現代の医療において、「リアルワールドデータ」という言葉がますます重要な意味を持つようになっています。これは、臨床試験のような管理された環境ではなく、日常の診療現場で得られる多様な医療情報を指します。その代表的なものに、医療機関が保険者に診療報酬を請求するために作成するレセプトデータや、医師が日々の診療内容を記録する電子カルテデータなどがあります。これらのデータには、実際の患者がどのような治療を受け、どのような経過を辿ったかという貴重な情報が詰まっています。しかし、これらの情報は極めて機微な個人情報を含むため、通常は個々の医療機関や保険組合の内部に厳重に保管され、外部に出ることはありません。
この状況に対して、データを適切に匿名加工し、個人が特定できない形にすることで、医療の質の向上や新しい治療法の開発、経営の効率化といった目的のために活用可能にする事業が登場しました。その中でも、日本における先駆者であり、代表的な企業の一つがメディカル・データ・ビジョン株式会社です。同社の英語表記は Medical Data Vision Co., Ltd. であり、その頭文字をとって「MDV(エムディーブイ)」という呼称が広く用いられています 1。
MDVは、その設立以来、一貫して医療情報の非対称性、すなわち医療従事者が持つ専門的な情報と、患者やその家族が持つ情報との間に存在する大きな隔たりを解消することを目指してきました 5。同社は、患者や生活者自身が自らの医療・健康情報を手に入れ、それを基に医療や介護、健康に関するサービスを自らの意思で選択できる社会を実現することを究極の目標として掲げています 5。このビジョンを実現するために、MDVは単にデータを販売するだけでなく、医療情報統合システムの開発、データの分析とコンサルティング、そして個人向けのポータルサイト運営まで、多岐にわたる事業を戦略的に展開しています 6。本記事では、このMDVが展開する多角的なサービスを一つひとつ丁寧に解き明かし、同社が日本の医療データ活用において、いかにして中心的な役割を担うに至ったのかを明らかにしていきます。
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医療機関の経営と質を支えるソリューション
現代の病院、特に急性期医療を担う大規模病院の経営は、極めて複雑な課題に直面しています。診療報酬制度への的確な対応、医療の質の維持向上、そして健全な財務体質の確保という三つの目標を同時に達成しなければなりません。メディカル・データ・ビジョン社は、こうした医療機関が抱える課題に対し、DPCデータと呼ばれる診療情報を核とした、多角的なソリューションを提供しています。これらのサービスは、単なるソフトウェアの提供に留まらず、病院経営の根幹を支えるパートナーとしての役割を果たしています。
病院経営の道しるべ:DPCデータ分析
病院経営における最初のステップは、自院の現状を客観的に把握することです。そのための基本的なツールとして、MDVは「EVE」というDPC分析ベンチマークシステムを提供しています。DPC制度とは、診断群分類包括評価という日本の医療費支払い制度のことで、疾患や治療内容に応じて定められた一日当たりの定額点数を基に医療費を計算する方式です。EVEは、このDPCデータを活用し、患者数や平均在院日数、投入された医療資源といった様々な経営指標を、疾患別や症例別に詳細に分析することを可能にします。さらに、このシステムの最も重要な機能は、全国の多数の病院データと比較できるベンチマーク機能です。これにより、病院は自院の診療傾向が全国の標準と比べてどのような位置にあるのか、どの領域に強みを持ち、どこに改善の余地があるのかという、相対的な立ち位置を明確に知ることができます。
自院の立ち位置を把握した上で、さらに踏み込んだ経営改善に着手するための、より高度なシステムが「Medical Code」です。この経営支援システムは、EVEが提供するような比較分析機能に加え、病院経営の収益改善とコスト削減に直接的に貢献する具体的な手法を提示します。例えば、収益面では、各種の指導管理料の算定状況を病院全体、診療科別、病棟別に可視化します。これにより、本来算定できるはずであったにもかかわらず見逃されていた症例を洗い出し、算定率を向上させることで、医療の質を高めながら収益を改善する道筋を示します。コスト面では、薬剤の処方状況を分析し、より安価な後発医薬品(ジェネリック医薬品)への切り替えを検討する際のデータを提供することで、薬剤費の最適化を支援します 8。
Medical CodeがEVEと一線を画すのは、その分析の粒度の細かさにあります。一般的な診療科別の原価計算に留まらず、疾患単位、さらには患者一人ひとり、一日単位という極めて詳細なレベルまで掘り下げてコストを算出することが可能です 9。これにより、特定の治療において日数の経過と共に収益と費用がどのように推移し、利益がどう変化するのかを可視化できます。この詳細な分析と他院との比較機能を通じて、病院は漠然とした経営課題ではなく、具体的な改善策を伴った明確な目標を設定できるようになるのです。このように、EVEが「自院の現在地を知るための地図」であるとすれば、Medical Codeは「目的地へ向かうための具体的な航路を示す羅針盤」としての役割を担っていると言えるでしょう。
診療報酬請求の精度向上と看護の効率化
病院経営において、日々の診療行為を正確に診療報酬として請求することは、収益を確保する上で極めて重要です。特に、DPC制度を導入している病院では、請求内容が複雑化し、専門的な判断が求められる場面が少なくありません。その結果、保険者による審査で請求が認められない「査定」が発生し、病院の減収につながることがあります。この課題に対応するのが、「MDV Assessment Analyzer (A2)」です。このツールは、自院の請求データのうち、どのような内容が査定されたのかを可視化します。さらに、他院ではどのような請求内容で査定が行われているかというベンチマーク指標も搭載しており、自院の査定状況を相対的に把握することができます。特に、新しい治療法や高額な薬剤を使用するような判断が難しいケースにおいて、他院の承認事例は、請求の妥当性を判断するための貴重な情報源となり、請求業務の精度向上に大きく貢献します。
一方で、病院の収入と医療の質に大きな影響を与えるもう一つの要素が、看護の領域です。特に「重症度、医療・看護必要度」の評価は、入院基本料という病院の基本的な収入を左右する重要な指標です。この評価は、患者の状態を日々観察し、定められた項目に従って正確に記録するという、非常に手間のかかる作業を伴います。この業務を効率化し、評価の精度を高めるために開発されたのが、「カンゴッチ+」というアプリケーションです。このアプリは、看護必要度の算出やモニタリングを支援するだけでなく、診療データ(EFファイル)やDPCデータ(Hファイル)と連携することで、評価項目や算定の漏れを自動でチェックする機能を備えています。また、ベンチマーク機能により、自院の看護必要度の評価精度が他院と比較して適切であるかを分析したり、病床の効率的な運用(ベッドコントロール)を支援したりすることも可能です。これにより、看護師は煩雑な事務作業から解放され、より質の高い患者ケアに集中できるようになります。
経営層への報告と小規模施設への展開
病院の経営改善活動を継続的に行っていくためには、経営状況をタイムリーに把握し、経営層が迅速な意思決定を下せるような体制が不可欠です。MDVは、そのためのレポーティングサービスも提供しています。「Vision」は、病院の経営状況を月単位でレポートするサービスです。病院全体や病棟機能ごとの収入、新規入院患者数、診療単価、看護必要度、リハビリテーションの実施状況といった重要な経営指標について、前年同月との比較や月ごとの推移を分かりやすくまとめて報告します。これにより、経営陣や各部門の管理者は、現場で日々発生する膨大な情報の中から、経営判断に必要な核心的な情報を効率的に得ることができます。
さらに、EVEやMedical Codeを導入している急性期病院の病院長や事務長といった経営層向けには、「MDV四半期サマリー」という無償のレポートサービスも提供されています。これは、自院のDPC指標に関する分析レポートを四半期に一度提供するもので、より長期的な視点での経営戦略の立案に役立ちます。これらのサービスは、特に大規模病院において、レポート作成にかかる多大な労力を削減し、データに基づいた経営文化を醸成する上で重要な役割を果たします。
これまで述べてきたサービスは、主にDPC制度を導入している大規模な急性期病院を対象としていました。しかし、MDVはより小規模な病院や診療所向けのサービスも展開しています。それが「MDV MUST」です。このシステムは、患者の受診歴の管理や一覧作成、特に注意が必要な症例の洗い出しといった、診療の可視化を支援します。DPC病院だけでなく、地域のクリニックなども含めた幅広い医療機関を対象とすることで、MDVは日本の医療機関全体をカバーするデータプラットフォームとしての地位を確立しようとしていることがうかがえます。
患者との新しい関係を築く:CADA-BOX
MDVが提供する医療機関向けサービスのユニークな点は、院内の経営改善や業務効率化に留まらないことです。同社は、病院と患者との関係性をより良いものに変革するためのソリューションも提供しています。その中核となるのが、「CADA-BOX」という情報活用基盤です 10。このシステムは、MDVが後述する個人向けサービス「カルテコ」や決済サービス「CADA決済」と、病院が利用する電子カルテシステムとを連携させる役割を担います。
CADA-BOXが目指すのは、多くの患者が病院に対して抱える不満、すなわち「長い待ち時間」「医師からの説明不足」「治療費への不安」といった課題を解決することです。まず、医師からの説明については、個人向けサービスである「カルテコ」を通じて、医療機関と患者が診療情報を共有することで改善が期待されます。患者が自身の診療記録をいつでも確認できるようになることで、治療への積極的な参加が促され、医師の説明に対する理解も深まります。次に、待ち時間と治療費の問題については、「CADA決済」という後払いサービスが解決策となります。これにより、患者は診察後に会計窓口で待つことなく帰宅することが可能になります。また、医療費の支払い方法や時期を患者自身が選択できるようになるため、突然の出費に伴う金銭的な不安を和らげることにも繋がります。このように、CADA-BOXは、患者満足度の向上を通じて病院の評判を高めると同時に、会計業務の効率化や医療費の未回収リスクの低減といった、病院経営上のメリットももたらすのです。このサービスは、MDVの戦略が院内完結型から、患者を巻き込んだエコシステム型へと移行していることを象徴しています。
医薬品開発と学術研究を加速させるデータ分析基盤
メディカル・データ・ビジョン社が第一章で述べたようなサービスを通じて全国の医療機関から収集し、匿名加工を施した診療データベースは、同社の事業における最も価値ある資産です。この膨大なリアルワールドデータは、製薬企業や学術研究機関(アカデミア)にとって、新たな医薬品の開発や、既存薬の適正使用を推進するための、かつてないほど強力な羅針盤となります。MDVは、このデータを活用するための洗練された分析ツール群を提供することで、医療の進歩を加速させています。
市場を読み解く:MDV analyzer
製薬企業が新薬を開発し、市場に投入するプロセスは、莫大な投資と長い年月を要する、非常にリスクの高い事業です。このリスクを少しでも低減し、成功の確率を高めるためには、実際の医療現場でどのような薬が、どのような患者に、どのように使われているのかを正確に把握することが不可欠です。このニーズに応えるのが、MDVの中核的な分析ツールである「MDV analyzer」です 7。
これは、ウェブブラウザを通じて利用できる分析ツールで、利用者は国内最大規模の診療データベースに直接アクセスし、自らの手で市場分析を行うことができます。例えば、ある生活習慣病の新薬を担当するプロダクトマネージャーがいるとします。彼はこのツールを使って、特定の疾患名で診断された患者が全国に何人いるのか、その患者たちには他にどのような薬剤が併用されているのか、また、どのような合併症を持っているのかを、数クリックで調べることが可能です。従来、このような情報は、医師へのアンケート調査や限定的なデータセットから推計するしかなく、時間とコストがかかる上に精度にも限界がありました。しかし、MDV analyzerを使えば、実際の診療行為に基づいた、ほぼリアルタイムの市場動向を掴むことができるのです。
このツールの強力な点は、薬剤や疾患だけでなく、特定の手術や検査といった診療行為を起点とした分析も可能なことです。例えば、「特定の手術を受けた患者が、術後にどのような薬剤を処方されているか」といった分析も容易に行えます。これにより、製薬企業は自社製品の市場における位置づけを客観的に評価し、需要をより正確に予測し、科学的根拠に基づいた効果的なマーケティング戦略を立案することができるようになります。このように、MDV analyzerは、製薬業界における意思決定のスピードと質を劇的に向上させる価値を提供しているのです。
専門領域への応用:アカデミアとオンコロジー
MDV analyzerが提供する汎用的な分析基盤に加えて、MDVはより専門的なニーズに対応するための特化型ツールも開発しています。その一つが、大学や研究機関といったアカデミア向けに提供される「MDV analyzer for Academia」です。このツールは、薬剤と副作用の因果関係を探るような疫学研究を支援することを主な目的としています。研究者は、特定の薬剤を投与された患者群で、ある特定の症状(イベント)がどのくらいの期間で発症しているかをヒストグラムで可視化するなど、学術的な研究手法に沿った分析を行うことができます。また、本格的な研究を始める前に、データベース上に研究対象となりうる患者が十分に存在するかどうかを確認する「フィージビリティ調査」にも活用でき、研究計画の妥当性を事前に検証する上で大きな助けとなります。
もう一つの特化型ツールが、がん(オンコロジー)領域に特化した「MDV analyzer Oncology」です。がん治療は、複数の抗がん剤を組み合わせた「レジメン」と呼ばれる治療計画に沿って行われることが一般的であり、その内容は非常に複雑です。このツールは、実際の医療現場でどのようなレジメンが、どの治療段階(ライン)で、どのくらいの割合(シェア)で用いられているかを詳細に分析することを可能にします。これにより、製薬企業は、自社の抗がん剤が市場でどのように位置づけられているかを正確に把握したり、新たな適応拡大や新規薬剤の上市を検討する際に、潜在的な患者数を推計したりすることができます。オンコロジー領域という、極めて専門性が高く競争の激しい市場において、このような精緻な分析ができることは、企業の戦略を左右するほどの価値を持ちます。
オーダーメイドの分析:アドホック調査サービス
MDV analyzerのような定型的なツールでは対応しきれない、より個別的で複雑な分析ニーズも存在します。例えば、特定の研究論文で使用するための詳細なデータセットの作成や、非常にニッチな条件下での患者動向調査などがそれに当たります。こうした要望に応えるのが、「アドホック調査サービス」です。
これは、MDVに所属するデータサイエンティストが、顧客の個別の依頼に基づき、オーダーメイドの分析を行うコンサルティングサービスです。顧客は、自らが立てた研究仮説を検証するために必要な分析内容をMDVに依頼し、その結果を詳細な集計レポートや、統計解析に適した形式の生データセットとして受け取ることができます。このサービスは、標準ツールでは得られない深い洞察を求める製薬企業や、学術的な発表を目指す研究者にとって、不可欠な存在となっています。これらの分析サービス群を通じて、MDVは単なるデータ提供者ではなく、データから価値ある知見を生み出すための、製薬業界および学術界における戦略的パートナーとしての地位を確立しているのです。
患者中心の医療へ:MDVの個人向けサービス
メディカル・データ・ビジョン社が展開する事業の三本目の柱は、私たち一人ひとりの生活者に直接向けられた「個人向けサービス」です。これまでの二つの章で見てきた医療機関向け、そして製薬企業・アカデミア向けのサービスが、主に医療の提供者側や開発者側の課題解決を目的としていたのに対し、この個人向けサービスは、患者や生活者自身が医療情報の主役となる「患者中心の医療(Patient Centricity)」の実現を真っ直ぐに見据えています。これらのサービスは、MDVの事業エコシステムの最終的なゴールであり、医療のあり方を根本から変える可能性を秘めています。
あなたの医療情報を手元に:カルテコ
個人向けサービスの核となるのが、「カルテコ」と名付けられたPHR(パーソナルヘルスレコード)サービスです 5。PHRとは、個人が生涯にわたる自身の健康・医療情報を収集・管理し、活用するための仕組みのことです。カルテコは、このPHRをスマートフォンやパソコン上で実現するウェブサービスおよびアプリケーションであり、登録や利用は無料です 13。
カルテコの最も基本的な機能は、提携している医療機関で受診した際の診療情報を、患者自身がいつでもどこでも閲覧できることです 14。具体的には、診断された傷病名、処方された薬剤、実施された検査の結果、処置や手術の内容といった、これまで主に医療機関側で管理されてきた情報を、自分のスマートフォンで確認できるようになります 13。ただし、全ての情報が共有されるわけではなく、医師が患者への配慮などから共有しないと判断した情報については閲覧できないという仕組みになっています 14。これにより、患者は自らの病状や治療内容への理解を深め、医師とのコミュニケーションをより円滑にすることができます。
しかし、カルテコの機能は単なる診療記録の閲覧に留まりません。先進的な健康管理機能が多数搭載されている点が大きな特徴です。その一つが、スマートフォンのカメラで顔の動画を短時間撮影するだけで、疲労度や自律神経のバランス、脈拍数などを計測できるセンシング技術です 13。心身の健康状態を左右する自律神経のバランスを手軽に把握することで、日々の体調管理に役立てることができます。さらに興味深いことに、このセンシング技術は人間だけでなく、大切な家族の一員である犬や猫といったペットにも対応しています 13。
加えて、健康診断の結果データを入力すると、将来の疾病リスクを予測したり、特定の病気にかかった場合の医療費や入院日数の目安を確認したりする機能も備わっています 13。生活習慣の改善がリスクにどう影響するかをシミュレーションすることも可能で、予防医療への意識を高めるきっかけとなります 16。また、計測したデータや診療記録を、遠く離れて暮らす家族と共有する機能もあり、高齢の親の健康状態を見守るといった活用も想定されています 13。このように、カルテコは、病気になった時の記録ツールであると同時に、日々の健康を維持・増進し、家族全員のウェルネスをサポートするための総合的なプラットフォームとして設計されているのです。
医師とつながる新しい形:オンラインドクターバンク
自身の医療情報を手元に持つ「カルテコ」の存在は、オンライン診療のあり方も大きく変えます。MDVが提供する「オンラインドクターバンク(ODB)」は、単なるビデオ通話アプリとは一線を画す、次世代のオンライン診療プラットフォームです 17。
ODBの最大の特徴は、患者の同意のもと、診察を行う医師が患者の「カルテコ」に記録された情報を参照できる点にあります 19。従来のオンライン診療では、医師は患者の自己申告に頼るしかなく、既往歴やアレルギー、普段服用している薬といった重要な情報が不足しがちでした。これは、安全な医療を提供する上で大きな制約となります。しかしODBでは、医師はカルテコに蓄積された客観的な診療記録や検査データを確認しながら診察を行うことができるため、対面診療に近い、質の高い医療の提供が可能になります 22。患者は、ODBのプラットフォーム上で病名や症状に応じて医師を検索し、診察を予約します。これにより、納得のいく医療を選択するためのセカンドオピニオンを得る機会も広がります。ODBは、カルテコというPHR基盤の上に成り立つことで、オンライン診療の安全性と信頼性を飛躍的に高めるサービスなのです。
医療費の不安を解消する:CADA払い
医療を受ける際に多くの人が直面するもう一つの大きな課題が、経済的な負担への不安です。特に、予期せぬ入院や高額な治療が必要になった場合、その支払いは家計に大きな影響を与えます。この課題を解決するために、MDVのエコシステムに組み込まれているのが、医療費専用のキャッシュレス決済サービス「CADA払い」です 10。
このサービスは、厳密にはCADA株式会社という別会社によって運営されていますが、MDVの「CADA-BOX」を通じて医療機関のシステムと深く連携しています 10。CADA払いを導入している医療機関では、患者は診察後の会計を待たずに帰宅することができます。医療費は後日、クレジットカードのように引き落とされます。さらに、入院費などの高額な医療費に対しては、「CADA2」という立て替え払いサービスが用意されています 24。これは、CADA社が一旦医療費を病院に全額支払い、患者は自身の経済状況に合わせてCADA社に分割で返済していくという仕組みです 25。これにより、患者は急な出費による経済的な衝撃を和らげることができ、安心して治療に専念できます。病院側にとっても、医療費の未回収リスクをなくし、督促業務の負担を軽減できるという大きなメリットがあります。このように、CADA払いは、患者と医療機関双方の金銭的な不安を解消する、重要な社会インフラとしての役割を担っています。
知識を深める:めでぃログ
最後に、MDVは「めでぃログ」というポータルサイトを通じて、健康や医療に関する情報発信も行っています。これは、患者が自身の健康状態や医療についてより深く理解し、最良の医療にたどり着くための知識を提供することを目的としています。カルテコが「個人のデータ」を管理するサービスであるのに対し、めでぃログは「一般的な知識」を提供するサービスと位置づけられます。これら個人向けサービス群は、データを手渡し、オンラインで医師と繋ぎ、支払いの不安を取り除き、そして知識を提供するという一連の流れを通じて、患者が自律的に医療と関わることを可能にし、MDVが目指す「医療を選択できる社会」を実現するための、まさに最終的なピースなのです。
EHRからPHRへ:医療情報活用のパラダイムシフトとMDVの戦略
これまで見てきたメディカル・データ・ビジョン社の多岐にわたるサービスは、それぞれが独立して存在するのではなく、一つの大きな潮流、すなわち医療情報活用のパラダイムシフトを捉え、それを加速させるための戦略的な配置となっています。この最終章では、そのパラダイムシフトの核心である「EHR」と「PHR」という二つの概念を整理し、国の政策動向と照らし合わせながら、MDVが描く未来の医療の全体像を明らかにします。
医療情報の二つの側面:EHRとPHR
医療情報のデジタル化を語る上で、EHRとPHRという二つの言葉を区別して理解することが重要です。まず、EHR(Electronic Health Record)とは、日本語では「電子的健康記録」などと訳され、主に医療機関側が主体となって管理・共有する仕組みを指します 26。これは、従来の紙カルテを電子化したものであり、患者の既往歴やアレルギー情報、検査データ、処方歴といった診療情報を、複数の医療機関や診療科の間で共有することを目的としています。例えば、かかりつけ医から紹介された先の専門病院で、患者のこれまでの治療歴を正確に把握したり、救急搬送された意識のない患者の情報を迅速に確認したりする際に、EHRは医療の質と安全性を高める上で絶大な効果を発揮します 26。つまり、EHRは「医療者中心」の視点から、より良い医療を提供するための情報基盤と言えます。
一方、PHR(Personal Health Record)は、患者・生活者自身が主体となって、自らの健康・医療情報を生涯にわたって収集・管理するための仕組みです 5。PHRには、病院で受け取った診療情報だけでなく、日々の血圧や体重、歩数といったライフログ、健康診断の結果など、様々な情報が含まれます。その目的は、個人が自らの健康状態を継続的に把握し、予防や健康増進に役立てることにあります。MDVの「カルテコ」は、このPHRを具現化した代表的なサービスです。PHRは、情報管理の主体が個人にあるという点でEHRと大きく異なり、「患者中心」の視点に立った情報基盤です。
重要なのは、EHRとPHRは対立する概念ではなく、相互に補完し合う関係にあるということです 29。患者が管理するPHRの情報を、本人の同意のもとで医師が参照し、より的確な診療に役立てる。そして、その診療の結果がEHRに記録され、その一部が再び患者のPHRに還元される。このような情報の循環が、理想的な医療の姿です。
国が目指す未来:患者中心の医療とデータ活用
このようなEHRとPHRの連携によるデータ活用は、個々の企業の取り組みに留まらず、国全体の政策目標ともなっています。厚生労働省は、国民が自らの保健医療情報をPHRとして活用し、予防や健康づくりに役立てるとともに、それを本人の同意の下で医療・介護の現場で役立てることを目指す方針を明確に示しています 28。その実現に向け、政府は「民間PHR事業者における健診等情報の取扱いに関する基本的指針」などを策定し、MDVのような民間企業が安全かつ倫理的にPHRサービスを運営するためのルール作りを進めています 30。
また、マイナンバーカードを健康保険証として利用する仕組みや、マイナポータルを通じて個人の薬剤情報や健診情報を閲覧できる仕組みの整備も、この大きな流れの一環です。将来的には、より多くの診療情報がマイナポータル経由で本人に提供される計画もあり、PHRの普及を国が後押ししています 31。しかし、その一方で、日本における電子カルテの普及率が諸外国に比べて依然として低いことや、マイナポータルと民間PHRサービスのデータ連携には技術的・制度的な課題が残されていることも事実です 31。
パラダイムシフトの担い手:MDVの総合的戦略
この国が描く未来図と、現場に残る課題との間に存在するギャップを埋め、EHRからPHRへのパラダイムシフトを現実のものとして推進しているのが、まさにメディカル・データ・ビジョン社であると言えます。同社の事業戦略は、このシフトを先導するために、極めて巧妙に設計されています。
まず、第一章で見た医療機関向けサービス群は、病院の経営改善という差し迫ったニーズに応えることで、EHRの源泉となる質の高い診療データを安定的に収集するための「データ獲得エンジン」として機能しています。これらのツールがなければ、MDVの事業は成り立ちません。
次に、第二章で見た製薬企業・アカデミア向けサービスは、収集したEHRデータを匿名加工し、分析・提供することで、安定した収益を生み出す「キャッシュフロー創出エンジン」としての役割を担っています。この収益があるからこそ、長期的な視点での大規模な投資が可能になります。
そして、その投資の最も重要な対象が、第三章で見た個人向けサービス、特にPHRプラットフォームである「カルテコ」です。カルテコは、患者自身が同意した上で、より質の高い個人データを蓄積する「未来の資産形成エンジン」と見なすことができます。匿名化されたEHRデータとは異なり、本人の同意に基づいたPHRデータは、個別の臨床試験への参加案内や、個人の遺伝子情報と組み合わせた個別化医療の実現など、より高度でパーソナルなサービスへと発展する大きな可能性を秘めています。
このように、MDVの三つの事業の柱は、単なる多角化ではなく、相互に連携し、価値を高め合う一つのエコシステムを形成しています。病院からEHRデータを収集し、そのデータで収益を上げ、その収益で患者が中心となるPHRプラットフォームを構築する。この壮大なサイクルを通じて、MDVは、政府が政策として掲げる「患者中心の医療」や「データ駆動型ヘルスケア」を、民間の力で、実践的かつユーザーフレンドリーな形で社会に実装しているのです。同社が創業以来掲げてきた「情報の非対称性の解消」という理念は、この総合的な戦略の先に、全ての医療情報が、最終的にそれを最も必要とする患者自身の手の中へと収斂していく未来として、結実しようとしているのです。
参考情報
- メディカル・データ・ビジョン (3902) : 企業情報・会社概要 [Medical Data Vision] - みんかぶ, https://minkabu.jp/stock/3902/fundamental
- 会社概要 | メディカル・データ・ビジョン株式会社(MDV), https://www.mdv.co.jp/company/outline/
- メディカル・データ・ビジョン株式会社 - スピーダ スタートアップ情報リサーチ, https://initial.inc/companies/A-03885
- メディカル・データ・ビジョン(MDV)【3902】株の基本情報 - 株探(かぶたん), https://kabutan.jp/stock/?code=3902
- 医療を選択できる社会の実現 - Dream Database | April Dream公式サイト, https://aprildream.jp/database/20022/
- IR情報 | メディカル・データ・ビジョン株式会社(MDV), https://www.mdv.co.jp/ir/
- メディカル・データ・ビジョン株式会社(MDV), https://www.mdv.co.jp/
- Medical Code | メディカル・データ・ビジョン株式会社(MDV), https://www.mdv.co.jp/solution/medical/hospital/medical_code/
- メディカル・データ・ビジョン株式会社 (3902 JP) - Nippon IBR, https://nippon-ibr.com/wp-content/uploads/2021/04/MDV-3902-initiation-JP-210421-final-compressed.pdf
- 診療情報の共有機能と医療費後払いサービスを融合した 病院向けデジタル健康ソリューション「CADA-BOX」を2016年10月より提供開始 - メディカル・データ・ビジョン, https://www.mdv.co.jp/press/2016/detail_680.html
- 製品&サービス | メディカル・データ・ビジョン株式会社(MDV), https://www.mdv.co.jp/solution/
- メディカル・データ・ビジョン株式会社九州支社の新卒採用・企業情報|リクナビ2026, https://job.rikunabi.com/2026/company/r169692098/
- カルテコ | メディカル・データ・ビジョン株式会社(MDV), https://www.mdv.co.jp/solution/personal/karteco/
- カルテコTOP | カルテコ, https://karteco.jp/
- メディカル・データ・ビジョン,PHRサービス「カルテコ」にセンシング技術を搭載しリニューアル, https://www.innervision.co.jp/sp/report/usual/20240101
- MDV PHR「カルテコ」で34疾患の発症リスクをAI予測 行動変容や二次健診受診のきっかけに, https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=77228
- MDV 10月からオンライン診療サービス開始 ケアネットと包括提携、医師登録などで協力, https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=69955
- メディカル・データ・ビジョン,オンライン診療支援で「医師BANK」を構築へ, https://www.innervision.co.jp/sp/products/release/20200643
- オンラインドクターバンク - ユーザ会, https://support.mdv.co.jp/find_from_service/4
- メディカル・データ・ビジョン,医師が患者情報確認できるオンライン診療を27日に開始 ビッグデータに裏打ちされた問診システムも実装へ, https://www.innervision.co.jp/sp/products/release/20201124
- MDVは一段高、オンライン診療システム「オンラインドクターバンク」を27日開始へ - みんかぶ, https://minkabu.jp/news/2788738
- MDV オンライン診療を27日から提供開始 PHR連携で医師も患者情報の確認可能に, https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=70033
- www.mdv.co.jp, CADA2 | メディカル・データ・ビジョン株式会社(MDV)
- CADA2 | メディカル・データ・ビジョン株式会社(MDV), https://www.mdv.co.jp/solution/personal/cada/
- 入院費・高額医療費支払支援サービスCADA2 | CADA株式会社 ..., https://www.cada.co.jp/
- EHR(電子健康記録)の現状と今後の展望は?EMRとの違いやPHRとの連携も含めて解説, https://www.doctor-vision.com/column/trend/ehr.php
- PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)とは? EMRやEHRとの違い、導入のメリット・デメリットも解説, https://doctor.mynavi.jp/column/phr/
- 保健医療情報の利活用に向けた工程表の策定 について - 厚生労働省, https://www.mhlw.go.jp/content/12600000/000605016.pdf
- PHR(パーソナルヘルスレコード)とは?医療現場で活用するメリット・デメリットや導入の準備など解説 - 東京ドクターズ, https://tokyo-doctors.com/webdoctor/16396
- ヘルスケア事業に関係するデータの種類(EMR/EHR/PHR)とその特徴とは? - TIS株式会社, https://www.tis.jp/special/healthcare_data/blog_ph_001/
- 「PHR基本的指針」の適用状況及び民間PHRサービスの 現状調査 ..., https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001231147.pdf
- 国内ヘルスケアサービス動向とPHR利活用について - JIPDEC, https://www.jipdec.or.jp/library/report/20210706.html