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MIT発:線虫ベースのニューラルネットワーク

人工知能(AI)の研究開発分野では、『人間の脳がどのように構成されているか』という観点で、人間の脳を模倣した「ニューラルネットワーク」についての取り組みが活発に行われています。

昨今の人工知能の急速な発展には、ニューラルネットワークを用いた技術革命があったといっても過言ではないでしょう。

ただし、現状のニューラルネットワークは既に素晴らしい成果を上げてきているものの、完璧では無いのも事実です。

現状のニューラルネットワークでは「その場に応じて変化・適応する」ことや「不慣れな状況に対応する」ことは苦手とされます。

一言で表すなら、「現状のニューラルネットワークは柔軟性に欠ける」ということです。

こうした「従来のニューラルネットワークの柔軟性・適応力の課題」を解決するために開発されたのが、細長い糸状の体をした「線形動物(線虫)」の神経系をベースにしたニューラルネットワークが「リキッド」です。

「リキッド」は、これまでにないスピードと柔軟性を見せていると報告されています。

2020年「リキッド・ニューラルネットワーク」

2020年、マサチューセッツ工科大学のラミン・ハサニ氏とマティアス・レヒナー氏が主導する研究チームは、小さな線虫からヒントを得た新しい種類のニューラルネットワーク「リキッド・ニューラルネットワーク(以下、リキッド)」を導入しました。

リキッドは2022年に飛躍的な進歩を遂げたことで、特定の用途において従来のネットワークに取って代わるほどの汎用性を持つに至っているとのことです。

カリフォルニア大学バークレー校のロボット工学者ケン・ゴールドバーグ氏によると、リキッドは時間とともに変化するシステムをモデル化する「連続時間ニューラルネットワーク」と比較して、より高速かつ正確に動作することが実験によって示されています。

ゴールドバーグ氏は「リキッドは、エレガントでコンパクトな代替手段を提供します」と評価しています。

線虫の神経系は完全にマッピング済

リキッドの設計を主導したハサニ氏とレヒナー氏は、「新しい状況に柔軟に適応できる対応力のあるニューラルネットワークを作る方法を探るために、線虫が理想的な生物である」とリキッドを設計する何年も前に気付きました。

線虫は神経系が完全にマッピングされている数少ない生物のひとつです。

体長1ミリメートルほどの神経系から、移動やエサ探し、睡眠、交尾、さらには経験からの学習など、さまざまな高度な行動をとることができます。

レヒナー氏は「線虫は、常に変化が起きている現実の世界に生きていて、どんな状況でもうまくやることができるのです」と線虫に注目した理由について説明しています。

リキッドと従来のニューラルネットワークの違い

リキッドはニューロンが互いにリンクして互いに依存し合うことで任意の瞬間のシステムの状態を特徴付けるニューラルネットワークになっています。

そのため、特定の瞬間の結果しか得られない従来のニューラルネットワークとは大きく異なっているのが特徴です。

また、リキッドは人工ニューロン間の接続であるシナプスの扱い方にも違いがあります。

標準的なニューラルネットワークでは、シナプスの接続の強さは、「ウェイト」として単一の数値で表すことができます。

一方でリキッドでは、ニューロン間の信号のやりとりは「非線形」関数に支配される確率的なプロセスとなっています。

そのため、リキッドでは「入力に比例した反応を返さない」という側面もあります。

リキッドの柔軟性の高さ

従来のニューラルネットワークのアルゴリズムは、大量のデータを与えて「ウェイト」の最適値を学習時に調整して設定されます。

一方、リキッドは観測した入力に基づいて基礎方程式を変更することができるため、より順応性が高くなっているという点が強みです。

自動運転車の操縦についてテストを行ったところ、従来のニューラルネットワークは車のカメラからの視覚データを一定の間隔で分析することしかできませんでした。

一方、リキッドは機械学習の基準からすると極小の「19個のニューロンと253個のシナプス」からなるにもかかわらず、より高い応答性を発揮することができたとのことです。

論文の共著者であるダニエラ・ルス氏は「このモデル(リキッド・ニューラルネットワーク)は、例えば曲がりくねった道など、複雑な道路をより頻繁にサンプリングすることができます」と述べており、より複雑で不確定な課題への応答力が期待されます。

リキッドの課題:動作スピード

リキッドでは、通常コンピュータで何度も計算して解を導く必要があるシナプスとニューロンを表す非線形方程式について、シナプスとニューロンに個別に適応したソフトウェアで計算を行います。

そのため、「シナプスとニューロンの数が少ないリキッドは、動作が非常に遅くなっていた」とレヒナー氏は語っています。

しかし、2022年11月に新しく発表された論文では、研究チームはこの欠点を回避する新しい回路網を示しました。

概要としては、非線形方程式を難しい計算によって解く必要がなく、基本的な計算で得られるほぼ正確な近似解を求める形式により、計算時間とエネルギーが削減されて処理速度を大幅に向上させた、というものです。

リキッドを用いたドローン自律飛行テスト

MITのグループは、最新のリキッドを自律飛行するドローンでテストしています。

初回テストは森林で行われますが、将来的には都市部でのテストも想定されているとのことです。

加えて、リキッドを用いることで、「従来のニューラルネットワークでは実現不可能だった規模の脳活動シミュレーション」など、新たな領域への第一歩も期待されるところです。

生命科学が明らかにした戦中の神経回路が、情報工学におけるニューラルネットワークの発展へと繋がることにはロマンを感じますね。

参照文献

  • Closed-form continuous-time neural networks | Nature Machine Intelligence
    • https://doi.org/10.1038/s42256-022-00556-7
  • Researchers Discover a More Flexible Approach to Machine Learning
    • https://www.quantamagazine.org/researchers-discover-a-more-flexible-approach-to-machine-learning-20230207/

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