疫学

因果関係とは何か。因果関係判定に必要なものとは。

因果関係と相関関係の違いについては、軽く流します。

  • 相関関係:AとBの間になんらかの関連があるもの
  • 因果関係:AがBの原因となるもの

では、AがBの原因となるためには、どんな条件が必要になるでしょうか。

因果関係判定に必要な条件

リチャレンジ陽性

Aを追加したときに、Bという事象が発生したとします。

Aを取り除いたら、Bという事象が消失しました。

その後、またAを追加したら(リチャレンジ)、Bという事象が再び発生しました。

これがリチャレンジ陽性です。

Aに疑いがかかっているときに、もう一度チャレンジすることは倫理に反する場面もあるでしょう。

ですが、何らかのやむを得ない理由があり、Aに再チャレンジしなければならない可能性は、全くないとは言い切れません。

その時、再チャレンジしてもやっぱりBが発生してしまった、という時には、リチャレンジ陽性ということでもうAは試せないね、という結論に至るわけです。

もちろん、Aに何らかのメリットが期待されて再チャレンジしたわけですから、Bという事象がどこまで許容できるのか、そのバランスとのせめぎ合いになることもあります。

デチャレンジ陽性

デチャレンジ陽性は、リチャレンジ陽性の途中で終わっているもの、というところでしょうか。

Aを追加したときに、Bという事象が発生したとします。

Aを取り除いたら(デチャレンジ)、Bという事象が消失しました。

その後、Aを再び追加することはなく、「Aを取り除いたら、Bという事象が消えた」という情報のみで判断するのがデチャレンジ陽性です。

再びAを追加することが倫理的に許容できなかったり、追加するメリットよりリスクの方が高い場合には、デチャレンジ陽性の情報で判断せざるを得ません。

ただし、リチャレンジ陽性ほど強いエビデンスにはならないという点に注意が必要です。

発現までの時間に説得力がある

小難しい表現を使うなら「時間的関連性(Temporary association)」です。

まず大前提として、AがBの原因であるならば、順番の面から見て、Aの方が過去に追加されていないと辻褄が合いません。

そして、Aが追加されてからBが起きるまでの時間間隔も、説得力を決める重要な因子になります。

例えば腐った牛乳を朝に飲んで、数十分後に下痢になったとしましょう。

これは「腐った牛乳を飲む」が原因(A)で、「下痢になる」が結果(B)ですね。AならばBという因果関係が簡単に想像できます。

では、腐った牛乳を朝に飲んで、翌日の健康診断で肺がんが見つかったとしましょう。これはどうでしょうか。

「腐った牛乳を飲む」が原因(A)で、「肺がんになる」または「肺がんが見つかる」のどちらかが結果(B)となり得るでしょうか。

牛乳が肺に対してどの程度の影響を与えるかも疑問ですが、肺がんも1日程度で急に進行するとも考えられないため、この場合は「発言までの時間に説得力がない」ことになります。

AとBの時間間隔は短ければ説得力があるとも、長ければ説得力が弱いとも断じることはできず、そこに「どれだけ適切に説明できるか」という要素が加わります。

考えるのは面倒くさいので、簡単にスパッと答えを教えて欲しい気持ちは分かりますが、因果関係を考えるなら「ストーリー」が重要になるわけです。

数値だけで論じるのは単純明快で一見スマートに見えますが、浅いですし、表現を変えるならブラックボックスであり思考停止でもあります。

曝露量や曝露期間との整合性がある

例えば、次の2パターンを比べてみましょう。

  1. 毎日、大量の排気ガスを吸わざるを得ない環境で仕事をした方が、働き始めて数年後に呼吸器疾患Xを発症した
  2. 普段はあまり排気ガスを吸う環境にはおらず年に数回だけ車通りが少しある道を歩く程度の方が、数年後に呼吸器疾患Yを発症した

Aの場合は、「排気ガスを吸う」ことが「呼吸器疾患Xを発症する」ことの原因と考えても良さそうですが、Bの場合は「排気ガスを吸う」ことが「呼吸器疾患Yを発症する」ことの原因とは考えにくいでしょう。

とはいえ、Aの場合もこの記載だけで因果関係を判定するのは性急であり、「排気ガスを吸う」ことが「呼吸器疾患Xを発症する」ことの原因と考えるだけの論拠や、別の研究結果などの裏付けが求められます。

複数の研究結果で一貫して同じ方向性の結果が確認されている

異なる研究者から、一貫して同じ方向性の結果「AはBの原因と考えられる」が示されている場合、「AはBの原因である」と考えることに妥当性が出てきます。

ただし注意しなければならないのは、それぞれの研究の中身や質です。

「研究」という名前を関していても、少数(例えばN<10)の観察結果報告だった場合、信憑性があるとは言い難いでしょう。

研究のデザインが再現性に乏しいものであったり、バイアスをコントロールできていないようなものだった場合、そもそも研究結果自体が間違っている疑いもあります。

研究の心得のある人にとっては基本的すぎることですが、「他の人も同じことを言っている」「沢山の人がそう言っている」「著名な人がそう言っている」から、きっと「AはBの原因だ」と考えるのはやめましょう。

「〇〇省が言っているから」「〇〇新聞にそう書かれているから」「〇〇テレビでそう言っているから」「〇〇先生がそう言っているから」という理由で信じるのは論外ということですね。

誰が言っているかは参考にはなりますが、決定打にはなりません。中身を見ましょう。

それぞれの証言が妥当性のある主張なのかは、1つ1つ自分の目と頭で確かめることが欠かせません。でないと搾取される側から抜け出せませんよ。

正確な背景情報による裏付けがある

太郎さんにAを追加したらBが発生したとします。

このとき、予め太郎さんについて十分な背景情報を取得済であり、「Aを追加されるまでは、太郎さんは、生まれてから一度もBということを経験していなかった」と分かっているとしましょう。

この状況下では、Aを追加して太郎さんにBが起きたのは、Aによる疑いが強い、となるでしょう。

逆に「太郎さんはこれまで、Bという事象を頻繁に経験していた。Aというものは、いままで追加されたことはない。」と分かっていたとします。

そして今回、Aを追加されたときにBを経験したとします。これはAによるものというよりは、太郎さんがもともとBという事象を経験しやすい状態であるがために起きたもの、と考えた方が自然でしょう。

明らかで容易に評価できる

太郎さんにAを追加したら、翌日の朝、激しい頭痛と吐き気に襲われた、とします。

この話を聞いたら、Aによって激しい頭痛と吐き気に襲われたのか?と疑いたくなりますね。

ところが、よくよく話を聞いてみると、Aが追加された日の夜、太郎さんは仲のいい友達とお酒を飲みに行き、大量にお酒を飲んで夜を明かしたということでした。

これはAによって激しい頭痛と吐き気に襲われたというよりも、大量にお酒を飲んで夜を明かしたことが原因だろう、と考えるのが自然でしょう。

もちろん、全く原因がないのか?という点は常に疑ってかかるのが健全ですが、どちらの方がもっともらしいか、「ストーリー」が大切です。

交絡するリスク因子がない

過去の経験から「AがBを引き起こす」ことや、「Bは通常、Aなしにはめったに起きない」ことなどが分かっている場合、「Bが起きたか。じゃあ原因はAだな。」と判断されます。

他に説明できる原因がない

「Aを追加したら、Bが発生した」ときに、他に容疑者がいないのでAを疑う、という考え方です。

本当に他に容疑者がいないのかしらみつぶしに調べる必要がありますし、考えられる原因を1つ1つ潰していくことが重要です。

濡れ衣の可能性もあるので、最後の手段です。「Aによって、なぜBが発生するのか。その仕組みは?」という問いかけが欠かせません。

仕組みが全く考えられない場合や、むしろAはBの発生を防ぐと考える方が納得度が高い場合は、「他に考えられる原因がないから」という理由で疑いをかけるのは危険でしょう。

まとめ

因果関係判定の際には、納得のいくストーリー、あるいは合理性が重要になってきます。

「他の人が言っているから」や「なんとなく数が多いから」で判断するのは好ましい姿勢ではありません。

著名人や声の大きい人の話を鵜呑みにして考えることを放棄していないで、自分の言葉で説明できるように勉強しましょう。

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