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世界医薬品売上高ランキング【2024年】

2024年の世界の医薬品市場は、歴史的な転換点を迎えた年として記憶されることでしょう。米国の医薬品市場調査会社IQVIAの報告によりますと、この年の世界市場規模は、前年から9.1%という力強い成長を遂げ、総額1兆6125億米ドルに達しました 1。この数字は、革新的な治療薬への絶え間ない需要と、世界が直面する健康課題の大きさを物語っています。しかし、この年の市場動向が注目される最大の理由は、単なる成長率の高さではありません。長年にわたり築かれてきた市場の序列が、劇的に覆されたことにあります。

その最も象徴的な出来事が、自己免疫疾患治療薬「ヒュミラ」の首位陥落です。米アッヴィ社が手掛けるこの医薬品は、IQVIAが統計を公表し始めた2016年以来、揺るぎない王座を守り続けてきました 1。しかし2024年、特許満了に伴うバイオシミラー(後続のバイオ医薬品)の参入という大きな波を受け、その売上は大きく後退しました。この出来事は、一つの製品のライフサイクルの終わりを告げるだけでなく、医薬品市場全体が新たな時代へと突入したことを示す号砲となりました。

ヒュミラに代わって市場の頂点に立ったのは、これまでとは異なる疾患領域の治療薬でした。特に、糖尿病や肥満症といった生活習慣に深く関わる疾患の治療薬が、驚異的な成長を遂げてランキング上位を席巻したのです。この背景には、世界的な公衆衛生上の課題と、それに応える画期的な科学技術の進歩との見事な合致が存在します。また、がん治療の領域では、免疫の力を利用する革新的な医薬品が引き続きその存在感を高め、治療のあり方を根本から変えつつあります。

一方で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック期に市場を牽引したワクチンなどの製品は、その需要が落ち着きを見せ、売上を大きく落とす結果となりました 2。これは、医薬品市場の関心が、急性期の感染症対策から、より長期的で根深い慢性疾患の管理へと移行していることを明確に示しています。

本記事では、この歴史的な転換期における世界の医薬品売上高ランキング上位20製品を詳細に分析します。それぞれの医薬品がなぜ成功を収めたのか、その背景にある市場戦略、そして社会的なニーズを掘り下げていきます。

新時代の主役 ― 糖尿病・肥満症治療薬の躍進

2024年の医薬品市場における最も顕著な動向は、疑いようもなく糖尿病および肥満症治療薬の爆発的な躍進です。これらの疾患は、もはや一部の国の問題ではなく、世界的な健康危機として認識されており、その治療に対するアンメットメディカルニーズ(未だ満たされていない医療ニーズ)は計り知れません。この巨大な需要に対し、GLP-1受容体作動薬と呼ばれる新しいクラスの薬剤が、画期的な有効性をもって応えた結果、市場の勢力図は一変しました。

順位医薬品名疾患領域メーカー2024売上 (ミリオン米ドル)成長率 2023-2024 (%)
1Keytruda (pembrolizumab)OncologyMerck29,482.017.9
2Eliquis (apixaban)Cardiovascular/HematologyBristol Myers Squibb / Pfizer20,703.09.2
3Ozempic (semaglutide)Metabolic DiseasesNovo Nordisk17,451.025.8
4Dupixent (dupilumab)Immunology/RespiratorySanofi/Regeneron14,147.022.1
5Biktarvy (bictegravir/emtricitabine/tenofovir alafenamide)Infectious Diseases (HIV)Gilead Sciences, Inc.13,423.013.3
6JARDIANCE familyMetabolic/CardiovascularBoehringer Ingelheim / Eli Lilly12,385.015.0
7Skyrizi (risankizumab-rzaa)ImmunologyAbbVie11,718.050.9
8Darzalex (daratumumab) & Darzalex Faspro (daratumumab and hyaluronidase-fihj)Oncology/HematologyJohnson & Johnson11,670.019.8
9Mounjaro (tirzepatide)Metabolic DiseasesEli Lilly and Company11,540.1123.5
10Stelara (ustekinumab)ImmunologyJohnson & Johnson10,361.0-4.6
11Trikafta/Kaftrio (elexacaftor/tezacaftor/ivacaftor)Respiratory/Rare DiseaseVertex Pharmaceuticals Incorporated10,238.614.5
12Eylea (aflibercept)OphthalmologyRegeneron/Bayer9,546.0-25.9
13Opdivo (nivolumab)OncologyBristol-Myers Squibb9,304.03.3
14Humira (adalimumab)ImmunologyAbbVie8,993.0-37.6
15Gardasil/Gardasil 9Vaccines/Infectious DiseasesMerck8,583.0-3.4
16Wegovy (semaglutide)Metabolic DiseasesNovo Nordisk8,441.985.7
17Entresto (sacubitril/valsartan)CardiovascularNovartis7,822.029.6
18Comirnaty (tozinameran)Vaccines/Infectious DiseasesPfizer/BioNTech7,785.1-49.1
19Farxiga/Forxiga (dapagliflozin)Metabolic/Cardiovascular/RenalAstraZeneca7,656.027.7
20Ocrevus (ocrelizumab)Neurology/ImmunologyRoche7,654.97.8
21Tagrisso (osimertinib)OncologyAstraZeneca6,580.013.5
22Prevnar family (pneumococcal 13-valent conjugate vaccine)Vaccines/Infectious DiseasesPfizer6,411.0-0.5
23Cosentyx (secukinumab)ImmunologyNovartis6,141.023.3
24Rinvoq (upadacitinib)ImmunologyAbbVie5,971.050.4
25Revlimid (lenalidomide)Oncology/HematologyBristol-Myers Squibb5,773.0-5.3
26Paxlovid (nirmatrelvir/ritonavir)Infectious Diseases (Antivirals)Pfizer5,716.0346.9
27Xarelto (rivaroxaban)Cardiovascular/HematologyBayer / Johnson & Johnson5,600.0-9.9
28Vyndaqel (tafamidis)Cardiovascular/Rare DiseasePfizer5,451.064.1
29XTANDI (enzalutamide)OncologyAstellas / Pfizer5,380.0-8.8
30Verzenio (abemaciclib)OncologyEli Lilly and Company5,306.637.4
31Entyvio (vedolizumab)ImmunologyTakeda5,291.05.8
32Trulicity (dulaglutide)Metabolic DiseasesEli Lilly and Company5,253.5-26.3
33Hemlibra (emicizumab)HematologyRoche5,111.210.8
34Lymparza (olaparib)OncologyAstraZeneca / Merck4,983.015.6
35Imfinzi (durvalumab)OncologyAstraZeneca4,717.016.9
36Vabysmo (faricimab)OphthalmologyRoche4,386.067.3
37Prolia (denosumab)Bone HealthAmgen4,374.08.1
38Ibrance (palbociclib)OncologyPfizer4,367.0-8.1
39ShingrixVaccines/Infectious DiseasesGSK4,342.31.3
40Invega Sustenna/Xeplion/Invega Trinza/Trevicta (paliperidone)PsychiatryJohnson & Johnson4,222.02.6
41Tecentriq (atezolizumab)OncologyRoche4,131.7-1.4
42Perjeta (pertuzumab)OncologyRoche4,104.4-3.2
43OFEV (nintedanib)RespiratoryBoehringer Ingelheim4,075.87.3
44Xolair (omalizumab)Immunology/RespiratoryRoche4,022.066.2
45Orencia (abatacept)ImmunologyBristol Myers Squibb3,682.02.2
46Tremfya (guselkumab)ImmunologyJohnson & Johnson3,670.016.6
47Pomalyst (pomalidomide)Oncology/HematologyBristol-Myers Squibb3,545.03.0
48Rybelsus (semaglutide)Metabolic DiseasesNovo Nordisk3,381.024.2
49Imbruvica (ibrutinib)Oncology/HematologyAbbVie / Johnson & Johnson3,347.0-6.9
50Enbrel (etanercept)ImmunologyAmgen3,316.0-10.3

新たな王者の誕生:オゼンピック

この地殻変動の頂点に立ったのが、デンマークの製薬企業ノボノルディスクが開発した2型糖尿病治療薬「オゼンピック」(一般名:セマグルチド)です。2024年、オゼンピックは前年比25.4%増となる458億7800万米ドルという驚異的な売上を記録し、前年の2位から一気に首位の座へと駆け上がりました 1。これは、長年トップに君臨してきたヒュミラを退けての快挙であり、医薬品市場の新たな時代の到来を世界に強く印象付けました。

オゼンピックの成功の核心は、その作用機序にあります。GLP-1は、食事を摂取した際に小腸から分泌されるホルモンで、血糖値を下げるインスリンの分泌を促す働きを持ちます。オゼンピックは、このGLP-1と同様の作用を持つことで、血糖値を効果的にコントロールします。さらに、この薬剤には食欲を抑制し、体重減少を促す効果があることも知られており、この点が患者および医療従事者から高く評価されました 5

驚異的な成長:マンジャロとウゴービ

オゼンピックの独走を許さない強力なライバルも登場しています。米イーライリリー社の「マンジャロ」(一般名:チルゼパチド)は、GLP-1に加えてGIPという別のホルモンの受容体にも作用する世界初の持続性GIP/GLP-1受容体作動薬です。この独自の作用機序により、さらに強力な血糖降下作用と体重減少効果が期待されています。その結果、2024年の売上は前年比92.0%増という驚異的な伸びを示し、253億1600万米ドルを達成しました。ランキングも前年の10位から5位へとジャンプアップし、市場に強烈なインパクトを与えています 1

一方、オゼンピックと同じ有効成分セマグルチドを用い、より高用量で肥満症治療薬として承認されたのが、ノボノルディスク社の「ウゴービ」です。こちらも凄まじい勢いで市場に浸透しました。売上高は前年比で実に94.9%も増加し、154億800万米ドルに達しました。この成長により、前年はトップ20の圏外だったにもかかわらず、2024年には11位にランクインするという快挙を成し遂げました 1

これらの薬剤の成功は、単に優れた製品が生まれたという話に留まりません。世界保健機関(WHO)の報告によれば、2022年時点で世界の8人に1人が肥満の状態にあり、その数は1990年から倍増以上しています 7。肥満は2型糖尿病、心血管疾患、特定のがんのリスクを高める深刻な慢性疾患であり 8、その経済的損失は2030年までに年間3兆米ドルに達すると予測されています 7。オゼンピックやマンジャロといった薬剤は、この世界的な公衆衛生上の危機に対する、初めてとも言える極めて効果的な薬物治療の選択肢を提供したのです。この社会的背景こそが、これらの薬剤を単なる医薬品から社会現象へと押し上げた原動力と言えます。

この莫大な成功がもたらすキャッシュフローは、企業戦略にも大きな影響を与えています。例えば、ノボノルディスクの親会社であるノボホールディングスは2024年、医薬品製造受託の大手企業であるキャタレントを165億米ドルで買収しました 10。この買収は、ウゴービとオゼンピックの成功によって得られた潤沢な資金によって実現したものであり、急増する需要に対応するための製造能力を確保するという明確な戦略的意図が見て取れます 10。これは、臨床での成功が、企業の生産基盤の強化、ひいては産業構造そのものを変える力を持つことを示す好例です。

この領域では、ドイツのベーリンガーインゲルハイムとイーライリリーが共同で手掛けるSGLT2阻害薬「ジャディアンス」ファミリーも、売上高123億8500万米ドルで6位にランクインしており、糖尿病・代謝領域がいかに巨大で活気のある市場であるかを物語っています 2

揺るぎなき巨大市場 ― がん治療の最前線

糖尿病・肥満症治療薬が市場の新たな主役として脚光を浴びる一方で、医薬品市場における最大の領域として君臨し続けているのが、がん治療の分野です。2024年、がん領域の市場規模は前年比15.6%増の2520億米ドルに達し、全疾患領域の中で最大のシェアを維持しました 1。この成長を牽引しているのが、患者自身の免疫力を利用してがんと戦う「がん免疫療法」であり、その中心的存在が「キイトルーダ」です。

免疫療法の礎:キイトルーダ

米メルク社のがん免疫療法薬「キイトルーダ」(一般名:ペムブロリズマブ)は、2024年に前年比17.0%増となる338億800万米ドルの売上を記録し、世界第2位の座を確固たるものにしました 1。一部の集計方法によっては世界第1位とする報告もあり 11、その影響力の大きさがうかがえます。

キイトルーダの成功を理解するためには、その画期的な作用機序を知る必要があります。私たちの体内では、免疫細胞であるT細胞が、がん細胞などの異物を発見して攻撃する「免疫監視機構」が働いています。しかし、がん細胞の中には、この監視から逃れるために巧妙な仕組みを持つものがいます。がん細胞の表面に「PD-L1」というタンパク質を発現させ、これをT細胞の表面にある「PD-1」という受容体に結合させるのです 13。この結合が起こると、T細胞に「攻撃するな」というブレーキがかかり、がん細胞は免疫の攻撃から逃れて増殖を続けることができます 14

キイトルーダは、このPD-1に結合する「抗PD-1抗体」です。キイトルーダがT細胞のPD-1受容体を先にブロックすることで、がん細胞のPD-L1が結合できなくなります。これにより、T細胞にかかっていたブレーキが解除され、T細胞は本来の力を取り戻してがん細胞を攻撃できるようになるのです 16

この作用機序の最大の特徴は、がん細胞を直接攻撃するのではなく、患者自身の免疫システムを再活性化させる点にあります。このため、特定のがん種だけでなく、PD-1/PD-L1の仕組みを利用している多くのがんに対して効果が期待できます。実際にキイトルーダは、肺がんや婦人科がん、悪性黒色腫(メラノーマ)など、40を超える多種多様ながん種で承認を取得しており 11、現代のがん治療において不可欠な基盤的治療薬としての地位を築いています。

この戦略は「パイプライン・イン・ア・プロダクト(一つの製品の中にある開発パイプライン)」と呼ばれ、一つの分子(キイトルーダ)から次々と新たな適応症(新たな収益源)を生み出すことで、巨大なフランチャイズを構築することに成功しました。これは、単一の製品の成功物語ではなく、プラットフォーム技術を基盤とした研究開発戦略がいかに強力であるかを示す模範的な事例と言えます。

がん領域のその他の有力製品

がん領域では、キイトルーダ以外にも多くの大型製品がランキング上位に名を連ねています。米ブリストル・マイヤーズスクイブ社の「オプジーボ」(一般名:ニボルマブ)もキイトルーダと同じ抗PD-1抗体であり、2024年には93億400万米ドルの売上で13位にランクインしました 2

また、米ジョンソン・エンド・ジョンソン社が手掛ける多発性骨髄腫治療薬「ダラザレックス」(一般名:ダラツムマブ)は、116億7000万米ドルの売上で8位に入りました 2。これはCD38という分子を標的とするモノクローナル抗体で、免疫療法とは異なる作用機序で高い効果を示しています。

これらの医薬品の成功は、がん治療が、従来の化学療法や放射線療法に加え、免疫療法、分子標的薬といった多様なアプローチを組み合わせる個別化医療の時代へと完全に移行したことを示しています。

世代交代 ― 自己免疫疾患治療薬の変遷

2024年の医薬品市場が示したもう一つの側面は、自己免疫疾患治療薬の領域で見られた劇的な世代交代です。この領域は、長年にわたり一つの巨大な製品によって支配されてきましたが、特許満了という節目を迎え、新たな競争と革新の時代に突入しました。この変化の中心にいるのが、かつての王者「ヒュミラ」と、その後継者たちです。

巨人の退場:ヒュミラの売上減少

米アッヴィ社の「ヒュミラ」(一般名:アダリムマブ)は、関節リウマチや乾癬、クローン病といった様々な自己免疫疾患の治療に用いられる薬剤です。その卓越した有効性と幅広い適応症により、2011年から2024年までの累計売上は2000億米ドルを超えるという、前例のない成功を収めました 18。しかし、2023年に米国で主要な特許保護を失ったことで、その流れは大きく変わります。

特許が満了すると、同じ有効成分を持つ後続のバイオ医薬品、いわゆる「バイオシミラー」が市場に参入できるようになります。2024年には、複数のバイオシミラーが米国市場に登場し、ヒュミラとの価格競争が激化しました 11。その結果、ヒュミラの2024年の売上高は前年比23.1%減の286億9200万米ドルへと大幅に減少し、ランキングも首位から4位へと後退しました 1。一部の報告では、減少率は37.6%に達するともされており、バイオシミラーのインパクトの大きさを物語っています 2

これは、どんなに成功した医薬品であっても、特許という限られた期間の独占販売権に支えられているという、製薬業界の宿命を浮き彫りにする出来事です。

後継者たちの台頭:スキリージとリンヴォック

しかし、アッヴィ社はこの事態をただ座して見ていたわけではありません。同社は、ヒュミラが生み出す莫大な収益を、次世代の革新的な治療薬の研究開発に長年投資し続けてきました。その成果が、2024年のランキングに明確に表れています。

アッヴィ社の新たな自己免疫疾患治療薬である「スキリージ」(一般名:リサンキズマブ)は、売上を前年比で60.8%も伸ばし、117億1800万米ドルを記録して7位にランクインしました 1。同じくアッヴィ社の「リンヴォック」(一般名:ウパダシチニブ)も、57.3%という高い成長率を達成し、売上59億7100万米ドルで初めてトップ20圏内(20位)に入りました 1

これらの新薬の急成長は、ヒュミラの売上減少を補って余りある勢いを示しています。アッヴィ社は、ヒュミラの特許満了という「パテントクリフ(特許の崖)」を予見し、計画的に後継製品を育成することで、企業の収益基盤を維持・強化するという、巧みなポートフォリオマネジメントを実践したのです。実際に、企業別の売上高ランキングでは、アッヴィ社は2年連続で首位を維持しており、この戦略が成功していることを証明しています 1。これは、一つの製品の成功に安住するのではなく、継続的なイノベーションを通じて製品ライフサイクルを管理することの重要性を示す、製薬業界における見事なケーススタディと言えるでしょう。

この競争の激しい領域では、仏サノフィと米リジェネロンが共同開発した「デュピクセント」(一般名:デュピルマブ)も存在感を示しています。アトピー性皮膚炎などに用いられるこの薬剤は、20%を超える成長を遂げ、141億4700万米ドルの売上でランキング上位を維持しています 1

現代医療を支える医薬品たち

世界の医薬品市場の話題は、しばしばGLP-1作動薬やがん免疫療法といった華々しい新薬に集中しがちです。しかし、ランキングの上位には、より静かながらも現代医療に不可欠な役割を果たし、巨大な売上を上げ続けている医薬品が数多く存在します。これらの「静かなる巨人」は、広く普及している慢性疾患の管理を支え、製薬業界全体の安定した基盤を形成しています。

脳卒中予防:エリキュース

その代表格が、米ブリストル・マイヤーズスクイブと米ファイザーが共同で販売する経口抗凝固薬「エリキュース」(一般名:アピキサバン)です。2024年の売上高は前年比15.9%増の315億2300万米ドルに達し、世界第3位にランクインしました 1。エリキュースは、心房細動などの不整脈を持つ患者さんにおいて、脳卒中の原因となる血栓(血の塊)の形成を防ぐために用いられます。世界的な高齢化の進展に伴い、心血管疾患の患者数は増加の一途をたどっており、エリキュースのような信頼性の高い標準治療薬への需要は極めて安定しています。その着実な成長は、画期的な新薬だけでなく、確立された治療法がいかに大きな価値を持つかを物語っています。

HIV治療を変えた立役者:ビクタルビ

米ギリアド・サイエンシズ社のHIV感染症治療薬「ビクタルビ」もまた、現代医療の進歩を象徴する薬剤です。かつてHIV感染症は致死的な病とされていましたが、ビクタルビのような優れた抗ウイルス薬の登場により、長期的な管理が可能な慢性疾患へと変わりました。1日1錠の服用で済むという利便性の高さも支持され、2024年には134億2300万米ドルの売上を記録し、ランキングの5位(一部集計による)を占めました 2。この薬剤の成功は、治療の進歩が患者の生活の質(QOL)を劇的に改善し、同時に大きな市場を形成することを示しています。

多様な疾患領域の基幹製品

トップ20のリストには、これら以外にも多様な疾患領域で重要な役割を担う医薬品が含まれています。

米ジョンソン・エンド・ジョンソンの自己免疫疾患治療薬「ステラーラ」(一般名:ウステキヌマブ)は、将来的なバイオシミラーとの競合に直面しながらも、103億6100万米ドルの売上で10位にランクインしています 2

米バーテックス社の嚢胞性線維症治療薬「トライカフタ/カフトリオ」は、102億3800万米ドルの売上で11位に入りました 2。嚢胞性線維症は希少疾患ですが、極めて有効性の高い革新的な治療薬を提供することで、商業的にも大きな成功を収めることができることを証明しました。

眼科領域では、米リジェネロンと独バイエルが手掛ける加齢黄斑変性治療薬「アイリーア」が95億4600万米ドルで12位に 2、ワクチン領域では、メルク社の子宮頸がんなどを予防するHPVワクチン「ガーダシル」が85億8300万米ドルで15位に入っています 2

さらに、スイス・ノバルティス社の心不全治療薬「エンレスト」(17位、78億2200万米ドル)や、英アストラゼネカ社の糖尿病・心不全・腎臓病治療薬「フォシーガ」(19位、76億5600万米ドル)は、心血管・代謝領域の重要性を改めて示しています 2。そして、スイス・ロシュ社の多発性硬化症治療薬「オクレバス」は、76億5400万米ドルの売上でトップ20の末席(一部集計による)を確保し、神経疾患領域における重要な製品となっています 2

これらの薬剤がもたらす安定した収益は、製薬企業ががんや希少疾患といった、よりリスクの高い領域で革新的な研究開発に挑戦するための財務的な基盤となっています。つまり、広く普及した標準治療薬の成功が、未来の医療を切り拓くための静かな投資となっているのです。

2024年の市場が示す未来図

2024年の世界医薬品売上高ランキングは、医薬品業界が構造的な大変革期にあることを示しています。長年の王者が退き、新たな主役が躍り出たこの年は、いくつかの重要なトレンドが今後の市場を形作っていくことを示唆しています。

第一に、「GLP-1の時代」はまだ始まったばかりです。オゼンピックやマンジャロの活躍は、糖尿病と肥満症の治療に留まりません。現在、これらの薬剤が持つ心血管保護効果や、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)といった他の代謝性疾患への応用に関する研究が精力的に進められています 5。抗肥満薬市場は、2030年までにトップ5の疾患領域の一つに成長すると予測されており 19、この領域の革新が今後数年間の市場成長を牽引することは確実です。

第二に、がん治療の進化も力強く続きます。現在、市場を席巻するキイトルーダですが、その特許満了が2028年に迫っています 11。メルク社は、注射の利便性を高めた皮下投与製剤を開発するなど、バイオシミラーから自社製品の価値を守るための戦略を進めています 18。一方で、業界全体では、次世代の免疫チェックポイント阻害薬、CAR-T療法に代表される細胞治療、そして複数の薬剤を組み合わせる併用療法など、新たな治療法の開発競争が激化しています。がんという難敵に対する挑戦は、今後も医薬品開発の最も重要な原動力であり続けるでしょう。

第三に、バイオシミラーの役割が成熟期を迎えます。ヒュミラの事例は、特に患者が自己注射する慢性疾患治療薬の領域において、バイオシミラーが市場に与える影響の大きさを証明しました 5。当初の浸透は緩やかであったものの、最終的には価格競争を通じて市場構造を大きく変える力を持っています。この経験は、ステラーラや、将来的にはキイトルーダといった他の大型バイオ医薬品の特許満了後の市場を予測する上で、重要な教訓となります。バイオシミラーの普及は、薬価への下方圧力として機能し続ける一方で、企業に対して絶え間ないイノベーションを求める強力なインセンティブとなるでしょう。

結論として、2024年は、医薬品市場が劇的に変化した年でした。代謝性疾患とがん領域における革命的なイノベーションの波と、大型製品のライフサイクルとバイオシミラー競争という必然的な圧力。この二つの力の中で、新たな市場の姿が浮かび上がってきました。これからの時代に成功を収める企業は、革新的な新製品を世に送り出す力と、既存製品の価値を最大化しつつ次世代へと巧みにバトンをつなぐ戦略的なポートフォリオマネジメント能力を、ともに兼ね備えた企業であると言えるでしょう。

引用文献

  1. 2024年に世界で最も売れた薬は― https://answers.ten-navi.com/pharmanews/30593/
  2. 2024's blockbusters: Top 25 drugs by sales,  2024's blockbusters: Top 50 drugs by sales
  3. Top 20 Prescription Drugs of 2024 - PharmaShots,  https://pharmashots.com/15304/top-20-prescription-drugs-of-2024/
  4. IQVIA 24年世界医薬品市場 売上1位はオゼンピック 伸び率1位はウゴービ ダイエット目的の使用も,  https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=78673
  5. Top Trends to Watch in 2024 - IQVIA,  https://www.iqvia.com/locations/united-states/blogs/2024/02/top-trends-to-watch-in-2024
  6. GLP-1 受容体作動薬含有製剤及びチルゼパチドの 「使用上の注意」の改訂について - PMDA,  https://www.pmda.go.jp/files/000250511.pdf
  7. Obesity and overweight - World Health Organization (WHO),  https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/obesity-and-overweight
  8. Obesity | What We Do - World Heart Federation,  https://world-heart-federation.org/what-we-do/obesity/
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  10. IQVIA Pharma Deals,  https://www.iqvia.com/-/media/iqvia/pdfs/library/articles/iqvia-pharmadeals-review-2024-ungated.pdf
  11. 10 Best-Selling Drugs of 2024 Rake in Billions Amid Exclusivity ...,  https://www.biospace.com/business/10-best-selling-drugs-of-2024-rake-in-billions-amid-exclusivity-threats
  12. Top 50 Best-Selling Drugs to Watch in 2025: Insights from 2024 Sales Data - Xtalks,  https://xtalks.com/top-50-best-selling-drugs-to-watch-in-2025-insights-from-2024-sales-data-4343/
  13. キイトルーダ®について | MSD 株式会社,  https://www.keytruda.jp/index/about/
  14. キイトルーダの効果やオブジーボとの違いなど解説 | インターナショナル画像診断クリニック,  https://doctor-sato.info/blog/keytruda/
  15. キイトルーダ®の作用機序 - MSD Connect,  https://www.msdconnect.jp/products/keytruda/info/action-mechanism/
  16. ペムブロリズマブ(キイトルーダ) – 呼吸器治療薬 - 神戸きしだクリニック,  https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/pembrolizumab/
  17. 開発の経緯 | 基本情報・Q&A - MSD Connect,  https://www.msdconnect.jp/products/keytruda/info/development/
  18. The best-selling drugs in 2024 - Biostock,  https://www.biostock.se/en/2025/03/lakemedlen-som-salde-bast-under-2024/
  19. IQVIA Early Bird: Pharma Defining Trends in 2024 and What Lies Ahead,  https://www.iqvia.com/blogs/2025/05/iqvia-early-bird-pharma-defining-trends-in-2024-and-what-lies-ahead

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