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アジャイル・ガバナンスって何?「GOVERNANCE INNOVATION Ver.2」報告書を読んでみよう!

はじめに

我が国は、AIやIoT、ビッグデータなど、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させるシステムによって、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会、「Society5.0」を目指している。複雑で変化の速いデジタル社会において、イノベーションを加速しつつガバナンスを確保するためには、業界ごとに政府がルール形成・モニタリング・エンフォースメントの機能を一手に担うガバナンスモデルではなく、課題解決(ゴール)に着目した水平的かつマルチステークホルダーのガバナンスモデルが必要になる。

2019年に経済産業省に設置された「Society5.0における新たなガバナンスモデル検討会」(以下、「本検討会」という)では、このような問題意識に基づき、①イノベーションを促進するガバナンス(Governance for Innovation)、②イノベーションに対するガバナンス(Governance of Innovation)、③イノベーションを活用したガバナンス(Governance by Innovation)という3つの目標を実現するための、新たなガバナンスモデルを検討した。その成果は、「ガバナンス・イノベーション:Society5.0の実現に向けた法とアーキテクチャのリ・デザイン」と題する報告書にまとめられ、2020年7月に公表された(以下、「第 1 弾報告書」という)。第 1弾報告書は、ガバナンスのプロセス(ルール形成、コンプライアンス、モニタリング、エンフォースメント)及び主体(政府、企業、個人/コミュニティ)の観点から、新たなガバナンスモデルを描き出すことを試みたものであった。

本報告書(案)は、この第1弾報告書の成果を踏まえつつ、「サイバー・フィジカルシステム(CPS)のガバナンス上の特徴」や「ガバナンスの目的」といった点に検討を加えた上で、Society5.0を実現するために必要となる「アジャイル・ガバナンス」の考え方を示し、社会全体のガバナンス改革のグランドデザインを示そうとするものである。

折しも、2020年のコロナ禍によって、社会のデジタル化が急速に進み、Society5.0の実現は待ったなしの状況となった。デジタル技術がもたらす恩恵を最大化し、社会の構成員一人ひとりが、より幸福な生活を享受できるような社会を実現するためには、複雑なシステムに関与するマルチステークホルダーによるガバナンスへの参加が不可欠である。その一環として、多くのステークホルダーから、本報告書(案)に対するご意見をお寄せいただければ幸いである。

ショート・サマリー

世界が直面する様々な課題をデジタル技術によって解決する「Society5.0」を実現するためには、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステム(CPS :サイバー・フィジカルシステム)の社会実装を進めつつ、その適切なガバナンスを確保することが不可欠である(第1章)。Society5.0のCPSは、複雑で変化が速く、リスクの統制が困難であり(第2章)、こうしたシステム変化に応じて、ガバナンスが目指すゴールも常に変化していく(第3章)。そのため、Society5.0を実現するためには、事前にルールや手続が固定されたガバナンスではなく、企業・法規制・インフラ・市場・社会規範といった様々なガバナンスシステムにおいて、「環境・リスク分析」「ゴール設定」「システムデザイン」「運用」「評価」「改善」といったサイクルを、マルチステークホルダーで継続的かつ高速に回転させていく、「アジャイル・ガバナンス」の実践が必要である(第4章)。

エグゼクティブ・サマリー

第1章 本報告書の目的と構成

我々が生きる世界は、少子高齢化、都市への人口の集中、経済成長の鈍化、所得格差の拡大、急速な気候変動、環境破壊等、様々な課題に直面している。こうした課題を克服し、一人ひとりがより豊かで主体的な幸せな生活を送ることができる社会を実現するためには、IoT、ビッグデータ、AI、5G通信等、サイバー空間とフィジカル空間を融合させるシステム(CPS: サイバー・フィジカルシステム)の実装を進めていく必要がある。我が国は、CPSによって経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会を、「Society5.0」と名付け、その実現に取り組んできた。本報告書は、こうしたSociety5.0を実現するために不可欠となる「ガバナンス」の在り方を検討するものである。(1.1)

Society5.0を実現するためのガバナンス上の課題は、プライバシー、システムの安全性、透明性、責任の分配、サイバーセキュリティ等、多岐にわたる。Society5.0が、従来のフィジカル空間を中心とする世界と前提を大きく異にする世界であることから、こうした課題の解決にあたっては、既存の制度枠組の中で逐次的な改正を行うのではなく、企業、法規制、市場といった既存のガバナンスメカニズムを根本から見直す必要があると考えられる。(1.2)

本報告書は、こうした問題意識に基づき、Society5.0がガバナンスの 観点から従来の社会とどのように異なるかを分析し(第2章)、これを受けてガバナンスによって目指すゴール自体も変化していくことを示した上で(第3章)、そのような社会の中でゴールを実現するために必要な「アジャイル・ガバナンス」の考え方を提案するものである(第4章)。「アジャイル・ガバナンス」とは、政府、企業、個人・コミュニティといった様々なステークホルダーが、自らの置かれた社会的状況を継続的に分析し、目指すゴールを設定した上で、それを実現するためのシステムや法規制、市場、インフラといった様々なガバナンスシステムをデザインし、その結果を対話に基づき継続的に評価し改善していくモデルである。(1.3)

第2章 Society5.0を構成するサイバー・フィジカルシステム(CPS)の特徴と課題

Society5.0は、サイバー空間とフィジカル空間が高度に融合する多様かつ複雑なシステム(サイバー・フィジカルシステム(CPS))の上に成立する。

CPSは、以下のような性質を有する。

①より大規模・広範囲・多種類のデータ収集(Digitalization)

Society5.0では、フィジカル空間に無数に散りばめられたデバイスやセンサーによって、データの生成・流通・獲得をより低コストで行えるようになる。また、データの規模・範囲・種類・処理がさらにスケールアップして、リアルタイムかつ詳細なデータを取得できるようになる(2.2)

② データ分析(Analytics)

データ分析コストが低減することにより、AI等を用いたデータ分析アルゴリズムが高度化する。(2.3)

③ フィジカル空間への作用(Actuation)

機械が、データの分析結果に基づき、自動的に社会システム、組織での事務処理、個人の生活等に働きかける。(2.4)

④ 様々な機能をもつシステムの接続(Interoperability)

複数の主体者が提供する複数のシステムが、相互に接続され、連携していく。(2.5)

⑤ 地理的制約や業種の壁を超える拡張性(Augmentation)

従来の地理的制約を越え、様々な産業が他国・他分野に拡張していく。巨大企業による影響力がグローバル規模で拡大する一方で、個人であっても、大企業や国を介さず社会に影響を与えることができるようになる。(2.6)

⑥ 常に変化可能なシステム(Adaptability)

CPSにおける個々のシステムの役割は、周囲のシステムの状況や取得されるデータに応じて、常に変化し、定義し直されていくことになる。(2.7)

こうしたCPSの特徴によって、ガバナンスの対象となる社会像には、以下のような変化が生じていると考えられる。

このような、社会の継続的な状態変化、結果の予見・統制の困難性、責任主体の決定の困難性といった特徴によって、「予め一定のルールや手順を設定しておき、それに従うことでガバナンスの目的が達成される」というガバナンスモデルは困難に直面することになる。Society5.0では、このようなモデルに代わり、「基本的人権」、「公正競争」、「民主主義」、「環境保護」といった一定の「ゴール」をステークホルダーで共有し、そのゴールに向けて、柔軟かつ臨機応変なガバナンスを行っていくというアプローチが重要になると考えられる。

第3章 Society5.0におけるガバナンスのゴール

それでは、Society5.0におけるガバナンスのゴールとは何か。

一口にガバナンスの「ゴール」といっても、そこには一種の階層性が存在し、「幸福」や「自由」のように普遍的に共有可能であるが抽象度の高い「終局目標」から、基本的人権や民主主義など、その重要性についての認識は一致しているが、その解釈や理解にはある程度の幅や流動性が存在する「中核的価値」や「基盤的制度」、さらには各ステークホルダーによってアプローチが大きく相違しうる「具体的目標」までの様々なレベルのものが考えられる。

そして、これらの「ゴール」は技術の発展やそれがもたらす社会状態の変動と独立して存在しうるものではなく、これらの影響を受けながら常に変化していく可能性がある。例えば、「自由」はガバナンスの「終局目標」として引き続き位置づけられるべきであるが、その内実は、伝統的な「消極的自由」にとどまらず、「自己の価値観に基づいて、どのような技術的影響力の下で幸福を追求するかを主体的に選択できる状態」をも含むものへと変化しつつあるといえる(3.1)。

こうした、「ゴール」には、それ自体に様々な解釈や理解の幅が存在する上、ひとつのシステムについて複数の「ゴール」が存在する場合がほとんどであり、しかもそれらがトレードオフの関係に立つ場面も少なくない(例えば、プライバシー情報を扱うシステムの透明性を向上させれば、一般的にプライバシーへのリスクは大きくなる、といったことが考えられる)。

そこで次章では、変化し続け、またその具体化にあたって論争を孕むことになる「ゴール」を常に見直し、かつ、複数の相反する「ゴール」のトレードオフに関する最適解を常に探求しながら、それを達成し続けるためのガバナンスの在り方を検討する。

第4章 Society5.0におけるガバナンスの在り方 ― アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて

(1)総論:アジャイル・ガバナンスの考え方(4.1)

Society5.0では、我々の社会基盤となるサイバー・フィジカルシステム(CPS)が複雑かつ急速に変化し、予想困難かつ統制的なものとなっていく(第2章)。このような社会をガバナンスしていくにあたっては、予め一定のルールや手順を設定しておくアプローチではなく、一定の「ゴール」をステークホルダーで共有し、そのゴールに向けて、柔軟かつ臨機応変なガバナンスを行っていくようなアプローチが求められる。しかし、この「ゴール」自体も、CPSの技術の発展やそれがもたらす社会状態の変動と共に常に変化しつづけるものであり、事前に一義的に定めることができない。(第3章)。

こうした社会の変化を踏まえると、Society5.0のガバナンスモデルは、常に変化する環境とゴールを踏まえ、最適な解決策を見直し続けるものであることが必要である。そのためには、ゴールや手段が予め設定されている固定的なガバナンスモデルを適用することは、妥当ではないと考えられる。我々が目指すべきは、様々な社会システムにおいて、「環境・リスク分析」「ゴール設定」「システムデザイン」「運用」「評価」「改善」といったサイクルを、マルチステークホルダーで継続的かつ高速に回転させていくガバナンスモデルであると考えられる。このようなガバナンスモデルを、本報告書において「アジャイル・ガバナンス」と呼ぶ。これを図示すると、以下のようになる。

このガバナンスモデルは、以下のような特徴を有する。

① 環境分析・リスク分析

第2章で述べたとおり、Society5.0のシステムは、常に変化する周辺環境(物理的な環境だけでなく、ルールの変化や市場の変化等も含む。)の影響を受けることとなる。そのため、ガバナンスの主体は、常にそうした外部環境及びその変化と、これに基づくリスク状況を分析し続ける必要がある。

② ゴール設定

第3章で述べたとおり、Society5.0においては、技術を含む環境の変化によって、ゴールも常に変化していくことになる。そのため、外部環境の変化や技術の与える影響の変化に伴い、ガバナンスのゴール自体も常時見直すべきである(但し、外部環境が変わっても、必ずしもゴールが変わるわけではない)。

③ ガバナンスシステムのデザイン

ガバナンスの主体は、設定されたゴールに基づいて、ガバナンスシステムのデザインを行う。ここでの「システムデザイン」とは、技術的なシステムだけではなく、組織のシステムやこれに適用されるルールのデザインを含む。そのデザインにあたっては、(i) 透明性とアカウンタビリティ、(ii) 適切な質と量の選択肢の確保、(iii) ステークホルダーの参加、(iv) インクルーシブネス、(v) 責任分配、(vi) 救済手段の確保、といった基本原則を満たすことが重要となる。

④ ガバナンスシステムの運用

デザインされたガバナンスシステムを運用するプロセスである。ガバナンスの主体は、システム運用の状況について、リアルタイムデータ等を使って継続的にモニタリングしていくことが求められる。また、影響を受けるステークホルダーに対して、自らのシステムのゴール、それを達成するためのシステムのデザイン、そこから生じるリスク、運用体制、運用結果、救済措置等について、適切な開示を行うことが不可欠である。

こうした運用の過程・結果を踏まえて、ガバナンスの主体は、以下の2つの評価・分析をいずれも実施する必要がある。

⑤ ガバナンスシステムの評価

ガバナンスの主体は、当初設定されたゴールが達成されているかを評価する。設定したゴールが達成されていなければ、再度システムデザインを行う(下側の楕円型のサイクル)。

⑥ 環境・リスクの再分析

第2に、外部システムからの影響によって、ガバナンスのゴール自体を見直さなければならない可能性がある(外側の円形のサイクル)。そのため、ガバナンスシステムの置かれた環境やリスク状況に変化があるか、これによってゴールを変更する必要があるか、という点を継続的に分析する必要がある。

このようなアジャイル・ガバナンスは、社会の様々な層で実施される。本報告書では、①個別具体的な製品やサービスに対する、企業によるガバナンス(4.2)、②一定のリスクを有する製品やサービスの提供者に対する、法規制によるガバナンス(4.3)、③複数のサービスが乗り入れることのできる公共的なインフラにおけるガバナンス(4.4)、④複数のサービスの中から、市場参加者のゴールに沿ったものが取捨選択されるという、市場メカニズムによるガバナンス(4.5)、⑤社会規範の形成や政治的意思決定への参加によって実現される、個人・コミュニティによるガバナンス(4.6)を取り上げ、それぞれのメカニズムにおいてアジャイル・ガバナンスが機能するのに必要な要素について検討する。

(2)アジャイル・ガバナンスにおける企業の役割(4.2)

Society5.0におけるCPSの実装・運用の主な主体となるのは企業である。企業活動は高度化、複雑化、デジタル化、グローバル化しており、政府を含む第三者が外部からその詳細を把握し、モニタリングすることは一層困難になっている。そのため、製品、サービスやそれを取り巻くシステムに関してアジャイル・ガバナンスのサイクルを回すためには、ガバナンスの各プロセスへの企業の参加が不可欠である。

企業は、製品やサービスの提供を通じて「ゴール」の設定に関わると同時に、その実現に向けた技術的・組織的なガバナンスシステムをデザインすることが期待される。実装されたシステムの利用者ないし提供者として、企業はその運用やモニタリングを行い、問題があればその改善を行うと共に、環境の変化等を踏まえ、その都度「ゴール」を見直していく。また、こうした「ゴール」設定、システムデザイン、モニタリング、評価及び改善といった一連のガバナンスについて、その適切性や信頼性を確保する観点から、企業がステークホルダーに対するアカウンタビリティを果たすことが一層重要になる(コンプライ・アンド・エクスプレイン)。

アジャイル・ガバナンスへの企業の参加を確保するためには、企業への適切なインセンティブ設計が必要となる。そのためには、関連当局等がディスクロージャー制度の充実や、コンプライアンスガイドラインを提供することによって、各企業がアジャイル・ガバナンスに積極的に参加するインセンティブを生じさせると共に、企業制裁制度をインセンティブの観点から見直し、事故という結果のみに着目するのではなく、リスク管理やシステム改善を行うプロセスに着目した総合的な制度設計を進めることが重要となる。

(3)アジャイル・ガバナンスを実現する法規制のデザイン(4.3)

第1弾報告書で詳細に示した通り、Society5.0において、伝統的な法規制のモデルは、①ルールが社会の変化に追いつかない、②外部からのモニタリングが困難、③エンフォースメントの対象の決定が困難、④一国の政府の権限の及ぶ範囲に限界がある、といった様々な課題に直面している。その克服のためには、伝統的な法規制のモデルを見直し、常に制度の見直しと評価を行っていくような「アジャイル・ガバナンス」に則ったモデルに変更していく必要があると考えられる。

そのためには、法規制を、従来型の業界別のルールベースではなく、機能別のゴールベースとし、企業に「何を達成すべきか」を明示する必要があると考えられる。その上で、法が定めるゴールの達成に向けた企業の取組を後押しするために、標準やガイドラインといったソフトローによって、官民共同でのルール形成を行っていくことが重要である。また、企業による実証実験の許容と、その結果に基づく法規制の見直しを図るため、「規制のサンドボックス制度」等を活用した実証実験を積極的に進めていくことが望ましい。その上で、法規制や標準・ガイドライン等を、①当初設定した政策目標を達成し得るものとなっているか、②社会状況の変化によって政策目標を変更する必要はないか、といった観点から、データに基づいて継続的に評価し、改善を行っていくべきである。

(4)インフラのアジャイル・ガバナンス(4.4)

CPSを発展させるための重要な要素の1つが、異なる主体が運用するシステム間の相互接続(Interoperability)である。これを実現するためのハードウェア、ソフトウェア、技術標準といったインフラの整備が、Society5.0の実現のために不可欠である。

インフラのガバナンスについても、アジャイル・ガバナンスの考え方を適用できる。インフラが達成すべき複数のゴールのバランシング及び実際のシステム設計においては、インフラに乗り入れる事業者やユーザーを含むマルチステークホルダーが関与すべきであり、政府としては、そのようなマルチステークホルダーによるガバナンス設計の場を促進すべきである。

あわせて、インフラの運用過程で上記のゴールが達成されているか、インフラを取りまく環境に変化が生じていないか、その上でどのような改善や見直しが必要かといった点についても、ステークホルダーによる継続的な評価が必要である。

(5)市場におけるアジャイル・ガバナンスの実現(4.5)

市場では、取引を行う様々なステークホルダーが、商品やサービスを随時モニターし評価した上で、商品・サービスを購買したりレビューしたりするという取捨選択を行っており、まさにアジャイル・ガバナンスのメカニズムに親和的であるといえる。但し、こうした市場が、ガバナンスメカニズムとして正常に機能するためには、以下のような条件が満たされる必要があると考えられる。

①市場で公正な競争が機能しており、市場参加者が適切な質と量の情報と選択肢を有していること。そのためには、独禁法の適切な適用・執行に加え、情報開示制度の充実や、データポータビリティの実現、データのオープン化等の取組が考えられる。また、企業が開示する情報の正確さを、ユーザーに代わって中立な機関が判断できるような仕組を導入することも検討すべきである。

②Society5.0における富の源泉となるデータに関する権利を柔軟に設計することができ、かつこれに対する保護が与えられること。そのためには、データについて、取引当事者間の契約による柔軟な権利義務関係の形成を可能としつつ、法律により、一定のデータについて不正取得・不正使用等からの保護を与えるとともに、権利者への不利益の程度が軽微であるデータ等の利用について、権利者の許諾または本人の同意によらずに、これを利用することができる範囲を設けるといった、多角的なアプローチが必要であると考えられる。

③データを含む様々な権利や財を効率的に取引できるインフラが整備されていること。例えば、契約を記述し記録するシステム、決済に関わるシステム、身元確認に関するシステム、分野ごとのデータ標準や品質基準、データ管理や追跡可能性に関するシステム等、無形資産の取引に必要な様々なインフラを、上記(4)に述べたような方法で構築していくことが考えられる。

④市場で取引された権利を実現・救済するための紛争解決メカニズムが整備されていること。そのために、裁判やADRをオンライン化し、迅速かつ低コストで執行までの手続を遂行できるような、オンライン紛争解決(ODR: Online Dispute Resolution)の社会実装を後押しすることが重要である。

(6)個人・コミュニティによるアジャイル・ガバナンスへの参加(4.6)

CPSが個々人の生活やコミュニティの基盤となるSociety5.0において、ステークホルダーとしての個人やコミュニティがガバナンスに参加することは、従来以上に重要となる。そのためには、①個人・コミュニティへの適切な判断材料の提供、②個人・コミュニティによる政治的意思決定への関与の確保、③個人・コミュニティによるシステムデザインへの関与の確保、といった様々な関与の在り方を実現する仕組を社会に実装していくことが重要であると考えられる。

(7)ガバナンス・オブ・ガバナンス(4.7)

以上のように、Society5.0を実現するためには、社会の様々なガバナンスメカニズムにおいて、アジャイル・ガバナンスを実現していくことが求められるが、実社会のガバナンスは、これらの個々のガバナンスメカニズムが折り重なり、相互に影響し合うことで成立している。そのイメージを図示すると、以下のようになる。

このように様々なガバナンスモデルが相互に関連していく中で、社会全体において第3章で述べたようなゴールを達成していくためには、「複数のガバナンスメカニズムをどのように組み合わせて目的を達成するか」というガバナンス全体の見取り図(ガバナンス・アーキテクチャ)を設計していく必要がある(ガバナンス・オブ・ガバナンス)。こうした複雑なガバナンスを実現するためには、個々の機能に関する専門知識、及び個々のガバナンスメカニズム(企業・法・インフラ・市場等)に関する専門知識が必要となる。様々な分野の専門家やステークホルダーが関与できるような、公的かつオープンな専門機関の設置と運用が重要になっていくと考えられる。

(8)グローバルなアジャイル・ガバナンスの実現に向けて(4.8)

最後に、これらの全てのガバナンスの取組について、官民の垣根を越えた、グローバルな協調が不可欠になっていく。そこでは、政府間の取組に加え、標準策定における国際連携、民間企業同士のシステム接続といった、様々な協力の在り方が考えられる。

以上のように、複雑で変化が速くリスク統制が困難なSociety5.0において(第2章)、CPSから生じるリスクをステークホルダーにとって受容可能な水準で管理しつつ、そこからもたらされる正のインパクトを最大化するためには(第1章)、常に変化する環境やゴールを踏まえ(第3章)、様々な技術的、組織的、及び社会的システムにおいて、「環境・リスク分析」「ゴール設定」「システムデザイン」「運用」「評価」「改善」といったサイクルを、継続的かつ高速に回転させていく「アジャイル・ガバナンス」のアプローチが必要である(第4章)。

こうしたガバナンスモデルは、政府や一部の大企業といった特定の主体のみによって達成し得るものではなく、中小企業・個人・コミュニティ等も含む国内外の様々なステークホルダーで協力することによってこそ実現できるものである。そのために、今後、様々な分野において、共通のビジョンに基づくガバナンスモデルの再設計に向けた対話が必要となろう。激動の時代において、人間の幸福の在り方を模索し続けるアジャイル・ガバナンスの営みに終わりはないが、そのための方法論は存在すると考えられる。本報告書が、そのような方法論を打ち立てるための議論の端緒となれば幸いである。

以上

参照

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