倫理指針

医療と倫理~ナチスの人体実験からヒト倫理指針まで~

倫理とはそもそもなんでしょうか?

倫理とは、社会における人間関係の中に求められる規則や規範、秩序といった「人と人がかかわりあう場でのふさわしいふるまい方」や、「お互いに守るべき秩序」と言い換えられるでしょう。

普段の生活はもちろん、医療においても、医療技術の進歩や患者の価値観の多様化などにより、多種多様な倫理的問題に直面するようになりました。

さらに、医療ならではの難しさとして、医療現場ではしばしば早急に意思決定が求められる場面に遭遇することもあります。あるいは、直観に頼るだけでは解決できない問題もあるでしょう。

医療や生命と倫理の歴史は古く、そもそも「命を救うとはどういうことか」という根源的な問いに通ずるものがあります。

今回は、医療と倫理の歴史について紐解いてみましょう。

医療と倫理の歴史

医療とは、いうなれば「医術で病気を治す」行為でもあります。

今もなお、医療において医師は多くの役割を担っているのはご存知の通りです。

それゆえに、医療の倫理とは、医師が行う医療が患者のためになるにはどうあればよいか、医師はどのようなことを心がければよいか、という視点から生まれたといえます。

19世紀半ばから著しく発展した医療は、より具体的で複雑な倫理的課題を抱えるようになりました。あるいは、元々存在していた課題が明らかになったとも言えるでしょう。

例えば、終末期医療における課題、高度先進医療を巡る議論、生殖医療に対する考え方、人を対象とする臨床研究のあり方などです。

そして、今挙げたような事柄については、もはや医師だけが考えるものではありません。

すなわち、これらの倫理的課題に対しては、医師はもちろんのこと、医療にかかわるすべての職種や、医療を受ける人々(患者さんやそのご家族、介護者の人々)、そして、医療を取り巻く社会全体で取り組む必要が出てきています。

もはや、医療における倫理は、専門家や当事者だけが考えれば十分、というレベルではなくなっています。

ヒポクラテスの誓い

医療の倫理の原点として最も古いものは、紀元前4世紀にも遡ることになります。

有名な「ヒポクラテスの誓い」です。

ヒポクラテスの誓いでは、驚くべきことに、患者のプライバシー保護や医学教育のあり方、専門職としての医師の尊厳などといった、今日にも通ずる話題が述べられています。

当然ながら、2000年以上前に書かれたものであり、今とは世の中の構造自体が異なっているため、現代社会には当てはまらないものもあります。

とはいえ、書かれていることの多くは、現在の医療倫理にも通ずる、あるいはその根幹を形成しているとも言えるでしょう。

ヒポクラテスの誓いの実物を見てみましょう。

まずは日本語訳から。

私は、治癒者アポロ、アスクレピオス、ヒギア、パナシア、およびすべての神々と女神に誓い、彼らを証人として、私の能力と判断力に従って、この誓いとこの契約を実行することを誓います。

この術における私の師を私の両親と同等とし、私の生活のパートナーとし、彼が金銭を必要とするときは私のものを彼に分け与え、彼の家族を私の兄弟とみなし、彼らがこの術を学びたいと望むならば、手数料や年季奉公なしで教え、私の息子、私の師の息子、治療者の誓いを立てた年季奉公の弟子に訓戒、口頭指導、その他すべての指導を行い、他の者には行わないものとすること。

私は自分の最大の能力と判断に従って、患者のためになるような食事療法を行い、彼らに害や不公平を与えることはしない。また、頼まれても誰にも毒を投与しないし、そのようなコースを提案することもない。同様に、私は女性に中絶させるためのペッサリーを与えることはありません。しかし、私は自分の人生と芸術の両方を純粋かつ神聖に保つつもりだ。私はナイフを使わず、たとえ石で苦しんでいる人にさえも使わず、その職人たちに場所を譲ります。

私はどんな家にも入り、病人を助けるために入ります。私は意図的な悪行や害を加えることを一切やめ、特に男や女、奴隷や自由人の体を乱すことをやめたいと思います。また、私が職業上見聞きするもの、また職業外で人と交わるもの、それが海外に公表してはならないものであっても、私は決して漏らしません、そのようなものは聖なる秘密であると考えます。

さて、もし私がこの誓いを実行し、それを破らないならば、私の人生と私の芸術のために、すべての人の間で永遠に評判を得ることができるであろう。しかし、もし私がそれを破り、自分自身を誓うならば、その逆のことが私に起こるかもしれない。

医学の知識を広めることや、人命を尊重すること、患者の秘密を守ることなど、今なお重要な要素が含まれていますね。

英語版はこちらです。

I swear by Apollo Healer, by Asclepius, by Hygieia, by Panacea, and by all the gods and goddesses, making them my witnesses, that I will carry out, according to my ability and judgment, this oath and this indenture.

To hold my teacher in this art equal to my own parents; to make him partner in my livelihood; when he is in need of money to share mine with him; to consider his family as my own brothers, and to teach them this art, if they want to learn it, without fee or indenture; to impart precept, oral instruction, and all other instruction to my own sons, the sons of my teacher, and to indentured pupils who have taken the Healer’s oath, but to nobody else.

I will use those dietary regimens which will benefit my patients according to my greatest ability and judgment, and I will do no harm or injustice to them. Neither will I administer a poison to anybody when asked to do so, nor will I suggest such a course. Similarly I will not give to a woman a pessary to cause abortion. But I will keep pure and holy both my life and my art. I will not use the knife, not even, verily, on sufferers from stone, but I will give place to such as are craftsmen therein.

Into whatsoever houses I enter, I will enter to help the sick, and I will abstain from all intentional wrong-doing and harm, especially from abusing the bodies of man or woman, bond or free. And whatsoever I shall see or hear in the course of my profession, as well as outside my profession in my intercourse with men, if it be what should not be published abroad, I will never divulge, holding such things to be holy secrets.

Now if I carry out this oath, and break it not, may I gain for ever reputation among all men for my life and for my art; but if I break it and forswear myself, may the opposite befall me.

ついでにギリシャ語(原文)も。

ὄμνυμι Ἀπόλλωνα ἰητρὸν καὶ Ἀσκληπιὸν καὶ Ὑγείαν καὶ Πανάκειαν καὶ θεοὺς πάντας τε καὶ πάσας, ἵστορας ποιεύμενος, ἐπιτελέα ποιήσειν κατὰ δύναμιν καὶ κρίσιν ἐμὴν ὅρκον τόνδε καὶ συγγραφὴν τήνδε:

ἡγήσεσθαι μὲν τὸν διδάξαντά με τὴν τέχνην ταύτην ἴσα γενέτῃσιν ἐμοῖς, καὶ βίου κοινώσεσθαι, καὶ χρεῶν χρηΐζοντι μετάδοσιν ποιήσεσθαι, καὶ γένος τὸ ἐξ αὐτοῦ ἀδελφοῖς ἴσον ἐπικρινεῖν ἄρρεσι, καὶ διδάξειν τὴν τέχνην ταύτην, ἢν χρηΐζωσι μανθάνειν, ἄνευ μισθοῦ καὶ συγγραφῆς, παραγγελίης τε καὶ ἀκροήσιος καὶ τῆς λοίπης ἁπάσης μαθήσιος μετάδοσιν ποιήσεσθαι υἱοῖς τε ἐμοῖς καὶ τοῖς τοῦ ἐμὲ διδάξαντος, καὶ μαθητῇσι συγγεγραμμένοις τε καὶ ὡρκισμένοις νόμῳ ἰητρικῷ, ἄλλῳ δὲ οὐδενί.

διαιτήμασί τε χρήσομαι ἐπ᾽ ὠφελείῃ καμνόντων κατὰ δύναμιν καὶ κρίσιν ἐμήν, ἐπὶ δηλήσει δὲ καὶ ἀδικίῃ εἴρξειν.

οὐ δώσω δὲ οὐδὲ φάρμακον οὐδενὶ αἰτηθεὶς θανάσιμον, οὐδὲ ὑφηγήσομαι συμβουλίην τοιήνδε: ὁμοίως δὲ οὐδὲ γυναικὶ πεσσὸν φθόριον δώσω.

ἁγνῶς δὲ καὶ ὁσίως διατηρήσω βίον τὸν ἐμὸν καὶ τέχνην τὴν ἐμήν.

οὐ τεμέω δὲ οὐδὲ μὴν λιθιῶντας, ἐκχωρήσω δὲ ἐργάτῃσιν ἀνδράσι πρήξιος τῆσδε.

ἐς οἰκίας δὲ ὁκόσας ἂν ἐσίω, ἐσελεύσομαι ἐπ᾽ ὠφελείῃ καμνόντων, ἐκτὸς ἐὼν πάσης ἀδικίης ἑκουσίης καὶ φθορίης, τῆς τε ἄλλης καὶ ἀφροδισίων ἔργων ἐπί τε γυναικείων σωμάτων καὶ ἀνδρῴων, ἐλευθέρων τε καὶ δούλων.

ἃ δ᾽ ἂν ἐνθεραπείῃ ἴδω ἢ ἀκούσω, ἢ καὶ ἄνευ θεραπείης κατὰ βίον ἀνθρώπων, ἃ μὴ χρή ποτε ἐκλαλεῖσθαι ἔξω, σιγήσομαι, ἄρρητα ἡγεύμενος εἶναι τὰ τοιαῦτα.

ὅρκον μὲν οὖν μοι τόνδε ἐπιτελέα ποιέοντι, καὶ μὴ συγχέοντι, εἴη ἐπαύρασθαι καὶ βίου καὶ τέχνης δοξαζομένῳ παρὰ πᾶσιν ἀνθρώποις ἐς τὸν αἰεὶ χρόνον: παραβαίνοντι δὲ καὶ ἐπιορκέοντι, τἀναντία τούτων.

ナチスの人体実験とニュルンベルク綱領

ニュルンベルク綱領(英語ではNuremberg Code)という言葉は、社会や歴史、または道徳の教科書で目にしたことがあるでしょう。

綱領、という言葉自体が耳慣れないものなので、英語の表現そのままに「ニュルンベルク・コード」と素直に読んでもいいかもしれませんね。

さて、そんなニュルンベルク綱領(ニュルンベルク・コード)とは一体どんなものなのか。

端的に言えば「どんな人体実験なら許容出来るか、を定めた文書」です。

作者は諸説ありますが、医師裁判を統括した米国裁判官の一人「Harold Sebring氏」や、検察側の証人である「レオ・アレクサンダー医学博士とアンドリュー・アイビー医学博士」の名が挙げられています。

さて、ニュルンベルク綱領に話を戻してみましょう。

「そもそも許容できる人体実験なんてあるのか!?」と思う方も少なくないでしょう。いったいどういうことでしょうか。

そもそもニュルンベルク綱領は、第二次世界大戦終結後、ナチス・ドイツの戦争犯罪を裁いたニュルンベルク国際軍事裁判の判決に伴い作成されました。

ニュルンベルク綱領は、人体実験に関する最初の国際的な倫理規範として作られたのです。1947年のことでした。

そもそもですが、医学の進歩にとって人を対象とする研究は欠かせません。今でも、新しい医療技術を生み出すためには、臨床試験や臨床研究が必須です。

そのため、「人体実験」という表現にギョッとする人は多いと思いますが、人体実験そのものを悪とみなしてしまうと、医学研究全体が否定されかねません。

ですが、ナチス・ドイツによる人体実験は決して容認できるものではありません。当時、この問題に直面した方はとても頭を悩ませたことでしょう。

そこで、ニュルンベルク綱領では、「むしろ、容認できる人体実験とは何なのだろうか?」という視点から倫理規範が作成されました。

先入観や思い込みに縛られず、柔軟な頭でそもそものところから考え、生まれたのでしょう。

ニュルンベルク綱領により生まれた画期的な概念が「インフォームド・コンセント」です。

人体実験が容認される重要な条件として、被験者の十分な理解と同意に焦点が当てられることになりました。

ニュルンベルク綱領といえばインフォームド・コンセント。

個人情報の利活用が叫ばれている現代においても、このインフォームド・コンセントは重要な要素として今なお議論されています。

参考までに、ニュルンベルク綱領の10の要点をみてみましょう。

  1. 被験者の自発的な同意は絶対に不可欠なものである。
  2. 実験は、社会の利益のために実りある結果を生み出すようなものであるべきであり、他の方法や研究手段では実行不可能なものに限り、また無作為でも本質的に不要なものであってはならない。
  3. 実験は、動物実験の結果、及び病気の自然な過程についての知識、研究中の他の問題についての知識、に基づき設計され、予想される結果が実験を正当化させるものでなければならない。
  4. 実験は、すべての不必要な肉体的および精神的な苦痛や怪我を避けるものであるべきである。
  5. 死亡または身体障害を負う傷害が発生すると信じうる先験的な理由がある場合、実験を実施してはならない。ただし、場合によっては、実験医が自ら被験者としての役割も果たしている実験は除く。
  6. 起きうるリスクの程度は、実験によって解決されるべき問題の人道的重要性によって決定されるものを超えてはならない。
  7. 被験者を、わずかな怪我や障害の可能性から守るために、適切な準備と、適切な設備のもとで行われるべきである。
  8. 実験は科学的に資格のある人によってのみ行われるべきである。実験を行う者、または参加する者は、その実験のすべての段階を通して、最高度の技術と注意が要求されるべきである。
  9. 実験の過程で、被験者が実験の継続が不可能であると思われる肉体的または精神的状態に達した場合、実験を終了する自由を被験者に与えるべきである。
  10. 実験の過程で、責任者たる科学者は、その立場で求められる誠実さ、優れた技能、注意深い判断力、に基づいて、万一被験者に傷害、身体障害、または死をもたらす可能性がある場合には、いつでも実験を終了できるよう、備えをしておかなければならない。

英語版のものも合わせて載せておきます。

  1. The voluntary consent of the human subject is absolutely essential.
  2. The experiment should be such as to yield fruitful results for the good of society, unprocurable by other methods or means of study, and not random and unnecessary in nature.
  3. The experiment should be so designed and based on the results of animal experimentation and a knowledge of the natural history of the disease or other problem under study that the anticipated results will justify the performance of the experiment.
  4. The experiment should be so conducted as to avoid all unnecessary physical and mental suffering and injury.
  5. No experiment should be conducted where there is an a priori reason to believe that death or disabling injury will occur; except, perhaps, in those experiments where the experimental physicians also serve as subjects.
  6. The degree of risk to be taken should never exceed that determined by the humanitarian importance of the problem to be solved by the experiment.
  7. Proper preparations should be made and adequate facilities provided to protect the experimental subject against even remote possibilities of injury, disability, or death.
  8. The experiment should be conducted only by scientifically qualified persons. The highest degree of skill and care should be required through all stages of the experiment of those who conduct or engage in the experiment.
  9. During the course of the experiment the human subject should be at liberty to bring the experiment to an end if he has reached the physical or mental state where continuation of the experiment seems to him to be impossible.
  10. During the course of the experiment the scientist in charge must be prepared to terminate the experiment at any stage, if he has probably cause to believe, in the exercise of the good faith, superior skill and careful judgment required of him that a continuation of the experiment is likely to result in injury, disability, or death to the experimental subject.

実験(experiment)という表現が繰り返し使われているように、「どんな人体実験(experiment)なら許容出来るか、を定めた文書」であることがわかりますね。

ニュルンベルク綱領の翌年、ジュネーブ宣言

ジュネーブ宣言は、ニュルンベルク綱領が作られた翌年、1948年に生まれました。

ジュネーブ宣言のきっかけも、第二次世界大戦の中でナチス政権下の医師が行った数々の非人道的な医学実験の反省にあります。

ジュネーブ宣言は、ヒポクラテスの誓いの倫理的精神を、現代化ならびに公式化する形で作成されました。

1948年9月の第二回世界医師会総会で規定されて以降、1968年、1984年、1994年、2005年、2006年、2017年と改定を重ねています。

最新版(2017年版)のジュネーブ宣言全文を見てみましょう。

Adopted by the 2nd General Assembly of the World Medical Association, Geneva, Switzerland, September 1948
and amended by the 22nd World Medical Assembly, Sydney, Australia, August 1968
and the 35th World Medical Assembly, Venice, Italy, October 1983
and the 46th WMA General Assembly, Stockholm, Sweden, September 1994
and editorially revised by the 170th WMA Council Session, Divonne-les-Bains, France, May 2005
and the 173rd WMA Council Session, Divonne-les-Bains, France, May 2006
and amended by the 68th WMA General Assembly, Chicago, United States, October 2017

 

The Physician’s Pledge

AS A MEMBER OF THE MEDICAL PROFESSION:

  • I SOLEMNLY PLEDGE to dedicate my life to the service of humanity;
  • THE HEALTH AND WELL-BEING OF MY PATIENT will be my first consideration;
  • I WILL RESPECT the autonomy and dignity of my patient;
  • I WILL MAINTAIN the utmost respect for human life;
  • I WILL NOT PERMIT considerations of age, disease or disability, creed, ethnic origin, gender, nationality, political affiliation, race, sexual orientation, social standing or any other factor to intervene between my duty and my patient;
  • I WILL RESPECT the secrets that are confided in me, even after the patient has died;
  • I WILL PRACTISE my profession with conscience and dignity and in accordance with good medical practice;
  • I WILL FOSTER the honour and noble traditions of the medical profession;
  • I WILL GIVE to my teachers, colleagues, and students the respect and gratitude that is their due;
  • I WILL SHARE my medical knowledge for the benefit of the patient and the advancement of healthcare;
  • I WILL ATTEND TO my own health, well-being, and abilities in order to provide care of the highest standard;
  • I WILL NOT USE my medical knowledge to violate human rights and civil liberties, even under threat;
  • I MAKE THESE PROMISES solemnly, freely, and upon my honour.

WMA DECLARATION OF GENEVA

 

WMA Declaration of Geneva

2017年版のジュネーブ宣言を日本語訳したものも合わせて掲載します。

医師の誓い

いち医療専門職として、

  • 私は、人類への奉仕に自らの人生を捧げることを厳粛に誓います
  • 患者の健康とウェルビーイングは、私がまず最初に考慮するものです
  • 私は、患者の自主(オートノミー、自己決定権)と尊厳を尊重します
  • 私は、人命に対する最大限の尊敬の念を持ち続けます
  • 年齢、疾患または障碍、信条、民族、ジェンダー、国籍、政治的志向、人種、性的志向、社会的地位あるいはその他いかなる要因も、私の責務と患者との間に介入させることを許しません
  • 私は、打ち明けられた患者の秘密を、患者が亡くなった後も尊重します
  • 私は、良心と尊厳をもち、良き医学慣行に則って、自らの専門職を実践します
  • 私は、医療専門職の名誉と崇高な伝統を守り抜きます
  • 私は、教師・同僚・生徒たちに、敬意と感謝を捧げます(そしてそれらは彼らが捧げられて当然のものです)
  • 私は、患者の利益と医療の発展のために、私が持つ医学的知識を共有します
  • 私は、最高水準のケアを提供するために、自分自身の健康・ウェルビーイング・能力に注意を払います
  • 私は、たとえ脅されても、人権や市民的自由権を侵害するために自分の医学的知識を用いることはしません

私は、これらを厳粛に、自由意思に基づき、名誉にかけて約束します。

実際に日本語で読んでいただければわかりますが、網羅的そして簡潔に宣誓していることがよくわかります。これがジュネーブ宣言です。

ヘルシンキ宣言~医学研究の倫理的原則~

ヘルシンキ宣言の正式名称は、「WMA ヘルシンキ宣言 - ヒトを対象とする医学研究の倫理諸原則」です。

ニュルンベルク綱領を受けて、1964(昭和39)年にヘルシンキで開催された第18回世界医師会総会で採択されました。

ニュルンベルク綱領は裁判官または検察側の証人によって作成されたものに対して、ヘルシンキ宣言は医学研究者によって作成されたという点が大きな違いです。

医学研究者が人体実験を行う際に、自らを規制するための倫理規範として作られたんですね。

ヘルシンキ宣言の基本理念はニュルンベルク綱領をもとに作成され、その後、時代に合わせて改訂が重ねられています。

2022年8月現在、最新版は2013年にブラジルで開催された64th世界医師会総会で採択されたものです。

ヘルシンキ宣言は37か条からなっており、37個の条文は12種類のカテゴリーに分類されています。

ここでは、その12種のカテゴリーについてのみご紹介いたします。

なお、日本医師会のウェブサイトでヘルシンキ宣言の日本語訳が公開されていますので、興味のある方は直接ご確認ください。

  1. 序文
  2. 一般原則
  3. リスク、負担、利益
  4. 社会的弱者グループおよび個人
  5. 科学的要件と研究計画書
  6. 研究倫理委員会
  7. プライバシーと守秘保持
  8. インフォームド・コンセント
  9. プラセボの使用
  10. 研究終了後条項
  11. 研究登録と結果の刊行および普及
  12. 臨床における未実証の治療

https://www.med.or.jp/doctor/international/wma/helsinki.html

リスボン宣言

ニュルンベルク綱領(ナチス人体実験の裁判で誕生)、ジュネーブ宣言(医師の誓い)、ヘルシンキ宣言(医学研究の倫理原則)とご紹介してきましたが、その他にも「リスボン宣言」というものがあります。

正式名称は「患者の権利に関するWMAリスボン宣言」ということで、患者の権利について、世界医師会が作成した宣言です。

今までは、ジュネーブ宣言では医師としてどうあるべきか、ヘルシンキ宣言では医学研究の倫理はどうあるべきか、を述べていますが、リスボン宣言では「患者の権利はどうあるべきか」が述べられています。

リスボン宣言は、1981年にポルトガルのリスボンで開催された第34回世界医師会総会で採択されました。

リスボン宣言は、序文と11の原則から構成されています。

  • 序文
  • 原則
    1. 良質の医療を受ける権利
    2. 選択の自由の権利
    3. 自己決定の権利
    4. 意識のない患者
    5. 法的無能力の患者
    6. 患者の意思に反する処置
    7. 情報に対する権利
    8. 守秘義務に対する権利
    9. 健康教育を受ける権利
    10. 尊厳に対する権利
    11. 宗教的支援に対する権利

https://www.med.or.jp/doctor/international/wma/lisbon.html

医の倫理綱領

ニュルンベルク綱領(ナチス人体実験の裁判で誕生)、ジュネーブ宣言(医師の誓い)、ヘルシンキ宣言(医学研究の倫理原則)、リスボン宣言(患者の権利)に続き、日本では2000年に「医の倫理綱領」が作られました。

既に1951年には日本医師会の「医の倫理」綱領が定められていましたが、その後の世界的な倫理に関する潮流を参考に改定が行われ、2000年の日本医師会定例代議員会で採択されました。

医の倫理綱領は、日本医師会のウェブサイトで閲覧できます。

医の倫理綱領(2000.4.1)


医学および医療は、病める人の治療はもとより、人びとの健康の維持もしくは増進を図るもので、医師は責任の重大性を認識し、人類愛を基にすべての人に奉仕するものである。

  1. 医師は生涯学習の精神を保ち、つねに医学の知識と技術の習得に努めるとともに、その進歩・発展に尽くす。
  2. 医師はこの職業の尊厳と責任を自覚し、教養を深め、人格を高めるように心掛ける。
  3. 医師は医療を受ける人びとの人格を尊重し、やさしい心で接するとともに、医療内容についてよく説明し、信頼を得るように努める。
  4. 医師は互いに尊敬し、医療関係者と協力して医療に尽くす。
  5. 医師は医療の公共性を重んじ、医療を通じて社会の発展に尽くすとともに、法規範の遵守および法秩序の形成に努める。
  6. 医師は医業にあたって営利を目的としない。

https://www.med.or.jp/doctor/member/000967.html

人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針

研究に関する倫理に関して、世界的に規範となるのはやはり「ヘルシンキ宣言(医学研究の倫理原則)」でしょう。

このヘルシンキ宣言をベースに、日本では「疫学研究に関する倫理指針」や「臨床研究に関する倫理指針」などが定められていました。

一方で、疫学研究と臨床研究の境目が不明瞭であり、これらの指針の適用範囲がわかりにくいという指摘もなされていました。

それらの指摘を受けて、2014年、「疫学研究に関する倫理指針」と「臨床研究に関する倫理指針」が統合され、「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」が文部科学省および厚生労働省より告示されました。

「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」は、その指針内に5年に一度見直しを行うことが規定されています。

その見直しにおいて、近年のゲノムを用いた研究の活発化もふまえ、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」との整合性を図ることとなりました。

そして2021年、医学系指針の規定内容に合わせる形で統一され、「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」が文部科学省・厚生労働省・経済産業省により新設されるに至りました。

「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」では、従来の医学系研究に加え、ヒトゲノム・遺伝子解析技術を用いた研究や、工学系学部の医工連携による研究、人文社会学系学部が人類学的観点から行う研究も含むなど、その適用範囲が広がっています。

まとめ

今回は、ヒポクラテスの誓いナチスの人体実験とニュルンベルク綱領ニュルンベルク綱領の翌年、ジュネーブ宣言ヘルシンキ宣言~医学研究の倫理的原則~リスボン宣言医の倫理綱領人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針について一連の流れを時系列で追ってみました。

それぞれの中身も、教科書で触れられることはあまり多くないため、少し踏み込んでいます。

ヒポクラテスの誓いやニュルンベルク綱領が更新されることはもうないと思いますが、ジュネーブ宣言やヘルシンキ宣言、リスボン宣言などは時代に合わせて更新され続けているので、常に最新版の内容をチェックするとよいでしょう。

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