2025年4月、ワシントンから発信された2つの医薬品関連政策が、製薬業界に大きな波紋を広げています。一つは「関税」、もう一つは「薬価交渉」に関する動きです。
どちらも「医薬品価格」や「製薬会社」に関連するため、一見すると同じ方向を向いた政策のように思えるかもしれません。しかし、これらは全く異なる目的と制度的背景を持つ「2つの刃」であり、それぞれが業界に対して異なる種類のインパクトをもたらします。
本記事では、この2つの政策がなぜ同時に打ち出されたのか、その政治的背景と戦略的意図を解説し、それぞれが持つ意味と業界への影響を述べます。これらは、米国の国内世論、つまり薬価に対する国民の怒りと、地政学的な課題、医薬品サプライチェーンの脆弱性に対する国家レベルの不安という、2つの強力な変化に対応しようとする政治的戦略といえます。
保護主義的な産業政策と、業界寄りの規制緩和が同時に起きているという、一見すると矛盾する政策が同時に発生している今。
この複雑な状況を乗り切っていくためのヒントを提示することが、本記事の目的です。
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第一の刃:国家安全保障の下の「関税」― セクション232
まず、より直接的で、多くの企業にとって不確実性の高い脅威となるのが、関税です。これは、米商務省が開始した「通商拡大法232条(セクション232)」に基づく調査に端を発します。
セクション232を理解する
セクション232とは、特定の製品の輸入が米国の「国家安全保障を脅かす」と判断された場合に、大統領が広範な権限で関税の引き上げや輸入数量制限などの是正措置を講じることを認める法律です 1。1962年に制定された古い法律ですが、トランプ政権下で鉄鋼やアルミニウム、さらには自動車に対して発動または検討されたことで、再び注目を集めるようになりました 3。
この法律の最大の特徴は、その手続きと権限の広さにあります。商務省が調査を開始すると、270日以内に大統領へ報告書を提出。その報告書を受け、大統領は90日以内に措置を講じるかどうかを決定し、実行に移すことが可能となります 5。
重要なのは、「国家安全保障」の定義が非常に曖昧である点です。法律には具体的な定義がなく、国内の生産能力、国防に必要な需要、人的資源や原材料の確保、さらには「国家の経済的厚生との密接な関係」まで考慮されるため、大統領の裁量で非常に広範に解釈することが可能です 1。これは、議会の承認を必要とせず、大統領が一方的に貿易障壁を築くことを可能にする、まさに「伝家の宝刀」と言えるでしょう。
証拠は揃った:なぜ医薬品が標的になったのか
では、なぜ今、医薬品がこの「国家安全保障」の枠組みで捉えられることになったのでしょうか。その背景には、米国の医薬品サプライチェーンが海外、特に中国とインドに極度に依存しているという、否定しがたい現実があります。この依存構造は、単なる経済的な問題ではなく、国家の安全を揺るがしかねない脆弱性であると認識されるに至ったのです。
具体的な数字を見ていくと、その深刻さが浮き彫りになります。現在、米国で消費される必須医薬品の約75%が輸入に頼っており、その多くが中国とインドから供給されています 6。さらに深刻なのは、医薬品の有効成分である原薬(API)の状況です。米国で使用されるAPIの約80%が、中国やインドなどの海外で製造されていると指摘されています 7。特に、ペニシリンやアモキシシリンといった基本的な抗生物質に至っては、米国で消費される量の実に97%近くが中国からの輸入に依存しているというのですから驚きです 7。
この問題の根深さは、二国間の依存関係だけでは終わりません。インドは世界最大のジェネリック医薬品供給国として知られていますが、そのインドでさえ、自国で製造するAPIやその前駆体である重要中間体(KSM)の70%から80%を中国からの輸入に頼っているのです 6。つまり、米国のサプライチェーンは、インドを経由して間接的に中国に依存するという、より複雑で脆弱な構造になっているのです。
この構造的なリスクを具体的に示す好例が、広く使用されるコレステロール低下薬アトルバスタチンのサプライチェーンです。米国の複数のジェネリックメーカーがこの薬を供給していますが、そのAPIはすべてインドのInd-Swift Laboratoriesという一社に依存しています。そして、そのInd-Swift社でさえ、APIを製造するためのKSMを中国の5つの企業から調達しているのです 10。これは氷山の一角に過ぎません。2023年のデータでは、重量ベースで米国の医薬品輸入の57.6%を中国とインドの2カ国が占めており、中国単独で31.5%(2億1700万キログラム超)、インドが26.1%(約1億8000万キログラム)に達しています 10。
このような過度な依存は、平時においてはコスト削減というメリットをもたらしますが、有事には致命的な弱点となります。パンデミックや地政学的緊張が高まれば、供給が途絶するリスクに直面します。実際に、米国では医薬品不足が深刻化しており、2023年末には不足している医薬品の数が過去10年で最多の301品目に達しました 10。この状況が、「国家安全保障」を理由としたセクション232調査の開始に正当性を与えています。
関税の脅威がもたらす戦略的意味合い
このセクション232調査とそれに続く関税の可能性は、製薬業界にどのような戦略的意味合いを持つのでしょうか。単なるコスト増の問題として捉えるのは、あまりに浅はかでしょう。
まず理解すべきは、調査の根拠となっている「サプライチェーンの兵器化」という概念です。これは、単に戦時下に供給が止まるという軍事的な脅威だけを指すのではありません。現実的なのは、平時における経済的な威圧の手段として使われるリスクです 6。
例えば、中国が貿易交渉を有利に進めるため、あるいは米国の外交政策に圧力をかけるために、特定のAPIの輸出を制限したり、品質管理を意図的に厳格化して供給を遅らせたりする可能性が指摘されています。これは、もはや抽象的なリスクではなく、グローバルな経済パワーバランスにおける現実的な脆弱性なのです。セクション232調査は、こうした経済的威圧に対する先制的な防衛策という側面を持っています。
この政策がもたらすもう一つの重要なこと。それは、この関税の脅威は、すべての企業に等しく降りかかるわけではない、という点です。最も大きな打撃を受けるのは、ジェネリック医薬品の輸入業者、特にインドの製薬企業でしょう。彼らのビジネスモデルは、中国製の安価なAPIを活用した低コスト生産に依存しています 9。関税が課されれば、利益率が消失するか、価格を上げて競争力を失うかの二者択一を迫られます。
一方で、明確な勝者も生まれます。米国内に製造拠点を持つ医薬品メーカーや、CDMO(医薬品開発製造受託機関)にとっては、この政策は強力な追い風となります。関税は、海外製品との価格差を埋め、国内生産の経済的合理性を高める事実上の補助金として機能します。これにより、これまでコスト面で見送られてきた生産の国内回帰(リショアリング)や、米国内での設備投資が加速する可能性が高いのです 2。
そして、この状況で戦略的に優位に立つのが、すでに「チャイナ・プラスワン」戦略を推進し、サプライチェーンを中国から多角化してきた企業です。例えば、インドの大手製薬企業であるAurobindo Pharmaは、中国への依存度を低減し、グローバル企業がサプライチェーンを多様化する動きの受け皿となることを明確な戦略として掲げています 13。セクション232に基づく政策は、こうした企業の先見性を裏付け、その戦略的シフトをさらに加速させる効果を持つでしょう。これは、サプライチェーンの地理的な分散と強靭化が、もはやコストではなく、企業の存続を左右する戦略的投資であることを示唆しています。
第二の刃:「薬価交渉」― インフレ抑制法改革
トランプ政権が振るうもう一つの刃は、一見すると先の関税とは真逆の方向を向いています。それは、バイデン前政権が導入したインフレ抑制法(IRA)における薬価交渉制度を、製薬業界の意向に沿う形で修正しようとする動きです。
そもそもの対立点:なぜ業界はIRAと戦ったのか
この改革の意味を理解するためには、まず、製薬業界がなぜIRA、特にその薬価交渉プログラムに激しく反発したのかを知る必要があります。2022年に成立したIRAは、米国の医療政策史上、画期的な法律でした。それまで法律で禁じられていた、連邦政府(メディケア)が製薬会社と直接、医薬品の価格を交渉する権限を初めて与えたのです 14。これは、長年「聖域」とされてきた製薬会社の価格設定の自由に、政府が踏み込むことを意味しました。
IRAの規定では、2026年からメディケアパートD(処方薬給付)の対象となる高額医薬品10品目を皮切りに、2027年には15品目、2028年以降はパートB(医師が投与する薬剤)も含む品目が毎年追加で交渉対象となる計画でした 14。業界が特に問題視したのは、この交渉対象となるまでの期間、すなわち市場独占期間の扱いです。IRAでは、低分子医薬品(主に錠剤やカプセル剤などの経口薬)は承認後9年、バイオ医薬品(生物学的製剤)は承認後13年で交渉対象になると定められました 16。この4年間の差が、業界から「ピル・ペナルティ(Pill Penalty)」と呼ばれ、猛烈な批判の的となったのです 17。
「ピル・ペナルティ」の深層:低分子薬 vs. バイオ医薬品
なぜ、この4年間の差がそれほどまでに重要なのでしょうか。それは、製薬業界のビジネスモデルの根幹に関わる問題だからです。
まず市場規模を見ると、バイオ医薬品の成長が著しいとはいえ、2023年時点でも世界の医薬品市場の約6割は依然として低分子医薬品が占めており、業界の収益の屋台骨を支えています 19。低分子薬は化学合成で製造されるため、開発・製造コストがバイオ医薬品に比べて安く、患者が自宅で服用できる経口薬が多いため利便性も高いという特徴があります 17。
製薬会社の収益モデルは、特許期間中に研究開発費を回収し、利益を最大化することにあります。特に低分子薬の場合、特許が切れる直前の数年間が最も収益性の高い「ゴールデンタイム」です。しかしIRAは、この最も重要な期間を9年で打ち切ることを意味しました。一方で、開発・製造に莫大なコストがかかるバイオ医薬品には13年という猶予を与えたため、業界はこれを「低分子医薬品に対する不当な差別」であり、「イノベーションを阻害する政策」だと主張したのです 17。彼らの論理では、この制度は、がんや精神疾患など、依然として低分子薬が治療の主流である多くの疾患領域における新たな研究開発意欲を削ぐものとされました。PhRMA(米国研究製薬工業協会)は、このペナルティによって低分子薬の初期段階の研究開発資金が70%近く減少したと主張し、危機感を煽りました 22。
業界の総力戦と大統領令
この「ピル・ペナルティ」を覆すため、製薬業界は文字通り総力戦を展開しました。その戦術は、法廷闘争、ロビー活動、そして広報戦略という三つの柱から成り立っていました。
まず、MerckやBristol Myers Squibbといった大手製薬会社、そして業界団体のPhRMAは、IRAの薬価交渉プログラムが合衆国憲法に違反するとして、次々と訴訟を提起しました 23。彼らは、政府が設定した価格に「合意」することを強制するのは「強制された発言」であり、言論の自由を保障した憲法修正第1条に違反すると主張しました。また、政府が適正な補償なく私有財産(特許)の価値を奪うものであり、修正第5条の収用条項にも違反すると訴えました 24。さらに、交渉に応じない企業に課される高額な物品税は、過大な罰金を禁じた修正第8条に違反するという主張も展開されました 23。
法廷での戦いと並行して、PhRMAはワシントンで強力なロビー活動を展開しました。2025年の第1四半期だけで、過去最高となる1290万ドルをロビー活動に投じ、議会や政権に働きかけを強めました 25。その集大成が、PhRMAの幹部(PfizerやMerckのCEOを含む)とトランプ大統領との直接会談でした 18。この会談は、業界の懸念を政権トップに直接伝え、政策転換を促す上で決定的な役割を果たしたと考えられます。
そして、これらの業界の努力が結実したのが、今回の大統領令です。大統領令は、厚生省と議会に対し、低分子薬の価格交渉開始時期を現行の9年から、バイオ医薬品と同じ13年に延長するよう指示するものでした。これは、業界が最も強く求めていた「ピル・ペナルティ」の撤廃に他ならず、彼らのロビー活動が大きな「戦果」を挙げたことを意味します。
もう一つの論点:「サイト・ニュートラル・ペイメント」
大統領令には、もう一つ重要な指示が含まれていました。それは「サイト・ニュートラル・ペイメント(site-neutral payments)」の是正です。これは、薬価交渉とは少し毛色が異なりますが、医療費抑制という文脈で重要な政策です。
サイト・ニュートラル・ペイメントとは、同じ医療サービスを提供した場合でも、提供された場所(サイト)によってメディケアの支払額が異なる問題を是正し、支払額を一本化(中立化)しようという考え方です 26。具体的には、病院の外来部門(HOPD)で提供されるサービスは、独立した診療所や外来手術センター(ASC)で提供される同じサービスよりも、はるかに高い報酬が支払われるという現状があります 27。例えば、ある診察に対して診療所では9ドルの自己負担で済むものが、HOPDでは23ドルにもなるケースがありました 27。
この価格差は、病院が24時間体制の救急医療や高度なインフラを維持するためのコストを反映しているという正当な理由も主張されています 28。しかし、病院が診療所を買収してHOPDに転換し、より高い診療報酬を得ようとするインセンティブにもなっており、医療費全体を押し上げる要因と見なされてきました。そのため、MedPAC(メディケア支払諮問委員会)は長年、この価格差を是正するサイト・ニュートラル政策を勧告しており、超党派の支持を得ているコスト削減策なのです 28。大統領令がこの点に触れたのは、薬価交渉の緩和という業界寄りの政策とバランスを取る形で、医療費削減に取り組む姿勢を示す狙いがあったと考えられます。
IRA改革がもたらす戦略的意味合い
このIRA改革を巡る一連の動きは、製薬業界にとってどのような戦略的意味を持つのでしょうか。
第一に、これは「製薬R&Dの未来を賭けた代理戦争における勝利」と見なすことができます。「ピル・ペナルティ」をめぐる攻防は、単に4年という期間の問題ではありませんでした。その本質は、製薬業界が長年かけて築き上げてきた、低分子医薬品のライフサイクルマネジメントという極めて収益性の高いビジネスモデルの将来を賭けた戦いだったのです。このモデルは、特許期間の最終盤に莫大な収益を上げ、さらに既存薬の新たな適応症を探る追加研究によって製品寿命を延ばすことに依存しています 17。IRAは、この最も収益性の高い期間を短縮することで、モデルそのものを根底から脅かしました。今回の大統領令は、政府が主導したイノベーション・インセンティブの再設計の試みに対し、政権が業界の既存モデルを擁護する側に立ったことを示す、極めて重要なシグナルです。これは、現状維持を望む業界にとって大きな勝利と言えるでしょう。
第二に、この大統領令は「組織化された業界ロビー活動の揺るぎない力」を改めて証明しました。IRAは前政権が成立させた画期的な法律でした。その根幹部分の一つを解体するよう指示する大統領令をPhRMAが引き出したという事実は、その政治的影響力の強大さを物語っています 18。法廷闘争 23、執拗なメッセージ戦略 17、そして政権中枢への直接的なアクセスという組み合わせによって、業界は国民に人気の高いコスト抑制策にさえも対抗し、自らの収益に直結する政策変更を勝ち取れることを示したのです。これは、今後の政策をめぐる戦いにおいて、業界が繰り返し用いるであろう「勝利の方程式」となります。
メディア報道の混乱:なぜメディアはこれらを混同するのか?
さて、ここで当初の疑問に戻りましょう。なぜ、これほど背景もロジックも異なる2つの政策が、メディア報道ではしばしば一体のものとして扱われ、混乱を生んでいるのでしょうか。読者の皆様が感じられたように、その理由の一つは、発表のタイミングが2025年4月前半と近接していたこと、そして両者が「薬」「価格」「サプライチェーン」という共通のキーワードを含んでいたことにあります。
しかし、より深いレベルで分析すると、この混乱が政権にとって政治的に非常に好都合であるという側面が見えてきます。つまり、この混乱は意図的に作り出された、あるいは少なくとも容認されたものだと考えられます。政権は、これら2つの異なる政策を「我々は薬価を引き下げるために行動している」という一つの大きなメッセージの傘下に束ねています。これにより、「一石二鳥」ならぬ「一石二鳥以上」の政治的利益を得ることができるのです。
具体的に見てみましょう。関税の脅威をちらつかせることで、政権は「中国に厳しく対峙し、米国の安全保障と雇用を守る強いリーダー」というイメージを、ナショナリストやポピュリストの支持層にアピールできます。一方で、IRAの薬価交渉を緩和することで、「米国の偉大な製薬会社のイノベーションを守り、自由市場の原則を尊重する、ビジネス寄りの政権」という姿を、財界や保守層に示すことができます。
そして、この全く異なる2つの行動を、どちらも最終的には「米国民のための薬価引き下げ」につながるのだと主張するのです。関税は国内生産を促し、長期的には安定供給と価格低下をもたらす。IRA改革はイノベーションを促進し、より良い新薬を競争力のある価格で生み出す。このように、聴衆に応じて異なる物語を語り分けることが可能になります。専門家から見れば矛盾に満ちたこれらの政策も、政治的なメッセージとしては非常に強力です。メディアがこれらを混同して報じることは、この「ケーキも食べて、取っておきもする(have your cake and eat it too)」という、都合の良い政治的物語を補強する結果となっているのです。
矛盾する政策環境下での具体的戦略
では、この複雑で一見矛盾した政策環境の中で、製薬企業はどのような羅針盤を手に進むべきなのでしょうか。「切り分けて読む」ことは第一歩ですが、その先にあるべき具体的な戦略を考えてみましょう。
新しいロビー活動とガバメント・アフェアーズの playbook
まず明確なのは、これら2つの政策が、業界に対して異なるロビー活動戦略を要求するということです。今後のガバメント・アフェアーズは、課題に応じてアプローチを使い分ける「二刀流」が求められます。
関税問題に関しては、業界内の足並みは揃いません。むしろ、利害が対立し、分裂することになるでしょう。米国内の製造業者やCDMOは、関税を支持するか、少なくとも中立的な立場を取る可能性があります。一方で、ジェネリック医薬品の輸入業者や、サプライチェーンを海外に大きく依存する企業は、関税に猛然と反対するロビー活動を展開せざるを得ません。この時、彼らが用いるべき最も効果的な論理は、自社の利益が損なわれるという話ではなく、「関税は米国の消費者が支払う薬価を上昇させ、医薬品不足のリスクを高める」という、国民の利益に訴えかける議論です。
対照的に、IRAや薬価交渉の問題に関しては、PhRMAを旗手として業界は引き続き高いレベルで結束するでしょう 30。彼らの戦略は、今回成功を収めた playbook、すなわち法廷闘争と、「イノベーションの保護」や「医師と患者の関係性を守る」といったメッセージングを組み合わせたアプローチを継続することになります。この戦略が有効であることが証明された以上、今後も同様の論理で政府の価格介入に対抗し続けると考えられます。
自社はどのカテゴリーに属するか:セクター別インパクト分析
この新しい政策環境は、企業をそのビジネスモデルに応じて明確に選別します。自社がどのカテゴリーに属するのかを冷静に分析することが、戦略策定の基礎となります。いくつかの戦略タイプが浮かび上がってきます。
一つ目のカテゴリーは、「The Onshore Champions」です。これは、米国内にAPIや製剤の製造拠点を持つCDMOや製薬企業を指します。関税の脅威は、彼らのビジネスモデルに対する直接的な追い風であり、政府からの強力な支援策と見なすことができます。
二つ目のカテゴリーは、「The Pressured Importers」です。これは、グローバルなサプライチェーン、特にインドや中国に深く依存するジェネリックメーカーが該当します。彼らは関税という実存的な脅威に直面しており、サプライチェーンの迅速な多角化や、一部の国内生産への移行といった抜本的な改革を迫られます。
三つ目のカテゴリーは「The Small Molecule Kings」です。これは、ブロックバスター級の低分子医薬品を複数保有する、Merck、Pfizer、BMSのような大手研究開発型製薬企業です。IRA改革は、彼らの巨大な収益源を今後数年間にわたって確保することを意味し、数十億ドル規模の直接的な恩恵をもたらします。
四つ目のカテゴリーは「The Biologic Futurists」です。これは、次世代のバイオ医薬品に研究開発の主軸を置く企業群です。彼らは、もともとのIRAの制度設計でも優遇されており、今回の改革による直接的な影響は比較的小さいですが、業界全体のイノベーション・エコシステムが健全に保たれることによる間接的な利益を享受します。
避けられない結論:2つの道、1つの終着点
最後に、本記事の結論を述べたいと思います。関税と薬価交渉改革。これらは全く異なる道筋に見えますが、業界が導かれる最終的な行先は同じです。それは、これまでのようなグローバル化と価格設定の自由が際限なく続いた時代の終わりを告げるものです。
価格引き下げ圧力とサプライチェーンに対する厳しい視線は、もはや一過性の政治的キャンペーンではありません。民主党政権は薬価交渉(IRA)という手段を用いました。共和党政権は関税の脅威(セクション232)とサイト・ニュートラル・ペイメントという別の形の価格統制を用いています。
用いるツールは異なりますが、その背景にある政治的背景は、「薬価を下げてほしい」という国民の強い要求と、「中国の台頭」に対する地政学的な不安です。これらは党派を超えて共有されており、今後も長く続く構造的なトレンドです。
したがって、企業のビジネスモデルが何であれ、すべての製薬企業にとっての長期的な戦略的必須事項は、次の二つに集約されます。第一に、頑健かつ継続性のある、透明性の高いサプライチェーンを構築すること。第二に、絶え間ない価格圧力の環境下で自社の製品価格を正当化するために、その革新的な価値を徹底的に証明し続けること。
この二つの課題にどう向き合うか。それが、この新しい時代における製薬企業の盛衰を分ける問いかけとなるでしょう。
引用文献
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