なぜ「ガバナンス」に「イノベーション」が必要か

Society5.0に必要な「イノベーションのための、イノベーションに対する、イノベーションによるガバナンス」は、既存のガバナンスモデルの「改善」や単なる技術的な「発明」のみによって達成できるものではない。すなわち、法規制や企業ガバナンス、民主的システムなどの様々なガバナンスの仕組みを根本的に再設計する、「ガバナンスのイノベーション」(Governance Innovation)が必要であると考えられる。その理由は、以下のとおりである。

社会の複雑化とゴールの多様化

技術と社会構造の変化

Society5.0では、大規模・広範囲・多種類のデータに対して、ディープラーニング技術等による複雑なデータ分析が行われ、その処理結果がフィジカル空間へ直接的に作用するようになる。さらに、独立して機能するシステム同士が、地理的制約や業界の壁を越えて動的に相互接続されていく(システム・オブ・システムズ)。

こうしたシステムの上に成り立つ社会は、変化が急速で、将来に対する予見可能性・統制可能性が著しく限定され、問題が生じた際の責任主体の決定も困難となる。さらに、業界を超越した支配力の集中や、ローカルとグローバルとの接続が進むといった特徴もある。いわゆるV U C A( 変動し(Volatility)、不確実で(Uncertainty)、複雑(Complexity)かつ曖昧(Ambiguity))な社会であるといえる。

イノベーションの実装と既存のシステムの陳腐化のスピードの加速

  • ディープラーニングの発展に端を発した第三次AIブームが始まったのは、2012年頃である。それから僅か10年の間で、AIは、画像処理の分野のみならず自然言語処理等の分野でも目覚ましい成果を挙げている。
  • スマートフォンの先駆けとなったiPhoneの初代モデルが発売されたのは2007年であり、それから約15年間で、スマートフォンは、国民の8割以上が保有するデバイスとなった。
  • 移動通信システムの第4世代である“4G”は、2015年に運用が開始されたが、次世代の5Gは僅か5年後の2020年に開始している。

ガバナンスのゴールの多様化と相対化

高度で複雑なシステムが人間社会や自然環境に与える影響が拡大するのに伴って、我々がガバナンスによって実現すべき「ゴール」の種類も多様化している。政府であれ、企業であれ、目指すべきゴールは単純な経済成長のみではなく、サステナビリティ、循環経済、環境といった公的価値への貢献や、人権、自己決定権、多様性、包摂性といった人間の本質的価値への配慮が求められるようになっている。

さらに、例えば「安全性」というゴールについては、古典的には「許容できないリスクが存在していないこと」と定義されており、構成が単純で、かつ変化を予測可能なシステムにおいては、設計の段階でリスクを分析し、安全対策によってリスクを管理することができた(セーフティ・バイ・デザイン)。一方、AIを搭載するシステムのように、リスクを事前に完全に予測することが困難なシステムや、学習によって動作が変
化しうるシステムでは、設計段階だけでなく、システムを利活用する運用段階においても、繰り返しリスクを管理し、安全を担保する考え方が主流となっていくと考えられる。

このように、Society5.0におけるゴールは、定量化が難しく、かつ、技術の発展や価値観の変動と共に常にその内容や「許容できる/できない」の境界も変化していくという極めて複雑な構造を有している。

ゴール設定の難しさの例

  • サイバー空間にデータが集積する現代において、「プライバシー」は、「本人の同意の有無にかかわらず、パーソナルデータの客観的に適正な管理を求める権利」と理解されるが、これが具体的にどのような内容まで含むかは、個人の価値観や社会の文化的背景によって異なる。
  • 「持続可能性」は、硬直的な目標ではなく、ガバナンスの主体が常に環境を踏まえて具体的な目標を定義し続ける必要がある。
  • 複数のゴールのバランスをどのように取るかが問題となるケースも多い。例えば、パーソナルデータを利用したサービスについては、より緻密なデータを分析すれば、「サービスの質」が向上してユーザーの便益が上昇するが、他方で「プライバシー」により大きなリスクが及ぶ可能性がある。また、一つの事業者にデータが集中すれば、横断的かつ高度なサービスが可能になり「利便性」が向上するが、当該事業者に圧倒的な地位が生じるという「公正競争」上の問題が生じ得る。

伝統的なガバナンスモデルの限界

高まる「ガバナンス」の重要性で述べたように、ガバナンスとは、「社会」において「ゴール」を達成するための仕組みであるが、「社会」と「ゴール」のいずれもが複雑化・多様化し、相互に影響を与えながら絶えず変化していくSociety5.0において、その両者を架橋するガバナンスは極めて困難となる。そうした中、伝統的な法規制・市場・民主的システムといったガバナンスの仕組みは、以下のような限界に直面している。

法規制によるガバナンス

伝統的な法規制モデルとは、政府がビジネスモデルを業界ごとに区切り、一律の詳細な行為義務を課し、監督をした上で、行為義務に違反した者には制裁を科すというモデルであった。しかし、こうしたモデルには、以下のような限界がある。

  1. ルール形成に関する課題
    技術やビジネスモデルの変化が速く複雑で、伝統的な業界の壁も容易に乗り越えられるSociety5.0においては、ビジネスモデル単位で具体的な行為義務を定めることが困難であり、仮にそれを定めたとしても、すぐに時代遅れとなってしまう。また、ゴールの多様化に伴い、法目的を一律に定めることも難しくなってきている。
  2. モニタリングに関する課題
    リアルタイムでセンサーから収集されたデータなど、モニタリングに必要な様々な情報が取得できるようになっている反面、どのような手法や指標を用いてモニタリングを行うかを一律に定めることが難しい。
  3. エンフォースメントに関する課題
    様々なシステムが相互運用され、相互に影響しあった結果として問題が発生した場合や、AIなどの機械による自律的な判断によって事故が生じた場合に、誰が責任を負うべきかについて明らかにすることが難しい。
  4. 法適用の地理的範囲に関する問題
    国境を越えてつながっているサイバー空間を起点とする社会においては、一国の政府がルールを定め、それを執行するだけでは、十分に自国民の利益を保護することが難しい。
  5. 法執行主体の組織に関する課題
    Society5.0においては、複数の分野横断的な機能が組み合わさって提供されることが一般的である。例えば、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)を実装するためには、交通だけでなく、電波・通信、決済、プライバシーデータの利活用といった様々な機能が組み合わされる必要があり、これらの統合的なガバナンスを、従来の縦割りの官庁組織において迅速に実施することは難しい。

このように、法規制によるガバナンスモデルが困難に直面している背景には、Society5.0において、従来の産業の壁や国境を含めたあらゆる境界が相対化してきていることや、その上で官民の間での情報の非対称性が拡大している(民間の方が圧倒的に多くの情報を有するようになっている)ことが挙げられる。そのため、法規制やそれを所管する官庁組織の中に、企業や個人・コミュニティといった民間の持つ情報を幅広く取り込み、制度を横断的かつ迅速にアップデートすることができるような仕組みが求められる。

市場メカニズムによるガバナンス

法規制だけではなく、市場メカニズムを通じたガバナンスも、特に企業の行動を規律づけする上では重要なガバナンスメカニズムの一つである。消費者や購入者等の需要者から評価される製品やサービスを提供することができなければ、その企業の売り上げは落ち込み、ひいては企業の存続が危うくなる。そのため企業側は、より需要者の望む製品やサービスを提供できるよう、研究開発や販売戦略を工夫することになる。これが市場メカニズムを通じたガバナンスの基本形である。

しかし、このガバナンスが常にうまく機能するとは限らない。特にSociety5.0の世界においては、需要者が適切な判断をするだけの十分な情報や知見を得ることができるのかという課題が生じる。例えば、ユーザーにとっては、自らの提供するデータがどのような方法で処理されているか、自らに提供されるサービスがどのような品質であるか、といったことを判断することは難しい(ただし、昨今の市場では、点数によるレーティングや、感想を述べるレビューがサービスとして提供されている。それらの点数や感想は、消費者と商品の間にある情報の非対称性を、一定程度、解消する。)。

また、提供する企業側に大きな交渉力があると、需要者側には選択肢がなくなってしまうという、競争政策的な課題もある。例えば、圧倒的な顧客接点とデータ量を持つ一部の企業が、ユーザーの選択肢の内容(SNSや地図アプリを利用する際にどのような個人情報を提供するか等)や、企業が事業活動において有する選択肢の内容(例えば、インターネット広告を出稿する際に、どのような媒体に対してどのような対価を支払うか。)を一方的に規定する問題等も指摘されている。

個人・コミュニティによるガバナンス

Society5.0におけるガバナンスの終局的な目的に、一人ひとりの幸福や自由の増大が含まれることからすれば、政府や企業のガバナンスに個人やコミュニティが参加できることは有用であり、さらには不可欠な場合もあると考えられる。

しかし、政治的決定については、個人やコミュニティが選挙における投票以上に政策決定に関与できる機会は限られている。また、行政に対しては、パブリックコメントを通じた意見提出や行政文書の開示請求を通じた行政過程の評価などが可能であるが、それが実際の行政実務に与える影響は、これまでは十分でなかった。

また、企業のガバナンスについても、株主として影響力を行使することや、消費者として商品・サービスの購買判断をするなどの関わり方があるものの、いずれも通常の個人が行使できる影響力には限りがある。もっとも、昨今では、これらの伝統的な関与の方法とは別に、SNSやレビューを通じて個人がサービスの評価に参加することが可能になっている場合が多い。ただし、SNSやレビューサイトでは、サービスを利用しない者も評価でき、またネット炎上にも加担できるのが通常である。かつて企業は利用者の声を気にかければよかったが、昨今では非利用者の声をも気にかける必要がある。すなわち、オンラインでの言論を通じて、利用者だけでなく、非利用者も一定程度、企業のガバナンスに影響する主体となっている。

Society5.0において個人やコミュニティがガバナンスに関与するにあたっては、政府・企業との非対称性に加えて、その際に参照できる判断材料についても、慎重な配慮が必要である。通常個々人が触れて判断の基礎にできる情報は、何らかの方法によって選別された情報であるが、デジタル空間で提供される情報の中には、個人の嗜好に合わせた、いわゆるフィルターバブルによって選別された情報や、クリック数を稼ぐために事実を誇張したり一方的な見解のみを述べたりした情報が含まれる可能性がある。また、情報の発信者が多様化していることから、誤った情報や断片的な情報に基づいて社会的非難が発動されるケースも少なくない。

こうした状況において、個人やコミュニティがより実質的に政府や企業のガバナンスに関与できる仕組みや、その前提として適切な情報に触れられる仕組みの必要性が増している。それらは、個人やコミュニティによる能動的な意思表示や発言・投票などの行為によることを前提にした上で、それを改善したり適切にコーディネートしたりすることを目指すものと、対象の状態を適切に観察することによってガバナンスへのフィードバックを得ようとするものとに大別することができる。前者については、例えば政治において投票システムの改善によって民意のより適切な把握を目指すもの(集合的選択理論)、むしろ意思表示前の熟慮や議論の過程を改善することを試みるもの(熟議民主主義)、市場の経済活動において需給のより適切なマッチングを目指すもの(マーケットデザイン)などが挙げられる。後者としては、ユーザーエクスペリエンスの分析を通じてインターフェースの改善を試みるような工学的手法が存在する。

参照

トップ > 案件一覧 > 「アジャイル・ガバナンスの概要と現状」報告書(案)に対する意見公募

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