エビデンス全般

いまさら聞けない?疫学の基礎ーその10「ワクチンの有効性」

2020年11月3日

今回はワクチンの有効性について書いてみます。

新型コロナワクチンXの効果

そもそも「ワクチンが効く」とはどういうことか、という問いもありますが、今回は議論を簡便にするために「ある集団内で、ある期間において、感染症Aに罹患していない」状態を保てていれば、そのワクチンは効いているとみなす、ということにしましょう。

具体的な話で言えば、「新型コロナワクチンXを接種した人は、接種してから1年間の間、新型コロナウイルスによる諸症状を発症しない」という具合です。

100人を対象に、上記のワクチンXを接種した人を1年間観察したとき、残念ながら5名は新型コロナウイルスによる諸症状を発症した(その後の検査でも、新型コロナウイルスによるものだと確認された)とします。幸運なことに、1年間の観察期間中に、転居などによって観察不能になる人(脱落例)は1人もいませんでした。

この観察対象となった100名と対になる集団(比較対照群、といいます)を何らかの方法で集めてきます。マッチング(年齢、性別、既往歴、生活習慣、等々が似ている人を探してくる)による方法など、具体的な方法論は今回は割愛しますが、ワクチンXは接種していないけれども、似ている人達を100名、集めてくることに成功したとします。この比較対照群は、ワクチンXを接種していないこともあり、新型コロナウイルスによる諸症状を発症した(その後の検査でも、新型コロナウイルスによるものだと確認された)人達は30名いました。比較対照群の100名も、1年間の観察期間中に脱落した人はいませんでした。

「ワクチンの効果」の計算

さて、このような場合、「ワクチンの効果(Vaccine Efficacy / Effectiveness)」はどのように計算されるでしょうか。

非常に単純な計算で、下記のようになります。

  • ワクチンX接種群での発症率は、5人÷100人年=0.05 [人/人年]
  • 比較対照群での発症率は、30人÷100人年=0.30 [人/人年]
  • ワクチンの効果=(ワクチン非接種群におけるリスク-ワクチン接種群におけるリスク)÷(ワクチン非接種群におけるリスク)=(0.30 [人/人年]-0.05 [人/人年])÷(0.30 [人/人年])=0.25÷0.30=0.83333333.....≒83%

ワクチンを打たなかったら、100人中30人が発症するところを、100人中5人に抑えられたので、感染者数を83%減らした(あるいは、0.17倍にした)などとも表現されるでしょう。こんな目に見えて効果がわかるワクチンが出てきた際には、新聞記事には「感染者数を83%減!」などの見出しが躍りそうですね。

ワクチンの効果をみるためのお金と時間

ここで重要なのは、最後の「ワクチンの効果(Vaccine Efficacy / Effectiveness)」の計算自体は非常に単純なものの、そこで使う数値(0.05 [人/人年]、0.30 [人/人年])を導き出すのが実際には一苦労だということです。お金と時間がかかる理由を見てみましょう。

  • ワクチンXを接種してから1年間の情報が必要となる
  • 実際には1年間の観察を満了できない参加者も出てくるので、大目に参加者を募らなければならない
  • 万が一、ワクチンXによる健康被害が生じた際に備えた保険に加入する必要がある
  • 研究に関わる医療従事者や研究専門家、施設設備や手続きに関する費用を工面する
  • 100人の参加者を募集するための費用や、参加候補者に対する説明のための費用(人件費、資材費等)が必要となる
  • 研究で発生する様々な資料の保管体制を整え、資料のアーカイブは研究終了後も数年から十数年の保管を担保する必要がある
  • 比較対照群に対しても、ワクチンXは投与しないものの、研究への参加同意や、1年間のフォローアップ体制を整える必要がある

その他、研究で収集したデータを解析するための費用など、まだまだたくさんの費用がかかります。

「ワクチンXを接種した人を1年間観察したとき、残念ながら5名は新型コロナウイルスによる諸症状を発症した(その後の検査でも、新型コロナウイルスによるものだと確認された)」という、一文で表現される事実も、それを生み出すためには相当の労力が注がれています。

「観察研究というくらいだから、ただ"観察"しているだけなんだろうし、労力も費用も少なくて済むだろう」ということにはならないのが実際のところです。ワクチン接種者が、個人の意思で接種したのか、あるいは研究のスポンサー企業がリクルートしたのか、によっても「観察研究」なのか「介入研究」なのかが変わってきます。

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