公衆衛生という言葉はだいぶ有名になりましたが、いったいどんなものなのかイマイチ理解が進まない人も少なくないでしょう。
その場合、漠然と公衆衛生という言葉で一括りにするのではなく、その中身について見ていくと理解が進むかもしれません。
ここでは、ヘルスプロモーションという側面から、公衆衛生とはいったい何なのかを考えてみます。
Table of Contents
ヘルスプロモーションとは
俗にいう「健康増進活動」に当たるのが、ヘルスプロモーションです。
他の表現としては、「未病」などもあるでしょう。
未病や健康増進というと何となく成人向けの印象を持たれるかもしれませんが、世界的にはそうではありません。
ユニセフの「母乳育児がうまくいくための10のステップ」
ユニセフ(UNICEF)というと、「開発途上国・戦争や内戦で被害を受けている国の子供の支援」というイメージが強いかもしれません。
ですが、その中身についてつぶさに見ていくと、公衆衛生上とても重要な活動を担っていることがわかります。
その具体的な事例の1つが、ユニセフの「母乳育児がうまくいくための10のステップ」です。
まずは、実際の文書を読んでみましょう。
母乳育児がうまくいくための10のステップ
「母乳育児成功のための10カ条」2018年改訂版
WHO/UNICEF:The Ten Steps to Successful Breastfeeding, 2018
施設として必須の要件
1a. 「母乳代用品のマーケティングに関する国際規準」と世界保健総会の関連決議を完全に順守する。
1b. 乳児栄養の方針を文書にしスタッフと親にもれなく伝える。
1c. 継続したモニタリングとデータ管理システムを確立する。
2. スタッフが母乳育児を支援するための十分な知識、能力、スキルを持つようにする。
臨床における必須の実践
3. 母乳育児の重要性とその方法について、妊娠中の女性およびその家族と話し合う。
4. 出産直後からのさえぎられることのない肌と肌との触れ合い(早期母子接触)ができるように、出産後できるだけ早く母乳育児を開始できるように母親を支援する。
5. 母親が母乳育児を開始し、継続できるように、また、よくある困難に対処できるように支援する。
6. 医学的に適応のある場合を除いて、母乳で育てられている新生児に母乳以外の飲食物を与えない。
7. 母親と赤ちゃんがそのまま一緒にいられるよう、24時間母子同室を実践する。
8. 赤ちゃんの欲しがるサインを認識しそれに応えるよう、母親を支援する。
9. 哺乳びん、人工乳首、おしゃぶりの使用とリスクについて、母親と十分話し合う。
10. 親と赤ちゃんが継続的な支援とケアをタイムリーに受けられるよう、退院時に調整する。
翻訳:NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会 2018年9月
(引用元:NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会 https://jalc-net.jp/dl.html)
授乳は、特に生後6カ月頃までの乳児にとって最善の栄養です。赤ちゃんだけでなく、お母さんの心身にも良い影響を及ぼすことになります。
その一方で、世界的に見ても授乳率は高い水準にあるとは言い難いのが現実です。
もちろん、授乳に対するプレッシャーがお母さんを苦しめることになるのは本末転倒です。
「公衆衛生」という観点で重要なのは、お母さん一人にその責任を持たせるのではなく、むしろ周囲や環境整備という観点から、社会的・公衆衛生的側面からの支援を充実させていくことにあります。
ユニセフの「母乳育児がうまくいくための10のステップ」をご覧になればお判りになるように、「妊娠中の女性およびその家族と話し合う」や「継続したモニタリングとデータ管理システムを確立する」のように、妊娠中の女性・母親だけに焦点を当てているわけではなく、周囲の人々やシステムそのものにも言及されています。
まさに多面的なアプローチで授乳に関する課題に向き合っています。
個々人の戦術的な工夫や改善も重要ですが、同じかそれ以上に、集団や社会の戦略面での工夫、構造的な改善も重要だという視点が読み取れるでしょう。
CDCの「ヘルシースクール・プログラム」
当たり前のことですが、子供たちの多くは、日常生活の大部分を学校で過ごすことになります。
学校では、各教科の勉強だけでなく、様々な側面から「社会的、心理的、身体的、知的な発達」のための活動が行われています。
ある意味で、学校は子供や青少年にとって、その後の人生を通じた「健康的な(あるいは不健康的な)生活パターンの形成」に大きな影響を及ぼす存在ともいえます。
そして、「健康であるほど学習する力が強くなり、学業に励むほど健康に良い影響を及ぼす」という正のサイクルもあります。
もちろん、全員に当てはまるわけではありませんが、一般的に健康と学問の間には相互に良い影響を及ぼしあうと考えるのが自然でしょう。
学校には規則正しい生活を送る仕組みがあり、また、慢性的な健康状態を自己管理する機会も各生徒に与えることになります。
そうした状況を踏まえて、アメリカのCDC(Centers for Disease Control and Prevention)では、CDC Healthy Schools というプログラムを打ち出しています。
CDC Healthy Schools プログラムでは、慢性疾患を予防し、学校における子供と青少年の健康と福祉を促進するための活動が行われています。
もちろん、CDC単独ではなく、州、学校システム、コミュニティ、国などとパートナーを組んで実施されています。
取り組み方もアメリカらしく、生徒中心であることや、エビデンスに基づくことの重要性が強調されています(WSCCモデル)。
そして、このプログラムで実施される大まかな内容は次の通りです。
- より健康的な栄養摂取の選択肢と教育
- 包括的な身体活動プログラムと身体教育
- 生徒が慢性的な症状を管理するためのプロセスの改善とトレーニングの向上
- 生涯続く健康的な習慣とヘルスリテラシーを身につけるための健康教育
- 学校保健サービスの改善と、臨床および地域社会のリソースとの連携
上記の活動のために、CDCは実際に何を行うのでしょうか。下記に挙げる活動が紹介されています。
- 州の教育機関に資金を提供し、技術支援、専門的なツール、推奨事項、学校保健のために行う活動に役立つリソースを提供する
- 非政府組織と協力し、学校保健の優先分野における州助成団体の活動を補完し、強化する
- 生徒が健康で学習できるようにするため、学校の管理者や職員に資料や研修を提供する
- 保護者が子供の学校に関わり、子供を擁護し、健康的な学校環境を形成するのを助けるための情報とリソースを提供する
- 意思決定とエビデンスに基づく戦略に役立てるため、サーベイランスシステムでデータを収集する
CDC Healthy Schools の活動に興味が湧いた方は下記リンク先もご覧ください。
https://www.cdc.gov/healthyschools/about.htm
WHOの「MPOWER」
WHO (World Health Organization) と聞けば、誰しもが世界的なヘルスケアに関する中央機関というイメージをお持ちでしょう。
日本語では世界保健機構ですから、そのイメージは当然といえば当然です。
WHOの活動はそのすべてが健康に何らかの形でかかわっていますから、その中の1つ「MPOWER」について取り上げて見てみます。
ものすごく簡単に言えば、MPOWERフレームワークとは、「タバコの需要を下げるための6つの活動」を指します。
世界各国におけるタバコ需要を下げるために、WHOが2008年に策定したのがMPOWERです。
このMPOWERですが、上述の「タバコの需要を下げるための6つの活動」の頭文字を取ったものになります。
その6つの活動とは
- Monitoring tobacco use and prevention policies. (タバコの使用と防止政策をモニターする)
- Protecting people from tobacco smoke. (タバコの煙から人々を守る)
- Offering help to quit tobacco use. (タバコの使用をやめるための支援を提供する)
- Warning about the dangers of tobacco. (タバコの危険性について警告する)
- Enforcing bans on tobacco advertising, promotion and sponsorship. (タバコの広告、宣伝、スポンサーシップの禁止を実施する)
- Raising taxes on tobacco. (タバコにかかる税金を上げる)
です。
現在、世界人口の約40%(28億人)にあたる半数以上の国において、上述の6つのカテゴリーのうち1つ以上のカテゴリーで最高レベルの実践度に達していると報告されています。
いっぽうで、タバコ税と価格の引き上げは、あまり活用されていないことも分かっています。
増税により価格を上げることで、タバコを「買おうとしてもなかなか買えない」状態にしてしまえば、タバコの消費量減少や、新規にタバコを始める人を減らすことも期待できます。
- MPOWER measure の基本的事項を知りたい方はこちらのリンク先をご覧ください。Tobacco Free initiative | MPOWER measures
- MPOWER の最新情報はこちらをご覧ください。WHO Home/Initiatives/MPOWER
おわりに
公衆衛生について知りたい方は、まずはWHOのウェブサイトを軸足に、様々な国際的な取り組みを調べてみることをおすすめします。
持続可能な開発目標 (Sustainable Development Goals:SDGs)の取り組みも、広い視野で見れば公衆衛生に繋がるものが沢山見つかるでしょう。