こんにちは!製薬業界にいらっしゃる皆さん、あるいはこれからこの世界に足を踏み入れようとしている皆さん、「アドボ」という言葉、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?
そう、あのアドバイザリーボード会議のことです。メディカルアフェアーズ(MA)部門をはじめ、研究開発やマーケティングなど、社内の様々な部署が開催しているこの「アドボ」。でも、一体何のために、どんな風に行われているのか、その詳しい話って意外と表に出てきませんよね。
「みんながよく『アドボ、アドボ』って言ってるけど、結局何やってるの?」
そんな疑問をお持ちのあなたに、今日はそのアドボの舞台裏をこっそりお見せしちゃいます!この記事を読めば、アドボの具体的なイメージがグッと掴みやすくなるはず。そして、どうせやるなら効果的な会議にしたいですよね?そんなあなたのために、成功に導くための実践的なポイントもまとめてみました。
もちろん、「これが絶対唯一の正解!」なんてものはありませんが、一つのリアルな事例として、皆さんの日々の業務のヒントになれば嬉しいです。
さあ、製薬会社のアドボの世界へ、一緒に踏み出してみましょう!
Table of Contents
「アドボ」って何?~製薬会社のアドバイザリーボードの正体~
まずは基本の「き」から。製薬会社で「アドボ」と呼ばれるアドバイザリーボード会議とは、一体何なのでしょうか?
簡単に言うと、アドボとは、企業が特定のテーマや課題について、外部の専門家、つまり「アドバイザー」の先生方をお招きし、科学的・医学的、あるいは戦略的なアドバイスをいただくための会議のことです。このアドバイザーとは、事前に正式な契約を結びます 。ですから、単なる雑談の場ではなく、明確な目的を持って開かれる、いわば公式な「作戦会議」のようなものとイメージしてください。
アドボの本当の目的は「専門家の知恵を拝借すること」
アドボの最も大切な目的は、社内だけでは得られないような深い洞察や、客観的な視点からの厳しいご意見、そして複雑な問題に対する具体的な解決の糸口を、専門家の先生方の集合知から引き出すことです。
ここで声を大にして言いたいのは、「アドボは、企業側の考えを先生方に押し付ける場ではない!」ということです。残念ながら、「企業から先生方への一方的な情報提供(いわゆる「すりこみ」)の場」になってしまったり、「企業が望む結論ありきで、KOL(Key Opinion Leader)の先生方の間で無理やり合意形成を図る場」になってしまったりするケースも、時には見受けられます。これは、アドボの本来の姿からはかけ離れています。
もし、企業が知りたい情報が、普段の面談や市場調査で手に入るなら、わざわざ手間もコストもかかるアドボを開く必要なんてないのです。アドボは、あくまで目的を達成するための数ある手段の一つに過ぎません。
さらに言えば、「アドボを開催すること自体が目的になってしまっている」あるいは「アドボの開催回数がKPI(重要業績評価指標)になっている」なんていうのは、本末転倒もいいところ。それでは、会議のための会議になってしまい、本当に価値のあるアドバイスは得られませんよね。
MA部門のアドボ:隠れた医療ニーズ「アンメットメディカルニーズ(UMN)」を見つけ出す!
特にメディカルアフェアーズ(MA)部門がアドボを行う大きな目的の一つに、「アンメットメディカルニーズ(Unmet Medical Needs: UMN)の把握」があります 。これは、今の医療ではまだ十分に満たされていない患者さんのニーズを明らかにし、それを解決するためにどんな医学的・科学的課題に取り組むべきかを見極める、非常に重要なプロセスです。
日本の製薬企業の団体である日本製薬工業協会(製薬協)が出している資料の中でも、MAのアドボは、このUMNを把握するための代表的な活動例として挙げられています 。医療関係者の先生方と医学的・科学的な情報を交換する中で、現場のリアルな課題やニーズを深く理解し、それをもとに医薬品の価値を最大限に高めるためのメディカルプランを作っていく上で、アドボでいただく専門家のご意見は、まさに金言とも言えるのです。UMNを特定することは、その後の研究戦略や学術活動、医学教育プログラムといったMAの具体的なアクションに直結する、戦略の出発点なんですね。
アドボはMAだけじゃない!製品の一生と、様々な関係者のために
アドボは、MA部門だけの専売特許ではありません。医薬品が生まれる前の研究開発の初期段階から、承認申請を経て世に出るまで、そして市販された後のマーケティング活動に至るまで、製品のライフサイクルのあらゆる場面で活用されています 。
例えば、研究開発(R&D)部門が主催するアドボでは、新しい薬の臨床試験のデザインや進め方について、専門家の意見を求めます。マーケティング部門が主催するものであれば、その薬が市場でどのように受け入れられるか、どんな風に情報提供していくべきか、といった戦略について議論が交わされます。
最近特に注目されているのが、患者さんご自身をアドバイザーとしてお招きする「ペイシェント・アドバイザリーボード(PAB)」です。ここでは、病と共に生きる患者さんたちが専門家となり、ご自身の治療経験や日常生活での困りごと、医療システムや薬に対する本当のニーズなどを、直接企業に伝えてくださいます 。PABの広がりは、医療がどんどん「患者さん中心」へとシフトしている大きな流れの表れであり、「専門知識」の定義が、お医者さんや科学者だけでなく、患者さんの「生の声」にまで広がっていることを示しています。これにより、企業は、臨床試験の評価項目をどうするか、患者さん向けのサポートプログラムをどう作るかなど、より患者さんのためになる製品開発やサービス提供に繋げることが期待できるのです。
このように、アドボは目的に応じて様々な顔を持ちます。例えば、メディカルアフェアーズ(MA)部門が開催する場合、主な目的はアンメットメディカルニーズの把握、科学的エビデンスの解釈、メディカル戦略の策定などであり、最新の治療トレンドや既存治療の課題、新しいデータの医学的意義、研究計画の妥当性などが検討されます。アドバイザーとしては、臨床医の先生方、基礎研究者、疫学の専門家などが参加されます。
研究開発(R&D)部門では、臨床開発計画の策定や最適化、非臨床試験や臨床試験データの解釈が主な目的です。試験のデザイン、どんな患者さんを対象とするか、何を評価項目とするか、データ解析結果の意義などが議論され、治験を担当される医師、基礎研究者、統計家などがアドバイザーとなります。
マーケティング部門では、市場機会の評価、製品のポジショニング、マーケティング戦略の策定や検証が目的です。競合する製品の状況分析、ターゲットとなる医師や患者さんのイメージ、コミュニケーションメッセージの妥当性などが検討され、KOLの医師や市場調査の専門家がアドバイスをします。
そして、ペイシェントエンゲージメントを目的とするアドボでは、患者さんの視点でのニーズ把握や、患者さん向けの資材・プログラムの開発・改善が焦点となります。疾患を抱えながらの生活体験、治療への期待や不満、どんな情報が必要か、患者サポートプログラムへの意見などが話し合われ、患者さんご本人や患者団体の代表の方がアドバイザーとして参加されます 。
まさに、アドボは製薬企業の様々な活動を支える、変幻自在の強力なツールと言えるでしょう。
アドボって、いつ、どうやって計画されるの?~その知られざる舞台裏~
アドボが専門家の貴重な意見を聞くための大切な会議だということは、お分かりいただけたかと思います。では、これらの会議は、具体的にどんなきっかけで、どのように計画されていくのでしょうか?
年間の活動計画「メディカルプラン」と予算が基本
MA部門が行うアドボの多くは、年間の活動計画書である「メディカルプラン」に基づいて計画されます。「〇〇年の〇〇月頃に、●●という目的でアドボを実施する」というように、かなり早い段階から、いつ頃、どんなテーマで行うかが決められているのが一般的です。アドボを開催するには、会場費、アドバイザーの先生方への謝礼や交通費など、それなりに大きな費用がかかります。ですから、事前に予算を確保せずに、いきなり「明日アドボやります!」なんてことは、ほとんどの会社で難しいのが現実です。最近はオンライン形式のアドボも増えて、会場費や交通費といった物理的なコストはだいぶ抑えられるようになりましたが、それでも質の高い会議にするための念入りな準備と計画は絶対に必要です。
アドボ計画の「スイッチ」が入る瞬間とは?
では、メディカルプランにアドボの実施が書き込まれるのは、一体どんな「きっかけ」があるからなのでしょう?最も典型的なパターンの一つが、「開発中の新しい薬(パイプライン)に関する重要な臨床試験のデータが出てくるタイミング」です。企業が期待していた通りの結果が出た場合でも、あるいは予想外の発見があった場合でも、そのデータの医学的・科学的な意味合いや、実際の医療現場でどんな意義を持つのかについて、専門家の先生方から多角的な意見をいただくことは非常に重要です。多くの企業では、MA部門が単独で、あるいは開発部門と一緒に、こうしたデータが公表されるタイミングに合わせてアドボを計画しています。
臨床試験のデータというのは、とても複雑で、細かい部分(例えば、特定の患者さんのグループでの効果など)をどう解釈するか、これまでの常識を覆すような新しい情報が含まれていることもあります。そんな新しい情報に直面した時、アドボは、企業がそのデータの意味を正しく理解し、今後の医療現場への情報提供や、さらなる研究開発、そして適切な情報発信活動にどう繋げていくべきか、その「進むべき道」を見つけ出すための重要な羅針盤の役割を果たすのです。これは、広く情報を発信したり、大きな戦略を決断したりする前の、なくてはならないステップと言えるでしょう。
その他にも、企業主導で行っている臨床研究(例えば、市販された後に行う臨床試験や、多くの患者さんのデータを集めて分析する観察研究など)から新しい証拠(エビデンス)が得られた場合や、重要な病気の領域で新しい診療ガイドラインが発表されたり、改訂されたりしたタイミングも、アドボが計画される一般的な理由です. 要するに、アドボを実りあるものにするためには、専門家の先生方にも強い関心を持ってもらい、活発な議論を促すような「新しいネタ」、つまり何か新しい情報や、じっくり検討すべき重要な論点が不可欠なのです。こうした「新しいネタ」がない状態でアドボを開催しても、表面的な意見交換に終わってしまい、企業が本当に必要としている価値の高いアドバイスを引き出すことは難しいでしょう。
「新ネタ」の鮮度と戦略的なタイミングが命!
最もインパクトのあるアドボは、本当に新しい情報や、まだ解決されていない戦略的な課題を中心に据えたものです。大きな「新ネタ」、例えば大規模な臨床試験の結果発表などは、その公表時期がある程度予測できることが多いので、これに合わせてアドバイザリーボードの開催を年間の計画に事前に組み込むことができるのです。
計画外の緊急アドボ!そんな時どうする?
理想を言えば、全ての活動が計画通りに進むのが一番ですが、ビジネスの世界は常に変化しており、時には予想もしなかった事態から、急遽アドボが必要になることもあります。例えば、ライバル会社の重要なデータが発表されたり、自社の製品に関して新たな安全性の問題が浮上したり、といった場合です。こんな状況でのアドボ開催は、準備期間も限られていますし、関係する部署の人たちに大きな負担がかかることは想像に難くありません。そんな時は、まさにチーム一丸となって乗り越えるしかありません。
しかし、MAの戦略を担当する者としては、常にアンテナを高く張り、業界の動きや科学の進歩に目を光らせ、潜在的なリスクやチャンスをいち早く察知することで、こうした「突発的な」アドボの発生をできる限り抑えるように努力することが求められます。周りの環境を分析したり、起こりうる事態を予測(シナリオプランニング)したりして、事前に対策を考えておく、あるいは少なくとも最初の対応の準備をしておくことで、より計画的で効果的な対応が可能になります。これは、MA部門が単に言われたことを実行する部隊ではなく、企業の戦略的パートナーとしての価値を発揮する重要な側面と言えるでしょう。まさに、MA戦略担当者の腕の見せ所の一つですね。
アドボ開催までの道のり~企画から実施までのリアルなステップ~
アドボがどんな背景で計画されるのか、少しイメージが湧いてきましたか?では次に、実際にアドボが企画されてから無事に終了するまで、具体的にどんなステップで進んでいくのかを見ていきましょう。会社によって細かい手順は違うと思いますが、多くの場合はこんな流れで進んでいきます。
アドボを実現するまでには、特にアドバイザーの先生方に一箇所に集まっていただく対面形式の場合、数ヶ月から、時には半年前といったかなり早い段階から準備を始めないと、スケジュールがパンクしてしまうこともある、まさに長期戦のプロジェクトなんです。
社内での企画実施申請・手続き: まずは、「何のためにこのアドボを開くのか」「どんな成果を期待しているのか」「どんな先生にアドバイザーをお願いしたいか」「いつ頃開催したいか」「予算はどれくらいか」といった内容をまとめた企画書を作成し、社内の関連部署(例えば、法務部、コンプライアンス部、経理部など)に必要な申請を行います。この段階で、なぜこのアドボが必要なのか、会社全体の戦略の中でどんな位置づけなのかをハッキリさせることがとても重要です。このステップは、通常、開催の3~6ヶ月前に行われることが多いです。目的を明確にし、戦略的な意義をきちんと示すこと、そして関連部署との事前の調整が成功の鍵となります。
社内承認取得: 作成した企画書は、部門のトップやコンプライアンスの責任者、場合によっては経営層など、複数の承認プロセスを通る必要があります。会社の規模やアドボの重要度によっては、この承認を得るまでにかなりの日数がかかることもあります。これは開催の2~4ヶ月前くらいに進められることが多いですが、承認プロセスが長引くリスクや、必要書類の不備で手戻りが発生する可能性も考慮しておく必要があります。
アドバイザー候補の医師・研究者への打診: 社内の承認が得られたら、いよいよアドバイザー候補となる医師や研究者の先生方へ参加のお願いをします。通常は、MSL(メディカル・サイエンス・リエゾン)や担当者が直接お会いして依頼することが多いですが、すでに関係ができている場合や、地理的に遠い場合は、メールなどで打診することもあります。この時、アドボの趣旨、どんな役割を期待しているか、開催日時や場所の候補などを丁寧に説明します。この打診は開催の2~3ヶ月前に行われることが多く、KOLの先生方は非常にお忙しいため日程調整が難航したり、契約条件の交渉が必要になったりすることもあります。
日程・場所などの確定: アドバイザーの先生方のご都合を調整し、最終的な開催日時と場所を決定します。対面形式の場合は、会議場やホテルの会議室の予約、先生方の交通手段や宿泊施設の手配なども並行して進めます。アドバイザーの先生方は多忙な専門家ばかりなので、日程調整は特に骨が折れるポイントの一つです。これは開催の1~2ヶ月前に行われますが、希望の日程が重なってしまったり、特に人気のシーズンは会場を確保するのが難しかったりすることもあります。
当日の運営準備(会議投影資料や質問項目の準備): アドボ当日に使う背景情報資料、企業側からお聞きしたい主要な質問事項のリスト、議論をスムーズに進めるための論点の整理など、会議の中身の準備を行います。本来、この準備に一番多くの時間とエネルギーを注ぐべきなのですが、実際には他の事務作業や調整業務に追われてしまいがちになることも少なくありません。この準備は開催の2週間~1ヶ月前に行われ、資料の内容が客観的で中立的であること、議論を深めるための質問をしっかり設計すること、そして時間配分をきちんと検討することが重要です。
アドボの実施: 念入りな準備を経て、いよいよアドボ当日です。司会進行、議論が活発になるような雰囲気づくり(ファシリテーション)、時間管理、質疑応答の記録など、スムーズな運営が求められます。時間管理を徹底し、全てのアドバイザーから意見を聞き出し、議論が本筋から逸れないようにコントロールすることが大切です。
成果物(議事録など)の作成: アドボが終わったら、できるだけ早く議論の内容をまとめた議事録や報告書を作成します。誰がどんな発言をしたか、主な結論は何だったか、次に何をすべきかなどを正確に記録することが重要です。これは終了後1~2週間以内に行い、発言を正確に記録し、重要なインサイトを抽出し、客観的にまとめることが求められます。
事後手続き、実施終了報告(主に社内向け)など: アドバイザーの先生方への謝金の支払い手続き、かかった経費の精算、そして社内の関係者への結果報告などを行います。これは終了後1ヶ月以内に行われ、支払いが遅れないようにすること、コンプライアンスをしっかり守ること、そしてアドボで得られた知見を組織全体に浸透させることが大切です。
アドボ当日の流れはこんな感じ!~典型的なアジェンダ~
アドボ当日の会議は、限られた時間の中で効率よく目的を達成するために、だいたい以下のような流れで進められます。
アドボ実施の目的の説明: 会議の最初に、主催する企業側から、「今回のアドボで何を得たいのか」「どんな論点について専門家の先生方のご意見を伺いたいのか」その目的をハッキリと伝えます。
前提となる背景情報・データの説明: 議論の対象となる病気の領域の最新情報、関連する臨床試験のデータ、市場の環境など、アドバイザーの先生方全員が議論に必要な共通の知識ベースを持てるように、企業の担当者か、あるいは指名されたアドバイザーの先生から背景情報が説明されます。この情報提供は、あくまで議論の土台を整えるためのものであり、企業側の意見を押し付けるものであってはなりません。
メーカー側からの質問事項を踏まえたディスカッション: ここがアドボのメインディッシュ!最も多くの時間が割かれます。企業側が事前に準備した主要な質問事項や論点に基づいて、アドバイザーの先生方の間で活発な討議が行われます。ファシリテーター(議論の進行役)は、参加者全員が発言しやすい雰囲気を作り、議論が本筋から逸れないように上手に舵取りをする役割を担います。
クロージング: 議論のまとめ、主な結論の再確認、そしてアドバイザーの先生方への感謝の言葉を述べて会議を終了します。今後のアクションに繋がるような具体的な提言が得られた場合は、それらを確認することも重要です。
会議の目的や背景情報の提示の仕方(上記アジェンダの(1)と(2))は、単なる形式的なものではありません。目的が曖昧だったり、提示される情報に偏りがあったりすると、その後の議論の方向性や質に大きな影響を与えかねません。客観的で質の高い助言を得るためには、これらの冒頭部分をいかに明確かつ公平に設定するかが、実は非常に重要なのです。それはアドバイザーを特定の結論に誘導するためではなく、彼らが持つ専門知識を最大限に引き出すための環境整備と言えるでしょう。
会議が終わってからが本当の勝負!~成果をどう活かすか~
アドボは、アドバイザーの先生方が会場を後にした瞬間に終わりではありません。むしろ、そこからが「本当の勝負」とも言えます。会議での議論を速やかに、かつ正確にまとめた成果物(議事録やサマリーレポート)を作成することはもちろんですが、それ以上に重要なのは、それらの成果物を基にして、今後の企業活動、例えば新しい研究開発計画の立案、情報提供資材の改訂、メディカルエデュケーション活動の方向性などを具体的にブラッシュアップしていくことです。アドボで得られた貴重な知見を、実際の行動の変化や戦略の修正に繋げて初めて、その真価が発揮されるのです。アドボの結果を社内のどの部署に、どの程度の情報粒度で共有するかは、企業ごとの方針や規定によって異なりますので、自社の運用ルールを事前に確認しておく必要があります。
こうしてアドボの実施プロセスを眺めてみると、その準備には本当にたくさんの労力と時間が必要だということがお分かりいただけるでしょう。まさに、緻密な計画とプロジェクトマネジメント能力が不可欠なのです。
アドボを成功させる3つの秘訣~効果的な会議にするための極意~
さて、アドボの概要と実施の流れを掴んでいただいたところで、次に、より効果的で価値の高いアドボを実現するための、とっておきの3つのポイントについてお話ししましょう。これらは、いわば長年の経験から導き出された、実践的な知恵袋のようなものです。
秘訣1:アドバイザー選びは慎重に!~専門性と人間性の絶妙なバランス~
当たり前のように聞こえるかもしれませんが、どんな先生方にアドバイザーとしてご参加いただくかは、アドボの成果を左右する最も重要な要素の一つです。もちろん、議論のテーマとなる病気の領域や科学の分野における深い専門知識や豊富な経験をお持ちであることは大前提です。
しかし、それと同じくらい、いや、時にはそれ以上にじっくり考えなければならないのが、アドバイザー候補の先生方の「キャラクター」や、複数名で構成されるアドバイザー間の「パワーバランス」です。例えば、非常に発言力が強く、議論をリードするタイプの先生にご参加いただく場合、他の先生方が遠慮してしまって、本音ベースの意見が出にくくなることがあります。逆に、多様な意見を引き出すためには、異なる視点や専門性を持つ先生方をバランス良く組み合わせることが求められます。
また、毎回同じメンバー、同じ組み合わせの先生方にばかりお願いするわけにもいきません。アドボのテーマや目的に応じて、最適なアドバイザー構成をその都度検討する必要があります。このアドバイザー選定は、個人的にはアドボ準備において最も神経を使い、頭を悩ませるポイントの一つです。一人で抱え込まず、上司やチームメンバー、MSLや営業担当者など、候補となる先生方をよく知る社内の関係者から多角的な情報を集め、慎重に検討することが成功の鍵となります。アドバイザー選定は単にリストアップする作業ではなく、会議当日の活発で建設的な議論が生まれるような「最高の舞台」をデザインする行為なのです。
秘訣2:本番前に勝負あり?!~事前打ち合わせでの「地ならし」が超重要~
アドボの準備期間中、日程調整や契約手続きなどで、アドバイザーの先生方と事前にコミュニケーションを取る機会が何度かあるはずです。このチャンスを単なる事務連絡で終わらせてしまうのはもったいない!アドボ本番に向けた重要な「事前調整」の場として最大限に活用しましょう。
具体的には、会議の目的やゴール、主要な議論ポイントについて、できるだけ具体的に説明し、先生方がそれらの論点に対して現時点でどのようなお考えをお持ちか、可能な範囲で事前にヒアリングを行います。これにより、企業側が期待している議論の方向性と、先生方の関心事項との間に大きなズレがないかを確認できます。また、先生方にとっても、事前に論点を深く考える時間が持てるため、当日の議論がより深まります。
この事前準備を丁寧に行うことで、アドボ当日に「こんなはずではなかった…」「議論が全く噛み合わない…」といった悲劇を避け、参加者全員にとって建設的で実りある時間にすることができます。ある意味では、アドボの成否は、「アドバイザーの選定」と、この「事前の議論・準備」の段階で、その大部分が決まっていると言っても過言ではないかもしれません。この事前議論のプロセスは、アドボの議題や質問が的を射ているか、あるいは改善の余地がないかを探る、非公式な「プレ・モーテム(事前検証)」としても機能します。もし、主要なアドバイザーからの初期フィードバックで、質問の意図が伝わりにくい、論点がずれているなどの課題が明らかになれば、本番前にアジェンダやディスカッションガイドを修正することができ、会議の生産性を格段に高めることが可能になります。
秘訣3:企業側も「仮説」を持って臨むべし!~質の高い「問いかけ」の技術~
アドボで طرحされる質問が、「先生方、この件についてどう思われますか?何か良いアイデアはありますか?」といった非常にオープンな問いかけばかりだと、議論があちこちに飛んでしまい、結局何が重要なポイントだったのか、企業として次に何をすべきかが見えにくくなることが少なくありません。もちろん、探索的に幅広い意見を伺いたい場合もありますが、より効果的な助言を引き出すためには、企画・実施者側が事前に「自分たちなりの仮説」や「いくつかの具体的な選択肢」を持ち、それらに対する専門家の評価や改善提案を求める形で質問を設計する方が、良い結果に繋がることが多いです。
例えば、こんな問いかけ方の違いを考えてみてください。
あまり効果的でない質問例: 「この病気の領域で、まだ満たされていない医療ニーズ(アンメットメディカルニーズ)は何だと思われますか? 私たちは何をすべきでしょうか、何かアイデアをください。」
より効果的な質問例: 「私たちは、この病気の領域における主要なアンメットメディカルニーズとしてA、B、Cを特定し、それらに対処するために、臨床研究X、情報提供活動Y、患者さん向けサポートプログラムZといった施策を検討しています。これらの私たちの仮説や施策案について、先生方のご専門の立場からご意見をいただけますでしょうか? 特に、優先順位、実現の可能性、改善すべき点などについてアドバイスをいただけると幸いです。」
後者のような質問をするためには、当然ながら、企画・準備段階でより多くの時間と労力をかけて現状分析や仮説構築を行う必要があります。また、秘訣2でお話しした「事前議論」で、どこまで先生方の考えを事前に把握できているかにも大きく左右されます。しかし、その努力に見合うだけの、具体的で行動に繋がりやすい、質の高い助言が得られる可能性が高まります。
結局のところ、「企画のゴール設定と、そこに至るまでの徹底した準備がすべて」と言えるでしょう。これはアドボに限らず、あらゆる仕事に通じる普遍的な真理かもしれませんね。
この「問いかけの技術」について、もう少し具体的に見ていきましょう。効果的なアドボの質問には、いくつかの共通点があります。
まず、質問の具体性です。「この問題について、どう思われますか?」と漠然と聞くのではなく、「我々の仮説Aについて、先生の臨床経験に基づくと、どの程度妥当性があると考えられますか?懸念点はありますか?」と尋ねる方が、具体的な論点に焦点が当たり、より深く、的を射た議論を促すことができます。
次に、選択肢の提示です。「何か良い治療戦略はありませんか?」と丸投げするのではなく、「治療戦略としてX、Y、Zの3案を検討しています。それぞれのメリット・デメリット、そして最も有望な案はどれだと思われますか?」と提示することで、専門家が評価・比較しやすい土俵を提供し、建設的なフィードバックを引き出しやすくなります。
また、前提情報の共有も重要です。「うちの製品、どうでしょうか?」と前提情報を曖昧にしたまま尋ねるのではなく、「最新の学会データ(資料のP.5をご参照ください)を踏まえると、我々の製品のポジショニングはどのように変わる可能性があると考えられますか?」と、全員が同じ情報基盤の上で議論できるようにすることで、認識のズレを防ぎ、議論の質を高めることができます。
そして、目的の明確化です。「とりあえず、先生方のご意見を伺いたいです」と目的を曖昧にするのではなく、「本日の議論を通じて、〇〇に関する我々の理解を深め、△△というアクションプランの骨子を固めたいと考えています」と会議のゴールを共有することで、議論の方向性が定まり、アドバイザーの先生方も貢献しやすくなります。
最後に、深掘りの姿勢も忘れてはいけません。先生の意見に対して「なるほど、わかりました」と表面的な回答で満足するのではなく、「先生がおっしゃった『XXという課題』について、もう少し詳しく教えていただけますか?具体的な事例などはありますでしょうか?」と一つの意見に対してさらに深掘りすることで、本質的な洞察や、まだ言葉になっていないニーズを引き出すことができるのです。
これらのポイントを意識することで、アドボを単なる意見交換の場から、真に戦略的な意思決定に貢献する価値創造の機会へと昇華させることができるでしょう。
アドボ運営の土台となるもの~倫理観とコンプライアンス遵守~
アドボを成功に導くためには、科学的な議論の質や戦略的な問いかけの工夫だけでは十分ではありません。もう一つ、決して忘れてはならない、アドボという活動を支える土台があります。それは、高い倫理観を持ち、コンプライアンス(法令遵守)を徹底することです。これらは、単に「問題を起こさないための守り」ではなく、アドボの信頼性と価値そのものを高めるための、積極的で不可欠な要素と捉えるべきです。
信頼と誠実さこそが、揺るぎない基盤
アドボの運営は、関連する全ての法律、業界のルール、そして社内の規定を厳格に守った上で行われなければなりません。これは、医療専門家の先生方、患者さん、そして社会全体との信頼関係を築き、維持するための絶対的な大前提です。どんなに小さなルール違反であっても、企業の評判や法的な立場に深刻なダメージを与えてしまう可能性があります。
公正な競争と業界ルールの遵守
製薬企業は、独占禁止法、不正競争防止法、景品表示法といった法律や、製薬協が定める「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」や「医療用医薬品プロモーションコード」といった業界の規範を遵守する義務があります 。これらのルールは、公正な市場競争を確保し、医療の判断に不当な影響を与える可能性のある活動や、不公正な市場での有利性を生み出すような行為を防ぐことを目的としています。過去には、産業界・行政・学術界の不適切な癒着構造が問題視された事例もあり、企業活動の透明性と倫理性がますます強く求められています 。
医療関係者(HCP)との適切な関係と、不当な影響の排除
医師や研究者の先生方をアドバイザーとしてお招きする際には、その関係性の透明性が極めて重要です。アドバイザーの専門的な知識や費やしていただいた時間に対する報酬は、公正な市場価格に基づいて計算され、契約書にハッキリと記載されなければなりません。アドボの目的は、あくまで正当なアドバイスをいただくことであり、医薬品の処方を促すための見返りや、不適切な利益供与の手段として利用されるようなことがあっては絶対にいけません 。公正競争規約では、医学・薬学的な調査・研究に対する相応の報酬や費用は景品類には該当しないとされていますが 、その正当性と透明性が常に問われるのです。
情報提供の際の注意点:特に未承認薬・適応外使用情報(オフラベル情報)の取り扱い
コンプライアンス上、特に慎重な対応が求められるのが、医薬品のまだ承認されていない効能・効果や使い方(いわゆるオフラベル情報)に関する情報の取り扱いです。アドボは科学的な意見交換の場ですが、未承認の薬や適応外の使い方を積極的に推奨したり宣伝したりするプラットフォームになっては絶対にいけません 。企業側からオフラベル情報を提供する場合、それはアドバイザーの先生方からの具体的で、かつ自発的な科学的質問に対する応答として、極めて限定的かつ慎重に行われるべきです。その際も、提示する情報は要求された内容に沿ったものに限定し、通常の販売情報提供活動とは明確に区別し、誤解を招くような嘘や大げさな表現は厳に慎まなければなりません 。
これらの倫理規範やコンプライアンスルールを厳格に守ることは、一見すると制約のように感じられるかもしれません。しかし、実際には、これらがアドボの質と信頼性を高める上で不可欠な役割を果たします。アドバイザーの先生方が、そのアドボが透明かつ客観的で、販売促進とは関係のない目的で開催されていると確信できれば、より率直で偏りのない科学的なアドバイスを提供しやすくなります。結果として、企業は本当に価値のあるインサイトを得ることができるのです。つまり、コンプライアンスは、質の高いアドボを実現するための「制約」ではなく、「大前提」であり、かつ「成功を後押しする要因」であると言えるでしょう。
おわりに ~アドボは未来の医療を創る大切な一歩~
さて、ここまで製薬会社のアドバイザリーボード会議、通称「アドボ」について、その目的から計画、実施の実際、そして効果を高めるためのポイントに至るまで、かなり詳しく見てきました。アドボは単なる会議ではなく、特に私たちMA部門にとっては、まだ満たされていない医療ニーズ(アンメットメディカルニーズ)を深く理解し 、企業の戦略を正しい方向へと導くための、非常に重要な戦略的ツールであることがお分かりいただけたのではないでしょうか。
アドバイザーの先生方の慎重な選定、会議当日までの入念な事前準備、そして明確な仮説に基づいた質の高い問いかけ。これら3つの鍵をしっかりと意識することが、アドボを成功に導くための秘訣です。この記事の冒頭でも触れましたが、「これが唯一絶対の正解!」というやり方が存在するわけではありません。しかし、ここでご紹介した原則や考え方は、より質の高いアドボを企画・運営していく上での、確かな土台となるはずです。
アドボの準備・運営は、確かに多くの労力と時間を要する、骨の折れる仕事です。しかし、それが適切に計画され、実行された時、そこから得られる専門家の先生方の深い洞察や斬新な視点は、企業の将来を左右するほどの価値を持つこともあります。そして、その成果は最終的に、より良い医療を待ち望んでいる患者さんたちへと繋がっていくのです。
この記事が、これまで「なんだかよく分からない、得体が知れない会…」と感じていたかもしれないアドボの実際を少しでも明らかにし、皆さんの日常業務や今後のキャリアにおいて、何らかのヒントや具体的なイメージを提供できたのであれば、これに勝る喜びはありません。経験豊富なエキスパートの皆様にとっては、「こんなの当たり前だよ」と感じる部分も多かったかもしれませんが、こうした運営のノウハウは、案外、誰かが体系的に教えてくれるものではなく、日々の実践の中で試行錯誤しながら身につけていくことが多いものですから。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!皆さんのアドボが、未来の医療を創る、実り多きものになることを心から願っています。
引用文献
- 【コード・オブ・プラクティスQ&Aシリーズ】アドバイザリーボードのお作法とは?ミーティング開催の留意すべきポイントについて解説。 | 株式会社レビュープロ, https://reviewpro.co.jp/755/
- 製薬企業のメディカルアフェアーズ(MA)とは, https://www.jpma.or.jp/information/evaluation/results/allotment/eo4se300000046aq-att/MA_KT1_202502_Leaflet169.pdf
- 1 メディカルアフェアーズ部門が行う 『医学・科学的情報提供』に関する手引き 日本製薬工業, https://www.jpma.or.jp/information/evaluation/results/allotment/jtrngf00000008wb-att/KT5_MA_202212.pdf
- 患者様アドバイザリーボードのご支援 - 株式会社インデックス・アイ, https://index-i.co.jp/blogs/%E6%82%A3%E8%80%85%E6%A7%98%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%89%E3%81%AE%E3%81%94%E6%94%AF%E6%8F%B4/
- G E 薬協行動基準モデル - 日本ジェネリック製薬協会, https://www.jga.gr.jp/assets/pdf/ModelOfCorporateBehaviorStandards_2.pdf
- MRとMSLの違い、活動実態、関連規制 についての調査の状況 - 厚生労働省, https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/001184915.pdf