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効率主義の罠!行動経済学でいう「トンネリング」とは?

分業・協業と生産性・タイムパフォーマンス向上

the greater productivity brought about by the division of labor and technological innovation

名著「国富論」を記した近代経済学の父、アダム・スミスが生産性(productivity)を論じたことは日本の中学校の教科書にも載っているほどです。

アダム・スミスによれば、生産性(productivity)は分業(the division of labor)と技術革新(technological innovation)によって向上するとされます。

近年のインターネットやスマートフォンの普及、AIの実用化を始めとした技術革新は確かに世の中全体の生産性向上に大きく貢献していることに疑問の余地はないでしょう。

分業・協業と生産性向上

ですが、分業は果たして生産性向上に繋がっているでしょうか。

アダム・スミスが「国富論」で生産性の概念を強調したのは今から約250年前の1776年でした。

当時の状況から考えれば、産業革命の重要な要素として、技術革新と同等かそれ以上に無駄の削減やプロセス改善は大きな役割を果たしていたと言えるでしょう。

分業が生産性向上に繋がるための必須要件として、分業と協業が同時に成立していることが挙げられます。

分業することによって専門特化すると同時に、専門特化して処理されたものが協業によって連携することが求められます。

この連携がうまく行かない場合、分業は分断に成り下がってしまう恐れがあります。

タイパ(タイムパフォーマンス)

生産性向上を発展させると、時間効率性の向上という考えに辿り着くこともあります。

最近の言葉で表現するならば、タイパ(タイムパフォーマンス)でしょう。

著名な経営学者であるフレデリック・テイラーやW・エドワーズ・デミングも、「効率の追求こそが美徳」という考えに至り、タイムマネジメントという概念が生まれました。

タイムマネジメント、すなわち時間管理により「同じ成果を出すなら、少ない時間で出せた方が効率が良い」という考え方です。

言われてみれば至極当たり前のことともいえ、確かに少ない時間で同じクオリティの成果を出せた方が優秀と言えそうです。

この考え方は不変の真理と見ることもでき、2022年現在においても、「無駄の削減と効率の追求」の重要性に異を唱える人は少数派でしょう。

自分自身の日常生活を振り返っても、時間は限られており、少ない時間で効率的に作業をこなすことが重要なのは肌身で感じているところです。

GAFAの一角を担うAmazonも、効率的な配送ラインを整備したことが企業成長に直結しており、生産性やタイムマネジメントが重要なのは間違いないでしょう。

ただし、効率を重視することと、効率に囚われることは全く異なります。

効率に囚われてしまうと、最終的に得られる成果の質または量が落ちる場合があります。

個別の事例報告ではなく、研究で示されています。

その理由は、大きく次の2つであるとされます。

  1. 時間効率の追求による判断力低下
  2. 時間効率の追求による創造性低下

時間効率偏重の副作用その1:判断力の低下

「判断力の低下」は、時間効率を偏重することによる重大な副作用の1つです。

短時間で効率よく複数の業務を詰め込んだところ、何とか業務自体はこなせたものの大事なことを忘れてしまっていた、という経験は誰しも一度はあるでしょう。

これは行動科学の用語で「トンネリング」と呼ばれる現象です。

車を運転している状況を考えると分かりやすいでしょう。

運転中に音楽を聞き、助手席の人間と会話し、ふと横の景色に目を引く看板があって目を奪われたとなると、事故を起こす確率が高まります。

トンネリングとは「様々なタスクを同時に処理するうちに脳の処理能力の限界に達してしまい、適切な選択を行う力が低下する現象」です。

トンネリングに陥った人が取りやすい行動

トンネリングに陥ってしまった人は、次に挙げる行動を取りやすくなると言われます。

手軽なタスクだけで満足する

  • 効率化を重視した労働者の77%がメールの受信箱を空にする作業に多くの時間を費やし、それにもかかわらず「生産的な1日を過ごした」と感じていた(マイクロソフトがイギリスで行った調査)
  • 効率性を追求してスピーディにタスクをこなすように指示されたグループは、そうでないグループに比べてタスクの処理量が約22%減った(オハイオ州立大学などの研究)

戦略的な計画が立てられなくなる

時間効率への意識が強くなると、私たちは大きな視点を失いやすくなります。

そして、深く考えずに人からの頼みを引き受けてしまったり、長期的な訓練をないがしろにしがちになります。

トンネリングに陥った人は、目の前の業務や問題に追われることでどんどん多忙になっていき、長期的視野に立ったときに重要と考えられる物事が後回しになる傾向があります。

「メールの受信ボックスを全て既読にした」ことや「同僚の頼みに応えた」ということに満足感を覚え始めたら黄色信号が灯っていると言えるでしょう。

果たして「メールの受信トレイを空にすること」や「同僚の頼みに応えること」がどこまで生産的なことなのでしょうか。

メールの内容や同僚の頼みの内容にも依るかもしれませんが、受け身的な行動であることは確かです。

時間効率偏重の副作用その2:創造性の低下

「創造性の低下」も、時間効率の偏重の副作用として無視できない問題です。

効率を目指して時間を意識すればするほど、私たちは良いアイデアを思いつきにくくなり、問題解決の能力も下がる傾向があります。

心理学者テレサ・アマビール(ハーバード大学)は、複数の企業の従業員の業務日誌データから創造的な思考とプロジェクトの成果について分析しました。

その分析結果をまとめると「効率を求め時間を気にすると、多くの場合、思考の広がりがなくなる。結果として、最終的な成果の量が減少する。」というものでした。

効率的に成果を出すために時間を気にするのは当たり前のことですが、なぜこのようなことが起きるのでしょうか。

その理由の一つとして「創造的なアイデアを生むために、拡散的思考が必要だから」ということが考えられます。

「拡散的思考」とは、言い換えれば「夢想」「イメージ」であり、思考実験のようなものも含まれるでしょう。

ガチガチに決まった命令に従うという考えから外れ、自由な思考で思いつくままにイメージを膨らませ没頭するような脳の使い方とも言えます。

このような自由な思考方法は、強いプレッシャー下では難しく、心身ともにリラックスした状態で行いやすい思考方法と言われます。

新しいアイデアやオリジナリティ溢れる発想のためには、既にある知識(記憶)を組み合わせたり、知識の新しい使い方を生み出すのがセオリーです。

知識や記憶を組み合わせたりするためには、目の前のタスクから解放され、知識や記憶が自由に結びつくように脳をリラックスさせ、偶然の結びつきを”待つ”ような姿勢が欠かせません。

よく、ふとした瞬間に新しい発想はアハ体験が起きると言われますが、それは脳が解放され、知識や記憶が偶然結びついた瞬間がリラックスした環境下で起きやすいためと言えます。

現代の仕事の7割で求められるのは創造性・拡散的思考

何か一つの事に意識を集中し、特定のものごとに脳のリソースを集中して用いることがありますが、このことは「収束的思考」と呼ばれます。

目の前にある仕事や作業に意識を集中させなければならない場面は、珍しくありません。

仕事中や授業中、テストを受けている時など、人は無意識的に収束的思考に脳の使い方をスイッチさせます。

平易な言葉で言い換えれば、「収束的思考=集中力を高めて考えること」です。

人が「収束的思考=集中力を高めて考えること」に切り替えるような場面として、具体的には次のような場面が挙げられます。

  • 期限を気にしつつ、To Do タスクを処理していく
  • 締め切りに追われながら、スケジュールをこなしていく

重要なポイントとして、人間の脳は拡散と収束を同時に行うことができない、という点があります。

どういうことかというと、「集中力を高める場合は、創造性を放棄する必要がある」ということです。

テストで集中しているときに「そういえば…」などと余所見をすると時間切れになってしまいますが、この「そういえば…」は創造性に直結する思考方法です。

効率を高め、時間を気にかけること、すなわち集中力はビジネス上必要不可欠と言えますが、集中力にこだわるというのは収束的思考にこだわると同義です。

収束的思考を行っていると拡散的思考を行う場面の減少に繋がり、それはすなわち創造力の低下を引き起こします。

同じことを何度も繰り返し処理する仕事であれば収束的思考に偏った方が効果的とも考えられますが、世の中に変化を起こす類の仕事の場合は、創造性の低下は長期的にみるとビジネス全体の停滞や弱体化につながる恐れがあります。

近年はVUCAの時代という言葉に代表されるように、仕事の約7割において創造的な発想が求められているという調査結果もあります(マッキンゼー)。

拡散的思考ばかりでは物事は進みませんが、収束的思考ばかりでは変化が起こらず停滞に繋がります。

効率重視の収束的思考と、創造性重視の拡散的思考をバランスよく組み合わせることが現代のビジネスにおける鉄則と言えるでしょう。

なお、この収束的思考と拡散的思考のバランスはそれぞれの個人で注意することも重要ですが、組織としてバランスを取ることも欠かせません。

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