ラーニング・ヘルス・システム(Learning Health System: LHS)とは、日々生成される知識が、日々の診療に還元され、医療の継続的な改善サイクルを生み出す医療システムのことを指します。
まだLHSという概念が生まれてから十数年が経過した程度という、比較的若い概念になります。エビデンスに基づく医療(Evidence Based Medicine: EBM)や、実践に基づく医療(Practice Based Medicine)といった概念がLHSの礎となっています。
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LHSのもつ4つの要素
LHSは、以下の4つの重要な要素を持っていると言えます。
- 「患者、医療従事者、研究者が協力しながらビッグデータを作成し、利用するコミュニティ」の形成を支援する仕組み
- 大規模な健康関連データセット
- 研究で得た新しい知見を活用した、各患者さんのケアの質の向上
- 日常の医療現場で行われる研究
電子カルテの課題はLHSの課題
上に挙げた4つの要素はいずれも電子カルテと密接に絡んでいます。
一方で、電子カルテの導入は、システムの不統一や、そもそもシステム導入されていないなどといった課題を有しているため、多くの場合、電子カルテの抱える課題は、LHSの抱える課題でもあると言えるでしょう。
LHSのライフサイクル
LHSは、臨床の継続的な改善のライフサイクルとも関係します。
臨床における改善サイクルを推し進めるのは、看護師や医師をはじめとした医療従事者です。
医療従事者が、電子カルテやその他のテクノロジーを駆使してデータを収集・分析し、エビデンスとしてまとめ、新たな知識が生まれます。
その新たな知識をもとに、従前の臨床の「常識」が更新され、新たな「常識」のもとでのデータ収集が始まる、というサイクルですね。
この常識の更新こそが、ラーニング・ヘルス・システム(学習する医療システム)の核ともいえるでしょう。
自ら成長する仕組みを内包したシステムという見方もできますね。
さまざまなLHS
1.Positive Deviance 探し
Positive Devianceは日本語にするなら「良い逸脱」でしょうか。なぜかやたらと「治療成績が飛びぬけて良い」人がポツポツと現れたとします。
1人2人程度では、偶然の可能性も十分あるため、検証ができません。ですが、大規模なデータを継続的に集めておくことで、時間が経てばいずれ100人、1000人といった数が集まります。
LHSは、それらを数が十分たまるまで待つのではなく、随時、ヘルスケアシステムに反映させるような仕掛けを設定するわけです。
仮想的な例ですが、X病治療Aに関して、○○地方に住む人達の中から、X病治療Aの治療成績が飛びぬけて良い人がポツポツと現れ始めたとします。他の地方からは一切でてきません。
そんな場合に、○○地方に住む人達に対して、X病治療を行う時に、治療ガイドライン上は治療Aと治療Bのどちらを選んでも良い、という場合には治療Aを優先的に選ぶようにするという「えこひいき」を○○地方に限って実施してみます。するとやはりポツポツと「治療成績が飛びぬけて良い」人が○○地方からのみ出てくる状況が続き、えこひいきしているのでポツポツと出現するスピードが上がります。
なぜ「治療成績が飛びぬけて良いのか」がわからない状況で、そのヒントを得るためにデータ蓄積を早めるための仕掛けを作る。
そしてデータ蓄積を加速させつつ、システム自体へのフィードバックを随時行い軌道修正を機敏に行う。
それがPositive Deviance 探しを目的としたLHSと言えるでしょう。
2.Negative Deviance 探し
Positive Devianceは日本語にするなら「悪い逸脱」でしょうかね。なぜかやたらと「治療成績が飛びぬけて悪い」人がポツポツと現れたとします。
仮想的な例ですが、Y病治療Bに関して、○○地方に住む人達の中から、Y病治療Bの治療成績が飛びぬけて悪い人がポツポツと現れ始めたとします。他の地方からは一切でてきません。
そんな場合に、○○地方に住む人達に対して、Y病治療を行う時に、治療ガイドライン上は治療Aと治療Bのどちらを選んでも良い、という場合には治療Aを優先的に選ぶようにするという「えこひいき」を○○地方に限って実施してみます。するとやはりポツポツと「治療成績が飛びぬけて悪い」人が○○地方からのみ出てくる状況が続き、えこひいきしているのでポツポツと出現するスピードが下がります。
という具合ですね。
3.ハイリスク集団の同定
LHSを通じて蓄積されるビッグデータを材料に、その中から何らかの規則を見出して「ハイリスク集団」を見出すという目的のLHSもあります。
これは既存の制度の中にも組み込まれているものですね。
4.治療効果予測
「治療(インプット)」とそれによる「効果(アウトプット)」の組み合わせデータが蓄積されることで、治療予測モデルを構築することが期待されます。
インプットとアウトプットの組み合わせが増えれば増えるほど、それこそ「教師データ」の蓄積ともいえるのでモデルの精度は高まるでしょう。
過学習の問題はありますが、今回は触れません。
5.治療レコメンデーション
治療効果予測モデルが形になったら、それを利用した「治療レコメンデーション」をヘルスケアシステムに搭載することも理論上は可能です。
治療Aをインプットして出てくる効果αと、治療Bをインプットして出てくる効果βを比較して、よりよい方をレコメンデーションするということですね。
実際にインプットが決まったら、その後のアウトプットを追跡し、新たな教師データとしてLHSのシステムに還元するという具合です。
6.治療効果比較
治療レコメンデーションは個々人に対するオススメ機能ですが、個々人ではなく集団を対象とした場合に治療の優劣を論じることが出来るようになります。
個々人の最適治療は人それぞれのため、Aさんにとって最善の治療が、必ずしもBさんにとって最善の治療とはなりません。
そのため、治療効果比較をするのであれば、まとまった集団に対して、結局どちらが集団全体の健康状態を向上させることが出来たかを比べるということです。
7.監視とシグナル検出
2のNegative Deviance 探しや、3のハイリスク集団の同定に繋がる部分ですが、「監視とシグナル検出」はより早期段階にあたります。
シグナルとノイズといえばSN比。
通信理論、情報理論、電子工学といった分野で扱われる概念ですが、安全性に関する監視やシグナル検出との親和性は高いでしょう。