ICTを活用した「次世代型保健医療システム」の構築に向けて(平成28年10月19日)
Table of Contents
2.保健医療が達成すべき「基本理念」と「4つの価値軸」
(1)これまでの取組と課題
(保健医療分野におけるICT活用の取組)
- 保健医療分野での情報化は、1960 年代に導入された医療機関の診療報酬の請求のための医事会計システムに始まり、1980 年代には検査部門等への情報伝達のツールであるオーダリングシステムが広まっていった。また、1994 年にエックス線写真、1999 年に診療録等の電子媒体での保存が認められ、電子カルテシステムが開発・導入されていった。
このように、医療機関における電子化は、事務処理の合理化等を目的として展開されてきた。
この結果、患者の待ち時間の減少など、サービスの向上に寄与する側面もあったが、保健医療サービスそのものの質を向上させるためのものとして十分とは言い難い。 - 近年、患者・住民が住み慣れた地域で質の高い保健医療サービスを受けられるよう、各地域で、医療機関・薬局・介護事業者等が患者の保健医療情報を共有する情報連携ネットワークの構築が進んでいる。2014 年度時点で、全国で約 200 の地域医療情報連携ネットワークで情報を共有する取組が行われているが、2018 年度までには、これを全国各地へ普及させることを目標としている。
保健医療サービスそのものの質の向上、すなわち「患者・国民のためのICT化」という考え方が芽生え、普及・定着してきたといえよう。
(保健医療分野におけるICT活用の課題)
- しかしながら、ICTの活用によって、保健医療専門職、研究機関、民間企業、行政・保険者、そして患者・国民などのアクターが、それぞれの持つ力を最大限に発揮し、保健医療システム全体として、新たな価値を生み出していく環境とはなっていない。
これは、これまで、各アクターにおいて、保健医療分野のICT活用によって創出していくべき「患者・国民にとっての価値」が、必ずしも定義・共有されていないことに由来する。 - こうしたことから、個々のアクターにおいて、いわゆる「たこつぼ化」(業務プロセス・システムなどが外部と連携せず自己完結している状態)が進行した。
- 例えば、医療機関等の間での患者の保健医療情報の連携という目的が共有されていなかった中、個々の医療機関で、システムが使いやすいよう独自のカスタマイズが進んだ。その結果、個々の医療機関等では、それぞれが必要な方法・範囲でデータを管理した結果、その形式が各々で異なることで、医療機関同士の情報のやりとりに支障が生じている。
- 保健医療分野におけるいわゆるビッグデータの利活用も、データのつくり込みから収集・分析に至るまで、各研究機関等でバラバラに行われており、それぞれが保有するデータを相互に融合させ、新たな知見を生み出す取組には至っていない。
- 保健医療分野におけるこれまでのICTの活用は、個々の医療機関等での情報化を自己目的化する側面があった。
「次世代型保健医療システム」を描くに当たっては、保健医療分野のICT活用の考え方を、患者・国民を中心に据えた「患者・国民にとっての価値主導」に再構築していく必要がある。
【ICTを活用した「次世代型保健医療システム」の考え方】
◇ 「価値不在の情報化」から「患者・国民にとっての価値主導」へ
(2)保健医療分野におけるICT活用の「基本理念」と「4つの価値軸」
- こうした考え方の下、本懇談会では、「患者・国民にとっての価値」として、保健医療分野におけるICTの活用に当たって、達成していくべき「基本理念」を次のように定めた。
【「基本理念」:国民の wellbeing の実現】
- 保健医療は、国民が健康で安心して暮らせる社会に不可欠のサービスであり、技術が高度化し、人々の価値観が変化した時代にあっても、その果たすべき役割や実現すべき「基本理念」は不変である。
すなわち、保健医療は、人々の様々な生き方に対応し、国民が健やかに暮らし、病気やケガの際には最適な治療を受けられ、いきいきと活躍し続けることができる(wellbeing)社会を創るものであり、ICTの活用も、その「基本理念」の実現に資するものでなければならない。
(「基本理念」の実現に向けた「4つの価値軸」)
- また、この「基本理念」の実現に向けては、保健医療のより具体的な場面やアクターで、どのようなことを達成していくべきか、言い換えれば、各場面やアクターで創出していくべき「患者・国民にとっての価値」が、しっかりと共有される必要がある。そして、これを達成していけるよう、ICTが活用されながら保健医療サービスが提供され、個別の施策や取組が位置付けられる必要がある。
こうした考え方の下、本懇談会では、上記の「基本理念」の実現に向け、ICTを活用して創出すべき「患者・国民にとっての価値」として、以下の「4つの価値軸」を設定した。
【4つの価値軸】
① 患者本位の最適な保健医療サービス(Value for patient)
- 患者一人ひとりが、疾病やケガの状態、自身の体質や既往歴などの心身の状態、そして暮らしや価値観などを含め、個々人の状況に応じて、最も適切な保健医療サービスが受けられる。
- 患者が、保健医療専門職が最新・十分な情報の下で協働しつつ専門性を発揮する中で、必要なときに最適な医療・ケアを受けることができる。
② 国民全員の主体的な健康維持(Value for people)
- 国民一人ひとりが、病気になる前から、健康づくりに主体的に関わり、それぞれが魅力的な生き方を追求する中で、生涯にわたって健康に生活することができる。
- 国民が、身近な環境で、心身の状態や生活習慣等に応じて、保健医療専門職から多様で適切なサポートを受けることができる。
③ 持続可能な保健医療提供システムの実現(Value for community)
- 我が国の限られた人的資源や財源が効果的・効率的に活用され、患者・国民に提供される保健医療サービスの質を最大化するとともに、将来にわたって安定的に提供される。
- 保健医療専門職や患者・国民が、自ら最適な保健医療や健康づくりを実現していくとともに、医療機関等も経営の効率化・安定化を図るなど、各アクターの自律的な取組で保健医療提供システムが効率的に維持される。
④ 医療技術開発と産業の振興(Value for service)
- AIやIoT等の技術革新が保健医療提供システムと調和し、医療技術の開発が促進・高度化され、保健医療サービスの質の向上・効率化につながるとともに、保健医療提供システムの持続可能性も一層高まる。
- 保健医療とICTが融合した、革新的な(より早く、より手軽で、より安い)サービスが生まれ、そうした産業が経済の成長を牽引するとともに、世界の健康をリードする。
(3)「次世代型保健医療システム」の構築に向けた3つのパラダイムシフトとインフラ
- このように、「次世代型保健医療システム」を構築していくに当たって、保健医療分野でICTを活用して実現していくべき「基本理念」・「4つの価値軸」を設定した。
さらに、こうした新たなコンセプトの下で「次世代型保健医療システム」がしっかりと構築されるためには、次のように3つのキーワード(「つくる」・「つなげる」・「ひらく」)に結び付けた「3つのパラダイムシフト」が必要である。 - また、この「3つのパラダイムシフト」を実現していくためには、様々な主体が多面的に取組を進めていく必要があるが、そこでは、官民がそれぞれの役割分担を明確にしつつ、強みを活かして連携していくことが重要である。
特に、官は、保健医療専門職、研究機関、保険者、民間企業、そして患者・国民などのアクターが、それぞれの持つ力を最大限に高め、保健医療分野で「患者・国民にとっての価値」を生み出していく環境(インフラ・ルール等)を整えていくことが求められるだろう。
このため、「3つのパラダイムシフト」に対応して、「次世代型保健医療システム」の構築に向けて整備されるべき「3つのインフラ」を整理した。
【「次世代型保健医療システム」の構築に向けた3つのパラダイムシフトとインフラ】
◇ 3つのパラダイムシフト
- Key Word1:「つくる」=「集まるデータ」から「生み出すデータ」へ
- レセプトやカルテなど現在収集できるデータだけでなく、保健医療の質の向上など「患者・国民にとっての価値」を生み出すデータを「つくる」
<インフラ:「次世代型ヘルスケアマネジメントシステム(仮称)」>
- レセプトやカルテなど現在収集できるデータだけでなく、保健医療の質の向上など「患者・国民にとっての価値」を生み出すデータを「つくる」
- Key Word2:「つなげる」=「分散したデータ」から「データの統合」へ
- 医療機関等の施設や、個々人に分散したデータを、一人ひとりを軸に、健康なときから疾病・介護段階までを生涯にわたって統合して「つなげる」
<インフラ:患者・国民を中心に保健医療情報をどこでも活用できるオープンな情報基盤(Person centered Open PLatform for well-being; PeOPLe(仮称))>
- 医療機関等の施設や、個々人に分散したデータを、一人ひとりを軸に、健康なときから疾病・介護段階までを生涯にわたって統合して「つなげる」
- Key Word3:「ひらく」=「たこつぼ化」から「安全かつ開かれた利用」へ
- 施設や行政・研究機関などの個々の主体で囲い込まれたデータを、産官学が安全に活用できるプラットフォームで「ひらく」
<インフラ:「データ利活用プラットフォーム(仮称)」>
- 施設や行政・研究機関などの個々の主体で囲い込まれたデータを、産官学が安全に活用できるプラットフォームで「ひらく」
<ICTを活用した「次世代型保健医療システム」の全体イメージ>
- なお、今日の技術革新は新たな技術革新を呼び、ICTも加速度的に進展をしていくことが予想される。したがって、将来のICT環境を言い当てることは難しい。
しかしながら、私たちがしたいことは、これを正確に言い当てることではなく、「次世代型保健医療システム」におけるICT活用の価値観や社会像を示すことである。
以下に示していくのは、「次世代型保健医療システム」の実現に向けて、現時点で構想できるインフラ等の姿であるが、私たちは、そこに至る考え方を大切にした。
ICTの進歩等によっては、インフラは異なった姿をとることも十分考えられるが、いずれにしても、患者・国民一人ひとりの価値のために、柔軟に見直されるべきものであることに留意したい。
参照
ICTを活用した「次世代型保健医療システム」の構築に向けて(平成28年10月19日)1.保健医療分野におけるICTの活用と本提言の考え方