利用(法第30条の3)の適用が考えられる。 なお、特に、生成AIによる生成・利用段階については、生成段階と、利用段階の利用行為それぞれについて、権利制限規定の適用を検討する必要があり、その一方で権利制限規定が適用される場合でも、他方では適用の範囲外となり、著作権者の許諾が必要となる場合も想定される。そのため、それぞれの利用行為について、権利制限規定の適用の有無を検討することが必要である。

コ 学習に用いた著作物等の開示が求められる場合について

〇 生成AIの生成物の侵害の有無の判断に当たって必要な要件である依拠性の有無については、上記イ(イ)のとおり、当該生成AIの開発・学習段階で侵害の行為に係る著作物を学習していた場合には認められると考える。
〇 このような立証のため、事業者に対し、法第114条の3(書類の提出等)や、民事訴訟法上の文書提出命令(同法第223条第1項)、文書送付嘱託(同法第226条)等に基づき、当該生成AIの開発・学習段階で用いたデータの開示を求めることができる場合もあるが、依拠性の立証においては、データの開示を求めるまでもなく、高度の類似性があることなどでも認められ得る。

(3)生成物の著作物性について

ア 整理することの意義・実益について

○ AI生成物の著作物性の整理については、AI生成物が著作権法による保護を受けるのかといった観点より、生成 AIを活用したビジネスモデルの検討に影響を与えうるほか、AI 生成物を利用する際に著作権者に許諾をとる必要があるのかといった判断に影響を与えうるものであり、その意義や実益はあると考える。
○ なお、ある作品において、生成AIを利用し作成されたものであることを示すウォーターマークが付されているなど、生成 AIを利用し作成されたものであることが明らかであることや、作品の一部について著作物性が否定される要素があったとしても、本整理による著作物性の有無についての考え方が、当該作品全体の著作物性の有無についての考え方に影響するわけではないことに留意する必要がある。

イ 生成AIに対する指示の具体性とAI生成物の著作物性との関係について

○ 著作権法上の従来の解釈における著作者の認定と同様に考えられ、共同著作物に関する既存の裁判例等に照らせば、生成 AI に対する指示が表現に至らないアイデアにとどまるような場合には、当該 AI生成物に著作物性は認められないと考えられる。
○ また、AI生成物の著作物性は、個々のAI生成物について個別具体的な事例に応じて判断されるものであり、単なる労力にとどまらず、創作的寄与があるといえるものがどの程度積み重なっているか等を総合的に考慮して判断されるものと考えられる。例として、著作物性を判断するに当たっては、以下の①~③に示すような要素があると考えられる。

① 指示・入力(プロンプト等)の分量・内容

AI生成物を生成するに当たって、創作的表現といえるものを具体的に示す詳細な指示は、創作的寄与があると評価される可能性を高めると考えられる。他方で、長大な指示であったとしても、創作的表現に至らないアイデアを示すにとどまる指示は、創作的寄与の判断に影響しないと考えられる。

② 生成の試行回数

試行回数が多いこと自体は、創作的寄与の判断に影響しないと考えられる。他方で、①と組み合わせた試行、すなわち生成物を確認し指示・入力を修正しつつ試行を繰り返すといった場合には、著作物性が認められることも考えられる。

③ 複数の生成物からの選択

単なる選択行為自体は創作的寄与の判断に影響しないと考えられる。他方で、通常創作性があると考えられる行為であっても、その要素として選択行為があるものもあることから、そうした行為との関係についても考慮する必要がある。
○ また、人間が、AI 生成物に、創作的表現といえる加筆・修正を加えた部分については、通常、著作物性が認められると考えられる。もっとも、それ以外の部分についての著作物性には影響しないと考えられる。

ウ 著作物性がないものに対する保護

○ 著作物性がないものであったとしても、判例上、その複製や利用が、営業上の利益を侵害するといえるような場合には、民法上の不法行為として損害賠償請求が認められ得ると考えられる。

(4) その他の論点について

○ 学習済みモデルから、学習に用いられたデータを取り除くように、学習に用いられたデータに含まれる著作物の著作権者等が求め得るか否かについては、現状ではその実現可能性に課題があることから、将来的な技術の動向も踏まえて見極める必要がある。
○ また、著作権者等への対価還元という観点からは、法第30条の4の趣旨を踏まえると、AI 開発に向けた情報解析の用に供するために著作物を利用することにより、著作権法で保護される著作権者等の利益が通常害されるものではないため、対価還元の手段として、著作権法において補償金制度を導入することは理論的な説明が困難であると考えられる。
○ 他方、コンテンツ創作の好循環の実現を考えた場合に、著作権法の枠内にとどまらない議論として、技術面や考え方の整理等を通じて、市場における対価還元を促進することについても検討が必要であると考えられる。
○ なお、著作物に当たらないものについて著作物であると称して流通させるという行為については、著作物のライセンス契約のような取引の場面においてこれを行った場合、契約上の債務不履行責任を生じさせるほか、取引の相手方を欺いて利用の対価等の財物を交付させた詐欺行為として、民法上の不法行為責任を問われることや、刑法上の詐欺罪に該当する可能性が考えられる。この点に関して、著作権法による保護が適切かどうかなど、著作権との関係については、引き続き議論が必要であると考えられる。

6.最後に

○ AIと著作権の関係については、今後、著作権侵害等に関する判例・裁判例をはじめとした具体的な事例の蓄積、AI やこれに関連する技術の発展、諸外国における検討状況の進展等が予想され、これらを踏まえて引き続き検討を行っていく必要がある。
○ 本考え方は、その公表の時点における、AI と著作権に関する本小委員会としての考え方を示すものであり、今後も、特に以下のような点を含め、引き続き情報の把握・収集に努め、必要に応じて本考え方の見直しを行っていくこととする。

① AIの開発や利用によって生じた著作権侵害の事例・被疑事例
② AI及び関連技術の発展状況
③ 諸外国におけるAIと著作権に関する検討状況

○ また、AIをはじめとする新たな技術への対応については、著作権法の基本原理や、法第30条の4をはじめとする各規定の立法趣旨といった観点からの総論的な課題を含め、中長期的に議論を行っていくことが必要と考えられる。本考え方では、著作権法において定める権利のうち、著作権(著作財産権)を中心に検討を行ったところ、今後、著作者人格権や著作隣接権とAIとの関係において検討すべき点の有無やその内容に関する検討を含め、様々な技術の動向や、諸外国の著作権制度との調和、他の知的財産法制における議論の動向なども見据えつつ、議論を継続していくことが必要である。
○ 上記のような継続的な検討と並行して、本考え方に示されたAIと著作権に関する考え方については、著作権制度に関する基本的な考え方とともに、広く国民に対して周知し啓発を図ることが必要であり、文化庁においては、これらの内容について、一般社会に分かりやすい形での周知啓発に向けて、積極的に取り組むことが期待される。

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