エビデンス全般 臨床試験 規制

ICH-E18 ゲノム試料の収集及びゲノムデータの取扱いに関するガイドライン

1. 序論

1.1. 目的

本ガイドラインの主な目的は、臨床試験におけるゲノム試料の収集及びゲノムデータの取扱いに関する調和された原則を示すことである。本ガイドラインは、ゲノム試料及びゲノムデータの偏りのない収集、保管及び最適な利用のための重要なパラメータに関する共通の理解を可能とすることにより、ゲノム研究の実施を促進するであろう。また、本ガイドラインでは、各地域の関連法規を遵守するとともに、被験者のプライバシー、生成されたデータの保護、適切にインフォームド・コンセントを取得する必要性、及び得られた結果の透明性への配慮に関する認識を高め、考慮すべき事項を提示することも目的としている。

本ガイドラインは、医薬品開発者、治験責任医師、規制当局を含む、ゲノム研究の関係者の間での相互理解を促進し、臨床試験におけるゲノム研究を奨励することを意図している。

1.2. 背景

臨床試験から得られるゲノムデータに対する認識及び関心は高まっている。具体的には、薬物応答へのゲノムの関与の評価、疾患又は薬理学的機序の理解のために、医薬品開発のすべての相においてゲノム研究を利用することができる。薬物応答のばらつきの原因となっているゲノムバイオマーカーを特定することは、患者の治療最適化、より効率的な試験の計画、及び医薬品添付文書における情報提供に有用である。また、個々の臨床試験又は複数の臨床試験、さらには医薬品開発プログラム全体を通じてゲノムデータを生成及び解釈することは、薬理学的及び病理学的機序をより良く理解し、新たな薬物の標的を同定することを可能にする。

ICH 地域の規制当局は、医薬品のライフサイクル全体を通じてゲノム試料の収集を推奨するガイドラインを、それぞれ独自に公表している。臨床試験から得られるゲノム試料の収集及びゲノムデータの取扱いに関する調和された ICH ガイドラインがないため、治験依頼者及び研究者が国際共同試験において一貫した方法でゲノム試料を収集しゲノム研究を実施することが困難となっている。

ゲノム試料は、単一遺伝子、遺伝子群、全ゲノム等を対象とした、多様な解析のために使用され、試料収集の時点で、これらの解析が臨床試験の目的に予め規定されることも、あるいは規定されないこともある。

1.3. 適用範囲

本ガイドラインの適用範囲は、介入及び非介入臨床試験より得られるゲノム試料の収集及びゲノムデータの取扱いとする。ゲノム研究は、臨床試験の実施中又は終了後に実施されるものであり、治験実施計画書において予め規定されることも、あるいは規定されないこともある。本ガイドラインでは、解析の時期、及び治験実施計画書における規定の有無によらない、ゲノム試料及びゲノムデータの使用について述べる。本ガイドラインに記載するゲノム試料及びゲノムデータとは、ICH E15 で定義されたデオキシリボ核酸(DNA)及びリボ核酸(RNA)の特性とする。

本ガイドラインでは、インフォームド・コンセントの範囲内における、ゲノム試料又はゲノムデータの収集、処理、輸送、保管及び廃棄の一般原則に焦点を当てる。ゲノム試料の収集及びゲノムデータの生成に際しての技術が急速に進歩していることを念頭に置きつつ、技術的側面についても必要に応じて議論する。

バイオバンクの規制又は倫理的側面については、ヘルシンキ宣言の原則並びに各国の規則及び規制によって統制されていることから、本ガイドラインでは詳述しない。プライバシー及びデータ保護についても、同様に詳述しない。本ガイドラインに示した原則は、ヒト由来の材料を使用するゲノム研究に適用され得る。

本ガイドラインにおける推奨事項は原則であり、ゲノム研究が実施される地域の法、規則及び指針に照らして解釈されるべきである。

1.4. 一般原則

科学の進歩や、ゲノミクスの影響力に対する認識の高まりに伴い、収集されたゲノム試料及びそこから生成されるゲノムデータの価値を最大化する必要性や機会が生じている。そのため、臨床開発のすべての相及び試験において、ゲノム試料を収集することが強く推奨される。さらに、ゲノム研究の質は、ゲノム試料の収集及び解析がバイアスを排し、系統的な方法で行われるか否かによって左右されるものであり、試験集団を十分に反映するために、すべての被験者を対象としてゲノム試料を収集し、解析することが理想的である。

試料の品質保持は重要であり、ゲノム試料の科学的な有用性に重大な影響を及ぼす。ゲノム試料の質及び量と分析法の技術的性能(例えば、真度、精度、感度、特異度、再現性)が、ゲノムデータの信頼性を決定する。ゲノム試料の取扱い及び処理に関する標準化した方法を確立することは、異なる分析法から得られるゲノムデータの統合を助け、意思決定を促進する。

ゲノム試料及びゲノムデータは、ゲノム以外の試料及び医療情報と同様に、安全に保管、維持、及び利用の制限がなされるべきである。

2. ゲノム試料の収集

ゲノム研究は、様々な手法で実施され、広範に応用されている。この中には、核酸配列及び遺伝子型の決定、多種多様な RNA の分析、遺伝子発現又は遺伝子調節、エピジェネティックな修飾の検出が含まれるが、これらに限定されるものではない。絶え間ない技術の進歩によって、ゲノム研究のさらなる応用が期待される。ゲノム研究の範囲によって、検体の種類、分析対象物、並びにゲノム検査のための分析対象物の抽出、的確にアノテーションされたゲノム試料の安定化及び保管に用いる方法が規定される。ゲノム試料の質及び量は、生成されるゲノムデータの正確性及び信頼性に影響を及ぼし得る。したがって、生体試料の収集、取扱い及び調製は、ゲノム研究にとって重要な過程である。

ゲノム試料の収集、処理、輸送及び保管に関する標準化した手順を策定し、文書化することにより、分析前の変動を最小限に抑えるべきである。手順及び品質モニタリングの方策は、検体の種類、分析対象物、及び実施する検査の内容に応じて適切に調整すべきである。試験施設間の検体の取扱い及び調製に関連する分析前の処理については、それらを実施する前に定め、文書化し、適切であることを確認すべきである。

ゲノム試料を収集した時期、方法、場所(例えば、試験施設)及び条件(例えば、保管温度及び保管期間、固定時間)を記録することは重要である。各試料が取り扱われる全期間を通じて、規定された手順からの変更及び逸脱はすべて、十分に記録されるべきである。ゲノム試料の収集、取扱い及び分析に関わるすべての段階の一連の管理は、各過程の実施時期も含め、すべての試料(分取された各試料を含む)について記録されるべきである。品質管理プログラムの実施を強く推奨する。一般的に、採取から検査の実施までのあらゆる過程において生体試料の安定性を確保するためには、収集、処理、輸送及び保管に関する手順を定め、それに従うべきである。

2.1. 試料の収集及び処理

ゲノム試料の収集及び処理の方針を定める際には、検査に用いるゲノム試料が適切なものとなるよう、種々の分析前の変動要因を考慮しなければならない。臨床試験を実施する施設間でゲノム試料の収集及び取扱いの手順が異なる場合には、検査の性能にも施設間で差異が生じ得る。このことは、得られたデータの解釈及び統合可能性に影響を及ぼし、信頼性を欠いた結果を導きかねない。すべての実施施設におけるスタッフは、標準化した手順を履行するよう、適切に訓練され、必要な知識を有しているべきである。検体は、適切なバイオセーフティの手法、被験者のプライバシーに関する規制及びインフォームド・コンセントに従って、収集及び分類されるべきである。

2.1.1. 検体の種類

核酸は、様々な種類の臨床検体(例えば、血球、組織、口腔粘膜、唾液、骨髄穿刺液、尿、糞便)から抽出され得る。組織由来の核酸について、新たな入手源(例えば、セルフリーDNA、血中循環腫瘍細胞)が出現しており、これらについては独自の分離法が必要となるかもしれない。本ガイドラインに詳述する原則は、これらの新たな入手源にも適用される。使用目的に応じて、採取する検体の種類を決定すべきである。例えば、ある種の検体は DNA 及び RNA の検討のいずれにも使用できるが、検体の種類によっては、分析対象物が安定性に欠けているため RNA の分析には適さないことがある。

小児被験者では、血液又はその他組織の採取量が限られることがあるため、非侵襲的に採取可能な唾液、乾燥血液スポット、皮膚(スクレイパー又はテープで採取)等への代替を考慮することができる。また、ある種の検体(例えば、血液、筋生検)は無菌採取するよう注意を払うべきである。本人以外の DNA 及び RNA が混入するリスクが生じ得るような生体試料(例えば、口腔粘膜、唾液)を使用する場合は、注意が必要である。

2.1.2. 検体採取の時期

検体採取の方針を定める際には、臨床試験の目的に照らして個体間変動及び個体内変動が考慮されるべきである。例えば、日内変動や施行する治療の内容が遺伝子発現に影響を及ぼす可能性があるため、検体の採取時期を選定する際には考慮すべきである。DNA メチル化のようなエピジェネティクスも経年(例えば、被験者の年齢)で変化することがある。生殖細胞系由来の DNA 配列は比較的長期間安定しているが、腫瘍由来の DNA 及び RNA から得られる情報は、検体の採取部位、採取方法及び/又は採取時期による影響を受ける可能性がある。

2.1.3. 検体の保存条件

採取容器や、添加剤、安定化剤又は保存剤の必要性や種類は、標的となる核酸、検体の種類、必要な検体の大きさ又は量、並びに使用される可能性のある分析法及び分析技術によって異なる。例えば、血液や骨髄穿刺液は、目的とする核酸の種類に適した抗凝固剤又は添加剤を含むチューブに採取される。組織検体は、液体窒素を用いて急速凍結されることや、適切な保存剤を用いて保存されることがある。

組織は、長期保管するために、固定されることが多い。組織を固定する際に慎重に考慮すべきパラメータは、固定剤の種類、固定時間、湿度、酸素供給及び温度、並びにその後に実施する核酸抽出方法への適合性である。固定及び添加剤による処理が分析対象物及び実施予定の検査に与える影響については、臨床試験において検体を採取する前に評価することが推奨される。さらに、組織の種類及び量によっても最適な固定時間が変わり得ることを考慮すべきである。最初に固定した後の取扱いも、検体の品質に影響を及ぼす可能性がある。

2.1.4. 検体の安定性及び劣化

検体を採取及び処理する過程での核酸の分解及びゲノムプロファイルの変化を防止するため、適切な方法で検体を取扱わなければならない。核酸の断片化及び遺伝子発現の明らかな変化が生じることがあり、これらは pH、低酸素、エンドヌクレアーゼの存在、及び/又は他の組織特異的な要因に関連する条件に左右される。また、必要に応じて、検体の採取から凍結、固定又は処理までの時間、並びに保管時間を最適化すべきである。その上で採用されたパラメータについては、検体採取及び取扱いの手順書、訓練用資料、検体採取記録に記載すべきである。保管及び処理の条件については、モニタリングを実施することを推奨する。例えば、温度については、想定される変動を考慮しつつモニタリングを実施し、検体間の一貫性を保証できるよう記録すべきである。

2.1.5. 検体の量及び組成

検体の採取量には十分な配慮が必要である。被験者への負担を最小限とするため、組織又は細胞の採取量は、意図した目的(例えば、分析方法)に応じて必要最小限となるよう注意しなければならない。組織の最適な採取量は、組織の細胞充実度(例えば、細胞密度が高い種類の組織では少量で十分なことがある)、及び検体に占める特定の種類の細胞(例えば、生検で明らかになる腫瘍部又は病変部分)の相対的な割合に左右され得る。組織の採取量が限られる場合には、代替となる生体試料の収集を考慮してもよい(2.1.1 項参照)。腫瘍組織は分子生物学的な不均一性(モザイク現象)を呈することがあり、また、腫瘍生検は正常組織にしばしば含まれるため、ゲノム解析に先立って検体の病理学的な評価を実施することが有用な場合がある。対をなす検体(例えば、腫瘍組織及び正常組織、治療前後の検体、胎児及び母体の検体)を収集する場合は、比較を可能にするために、さらなる配慮(例えば、検体、細胞の種類を揃えること)が必要となるかもしれない。

2.1.6. ゲノム試料の品質及び収量に影響を与えるパラメータ

抽出された核酸の質及び収量は、複数ある要因(2.1.5 項も参照)の中でも、とりわけ抽出元である検体の質に影響を受ける。したがって、取扱い条件や使用する検体の種類に応じて抽出手順を定め、その妥当性を確認する必要がある。核酸の回収に影響し得る特徴及び構成要素は検体の種類によって様々であり、核酸の抽出方法を選定する際にこれらを考慮すべきである。例えば、細胞溶解の手順は、組織と体液検体では異なる場合がある。特定の細胞成分を除去するための処理も、検体の構成によって異なる場合がある。このような処理は遺伝子発現に影響を及ぼし、意図しない誤った結果を導く可能性があることに留意すべきである。DNA 及び RNA の両方を同一の検体から抽出する場合には、同時に抽出することが最善なのか、あるいは組織検体の採取時に分割しておくべきなのかを決定すべきである。RNA は DNA と比較して不安定であるため、RNA を分離する際には、RNase フリーの器具や試薬を使用する等さらなる注意が必要である。核酸を抽出する前に検体の凍結融解を繰り返すと、ゲノム試料の品質に影響を及ぼし得るため、可能であればこれを避け、避けられない場合はその影響を評価すべきである。抽出された核酸の質と量がその後に実施する予定のゲノム検査に十分であるかを判断するために、使用する分析法に対する適切な品質管理の方法を適用すべきである。

2.1.7. 干渉源

潜在的な干渉源及び汚染源は、ゲノム検査の性能に影響を及ぼす可能性があり、この中には内因性物質と外因性物質が含まれる。ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)の効率に影響を及ぼし得るような検体中に常在する内因性物質(例えば、血液由来のヘモグロビン、皮膚由来のメラニン)や、特定の試験法に干渉する外因性物質(例えば、抗凝固剤、その他の添加剤、固定剤、核酸分離に使用する試薬)を特定することが重要である。分析法の開発中に、潜在的な干渉源が分析性能に与える影響を検討すべきである。

2.2. 試料の輸送及び保管

輸送条件及び保管条件は、検体の種類や標的とする核酸によって異なる。一般的に、輸送及び保管中は、標的とする核酸の安定性に影響を及ぼし得る条件に試料を曝露すべきではない。

2.2.1. 試料の輸送

適切な輸送条件は、試料の発送前に確立すべきである。試料及び/又は抽出された分析対象物が許容可能な条件下で輸送されたことを保証するため、発送日及び受領日、並びに受領時の試料のおおよその温度を記録すべきである。可能であれば、試料の種類や分析対象物に適した保管のための設定温度で試料を輸送すべきである。輸送に関して設定した管理項目からの逸脱は記録すべきである。

2.2.2. 試料の保管

試料の再利用及び/又は将来的な利用を可能にするため、医薬品開発プログラムの期間中及び終了後において、試料を長期間にわたり保管することが強く推奨される。検体又は抽出した核酸の保管条件は、意図するゲノム検査の手法に適したものとすべきである。試料及び抽出した核酸は、凍結融解の繰返しを避け、汚染の可能性を回避するために、複数に分取して保管することが望ましい。分取した試料を複数の場所に分けて保管することで、全試料を同時に失うリスクを回避することができる。試料を再利用し、凍結融解を繰り返す場合は、凍結融解を行うたびに、各工程の温度及び時間を含め記録すべきである。

試料の保管には、構造設備と並んで、研究施設における情報及びデータの堅牢な管理システムが必要である。バイオレポジトリーに試料を保管する際の留意点には、品質保証及び品質管理プログラム、試料追跡システム、情報セキュリティ、各地域の関連法規並びにインフォームド・コンセントの遵守が含まれる。適切な電源のバックアップシステム及び災害時の対策が備わった構造設備に試料を保管することが強く推奨される。最も重要な点は、試料に関する責任者が常に明確に特定されており、一連の管理について記録されていることである。試料は、同意・説明文書に記載されている保管期間の許容範囲を超えて保管してはならない。さらに、被験者が同意を撤回した時点、あるいは規定した保管期間が終了した時点で、試料の適切な廃棄が可能となるよう手順を整備すべきである。

2.2.3. 試料の管理表(インベントリ)の整備

試料の管理表(インベントリ)は、試料の使用に係る同意の内容、試料の保管方針に基づく保管期間、バイオレポジトリーからの試料の出庫記録、及び試料廃棄の記録と関連付けて管理されるべきである。各試料を使用する前に、これらの点について試料の照合を実施すべきである。ゲノム配列の一致性は、試料間(例えば、分取された試料間、対をなす腫瘍組織と正常組織、治療前後の試料)の同一性の確認に使用され得る。

3. ゲノムデータ

ヒトゲノムデータは、生殖細胞(両親から受け継がれる)、体細胞(例えば、腫瘍組織の突然変異)又はミトコンドリア(例えば、母方の家系の追跡のため)から得ることができる。ヒト生体試料には、ヒト以外のゲノム分子が含まれることもある(例えば、微生物 DNA、その他の潜在的な感染性物質)。生成されるゲノムデータの種類は、分析対象物や適用される技術基盤によって異なる。ゲノムを網羅的に比較するためには、正常組織と病変組織の双方、種類の異なる組織及び/又は複数の時期の試料を採取する等、一人の被験者から複数の DNA 又は RNA 試料を収集することが適切かもしれない。

3.1. ゲノムデータの生成

ゲノムデータは、多種多様で急速に進歩する技術基盤及び手法によって生成され得る。広範なゲノムプロファイリングを実施することは技術的には可能であり、生成された被験者のゲノムデータは、長期間にわたり保管され、繰り返し使用され得る。ゲノムデータの使用目的に照らして、適切な技術基盤及び手法を選択することが重要である。それゆえ、ゲノムデータの生成に際しては、使用する手法が研究段階にあるのか、あるいはより高度にバリデーションが実施されたものであるのかについて、把握することが重要である。臨床での意思決定のためにゲノムデータを用いる場合には、各地域の規制及び指針に従って、分析バリデーションの水準が適切であるか検討すべきである。探索的な検討に際しては、臨床での使用を支持できるバリデーションが実施されていない研究段階の試薬及び機器を用いてゲノムデータが生成されることもある。しかしながら、たとえ臨床での水準のバリデーションが要求されない探索的な検討であっても、信頼できる結果の解釈を可能とするため、適切な水準の精度と一貫性が保証されるよう、十分な分析バリデーションが実施されるべきである。

ゲノム研究では、解析のいずれの段階における処理及び解析のワークフローについても、試料の収集や処理の際に求められるものと同程度の水準で記録すべきである。この記録には、各解析段階で用いられたツール、バージョン及びパラメータ、利用したリファレンスゲノムとデータベースのソース及びバージョン(例えば、ゲノムビルド、トランスクリプトームアセンブリー、バリアントアノテーションデータベース)並びにデータ処理に用いたコンピュータの環境や情報源が含まれる。適切な品質管理(QC)手順及び測定基準の閾値はワークフローのすべての段階に対して設定すべきである。このような QC 手順及び閾値は、その後に実施予定の解析処理を行う前に固定すべきである。また、異なるデータセット間の一貫性を保証するため、可能であれば QC 手順及び閾値は、解析方法の種別及び意図している出力項目ごとに固定されるべきである。同様に、バイオインフォマティクスツール、アルゴリズム及び関連するパラメータも、その後に実施予定の解析の前に選択し、可能な限り解析方法の種別、解析対象及び検出しようとしている出力項目ごとに一致させるべきである。

ゲノミクスにおけるインフォマティクス手法は絶えず変化及び発達し、ツール、リソース、及び解析手法において多数の選択肢が利用可能である一方、コミュニティによりゴールドスタンダードとなるアプローチあるいはリソースが定義されてきた。ワークフローを設定する際は、これらの点に留意すべきである。技術基間の比較や、異なる試験から得られたゲノムに関する結果とそれ以外の結果(例えば、プロテオミクス)を統合することができるように、公開されているアノテーション情報の利用が強く推奨される。最終的に、治療法の決定や研究目的のために臨床又は生物学的データとゲノムデータを統合した場合は、それに用いたあらゆるアルゴリズム(研究者や臨床医が結果の解釈に用いる単純な経験則を含む)又は統計学的検定法について適切に記録すべきである。

治験依頼者は、ゲノムデータの生成のために意図し、また許可された使用方法に沿って、ゲノム試料及びゲノムデータが適切に使用されることを保証すべきである。ゲノムデータの使用は、各地域における治験実施計画書及び同意手順に準拠しなければならない。

3.2. ゲノムデータの取扱い及び保管

ゲノムデータの生成、取扱い、解析及び保管に関する様々な方法を理解することは重要である。一般的に、機器により 1 つ以上の生データのファイルが生成された後、
これが加工され、臨床又は生物学的データと統合可能なフォーマットに変換される。

最終加工されたデータセットに加え、生データの特徴を完全に保持したデータファイルを保管することが推奨される。これには一次データの再構築を可能とする生データファイル又はワークフローの記録を付帯した解析用ファイルが該当し得る。ゲノムデータを含むファイルは、長期保管用の安全な媒体に保管すべきである。また、必要に応じて、現在及び将来的な利用を考慮して、ゲノムデータを他の臨床データと関連付けられるようにしておくべきである。ゲノム試料は被験者の求めに応じて廃棄される可能性があるが、とりわけ臨床試験においては、データの廃棄は、科学的な完全性を保持する原則とは相反するものである。実際に、一度データが解析され、臨床試験成績と統合されると、試験の科学的な完全性を損なうことなくデータを破棄することはできない。したがって、一度生成し、試験に用いたデータは保持することが推奨される。各地域の関連法規によっては、被験者の要望に応じたゲノムデータの削除が可能となるよう、手順を定めておくことが必要なこともある。

4. プライバシー及び機密性

ゲノム試料及びゲノムデータの処理及び取扱いは、被験者のプライバシーを保護できる方法で実施されるべきである。ゲノムデータの機密性を保持するためには、他の臨床データと同様に、コード化手法、並びにセキュリティ及びアクセスに関する手順が有用である。試料の収集、輸送、分析及び保管の各過程で、コード化手法及びアクセスの制限による適切なセキュリティ対策を講じるべきである。各地域におけるデータ保護及び機密保持に関する法律及び指針についても、配慮すべきである。

4.1. ゲノム試料及びゲノムデータのコード化

ゲノムデータは、他の臨床データと同様に、高い機密保持の水準で取り扱われるべきである。ICH E15には、シングルコード化及びダブルコード化を含む、ゲノム試料及びゲノムデータのコード化分類が記載されている。複雑さ及び誤りの可能性を減じるため、ゲノム試料及びゲノムデータについてはシングルコード化が推奨されるが、各地域の関連法規に従う必要がある。ICH E15 における連結不可能匿名化(コードキーを削除することにより被験者個人を特定することが不可能となると定義されている)には限界がある。これはすなわち、ゲノム情報及び分析方法の有用性が向上したことに伴い、被験者の識別情報と固有のコードとの間の連結を削除しても、被験者を再び特定することを必ずしも防止できないということである。また、連結不可能匿名化によって、1)連結が削除されてしまったゲノムデータを表現型のデータに関連付けることができなくなる、2)同意の撤回による試料の廃棄や、長期的な臨床のモニタリングが実施できなくなるといったことが起こる。ゲノムデータを処理する際に、治験責任医師及び治験依頼者は適用すべきプライバシー及びデータ保護に関する規制及び法律を遵守すべきである。

4.2. ゲノム試料及びゲノムデータへのアクセス及び透明性

ゲノム試料及びゲノムデータは、インフォームド・コンセントの範囲において、長期にわたり繰り返しアクセスされる可能性がある(ゲノムデータの共有及び分譲を可能とする包括同意が推奨される(5 項参照))。そのようなアクセスは治験依頼者の組織内、依頼者の監督下での共同研究者、又は外部研究者において実施され得る。また、個々のデータ及び/又は統合された結果のいずれも対象となる。他の臨床データと同様に、すべてのゲノム試料及びゲノムデータに関して、アクセス履歴を伴った、アクセス権限を厳格に管理できるようなシステムを含む運用方針及び手順を確立すべきである。当該運用方針及び手順は、データの質及び解釈が損なわれるリスクだけでなく、個々の被験者のプライバシーが損なわれるリスクも考慮したものとすべきである。

ゲノム試料及びゲノムデータへのアクセスに対するリスクベースアプローチは、試料及びデータが共有される外部委託先及び委託元の機関の双方に適用されるべきである。ゲノム試料の保管、ゲノム解析、又はゲノムデータの保管を外部委託する場合には、ゲノム試料及び/又はゲノムデータを適切に保護することが可能となるよう、責任を有する委託元が、ふさわしい方法により外部委託先の機関を監督する旨を、契約上の合意事項として明記すべきである。

外部の組織又は研究者との試料及び/又はデータの共有は、得られた科学的知見の透明性の最大化につながるだけでなく、医学の発展に寄与し、様々なレベルのベネフィットをもたらす。公開データベースも含めた第三者への個々のデータの共有に関する様々な各国及び地域の規則には、十分に対応すべきである。

5. インフォームド・コンセント

インフォームド・コンセントは、ICH E6:医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)における規定事項である。ゲノム研究に関する同意は、臨床試験に参加するための同意に含まれる場合も、別に取得される場合もある。ゲノム研究は、各地域に適用される法律に従って、また、ゲノム試料及びゲノムデータの収集、保管等に対して取得したインフォームド・コンセントの範囲において、実施しなければならない。同意・説明文書は、収集される生体試料の種類及び量、収集手順並びにゲノムデータの開示の方針を、平易な表現により記述すべきである。遺伝カウンセリングを受ける機会がある場合は、その旨を同意・説明文書に含めることが望ましい。被験者の法定代理人又は後見人の同意によってのみ試験への登録が可能となるような被験者(例えば、未成年、認知症の被験者)に対しては、特別な配慮が必要である。

インフォームド・コンセントの取得のあり方は、各地域の規制に準拠するところではあるが、ゲノム試料を収集及び使用するための国際的に受け入れ可能なインフォームド・コンセントに関する共通の必須項目を特定することができれば、ゲノム研究への多大な貢献となるであろう。

ゲノム試料の収集及び使用のためのインフォームド・コンセントは、解析の時期によらず、試料の広範な分析(例えば、複数の遺伝子、トランスクリプトーム解析、全ゲノム配列解析)を許容するものとすべきである。また、インフォームド・コンセントは、分析法の開発、疾患研究、薬物応答又は医薬品安全性監視等、広範な目的のためのゲノム試料の利用を許容するものであることが理想的である。各地域の規制及び指針は、遵守されるべきである。

6. 結果の開示

臨床試験において、ゲノム研究は、薬物応答のゲノム相関の評価、疾患生物学の理解の進展、及び/又は薬物の薬理学的機序の確認を目的としている。ゲノム研究では、時として、研究課題の主な目的に対して偶発的なデータが生じることがあり、このデータが潜在的に臨床的意義を有することがある。このデータの中には、臨床的な対処法が存在するものもある。例えば、がんのリスクの検討を目的としていない研究の過程で、BRCA1 変異が全ゲノム解析により特定されるかもしれない。

臨床試験においてゲノムデータを生成する研究機関及び治験依頼者は、得られたデータを被験者へ開示することについて、必要に応じて方針と方法を定めておくことが推奨される。その方針は、研究目的に即した結果及び偶発的な所見のそれぞれについて、伝えないこと、あるいは伝えることを明確化するものとすべきである。方針には、結果を開示する時期(臨床試験の実施中又は実施後)、開示を行う者(例えば、治験責任医師、担当医、遺伝カウンセラー)及び開示の対象(被験者、ただし小児や認知症の被験者の場合は保護者又は法定後見人)について規定することが理想的である。

結果を被験者に開示する場合には、遺伝カウンセリングの適切性について評価すべきであり、その結果が治療法の決定に及ぼす影響について、臨床的に解釈され、被験者(又は保護者若しくは法定後見人)と議論されるべきである。このような情報を受け取りたいか否かに関する被験者の希望及び同意は尊重されるべきである。また、結果の正確性及び信頼性に影響することから、用いられた分析法及びそのバリデーションの水準についても考慮すべきである。

参照

ICH-E18 ゲノム試料の収集及びゲノムデータの取扱い

https://www.pmda.go.jp/int-activities/int-harmony/ich/0023.html

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