ビジネス全般

産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン 【追補版】(令和2年6月30日)

ガイドライン【追補版】策定の背景とねらい

  • 第4次産業革命は、産業界において同質的なコスト競争から付加価値の獲得競争への構造変化をもたらしている。そして、その変化はより複雑かつより高度に、より速くなり続けている。
  • このような中、企業がイノベーションの創出を加速するためには、自社のみならず、外部の資源を活用するオープンイノベーションの推進が不可欠である。特に、最先端の「知」の拠点である大学・国立研究開発法人(以下、「大学等」という。)との連携は強力な手段となる。企業にとって、大学等における「知」をより広く、より深く活用する必要性が増している。
  • 一方で、基礎研究から段階的に事業化に至る「リニアモデル」から、基礎研究と事業化が同時並行的に行われる「コンカレントモデル」への変化が指摘され、デジタル革命等によりその変化が加速・拡大する中、大学等にとって、企業との連携により事業化に共に取り組むことは、基礎的・基盤的な研究をさらに発展させ、また、多角的な視座と経験をもつ人材を育てる上で極めて重要な要素となっている。
  • 産学官連携が、イノベーションの創出による新たな価値の創造に貢献していくためには、研究者同士の個人的な連携にとどまるべきではない。大学等と企業が、互いを対等なパートナーとして認識し、共に新たな価値の創造を志向した「組織」対「組織」の本格的な連携を行うことが重要となる。
  • 他方、足下では、2020 年の新型コロナウイルス感染拡大が実体経済に深刻なダメージを与え、イノベーションの創出に向けた活動が停滞してしまうのではないかという懸念が生じる中、組織同士の連携の安定性・継続性がさらに重要となりつつある。
  • 2016 年に、大学等と企業の組織的な連携体制の構築に向けて、文部科学省及び経済産業省において、「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」(以下「2016 ガイドライン」という。)を策定した。
  • 2016 ガイドラインは、産業界から見た大学等の課題とその処方箋を示すものであり、策定後、大学等における改革は一定程度進行したといえる。
  • 今般、更なる改革の前進のため、現状の分析と評価を行ったところ、大学等においていくつかのボトルネックが明らかになった。また、これまで行ってきた大学等の改革を踏まえ、車の両輪である産業界/企業においても、産学官連携における組織的連携をスムーズに進めるための処方箋が必要であると考えられた。
  • このような評価を踏まえ、大学等におけるボトルネックの解消に向けた処方箋と、新たに産業界/企業における課題と処方箋を体系化した本書を、2016 ガイドラインの「追補版」として取りまとめることとした。
  • 2020 年 6 月に、人文科学を含む科学技術の振興とイノベーション創出の振興を一体的に図っていくため、「科学技術基本法等の一部を改正する法律」(令和 2 年法律第 63 号)が成立・公布された。
  • 本法では、「イノベーションの創出」について、「科学的な発見又は発明、新商品又は新役務の開発その他の創造的活動を通じて新たな価値を生み出し、これを普及することにより、経済社会の大きな変化を創出すること」として、新たに定義している。
  • 本書は、このようなイノベーションの創出に向けて、人文科学を含む幅広い分野の多様な関係者に参照いただき、大学等における「知」を結集し、産学官の関係者が一丸となって取り組む契機となることを期待するものである。

SectionA 大学等への処方箋

ここでは、2016 ガイドラインを踏まえて、企業との組織的な連携による価値創造のボトルネックとなっていると思われる事項等について、課題に対する考え方と処方箋を示します。

はじめに

  • 2016 ガイドライン策定後、大学において様々な改革が行われ、産学官連携は新たなステージに突入しようとしている。例えば、大学等における 1,000 万円以上の民間企業との共同研究の数は、2014 年からの4年間で倍増し、共同研究額も約2倍となった。
  • しかしながら、「2025 年度までに大学・国立研究開発法人に対する企業の投資を 2014 年度の3倍にする」という目標1に向けては道半ばである。
  • また、2019 年には「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」(以下、「科技イノベ活性化法」という。)が施行され、大学等が組織的な産学官連携を推進するために必要な体制を整備し、仕組みを構築することなどが努力義務化され、国は、このような取組の支援等を行うこととされた。
  • このような状況を踏まえて、文部科学省及び経済産業省では、2016 ガイドラインに記載された事項について、アンケート調査による定量的な分析とヒアリング調査を行った。その結果に基づき、2016 ガイドラインの記載事項の実現においてボトルネックとなっている点を抽出し、その処方箋について検討してきた。
  • 本セクションは、このような内容のうち、産学官連携の成果を新たな価値の創出につなげるという観点から、大学等で特に強化すべき事項についての処方箋を整理したものである。加えて、社会情勢と産業構造の変化に伴い、新たに追加すべきと考えられた事項についても、その背景と課題、処方箋について提示する。
「組織」対「組織」の本格的産学官連携の範囲
  • 「組織」対「組織」の関係構築を行うための処方箋等を提示した 2016 ガイドラインでは、大学等と企業が全学、全社を挙げて構築する1対1の関係を典型的なものとして想定してきた。
  • しかしながら、アンケートやヒアリング等の結果からは、全学・全社を挙げて関与する形態のみならず、機動的なチームのレベルでの緊密な関係が目覚ましい成果を挙げている事例や、1対1の関係にとどまらず、複数の機関による関係構築の重要性が指摘されている。
  • 例えば、知財の共有化やリスクの分散等を図りつつ、事業化を効果的に進めるために、多数の企業と大型の研究コンソーシアムを形成する形態の連携も取り組まれている。また、近年、地方公共団体が大学等と連携し、地域課題の解決や地域経済の活性化を目指すプロジェクトも生まれている。
(大学発ベンチャーを含むエコシステム)
  • さらに、近年その存在感を増しつつある大学等の研究成果や人材を活用したベンチャー(以下、「大学発ベンチャー」という。)は、研究成果から新たな価値を創出する上で、重要なプレイヤーである。いくつかの大学等においては、先進的にベンチャー創出支援に取り組んでおり、こうした大学等を中心として、大学発ベンチャーやベンチャーキャピタル、金融機関等が生態系のように関連してイノベーションを創出する「エコシステム」が形成されつつある。
  • 企業との組織的関係を検討するに当たって、大学という組織にとどまらず、このようなエコシステムとの関係を構築することで、多様な選択肢と柔軟な連携の在り方を提示することが可能となる。特に、ベンチャーという柔軟で機動的な組織形態のメリットを活かせば、共同研究のレベルに加えて、実証レベルや POC(Proof of Concept)の取得、さらには事業化・サービス化までを含めた企業のニーズに、より強力に応えていくことが可能となる。
  • しかしながら、産学官連携とベンチャー育成の実務を、別々のものとして縦割りで実施していると、このような観点からエコシステムとしての組織的連携を行うことが難しくなる。大学等は、両者の実務を一体的・統合的に運用する視点を持つ必要がある。
【東京大学×ダイキン工業株式会社】

東京大学のみならず、東大発ベンチャーを含むエコシステムとダイキンが大規模な連携体制を構築することで、多様なフェーズのプロジェクトを創出。

  • ダイキン工業では、新たな技術や価値を生み出し、独自のビジネスモデルを通じて社会を変革していくため、スピード感のあるチャレンジ精神旺盛なベンチャーとの協業を重視している。
  • 同社と東京大学との包括的な連携において、「ベンチャー企業との協業を通じた新たな価値の社会実装」をテーマのひとつとして掲げ、国内では最大のベンチャー創出数を誇る東京大学を中核としたベンチャー・エコシステムとの連携を開始した。
  • ダイキン工業は、東京大学の卒業生、研究者、学生向けの起業支援プログラム「FoundX」に協賛企業の一社として参加。起業家が集う場にダイキン工業の若手技術者を駐在させることで、起業家たちの発想と起業家精神を学び取り、同時に協業できるテーマを探索している。
  • これらの枠組みを通じて、ダイキン工業が直接ベンチャーにコンタクトし、東京大学発ベンチャーであるWASSHA 株式会社とのアフリカでの空調サブスクリプションビジネス等、多様なフェーズの連携プロジェクトが開始している。

【東北大学×JX 金属株式会社】

東北大学発ベンチャーであるマテリアル・コンセプトとの連携を契機に、中長期的な研究開発のため大学へと連携の枠組みを拡大。大学を中核としたエコシステムの形成を目指す。

  • JX 金属は、2018 年 6 月に東北大学発ベンチャーである株式会社マテリアル・コンセプトへ出資等を行い、高度化する素材供給への対応を進めてきた。
  • スピード感を持った事業化を目指すマテリアル・コンセプトとの連携の一方で、同社との連携をきっかけに、次世代配線材料技術を含めた革新的な材料開発の分野で中長期的な研究開発を幅広く実施するため、同年 9 月、東北大学との組織的連携協力協定を締結し、寄附講座の設置や、新たな研究棟の建設・寄贈するなどの支援を開始した。
  • 新たな研究棟が、東北大学を中核に、ベンチャーを含む国内外の企業や研究機関などの産学官が結集し、非鉄金属産業関連など、材料科学分野における国際的なオープンイノベーション拠点として発展することを目指している。

A-1.資金の好循環:「知」への価値付けと費用の適切な分担

  • 現在、大学等、特に国立大学法人においては、実務上の慣習に基づき、コストの積算という考え方に基づいた共同研究費の算定が行われている。
  • 一方で、企業においては、共同研究等を実施するに当たって、必要なコストの費目・額自体の是非よりも、投資に見合った価値が得られるかが重要である。換言すれば、大学等の「知」にどれだけの価値があり、さらに、それがどれだけの価値を生み出していくかが関心事となる。
  • このようなすれ違いを前提として、あらかじめ企業側の予算が決まっていたり、研究に費やされる知識や時間を大学側から企業へ適切に提示できていなかったりする場合には、結果的に大学等にとっては低廉な料金で合意されることが多く、本来必要なコストの積み上げも充分に行えていないという声もある。
  • しかし近年、必要なコストの積み上げという考え方に加えて、「組織」対「組織」の連携において、大学等の「知」を評価し、共同研究にとどまらず、人材育成やベンチャー支援を含む様々なプロジェクトを包括する連携について、総額で合意する事例(章末事例参照)や、共同研究の枠組みにおいても、投資に見合った価値を提供する観点から共同研究の契約を行っている事例が、少数ながら見られるようになってきた。
予算・会計上の取扱いにおける「競争的研究費」等と「民間企業からの共同研究費」の違い

現在、多くの大学では民間企業等からの共同研究費について、政府からの競争的資金等と同様に取り扱われている。すなわち、以下Aのような取扱い(「コスト積み上げ」方式)である。

  • A:直接経費+間接経費(直接経費×一定の間接経費比率)

しかしながら、交渉により決定される民間企業との共同研究契約においては、相手方の企業との合意により、以下のような料金算
定の方法をとることも可能である。

  • B:直接経費+関与時間に対する報酬(タイムチャージ)+間接経費
  • C:「総額」方式(直接経費+(間接経費=総額-直接経費))

近年、学術相談・学術指導等といった形で方法Bによる料金算定を行ったり、大型の「組織」対「組織」の連携においては、方法Cにより合意した総額を発表する事例も少数ながらみられるようになった。

2020 年度以降、文部科学省において新たに公募を開始する事業や研究課題のうち、資金配分機関が指定するものについては、直接経費から研究代表者(PI)の人件費の支出が可能とされたところである。資源配分主体が採択した研究開発課題等の遂行のため配分する競争的資金については、原則として方法Aに基づき取り扱われることとなる一方で、本書 A-1 の1で詳述する「共同研究等への関与時間に対する報酬(タイムチャージ)」は、方法Bの考え方に立脚し、民間企業から共同研究に対する適切な対価を得るための具体的手法について、整理したものである。

予算・会計上は、方法B、方法Cのいずれをとったとしても、総額から直接経費を引いた額が間接経費(相当額)として取り扱われることとなる。

このような予算・会計上の原則を詳述するため、本書では、「直接経費」・「間接経費」と一括して呼称されることの多い区分について、料金、予算、会計(収益)、会計(費用)の別に分け、料金については「直接コスト」と「間接コスト」、予算については「直接経費」と「間接経費」、会計(収益)については「共同研究収益(直接経費相当額)」と「共同研究収益(間接経費相当額)」、会計(費用)については「共同研究経費(直接経費相当額)」と「共同研究経費(間接経費相当額)」と呼ぶこととする。これらは、同一のものとして取り扱われることが多いが、「料金」と「予算、会計(収益)、会計(費用)」は必ずしも一致する必要がない点に留意が必要である。

例えば、方法Aでは、500 万円の直接コストに対して 30%の間接コスト 150 万円=650 万円が研究費の総額となる一方で、方法Bでは、500 万円の直接コストと 150 万円の間接コストに加え、300 万円のタイムチャージを計上して総額 950 万円の契約となり、予算・会計上は、150 万円+300 万円=450 万円が間接経費(相当額)として、取り扱われることとなる。方法Cでは、企業側と合意した総額 1,000 万円の研究費のうち、直接経費 500 万円を除いた残りの 500 万円を、予算・会計上の間接経費(相当額)として取り扱われることとなる。

  • 大学等の「知」に対して社会的な価値付け(値付け)を行うことにより、産学官連携を通じた価値創造への道筋も明確となる。すなわち、企業にとっては、パートナーとしての大学等が、新たな価値創造に対してこれまで以上にコミットしていくことが期待でき、成果が見えやすくなることにより、投資に対するリターンの見極めがしやすくなる。大学等にとっては、財務基盤を強固にすることに加え、自身が有する研究の価値に対する投資を受けるという意識付けがなされることを通じて、企業に対してより責任ある対応を行い、研究成果の社会還元を一層強力に進める誘因が働くことになる。
  • これらは、産学官の研究レベルの連携だけではなく、企業の開発、ひいては事業レベルでの連携を加速する可能性を持っており、大学等はこれらの連携を人材育成も含めて活用することが求められる。
  • 本章では、このような「知」への価値付けを行う手法について、共同研究等の契約の枠組みに注目して整理する。共同研究等において、「知」に対する社会的な価値付け(値付け)を行うには、「知」のどの側面に注目するかによって様々な手法があり得る。これらは、大きくは個人としての「研究者の価値」と、結果として得られる「研究成果の価値」、これらの価値を高める「研究マネジメントの価値」に大別することができる。
【大阪大学×中外製薬株式会社】

文部科学省の大規模プログラムを契機に発足した拠点の成果を評価し、中外製薬が 10 億円×10 年の資金提供により基礎研究を支援。成果の情報開示、第一選択権を取得。

  • 文部科学省が 2007 年度に開始した事業「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」に採択され、大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)が発足。
  • 同拠点の成果を高く評価した中外製薬は、同プログラムによる IFReC への支援終了に伴い、大阪大学と包括連携契約を締結。10 年間にわたる年間 10 億円の拠出を通じて、IFReC が取り組む自主研究テーマに関する成果の情報開示を受けるとともに、共同研究に関する第一選択権を取得する。
  • また、双方の研究者の交流や共同研究を実施するにあたりフィージビリティ・スタディを行うための「連携推進ラボ」を IFReC 内に設置し、革新的な医薬品を連続創出するための基盤を構築。

【東京大学×ダイキン工業株式会社】

「コスト積み上げ」でなく、トップ同士の合意をもとに東京大学との包括連携自体を評価し、10 年間で 100 億円を拠出することを合意。

  • 東京大学とダイキン工業は、トップ同士の共感を契機に、両組織の包括的な共同研究、人材交流や大学関連ベンチャーとの協業を、高度なレベルで推進する「産学協創協定」を締結。2018 年 12 月から 10年間で、100 億円規模の資金拠出を予定している。
  • この金額は、共同研究に係る「コスト積み上げ」で算出したものではなく、ダイキン工業が東京大学の「知」を結集した包括連携自体に価値付け(値付け)をおこなったもの。

1 研究者等の有する「知」への価値付け

現状と課題
  • 研究者は、大学等の「知」の蓄積そのものであり、価値創出の源泉である。研究者が特定の企業との共同研究にコミットし成果を上げていくことに価値を認め、その対価を共同研究の料金に含めることは、まさに「知」の社会的価値の評価とそれへの投資であると捉えられる。
  • 2016 ガイドラインでは、このような観点から常勤教員等の人件費等を共同研究の料金に含める重要性について指摘したが、当該料金の導入については、いくつかの取組が始まっているものの、まだ緒に就いたばかりである。
  • 大学へのヒアリング等の結果、大学の予算・会計上既に人件費が措置されている常勤教員が共同研究に関与する対価を企業に要求するに当たっては、①学内や企業への説明上の懸念や、②関与時間の管理の必要性に対する懸念、③事務的なコストの増大に対する懸念、④国立大学法人運営費交付金や私立大学等経常費補助金への影響に対する懸念がボトルネックであると考えられた。
処方箋
  • 常勤教員の共同研究への関与時間に対する報酬(タイムチャージ)を料金に計上する。その際、企業との交渉に基づき、実費弁償の考え方ではなく、「研究者の価値」等を考慮した高い水準の単価設定を行う。
  • 学生を共同研究に参画させる場合についても、雇用契約を締結し、適切な対価を計上する。
(1)常勤教員の共同研究への関与時間に対する報酬(タイムチャージ)
  • 常勤教員が共同研究に関与する対価を企業に要求する場合、各大学の判断により、直接コストに計上する場合と、間接コストに計上する場合の大きく2つの手法が想定される。2016 ガイドラインにおいて、この点を含む実務上の取扱を必ずしも明らかにしていなかったことが、上述のような懸念を生じる結果になっていると考えられることから、ここではこれらの点について改めて整理する。

(間接コストとして積算する場合)

  • 現在、実際に各大学が制度化している事例が多いのは、間接コストとして積算する手法である。
  • この手法は、2016 ガイドラインにおいても具体的に示されたものであり、大学へのヒアリングの結果からは、大学における実務上の慣習に基づけば、制度設計と運用が比較的容易であると捉えられていた。
  • しかしながら、この場合、共同研究に直接的に従事する常勤教員に関するコストを、間接コストとして料金積算することになる。このため、直接コストとして料金積算する場合と比較して、学内の調整や企業に対する説明・交渉が難しくなる傾向にあり、制度化していても実際に企業に要求できている事例は必ずしも多くないのが現状である。
  • また、いくつかの事例では、人件費を直接コストとして料金積算する場合と同様の考え方により、直接コストに対する間接コストの比率を一定にするのではなく、プロジェクトに関与する常勤教員の単価や数にあわせ、比率を増加させるなどの手法を採用している。このような場合においても、学内の調整や企業に対する交渉は比較的難しくなり、実際に企業に対して請求できている例は多くない。

(直接コストとして積算する場合)

  • 共同研究に直接的に従事する常勤教員に関するコストを、直接コストとして積算する場合、同様の手法は企業間における共同研究等においても実施されているものであることから、対外的な説明は比較的容易となる。
  • ○ 一方で、共同研究の実施状況により増減する関与時間の実績を報告する必要があるという認識や、直接コストとして積算した料金は必ず予算上の直接経費及び会計上の共同研究収益(直接経費相当額)として取り扱わなければならないという認識から、事務処理の煩雑化と負担の増大に対する懸念があることが導入へのボトルネックとなっていると考えられ、導入した大学は少数にとどまっている(章末事例参照)。
  • ここでは、このような認識と懸念に対する処方箋について整理し、常勤教員の共同研究への関与時間に対する報酬(タイムチャージ)として直接コストに計上する手法を提示する。

(直接コストとして積算する場合の関与時間の管理)

  • 共同研究への関与時間の管理については、直接コストに計上した場合であっても、契約の段階で企業との合意があれば、当該共同研究に充てるエフォートについて合意し、その合意に基づいた粒度で時間の報告を行うことで、事務的な手続きを簡素化することが可能である。

(直接コストとして積算する場合の予算・会計上の取扱)

  • 直接コストとして積算する常勤教員の共同研究への関与時間に対する報酬(タイムチャージ)は、共同研究に直接関わる時間をもとに積算されるが、当該教員の人件費が、大学の予算・会計(費用)上既に措置されている場合、タイムチャージによる報酬額は共同研究収益(間接経費相当額)として予算・会計(収益)上処理することとなる。なお、学内での取扱いを明確にするため、本取扱いについては内規等に定めておくことが望ましい。

(「研究者の価値」を考慮した単価設定)

  • 常勤教員の共同研究への関与時間に対する報酬(タイムチャージ)の算出は、基準となる単価(タイムチャージレート)に、共同研究への関与時間を掛ける方法が一般的である。この単価(タイムチャージレート)については、実費弁償という考え方に沿って、分子を「職階別(教授、准教授、助教)の給与」とし、分母を「総労働時間」として算定される場合が多いが、この算定方式では、民間企業等における相場と比較して低い水準となる傾向にある。
  • 単価(タイムチャージレート)は、必ずしも実費弁償だけではなく、教員等の能力や期待される共同研究の成果またはこれまでの研究実績等の「研究者の価値」に応じた設定を行うことも可能である。すでに、いくつかの大学においては、研究者や URA と企業との交渉により、「研究者の価値」を反映した契約を行っている。
  • なお、特別試験研究費税額控除制度(研究開発税制におけるオープンイノベーション型)を適用する場合においては、研究開発に係る費用のみを申請することとなる。この場合、給与に加え法定福利費や福利厚生費など実際にかかる人件費相当額で算出する必要がある(単価(タイムチャージレート)を算定する際に分母となる総労働時間から研究等以外の事務的な作業等に当てられる時間を除くことなどは可能である。)。
(2)学生の取扱いについて
  • 共同研究の実施に当たっては、博士課程学生をはじめとした学生を参画させる事例が多くみられる。2016ガイドラインでは、学生を共同研究に参画させる場合には、大学との雇用契約等を締結し適切な対価を支払うことで、人的リソースを確保することによる研究成果のコミットや、意図せぬ情報漏えいの可能性の軽減などといった観点から、大学・企業双方にとってメリットが生じることを指摘した。また、副次的な効果として、学生が企業の研究活動を学ぶことができるという教育上の効果も見込まれる。
  • このような学生の共同研究への関与時間に対する報酬についても、教員と同様に、研究活動への貢献を尊重して適切な単価を設定し、料金を積算する必要がある。上述の常勤教員における考え方と同様に、例えば、共同研究への関与時間に対する報酬を共同研究収益(間接経費相当額)として処理することで、報酬の一部を給与とし、残りを学生の研究費や奨学金の財源等とすることも可能である。なお、学生を共同研究に参画させるに当たっては、個人の事情を注意深く考慮して対応する必要がある。
  • さらに、奨学金等の学生への金銭的なサポートを通じて、研究に専念できる環境を整えることも重要である。
  • とりわけ博士後期課程学生については、生活費相当額程度の経済的支援の充実が必要とされていることなども踏まえ、積極的に RA 等として雇用するとともに、企業との共同研究費や寄附金をはじめとする多様な財源を活用し、少なくとも生活費相当額3を学生が受け取ることができるようにすることが期待される。このため、共同研究に従事させる場合には、業務の性質や内容に見合った単価を設定し、適切な勤務管理の下、業務に従事した時間に応じた給与を支払う必要がある。
留意事項

(国立大学法人運営費交付金等との関係)

  • 国立大学法人については、国立大学法人運営費交付金(以下、「交付金」という。)から人件費が支給されている教員(常勤教員等)について、当該教員の業務への関与時間に対する報酬をコストとして企業等から求めた場合に、交付金が減額されるのではないかという「誤解」が見られる。
  • しかしながら、交付金の算定に当たってはそのような事情は勘案されないため、これをもって交付金が減額されることはない。また、このことによって当該教員に対して交付金で措置される予定の退職金相当額が影響を受けることもない。

(私立大学等経常費補助との関係)

  • 学校法人については、現行制度上、教員の給与が高額な場合、特定の条件に当てはまる場合を除き、文部科学省私立大学等経常費補助の額が一部減額されることに留意しつつ、制度設計を行う必要がある。
【金沢大学】
「共同研究に従事する研究者の研究力は大学にとって本質であり、最も重要な資産」という理念から、
研究者の人件費を直接コストに計上。
✔ 金沢大学では、2016 ガイドラインを受け、学長のイニシアティブにより制度の抜本的な見直しを行った。す
なわち、「共同研究に従事する研究者の研究力は大学にとって最も重要な資産である」という理念から、
2019 年度以降、原則として全ての共同研究において、直接コスト(経費)の費目として「共同研究担
当教員等の人件費」を新たに追加した。
✔ 「共同研究担当教員の人件費」は、職階別の単価に共同研究担当教員が共同研究に費やすエフォート
(従事時間数)を乗じて額を算出している。
✔ 得られた人件費は、産学連携に対するインセンティブとして、担当教員の人件費に上乗せするか、研究費
として使用する、もしくはその両方を研究者自身が選択できる仕組みとしている。
【九州大学】
教員の本来の学術業務(教育・研究)の補完等に要する費目として「研究担当教員充当経費」を直
接コストに計上。
✔ 九州大学では、2016 ガイドラインを受け、総長のイニシアティブにより産学連携に係る経費の見直しを進
める中で、2018 年度から共同研究等を担当する教員の本来の学術業務(教育・研究)の補完等に
要する経費として「研究担当教員充当経費」を設定した。
✔ 本経費は、企業と研究担当教員が協議して設定した単価に共同研究に費やすエフォート(従事時間
数)を乗じて額を算出し、直接コストに計上するもの。当該費目を計上するか否かを含め、教員の判断に
任されている。
✔ 直接コストに計上された「研究担当教員充当経費」は、7 割を部局、3 割を総長裁量経費として配分し
ている。総長裁量経費としての使途の一つが、企業との共同研究に取り組む教員に対するインセンティブの
付与である。研究担当教員充当経費を一定額以上取得した教員に対する表彰制度を設けている【熊本大学】
直接経費の積算項目を見直す中で、研究者が研究に携わる時間を「教員充当経費」として計上。
✔ 熊本大学では、間接経費比率及び直接経費の積算項目を見直す中で、令和元年度から、①研究者が
研究に携わる時間、②URA がプロジェクトの進捗管理等に携わる時間、③研究を行う場所の使用料、④
光熱費の算出基準を明確にし、必要コストとして請求できるようにした。
✔ ①に対応する費目として設定された「研究担当教員充当経費」は、教員が共同研究に従事することによ
り、本来業務の補完に要するもの。
✔ 職階別の基準単価に研究担当教員の総従事時間数を乗じて算出するが、単価は、研究の難易度、教
員の研究業績、成果への期待を勘案して、基準以上の条件を設定することができる。
✔ また、共同研究の内容が学術性の要素が高い研究である等の事情がある場合、「調整率」を設定するこ
とにより、当該経費を減額することができる。
【名古屋大学】
大学が指定し管理する「指定共同研究」において、間接経費に代わり「教員共同研究参画経費」と「戦
略的産学連携経費」で構成される「産学連携推進経費」を設定。
✔ 名古屋大学の「指定共同研究」は、「組織」対「組織」で取り組む新たな共同研究制度で、大学が組織
として研究の進捗管理を行い、成果報告をまとめる制度。
✔ 当該制度では、間接経費に代わり「産学連携推進経費」を設定している。産学連携推進経費は、「共
同研究を遂行する上で付随的・不可逆的に発生する経費で、その研究成果との対応に間接的な因果関
係があり、共同研究経費に含めるのに合理性が認められる経費」とし、「教員共同研究参画経費」「戦略
的産学連携経費(5%)」で構成される。
✔ 「教員共同研究参画経費」は、人件費相当額及び附帯コストで構成され、人件費相当額は、産学連携
教員の職階ごとにアワーレート方式に基づく単価を設定、参加する教員数を乗じて積算する。
【東京工業大学】
大学の知(人材)を提供する対価として、研究代表者の判断で加算係数を算定できる「研究者エフォ
ート相当額」を戦略的産学連携経費の積算項目として設定。
✔ 東京工業大学では、オープンイノベーション機構の高度で機動的なマネジメントのもと、企業毎のニーズに
応え、それぞれの企業色の入った「組織」対「組織」の大型共同研究を推進するための「協働研究拠点」を
2019 年度に 3 件、2020 年度に 3 件設置した。
✔ 協働研究拠点では,「大学の知(人材)及び(知財)」、「産学連携関連経費(支援人材)」等の
対価を「戦略的産学連携経費」として計上することで,間接経費相当額を直接経費の 40%以上の計
上を実現している。
✔ 大学の知(人材)の対価として設定されたのが、「研究者エフォート相当額」である。基準単価に総従事
時間を乗じた値に、研究代表者が各研究担当者の当該協働研究における影響力、取組度合い等を勘
案して、加算係数を乗じる事が算定できる。【北海道大学】
研究者が蓄積してきた学術的知見、研究価値等による共同研究相手方への貢献度に応じた対価とし
て、研究者が自ら交渉できる「学術貢献費」を設定。
✔ 北海道大学では、2016 ガイドラインを踏まえて、研究者の学術的知見、研究の価値等の貢献度に応じ
た対価として、当該研究への貢献の度合いに基づき、研究者の裁量・判断によって計上が可能な「学術貢
献費」を 2019 年度から設定した。
✔ 学術貢献費は、共同研究を実施する教員の研究領域に関連する研究費として活用される。
【広島大学】
従来のコスト積み上げ方式の契約では計上することができない研究者の「価値」への対価として、「基礎
研究促進費」を設定。
✔ 広島大学では、2020 年度から、従来のコスト積み上げ方式の契約では計上することができない研究者
の学術的知見等の貢献の度合い等に基づき、新しい間接経費(基礎研究促進費)を設定することを可
能とした。
✔ 基礎研究促進費は、基準額に対し、知的成果貢献係数を積算して算出され、全額が共同研究を実施
する教員の研究領域に関連する研究費として活用される。
✔ これにより、産学連携研究経費は、直接経費、人件費相当額を考慮した間接経費、知的貢献度を考
慮した基礎研究促進費(間接経費)により構成されることとなり、企業にとって理解しやすい制度となった
と評価されている

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