皆さま、こんにちは! 今日は、私たちの健康や医療に深く関わるかもしれない、ある会社の新しい挑戦について、一緒に見ていきたいと思います。その会社とは、バイタルケーエスケー・ホールディングス(以下、バイタルKSK HDといいますね)。普段あまり耳にしない名前かもしれませんが、実は私たちの地域医療を支える大切な役割を担っている会社なんですよ。
さて、そのバイタルKSK HDが、なんとも大胆な一歩を踏み出すことを発表しました。それは、グループ内に新しく製薬会社を作って、「未承認薬導入支援事業」というものに乗り出すというのです。ちょっと難しい言葉が出てきましたね。「未承認薬」というのは、海外ではもう認められていて実際に使われているけれど、残念ながら日本ではまだ使えないお薬のこと。そして「導入支援事業」というのは、そういったお薬を日本でも使えるように、承認を得るためのお手伝いから、実際に販売するところまでをサポートする、というイメージです。
この新しい挑戦は、2027年度までの大きな経営プラン、「中期経営計画2027」の目玉の一つ。なんと、これから3年間で33億円ものお金をこの新事業に注ぎ込む計画だというから、その本気度が伝わってきますよね。この事業を通じて、日本の医療が抱える「ドラッグラグ・ロス」という問題――つまり、海外の良い薬がなかなか日本に入ってこなかったり、そもそも開発すらされなかったりする、そんな残念な状況――を少しでも良くしていこう、そして会社としても新しい収益の柱を育てていこう、という二つの大きな狙いがあるんです。
もしかしたら、「お薬の卸売りをしていた会社が、いきなり製薬なんて大丈夫?」と思われるかもしれません。確かに、お薬を作るというのは、専門的な知識も必要ですし、国の承認を得たり、お薬の値段を決めたりと、色々なハードルがあります。でも、バイタルKSK HDは、ただ闇雲に手を広げようとしているわけではないんですよ。海外で既に実績のあるお薬に絞ることで、ゼロから研究開発するのにかかる莫大なお金と時間を節約し、失敗するリスクも抑えようとしています。これは、日本の「ドラッグラグ」という、いわば市場の”もったいない”部分に目をつけた、賢い戦略と言えるかもしれませんね。もしこれがうまくいけば、バイタルKSK HDは、海外の新しい薬を持っているけれど日本市場への入り口がない会社にとって、とても魅力的なパートナーになる可能性があります。そして、ただお薬を運ぶだけでなく、新しい価値を生み出す会社へと進化していくかもしれません。
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バイタルKSK HDの新しい挑戦:製薬事業への一歩
バイタルKSK HDの村井泰介社長は、最近行われた会社の業績やこれからの計画についての説明会で、グループ内に新しい製薬会社を作る考えをはっきりと示しました。この新会社は、先ほどお話しした「国内ではまだ認められていないお薬を日本に導入するお手伝い」を専門に手がける会社として、できるだけ早くスタートさせたい、とのこと。特に注目したいのは、導入したお薬の承認申請を、この新しい会社自身が行う計画だという点です。そのためには、「第一種医薬品製造販売業許可」という、いわばお薬のプロフェッショナルとしての免許を取る必要があるんです。
これは、バイタルKSK HDが、ただ製薬会社のお手伝いをするだけじゃなくて、自分たちが主役になってお薬の事業に取り組むぞ、という強い意志の表れですよね。新聞報道によると、この新会社は子会社として作られるようです。子会社という形にすることで、この新しい事業に集中できる体制を作り、専門知識を持った人たちを集めやすく、そしてスピーディーに物事を決められるようにする狙いがあるのでしょう。また、お薬の開発には、計画通りに進まなかったり、国の承認がなかなか下りなかったり、副作用の問題が出たりと、色々なリスクがつきものです。そういったリスクを、グループ本体の安定した卸売事業から切り離して、きちんと管理していこうという考えも見え隠れします。
この動きは、同社がお薬が患者さんの手元に届くまでの流れ(サプライチェーンと言います)の中で、もっと価値の高い分野へと事業を広げていこうとする、長期的なビジョンを示しているのかもしれません。これまでのお薬の卸売事業は、たくさんの量を扱っても利益は薄い、という傾向がありましたが、自分たちでお薬の販売許可を持つことで、お薬の値段や市場での売り方について、もっと主導権を握れるようになり、より高い利益を目指せる可能性があります。最初は海外から導入するお薬が中心になるでしょうが、将来的には、もっと積極的に自分たちで製品を選んで育てていくことも考えているのかもしれませんね。
「未承認薬導入支援事業」って、具体的にどんなことをするの? 日本のニーズにどう応えるの?
さて、バイタルKSK HDが始めようとしている「未承認薬導入支援事業」。これは一体、どのような仕組みで、日本のどんなニーズに応えようとしているのでしょうか?
事業の仕組み:輸入から患者さんの手元まで
この新しい事業では、海外では既に使われているお薬を日本に持ってくるために、一連の流れをまるっとカバーする計画です。具体的にお話しすると、バイタルKSK HDのグループが中心となって、お薬を輸入し、日本のルールに合わせてパッケージを作り直し、実際に患者さんに使ってもらうための臨床試験や、販売後の調査、そして宣伝活動や販売、さらには国内の病院や薬局へ届けるところまで、サプライチェーン全体に関わっていくイメージです。
ただ、お薬を開発したり、実際に作ったりするためには、とても専門的な技術や設備が必要になります。今のところ、バイタルKSK HDのグループがそれら全てを持っているわけではありません。この点について、同社の鈴木取締役は、「これまでの事業を通じて出会ってきた、高い専門知識や技術を持つパートナー企業と一緒に進めていきたい」と話しています。そして、「品質はしっかりと確保した上で、無駄のないスリムな体制を作りたい」とも。これは、新しく製薬事業に参入するにあたって、いきなり巨大な研究所や工場を自分たちで持とうとするのではなく、外部の専門家の力を借りることで、効率よく事業を運営していこうという賢明な戦略と言えそうですね。
この「スリムな体制」と「パートナーシップ」という考え方は、バイタルKSK HDが製薬事業に乗り出す上で、とても現実的で賢いアプローチだと言えるでしょう。自分たちの強みである日本国内の流通ネットワークや、医療機関とのつながりを活かしつつ、足りない部分は外部の専門家の力を借りる。こうすることで、リスクを抑えながら新しい事業をスタートさせることができるんです。このやり方がうまくいくかどうかは、どのくらい有望なお薬を見つけ出せるか、そして信頼できるパートナー企業を見つけて、しっかりと協力関係を築いていけるかにかかっています。特に、契約をうまくまとめたり、提携先の品質管理やプロジェクトの進み具合をしっかりチェックしたりする能力が、この新しい事業ではとても重要になってくるでしょう。
なぜこの事業を?:「ドラッグラグ・ロス」問題への取り組みと会社の価値向上
バイタルKSK HDがこの「未承認薬導入支援事業」に乗り出す背景には、お客様である医療現場のことを深く理解し、社会が抱える課題を解決したいという強い思いがあるようです。この事業を担当することになる鈴木取締役は、「私たちはこれまで、特に病院の皆さまとの関係を深めることに力を入れてきました。その中で、臨床の先生方と接するうちに、私たちにもっと出来ることがあるんじゃないかと感じるようになったんです」と語っています。医療現場の生の声を肌で感じてきた経験が、この新しい事業のアイデアにつながったんですね。
そして、「医療に関わる企業として、日本の『ドラッグラグ・ロス』という問題にもっと積極的に関わって、社会課題の解決に貢献していきたい。そして、この事業を通じて会社の価値をさらに高め、これからもずっと地域の医療を支える社会のインフラとしての責任を果たしていきたい」と、その熱い思いを語っています。この考え方は、会社の大きな経営計画にもしっかりと反映されていて、「この事業を軌道に乗せることで、当社の企業価値を一層高め、中長期にわたり、地域のヘルスケアを支える社会インフラとしての責任を果たすため」と記されています。
「ドラッグラグ・ロス」という問題への取り組みを事業の前面に打ち出すことは、ただ新しいビジネスチャンスを追い求めるだけでなく、会社としての社会的な責任を果たそうとする姿勢の表れでもあり、とても大切なことですよね。日本で新しいお薬の承認が遅れたり、海外では使えるのに日本では使えないお薬があったりするのは、長年の課題です。これに積極的に取り組む姿勢は、患者さんや医療関係者、そして国からの信頼を高め、会社のイメージアップにもつながる可能性があります。さらに、もしこの新しい事業が成功して、これまで日本で使えなかった治療法を提供できるようになれば、バイタルKSK HDは、今お薬を供給してもらっている製薬会社との関係においても、新しい価値を提供する存在として、より強い立場になれるかもしれません。自分たちで独自の製品を持つということは、これまでの「お薬を運ぶ業者」という立場を超えた影響力をもたらすかもしれないのです。
どんなお薬を狙うの?:「極めて限られた病気の領域」
新しい会社が扱う未承認薬について、村井社長は「とても限られた病気の領域を狙っていきます。使う医療機関も限られてくるでしょう」と話していますが、今のところ、具体的にどんな病気のお薬なのかは明らかにされていません。
この「極めて限られた病気の領域」という方針は、実は戦略的な意味合いを持っています。大手製薬会社がなかなか手を出せないような、市場の規模が比較的小さな、いわゆる「オーファンドラッグ(希少疾病用医薬品)」と呼ばれるようなお薬や、特定のニッチな病気の治療薬をターゲットにすることが考えられます。こういった分野では、患者さんの数は少ないかもしれませんが、医療のニーズはとても高く、また、専門性の高い限られた病院で治療が行われることが多いんです。そうすることで、宣伝活動や営業活動を効率的に集中させることができ、比較的小さな体制でも事業を進めやすくなるというわけです。
この戦略は、村井社長が指摘する大手製薬会社との「ハードルレート(投資をするかどうか判断するときの、最低限これだけは儲けたいという基準)」の違いとも合致します。大手製薬会社があまり儲けが見込めないと判断して開発を諦めたり、導入を見送ったりするお薬でも、より低いハードルレートを持つバイタルKSK HDにとっては、魅力的なビジネスチャンスになり得るんですね。これは、日本で「ドラッグラグ・ロス」が起こる原因の一つとして、日本での市場規模が100億円に満たないと予測されるお薬では、開発が遅れたり見送られたりする傾向がある、という分析結果とも一致しています。
ただし、ニッチな分野に特化する戦略は、特定の病気に関する専門知識を深めたり、医療関係者との強い絆を築いたりできる一方で、もしその分野で予期せぬ競争が激しくなったり、治療法が大きく変わったりした場合、事業全体が影響を受けやすいというリスクも抱えています。ですから、最初にどんな分野をターゲットにするか、そしてその後、どのように製品の幅を広げていくかという戦略が、とても重要になってきます。
お金の話:投資計画と収益への期待
新しい事業を始めるには、もちろんお金も必要です。バイタルKSK HDは、この「未承認薬導入支援事業」を立ち上げ、軌道に乗せるために、どれくらいのお金を使い、いつ頃から収益を見込んでいるのでしょうか?
投資計画:3年間で33億円を重点的に!
バイタルKSK HDは、この新しい事業のために、はっきりとした投資計画を立てています。これから3年間を「仕込みの時期」と位置づけ、2025年度に9億円、2026年度に15億円、そして2027年度に9億円、合計でなんと33億円をこの新規事業に充てる計画です。
この投資額の移り変わりを見ると、事業が段階的に進んでいく様子がうかがえますね。最初の年(2025年度)の9億円は、事業を始めるための土台作り、人材の採用、そして最初のお薬の候補を探したり、本当に日本に導入できるかどうかの初期的な評価をしたり、海外の会社と交渉したりするのに使われると考えられます。投資額が一番大きくなる2年目(2026年度)の15億円は、具体的にお薬を導入する契約を結んだり、日本で改めて臨床試験(ブリッジング試験と言います)を行ったり、国に承認してもらうための準備をしたりと、より本格的な開発活動にお金が必要になる時期でしょう。そして3年目(2027年度)の9億円は、承認を得るための最終準備や、いよいよお薬を市場に出すための宣伝体制の構築、最初の販売活動などに使われると予想されます。
この総額33億円という投資規模は、バイタルKSK HDにとって、新しい事業にかける大きな意気込みを示すものですが、一方で、ゼロから新しいお薬を作り出して、何千人もの患者さんにご協力いただくような大規模な臨床試験を行う、典型的な製薬会社の開発投資と比べると、比較的小さな規模です。これは、同社が海外で既に認められているお薬の導入に特化し、高額な初期の研究開発費や大きな製造工場への投資を避ける「スリムな体制」を目指す戦略を裏付けています。この資金は、主に海外の会社に支払う契約金や、開発の進み具合に応じた支払い、日本国内での臨床試験(比較的小規模なもの)、国の承認を得るための費用、そして事業運営に必要な人件費や設備費などをカバーするものと考えられます。
投資の判断基準と収益性への期待(WACC 6.0%って何?)
バイタルKSK HDは、この新しい製薬事業を含め、すべての事業に対して、はっきりとした投資の判断基準を持っています。村井社長は、会社のハードルレート、つまり「これくらいの利益は見込めないと投資しないよ」という基準が、連結WACC(加重平均資本コスト)というもので、現時点では約6.0%だと説明しています。これは、大手製薬会社が一般的に設定する10%以上のハードルレートと比べると、低い水準です。
この低いハードルレートがあることで、バイタルKSK HDは、大手製薬会社では採算が合わないと判断されるようなお薬、例えば市場規模が小さい希少な病気の治療薬や、特定の患者さんだけに特化したお薬などを、事業の対象として検討できるという、戦略的な柔軟性が生まれます。村井社長自身も、「大手製薬企業のハードルレートは極めて高い。これに比べて当社は6%。大手製薬企業なら手を出しにくい医薬品でも、当社ならやれるかなというところはある」と述べており、ニッチな市場でビジネスチャンスを掴もうという意図がはっきりと見て取れます。この戦略は、日本で「ドラッグラグ・ロス」が起こる原因の一つとして、予測される市場規模が小さいお薬や、申請する会社が新しい企業である場合に、開発が遅れたり見送られたりする傾向があるという課題に、直接的に応えようとするものです。
ただし、ハードルレートが低いからといって、簡単に投資判断が下されるわけではありません。導入する案件については、社内に設けられた投資委員会で、会社の基準に沿って「将来どれくらい儲かるのかを厳しく検討する」と強調されており、きちんとしたルールに基づいて投資判断が行われる体制が示されています。低いハードルレートはチャンスを広げる一方で、本質的にリスクとリターンのバランスが良くない案件を選んでしまう可能性も高めるため、この投資委員会の厳しい評価プロセスが、事業の成功を左右する重要な要素となるでしょう。
いつ頃から儲けが出るの?
この新しい製薬事業から本格的に収益が上がり始めるのは、最初の3年間の「仕込みの時期」を経た後、2028年度以降になると見込まれています。
2028年度(2027年4月から始まります)から収益化するというスケジュールは、製薬業界の一般的な開発期間と比べると、かなり意欲的ですが、海外で既に承認されて使われている実績のあるお薬を導入するという事業モデルを考えると、実現可能な範囲と言えるでしょう。主に、日本で改めて行う臨床試験や、国の承認を得るための手続きにかかる期間を想定しているものと考えられます。日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)というところが審査を行いますが、その審査期間も、近年は国際的な水準に近づいています。このスケジュールは、同社が最初の数年間で、有望なお薬の候補をすばやく見つけ出し、効率よく国の承認プロセスを進める必要があることを示しています。
この「仕込みの時期」は、単にお金を投じるだけでなく、将来の収益源となる製品のラインナップを積極的に作っていく期間となります。海外の会社との契約交渉、お薬の承認を得るための戦略作り、そして市場に出た後の販売体制の準備などが並行して進められる必要があり、この初期段階の活動の質とスピードが、2028年度以降の収益目標を達成できるかどうかの鍵を握っていると言えるでしょう。
事業を取り巻く環境とリスクへの備え
新しい製薬事業への参入は、大きな可能性を秘めている一方で、特有のリスクも伴います。バイタルKSK HDの経営陣は、これらのリスクをきちんと認識し、対応策を考えているようです。
まず心配なのは、お薬の承認に関するリスクです。一生懸命導入しようとしても、日本国内で承認されない可能性はゼロではありません。この点について鈴木取締役は、「既に欧米で承認されているお薬を日本に導入しようという試みなので、その可能性は限りなく低いと考えています」と話しています。確かに、主要な国で認められているという事実は、日本の規制当局にとっても重要な参考情報になります。しかし、楽観はできません。日本のPMDAは、日本人にとって本当に効果があり安全なのかを確認するために、追加の臨床試験やデータの提出を求める場合があります。「欧米で承認された後に、日本人を対象とした試験を追加で実施する」ということが、ドラッグラグが長引く原因の一つとして指摘されていることからも、このプロセスが思った以上に時間がかかったり、追加の費用が発生したりする可能性は否定できません。「限りなく低い」という評価は、慎重にお薬の候補を選び、周到な承認戦略があってこそ、と言えるでしょう。
もう一つ、お薬の承認に関連するリスクとして、想定していたよりも低いお薬の値段がつけられてしまうリスクがあります。これに対しては、「様々なケースを想定したお薬の値段を設定して、緻密なシミュレーションを行い、リスクをコントロールすることを徹底します」としています。これは標準的なリスク管理の方法ですが、日本の薬価制度は複雑で、中医協(中央社会保険医療協議会)というところでの議論や、似たようなお薬や競合するお薬の状況、医療経済的な観点からの評価など、多くの要因に左右されるため、最終的なお薬の値段が決まるまでには不確実性が伴います。
次に、パートナーシップに関するリスクです。同社は、お薬の開発や製造といった機能を外部のパートナー企業に頼る計画です。これは、効率よく事業を進めるためには良い方法ですが、パートナー選びを間違えたり、パートナーの仕事ぶりが期待外れだったりすると、事業全体に影響が出てしまうリスクがあります。契約条件の交渉、品質管理の基準を徹底すること、プロジェクトが計画通りに進んでいるかを監視することなど、高度なパートナー管理能力が求められます。
そして、市場で受け入れられるかどうかのリスクも忘れてはいけません。たとえ国の承認を得て市場に出すことができても、必ずしも成功するとは限りません。競合するお薬があったり、お医者さんの処方の傾向が変わったり、患者さんのニーズが変化したりと、市場の環境は常に変わります。特に「極めて限られた病気の領域」をターゲットにする場合、そのニッチな市場の動向によって、事業の成果が大きく左右されることになります。
最後に、会社としての組織能力を構築するリスクです。お薬の卸売業と製薬事業では、求められる専門知識や組織の文化が大きく異なります。特に、お薬の品質を保証すること(GQPと言います)や、販売後の安全性を管理すること(GVPと言います)といった、第一種医薬品製造販売業者としての責任を全うするための体制づくりは、ゼロからスタートする部分も多いでしょう。適切な人材を確保し育てること、品質管理システムを導入し運用すること、そしてお薬に関する法律や規制を深く理解し対応する能力を身につけることは、たとえパートナー企業と協力するとしても、販売許可を持つバイタルKSK HD自身に求められる重要な課題であり、この実行能力が、実は見過ごされがちな最大の隠れたリスクとなる可能性もあります。
これらのリスクに対して、同社は、事業ポートフォリオ・マネジメントの一環として、事業ごとにどれくらい儲かっているか、どれくらい成長しているかを評価・監視し、採算が合わなかったり成長が見込めなかったりする事業は、立て直すか、あるいは撤退するかを判断するという方針も打ち出しており、新しい事業に対しても厳しい目で評価していく姿勢を示しています。
「中期経営計画2027」とのつながり
バイタルKSK HDが打ち出したこの「製薬事業(未承認薬導入支援事業)」は、同社が2025年4月17日に発表した「中期経営計画2027」(MTP2027と呼ばれています)という大きな計画の中で、新しい事業の柱の一つとして、はっきりと位置づけられています。MTP2027は、2025年度から2027年度までの3年間の計画で、「次代を見据えたビジネスモデルの革新-フェーズ2-」という中期的なビジョンを掲げています。
MTP2027の基本的な方針は、大きく二つあります。一つは、お薬の卸売事業など、今ある事業の効率を上げて成長を促すこと。もう一つは、将来の収益の柱となる新しい事業を生み出すことです。この新しい製薬事業は、まさに後者の「将来の収益の柱となる新規事業の創出」を具体的に形にするものであり、既存の事業をより良くする努力と並行して、新しい成長エンジンを作り上げようとする同社の強い意志の表れと言えるでしょう。
MTP2027では、事業ポートフォリオ・マネジメントを強化し、ROIC(投下した資本に対してどれだけ利益を生んだかを示す指標)とCAGR(5年間の売上高の平均成長率)を基準にして、毎年事業を評価・監視し、採算が合わなかったり成長が鈍かったりして「再構築が必要な領域」と判断された事業は、立て直しの計画を作り、再構築するか撤退するかを判断するという方針が示されています。この方針は、新しい製薬事業も例外ではなく、将来的にきちんと収益に貢献できるかどうかが厳しく問われることを意味します。これは、新たな挑戦に対する規律あるアプローチであり、投資家の皆さんに対して、無謀な多角化ではなく、計算された成長戦略であることを示そうとする意図がうかがえます。
例えば、MTP2027では、2028年3月期の目標として、売上高を6,600億円(2025年3月期見込みは6,000億円)、コア営業利益率(これは、製薬事業の研究開発費を引く前の営業利益を売上高で割ったものです)を1.15%以上(2025年3月期見込みは0.92%)に引き上げるという目標を掲げています。このコア営業利益率の目標は、既存のお薬の卸売事業の効率化だけでは達成が簡単ではない水準であり、この新しい製薬事業のような、より高い利益率が期待できる事業からの貢献が不可欠であることを示唆しています。また、株主の皆さんへの還元方針として、DOE(株主資本配当率、つまり株主の皆さんのお金に対してどれだけ配当するかを示す指標)を2.0%以上から3.0%以上へと引き上げたことも、会社の価値向上への強いコミットメントと、それを支える収益力を強化していくことへの自信の表れと解釈できるでしょう。
最近の会社の調子はどうなの? 2024年3月期の業績レビュー
バイタルKSK HDの新しい事業戦略を評価する上で、足元の業績、つまり会社の今の経営状態がしっかりしているかどうかを把握することはとても大切です。ここで、2024年3月期(2023年4月1日から2024年3月31日まで)の連結業績と、2025年3月期の連結業績予想を見てみましょう。
まず、2024年3月期の実績ですが、売上高は5,874億81百万円で、前の期と比べて1.1%増えました。そして、営業利益は55億56百万円で、こちらはなんと前の期と比べて38.1%も増えています。経常利益は65億57百万円(前期比10.0%増)、親会社株主に帰属する当期純利益は58億43百万円(前期比20.9%増)と、全体的に好調だったことがわかります。特に、中心事業である医薬品等卸売事業のセグメント利益(営業利益)は51億63百万円で、こちらも前の期と比べて31.4%増と、大きく伸びています。
経営陣のコメントによると、売上高については、2024年4月のお薬の値段の改定の影響や、前の年度に売上があった新型コロナウイルス感染症の治療薬や検査キットなどの販売が減ったというマイナス要因があったものの、インフルエンザが流行したことによる検査キットや治療薬の販売が伸びたり、抗がん剤を中心とした新しいお薬や子宮頸がんワクチン、10月から接種が始まった新型コロナワクチンなどの販売が伸びたりしたことで、なんとか増収を確保できたそうです。利益面では、前の年度にあった国や自治体からの新型コロナワクチン配送の収益や、大口の取引先の貸倒引当金が戻ってきたといった一時的な利益(約13億67百万円)がなくなった反動があったものの、売上が増えた効果や、ずっと取り組んできた流通コストを考えた丁寧な価格交渉によって、営業利益を増やすことができた、とのことです。村井社長は「取引コストを重視した取り組みが浸透している」と評価し、喜多取締役(経理財務担当)は「コア事業の医薬品卸売事業は、確実に収益を確保できる体制が固まってきた」と報告しています。
次に、2025年3月期の連結業績予想ですが、売上高は6,003億70百万円、営業利益は57億6百万円を見込んでいます。
2024年3月期の実績を見ると、特に営業利益が大幅に増えているのが目立ちますね。これは、一時的な特殊要因がなくなったにもかかわらず達成されたものであり、会社の収益体質が改善してきていることを示しています。経営陣がコメントしているように、「丁寧な価格交渉」や「取引コストを重視した取り組み」といった地道な努力が実を結び、中心事業である医薬品卸売事業の収益基盤が強化されている様子がうかがえます。この財務的な安定性が、新たな成長機会を求めてリスクも伴う製薬事業へと踏み出すための、重要な土台となっていると言えるでしょう。
一方で、医薬品卸売事業の営業利益率は0.91%(2024年度実績)と、依然として低い水準にあります。これは、大幅な利益率の改善が難しい業界の構造も示唆しています。この状況が、中期経営計画で掲げるコア営業利益率1.15%以上(2028年3月期目標)の達成に向けて、新しい製薬事業のような、より利益率の高い事業への期待を高めていると考えられるのです。
日本の医療課題「ドラッグラグ」「ドラッグロス」って何だろう?
バイタルKSK HDが新しい事業の大きな意義として掲げている「ドラッグラグ・ロス問題への貢献」。この問題を理解するためには、その背景を少し知っておく必要があります。
「ドラッグラグ」とは、海外では既に承認されて使われているお薬が、日本では承認が遅れてしまう状況を指します。一方、「ドラッグロス」とは、海外では使えるのに、日本では開発すら行われず、結果として国内の患者さんがそのお薬の恩恵を受けられない状況を意味します。これらの問題は、日本の患者さんが必要な治療薬へアクセスする上での大きな壁となり、治療の選択肢を狭めてしまう深刻な課題として認識されているんです。
では、なぜこのような問題が起こってしまうのでしょうか?原因は一つではなく、色々な要因が複雑に絡み合っています。日本製薬工業協会などの資料によると、主な原因として次のような点が挙げられています。
まず、日本市場の魅力度の低下や収益性の問題です。日本の薬価制度は厳しく、欧米の国々と比べてお薬の値段が低く抑えられたり、市場に出た後に値段が引き下げられたりする傾向があるため、製薬会社にとって日本市場の収益性が相対的に低いと見なされることがあるんです。
次に、お薬の承認プロセスの課題です。かつては審査に時間がかかることが指摘されていましたが、PMDAという機関の機能が強化されたことで、審査期間そのものは大幅に短縮されました。しかし、依然として欧米で承認された後に、日本人を対象とした追加の臨床試験(ブリッジング試験など)が求められるケースが多く、これが開発期間を長くしたり、コストを増やしたりする原因となり、特に資金力があまりない海外の新しい会社にとっては、日本市場へ参入するハードルとなっています。
そして、企業の開発戦略も影響しています。世界的に事業を展開する製薬会社が、開発のためのお金や人を、より大きな市場や儲けが見込める地域に優先的に割り当てる結果、日本での開発が後回しにされたり、見送られたりすることがあります。特に、市場規模が小さいと予測されるお薬(例えば、日本での市場規模が100億円未満と見込まれるもの)や、申請する会社が新しい企業である場合に、この傾向が顕著に見られると言われています。
統計データも、この問題の深刻さを示しています。例えば、2020年末時点で、日本ではまだ承認されていないお薬が176品目もあり、そのうち95品目は日本での開発情報すらない「ドラッグロス」の状態だったそうです。また、ドラッグラグがある品目の承認が遅れる期間の中央値は16.4ヶ月(2010年から2020年のデータ)と報告されています。
バイタルKSK HDの戦略は、まさにこれらの課題、特に「市場規模が小さい」「申請する会社が新しい企業である」といった理由で大手製薬会社が手を出しにくい未承認薬に焦点を当てることで、この構造的な問題に一石を投じようとするものです。同社の比較的低いハードルレート(投資判断の基準)と、日本国内での承認手続きを代行する機能は、これまで日本市場への参入をためらっていた海外の会社にとって、魅力的な選択肢となり得るでしょう。もし成功すれば、商業的な利益だけでなく、日本の医療アクセスを改善するという社会的な利益にもつながり、ひいては日本の薬事行政や医薬品開発環境に関する政策の議論にも影響を与える可能性があるかもしれません。
市場への扉を開く鍵:「第一種医薬品製造販売業許可」ってどんなもの?
バイタルKSK HDが作る新しい製薬子会社が、導入した未承認薬の承認申請を自分たちで行い、日本国内で販売するためには、「第一種医薬品製造販売業許可」(以下、第一種業許可と呼びますね)というものを取得することが絶対に必要です。この許可は、日本のお薬に関する法律やルールの中で、とても重要な意味を持っているんです。
第一種業許可とは、簡単に言うと、お医者さんの処方箋が必要なお薬など、国が指定する医薬品を取り扱うために必要な特別な免許のようなものです。この許可を持つ会社(「製造販売業者」や「MAH:Marketing Authorization Holder」と呼ばれます)は、市場に出回る製品に対して、最終的な責任を負うことになります。
では、この第一種業許可を取るためには、どんなことが求められ、どんな責任が伴うのでしょうか?
主なものとしては、まず、お薬の品質をきちんと管理するための体制(GQP:Good Quality Practiceと言います)を作り、維持することが求められます。そして、販売した後のお薬の安全性に関する情報(副作用の情報など)を集めて評価し、必要な安全対策を講じる体制(GVP:Good Vigilance Practiceと言います)を作り、維持することも必要です。さらに、お薬の品質管理や安全管理の業務をまとめる責任者(通常は薬剤師さんです)を置かなければなりません。
この第一種業許可を取得することで、会社は、指定されたお薬を販売したり、貸したり、譲ったり、そして輸入したりすることができるようになります。ここで大切なポイントは、製造販売業者は必ずしも自分たちで製造工場を持つ必要はなく、別途、医薬品製造業許可を持つ国内外の工場に製造を委託することができる、という点です。ただし、製品の品質や安全性に関する最終的な責任は、製造を委託した工場ではなく、製造販売業者(つまりMAH)が負うことになります。
バイタルKSK HDの戦略において、この「製造は外部に委託できる」という点は、とても重要です。同社は、「開発機能や製造機能などは、これまでの事業で出会った高い専門性と機能を持つパートナー企業と進める」と表明しており、第一種業許可を取得しつつ、実際の製造は外部の専門企業にお願いするというモデルは、お薬に関する法律の枠組みと完全に一致しています。これにより、莫大な設備投資が必要となる製造工場を自分たちで持つことを避け、効率の良い「スリムな体制」で事業を運営することが可能になるのです。
しかしながら、第一種業許可を取得し、それを維持していくことは簡単なことではありません。特に、先ほどお話ししたGQP(品質管理)やGVP(安全管理)の体制を作り、それをきちんと運用していくことは、これまでのお薬の卸売事業(こちらはGDP:Good Distribution Practiceという流通管理が中心です)とは異なる、より高度な専門知識、厳格な品質管理システム、そしてファーマコビジランス(お薬の安全性を監視する活動)の能力が求められます。これは、バイタルKSK HDにとって、組織としての能力開発や企業文化の変革を含む、大きな挑戦となるでしょう。この大切なライセンスを適切に運用できるかどうかが、新しい事業の信頼性と持続可能性を左右すると言っても過言ではありません。
これからの展望、シナジー、そしてまとめ
さて、バイタルKSK HDの新しい挑戦について、色々な角度から見てきましたが、最後に、この戦略が会社全体にとってどんな意味を持ち、どんな可能性を秘めているのか、そして今後の注目点についてお話ししたいと思います。
中心事業である卸売事業との相乗効果は?
バイタルKSK HDが新たに立ち上げる製薬事業は、もともとの中心事業である医薬品卸売事業との間に、大きな相乗効果、つまりお互いを高め合う良い影響を生み出す可能性を秘めています。資料によると、もし日本国内でお薬を市場に出すことに成功した場合、「サプライチェーン全体の中でほぼ独占的な収益機会の創出が期待できる」と述べられています。
この「ほぼ独占的な収益機会」という言葉は、いくつかの側面から考えることができます。まず、新しい子会社が自分たちで販売許可(MAH)を持って未承認薬を日本市場に導入した場合、そのお薬に関してはバイタルKSK HDグループが独占的な販売権を持つことになります。そして、もともと持っている広範囲な医薬品卸売のネットワーク(全国の物流センターや、病院・薬局との取引関係)を活用することで、市場に出た新しいお薬を、すばやく効率的に市場へ広めていくことが可能になります。これは、外部の製薬会社から製品を仕入れて販売する場合と比べて、途中でかかる費用を減らし、サプライチェーン全体での利益を最大限にできることを意味します。
具体的には、自分たちのグループが開発し承認を得た製品であれば、物流戦略や販売促進活動において、より主体的で柔軟な対応が可能になります。例えば、特定の地域や病院に重点的に情報を提供したり、供給体制を最適化したりするなど、製品の特性に合わせたきめ細かい戦略を展開しやすくなるでしょう。これにより、製品の市場価値を最大限に高め、結果として卸売事業部門の収益性向上にも貢献できるかもしれません。これまで卸売事業で培ってきた病院や診療所との強い信頼関係は、新しいお薬を採用してもらう際にも有利に働くはずです。
ただし、「独占的」という言葉の解釈には少し注意が必要です。特定のお薬に対する販売権が独占的であることは一般的ですが、市場全体で圧倒的な独占的地位を築くという意味ではありません。むしろ、特定の製品において、開発・承認から最終的な流通・販売に至るまでの価値の流れの大部分をグループ内でコントロールすることにより、価値を最大限に高め、利益を自分たちのものにできるという点が、本質的な強みとなるでしょう。
戦略的な意味合いをもう一度整理すると…
バイタルKSK HDが未承認薬導入支援事業に参入することは、同社にとって色々な面で戦略的な意味を持っています。第一に、成長が鈍化しつつある国内の医薬品卸売市場において、より高い利益率が期待できる新しい収益の柱を確立しようとする試みです。第二に、日本の医療課題である「ドラッグラグ・ロス」の解決に貢献することで、会社の価値と社会的な評価を高めようとしています。第三に、サプライチェーンの中で、より上流の段階に進出するということであり、将来的には医薬品市場における影響力を高める可能性があると言えるでしょう。
しかし、この戦略的な転換には、それ相応の課題も伴います。製薬事業は本質的にリスクが高く、特に国の承認を得ること、お薬の値段が決まること、市場に出た後の安全管理など、専門性の高い分野での実行能力が問われます。外部のパートナー企業に頼ることは、効率を高める一方で、管理が複雑になるという側面もあります。また、卸売業とは異なる事業文化を育てたり、専門知識を持った人材を獲得し育成したりすることも不可欠です。
今後の注目点と結論
バイタルKSK HDのこの新たな挑戦が成功するかどうかは、これから数年間の具体的な進み具合にかかっています。以下の点が、今後の動向を注意深く見ていく上で重要なポイントとなるでしょう。
- 第一種医薬品製造販売業許可をいつ取得できるのか、そしてそのための体制(GQP/GVP体制)がきちんと機能するものとして構築できるのか。
- どんなお薬を最初の導入候補として選び、海外の会社との契約はうまくいくのか。そのお薬はどんな病気に効くもので、どんな特徴を持っているのか。また、パートナー企業との連携はスムーズに進むのか。
- お薬の承認を得るための戦略をうまく実行できるのか。PMDAという国の機関との交渉や、必要に応じて日本国内で行う臨床試験を効率的に進められるか。
- 33億円という投資計画が予定通り実行され、それが具体的な成果につながるのか。
- 2028年度以降に本当に収益が上がり始めるのか、そしてその規模はどの程度なのか。
結論として、バイタルKSK HDの製薬事業への参入は、日本の医薬品市場における「まだ満たされていない医療ニーズ」に応えつつ、自社の成長戦略を加速させる可能性を秘めた、意欲的な一手と言えるでしょう。初期投資の33億円は、この挑戦への「種銭」であり、最初の成功事例を積み重ねることができれば、さらに大きな投資と事業拡大への道が開かれるはずです。しかし、その道のりは決して平坦ではなく、従来の卸売業とは異なるリスク管理、専門知識、そして企業文化の変革が求められます。この戦略的な転換を成功に導けるかどうかは、同社の経営手腕と実行力にかかっていると言えるでしょう。
これからのバイタルKSK HDの挑戦に、ぜひ注目していきましょう!