エビデンス全般

目指すガバナンスモデル ― アジャイル・ガバナンス・モデル

Society4.0以前の社会を前提とした法規制、市場メカニズム、個人・コミュニティの参加に関するガバナンスシステムは、Society5.0の時代において様々な限界に直面する。こうした限界を乗り越え、イノベーティブな社会を実現するためには、既存の法律、市場、民主的システムの在り方を大胆に見直すべきであると考えられる。

以下3つの特徴を備えたガバナンスモデルを、「アジャイル・ガバナンス・モデル」と呼ぶ。以下、これらの特徴について順に説明する。

① 主体:マルチステークホルダー
② 手順:アジャイル
③ 構造:マルチレイヤー

主体:マルチステークホルダー

社会の変化の加速と複雑化に伴う情報の非対称性の増大や、価値観の多様化を考えると、企業、政府、個人・コミュニティといった様々なステークホルダーが、それぞれの持つ情報と価値観の下に自主的なガバナンスを行いつつ、透明性と対話を通じて他のステークホルダーとの間での信頼を醸成する、協働的なガバナンスを行っていくことが重要であると考えられる。そこでは、各ステークホルダーに、以下のような役割が求められる。

① 企業

マルチステークホルダー型のガバナンスモデルにおいて、中心的な役割を担うのは、サービスや商品の提供を通じて価値創出に貢献している企業である。企業には、自らのミッション・ビジョン・バリューなどを定義した上で、ルール形成やモニタリング、問題解決等に積極的に関与すると共に、ステークホルダーに対して自らのガバナンスを説明し、対話を通じてアカウンタビリティを尽くすことが求められる。

② 政府

政府は、ルール形成やモニタリング、執行等を一手に担うモデルから脱却し、企業をはじめとするステークホルダーが適切なルール形成を行うよう、関係者を集めて議論を促進したり、企業が適切なモニタリングや情報提供を行うようなインセンティブ付けを行ったりするファシリテーターの役割を求められるようになる。また、サイバー空間のインフラにあたる、信頼の基盤(3.3参照)を構築することも政府の重要な役割である。

③ 個人・コミュニティ

個人やコミュニティは、消極的な受益者にとどまらず、ガバナンスの参加者として、社会に向けて積極的に自らの価値観や評価を発信することで、民主主義の実質化に資することが期待される。そのために、自ら積極的に質の高い情報に触れると共に、様々な価値の相互関係を理解した上で広い視野に基づく意見形成を行うことが重要となる。

ここに述べたのは各ステークホルダーの基本的な役割であって、実務上のステークホルダーの連携の仕方には、様々な形があり得る。例えば、政府自身がサービスの提供者となる場合には、政府自身に②で述べたようなコミットメントが求められる。また、マルチステークホルダーの協働の在り方としては、企業・政府・個人などで相互に連携してガバナンスを行うことが求められる場面があるのはもちろんのこと、企業間や政府の省庁間といった同一カテゴリー内のステークホルダー間で連携してカバナンスを行うことが求められる場面もある。

手順:アジャイル

不確実性の増加する社会においては、事前に正しいルールや責任の所在を定めておくことが困難であるため、失敗を許容しつつ、社会全体で継続的に学習し、ガバナンスの仕組みを迅速にアップデートし続けることが求められる。そこで、以下のような二重サイクル(アジャイル・ガバナンス・サイクル)のモデルを提示した。

ガバナンスの起点は、図の頂点にある「ゴール設定」、及びその前提となる「環境・リスク分析」である。技術や社会の変化の速度が速いSociety5.0においては、あらかじめルールを詳細に記述するモデルではなく、様々な「ゴール」をステークホルダーで共有していくモデルが必要となるためである。各ガバナンスの主体(公的主体であるか民間主体であるかを問わない。)は、自らの達成すべき複数のゴールとそのバランスを、実現可能性も踏まえながら設定することを求められる。

このような環境・リスク、ゴール、及び後述する現在のガバナンスへの「評価」を踏まえて、次に、各ガバナンスの主体は、当該環境下でゴールを達成するための「システムデザイン」を行う。ここでの「システム」とは、技術(AI技術、暗号化技術等)、ルール(法律、企業の利用規約等)、及び組織(モニタリング体制、紛争処理体制等)などを含む包括的なガバナンスシステムを意味する。

デザインされたシステムを「運用」する段階においては、各ガバナンスの主体が、ゴール、ガバナンスシステム、及びその運用状況について、対外的に透明性を確保し、アカウンタビリティを尽くすことが求められる。デジタル社会におけるガバナンスは、マルチステークホルダーの水平的な関係性の上に成り立つため、各主体が自身のガバナンスの在り方を適切に開示することが極めて重要である。

運用開始後は、図の内側と外側の2つのサイクルを回す必要がある。内側のサイクルは、現在のシステムで当初設定したゴールが達成されているかどうかを「評価」し、不十分であればシステムを改善していくサイクルである。この「システムデザイン→運用→評価」という小さなサイクルは、概ねPDCA(Plan-Do-Check-Act)に相当する。

他方、外側のサイクルは、システムの運用開始後も、常に外部環境やリスクの変化を分析し、必要に応じてゴールも見直すというサイクルである。デジタル社会においては、環境やリスク、ゴールが常に変化していくことから、一度分析したこれらの要素についても、継続的に見直し続けることが必要である。なお、ここでいう環境やリスクには、規制など社会的制度の変更も含まれる。

このように、アジャイル・ガバナンスのモデルとは、PDCAを内包しつつも、その前提となる環境分析やゴール設定を常に見直しつづけると共に、外部に対する透明性やアカウンタビリティを確保するモデルであるといえる。

構造:マルチレイヤー

上記のようなマルチステークホルダーによるアジャイルなガバナンスを実現するためには、個々の主体が行うガバナンスを、都度調査しなくても信頼できるような仕組みが必要である。そのために、様々な機能の重要な結節点に、信頼の基盤(トラストアンカー)を設置することが望ましい。

このことは、Society5.0のサービスにおける構造とも密接に関係している。Society5.0においては、独立して機能する複数のシステム同士が、地理的制約や業界の壁を越えて動的に相互接続されていく(システム・オブ・システムズ)。例えば、鉄道、バス、タクシー等のモーダル間の連携を行うMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)は、大まかに分類するだけでも、①身元確認、②マッチング、③決済といった複数の横断的な機能の上に、運行という個別のサービスが接続されることで成立する。さらに、これをスマートシティの文脈にまで拡張すると、エネルギーや医療など他の事業分野との連携も求められることになる。

こうした様々なレイヤーの重要な機能について、信頼の基盤が構築され、そこに接続する主体に一定の認証などが与えられることで、拡張性を持つ分散型のガバナンスが可能になると考えられる。そして、このような信頼の基盤をマルチステークホルダーで協調的に構築していくことによってこそ、個々の主体の利益が最大化されるというのが、Society5.0の特徴である。

デジタル庁による公的な信頼基盤の整備

  • 2021年12月24日に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」によれば、データの流通・連携を促進するため、政府は今後、①データ連携や検索性向上のためのID/カタログ/コードの整備、②ベース・レジストリ(公的機関等が保有し、様々な場面で参照される、人、法人、土地、建物、資格等の社会の基本データ)をはじめとする重要データの整備、③これらのデータをサステナブルに管理するためのデータマネジメントの強化、及び④オープンデータの推進、といった取組を進めていくこととしている。
  • さらに、同重点計画では、医療、教育、防災、モビリティ、農業、契約・決済等の準公共分野において、分野におけるデータ連携を進めることとされており、契約・決済分野及びモビリティのうち自律移動ロボット分野は、デジタルアーキテクチャ・デザインセンターにおいてアーキテクチャ設計することとされている。

アジャイル・ガバナンスの導入が重要と考えられる分野

自動走行は、車メーカが製造した自動走行車に搭載するAIソフトに加えて、オンラインのリアルタイム更新されるダイナミックロードマップや、道路側に設置される情報提供装置(管理者は道路管理者)、ODD(Operational Design Domain(運行設計領域))設定、さらに道路交通法や刑法といった法規など、多岐にわたるシステムの下で運用されるため、「マルチステークホルダー」のアプローチが求められる。また、実際の運用においては予測しきれない問題も起こるであろうから、「アジャイル」な手順でのマネジメントが不可欠な領域である。さらに、例えば決済やIDの機能については、社会全体で共通の基盤を用いるという「マルチレイヤー」のアプローチが効率的かつ効果的であろう。 今後、移動手段におけるシェアリングエコノミーの浸透や、宅配ドローンや空飛ぶクルマの参入などを考えると、日本全体の新たな交通システムをシステム・オブ・システムズとして構築する必要が生じ、その際には一層アジャイル・ガバナンスの適用が重要となる。

参照

トップ > 案件一覧 > 「アジャイル・ガバナンスの概要と現状」報告書(案)に対する意見公募

-エビデンス全般

© 2024 RWE