疫学

病気の「原因」を見極める9つのヒント:ブラッドフォードヒル基準をやさしく解説

2020年11月5日

健康に関する情報があふれる中で、「〇〇が体に良い」「××は病気の原因になる」といった話をよく耳にしますよね。でも、その情報、本当に「原因と結果の関係(因果関係)」を正しく捉えているのでしょうか?

特に、多くの人々の健康状態や病気の発生状況を調べる「疫学」という分野では、この「因果関係」を慎重に見極めることが非常に重要です。なぜなら、病気の真の原因を突き止め、効果的な予防策や治療法を見つけるためには、単なる「関連がある」というだけでなく、「本当にそれが原因なのか?」を深く考える必要があるからです。

そこで役立つのが、イギリスの疫学者オースティン・ブラッドフォード・ヒルが提唱した「ブラッドフォードヒル基準(Hill's criteria)」という考え方です。これは、ある要因(例えば、特定の生活習慣や環境要因)と、ある結果(例えば、病気の発症)の間に因果関係があるかどうかを判断するための、9つのチェックポイントを示したものです。

ただし、これは「すべてを満たせば絶対に因果関係がある!」という厳密なルールではありません。あくまで、**因果関係の可能性を探るための「ヒント」や「考える視点」**として役立ちます。それでは、9つの基準を一つずつ見ていきましょう。

1.時間の前後関係(Temporality):原因は必ず結果より先にある

  • ポイント:「原因」は必ず「結果」よりも前に起こっていなければならない。

考えてみれば当たり前ですが、これが大原則です。ある要因が病気の原因だと主張するなら、その要因にさらされた(曝露した)タイミングは、病気が発症するよりも前でなければなりません。

例えば、「ある物質Xを吸い込んだこと」が「肺の病気Y」の原因だと考える場合、物質Xを吸い込んだのが病気Yを発症した後だったら、XがYの原因である可能性は否定されますよね。

この時間の前後関係をはっきりさせるのが難しい研究方法もあります。例えば、ある一時点での健康状態と生活習慣などを同時に調査する「横断研究」では、「どちらが先か」が分かりません。そのため、横断研究だけでは因果関係を断定するのは難しいとされています。これに対し、時間を追って調査する「縦断研究」の方が、因果関係を探る上ではより強力な証拠となります。「横断研究では因果関係は言えない」、これは研究の世界ではとても大切なポイントです。

2.関連性の強さ(Strength of association):関連はどれくらい強いか?

  • ポイント:要因と結果の結びつきが強ければ強いほど、因果関係の可能性も高まる。

要因にさらされた人たちが、さらされなかった人たちと比べて、何倍くらい結果(病気など)を発生しやすいか、その「関連の度合い」を見る視点です。統計学的には「リスク比」や「オッズ比」といった指標で示されることが多いです。

例えば、「ある習慣を持つ人は、持たない人に比べて病気になるリスクが1.5倍」という場合よりも、「リスクが5倍」という場合の方が、その習慣が原因である可能性はより強く疑われます。もちろん、関連が強いからといって即座に原因とは断定できませんが、重要な判断材料の一つになります。

3.一致性(Consistency):違う状況でも同じ結果が出るか?

  • ポイント:異なる研究者、異なる場所、異なる対象者で行われた複数の研究で、同じような関連性が示されれば、因果関係の信憑性が増す。

もし、ある要因と結果の関係が本物なら、研究が行われた場所や時代、対象となった人々の特性が多少違っても、同じような関連性が見られるはずです。

例えば、日本で行われた研究でも、アメリカで行われた研究でも、高齢者を対象とした研究でも、若者を対象とした研究でも、「要因Aと病気Bに関連がある」という結果が一貫して得られるなら、「これは偶然ではなさそうだ」と考えることができます。再現性がある、と言い換えることもできますね。

4.用量反応関係(Dose-response relationship):量が増えれば影響も大きくなるか?

  • ポイント:要因にさらされる量(期間や頻度、濃度など)が増えるほど、結果(病気など)の発生率や重症度が高くなる関係があれば、因果関係を支持する。

「量」に応じて「反応」が変わるか、という視点です。「用量依存性」とも言います。

例えば、「お酒を飲むが増えれば増えるほど、肝臓への負担が大きくなり、肝障害のリスクが高まる」という関係がデータで示されれば、アルコールと肝障害の因果関係はより「もっともらしい」と考えられます。タバコの本数が増えるほど肺がんのリスクが高まる、というのも有名な例ですね。

5.生物学的妥当性(Biological plausibility):体の仕組みから考えて説明できるか?

  • ポイント:要因が結果を引き起こすメカニズムが、現在の医学や生物学の知識で説明できるか。

「なるほど、体の仕組みを考えると、確かにそういうことが起こりそうだ」と納得できるかどうか、という視点です。

例えば、「アスベストの細かい繊維を吸い込むと、肺の組織に物理的な刺激を与え続け、炎症や細胞のがん化を引き起こす可能性がある」という説明は、生物学的に「ありえそう」ですよね。

ただし、注意点もあります。現在の科学で「説明できない」からといって、因果関係が「絶対にない」とは言い切れません。科学は常に進歩しており、今はまだ解明されていないメカニズムが存在する可能性もあるからです。新しい技術や物質の影響など、未知の領域については、安易に結論を出さず、慎重に情報を集めていく姿勢が大切です。

6.実験的証拠(Experimental evidence):実験で確かめられるか?

  • ポイント:実験的な研究(特に人間を対象とした介入研究)で因果関係が示されれば、非常に強力な証拠となる。

研究者が意図的に条件を変えて、その影響を観察する「実験」は、因果関係を探る上で大きな力になります。

医療分野で最も代表的なのが、新しい薬の効果や安全性を確かめる「治験」です。特に、「ランダム化比較試験(RCT)」と呼ばれる方法では、参加者を偶然(ランダム)に「新しい薬を使うグループ」と「使わない(または偽薬を使う)グループ」に分け、その後の結果を比較します。ランダムに分けることで、両グループの参加者の背景(年齢、性別、元々の健康状態など)ができるだけ偏らないようにし、「薬そのものの効果」を公平に評価しようとします。こうした質の高い実験研究から得られた証拠は、因果関係の判断において非常に重視されます。

7.特異性(Specificity):原因と結果は1対1に近いか?

  • ポイント:特定の要因だけが特定の原因を引き起こし、他の要因ではその結果が起こらない、という関係があれば因果関係を強く示唆する。

「この原因からは、この結果しか起こらない」「この結果は、この原因からしか起こらない」というような、限定的な結びつきがあるかどうかを見る視点です。

例えば、「狂犬病ウイルス」に感染することによってのみ「狂犬病」が発症する、といった関係は特異性が高いと言えます。しかし、多くの病気は、単一の原因だけでなく、複数の要因(生活習慣、遺伝、環境など)が複雑に関与して発症します。また、一つの要因が複数の異なる結果を引き起こすことも珍しくありません(例:喫煙は肺がんだけでなく、心臓病や脳卒中のリスクも高める)。そのため、この「特異性」という基準が現代の病気の原因を探る上で適用できる場面は、比較的限られています。

8.一貫性(Coherence):他の知識と矛盾しないか?

  • ポイント:提唱されている因果関係が、関連分野で既に確立されている事実や理論と矛盾しないか。

これは3番目の「一致性(Consistency)」と少し似ていますが、こちらは「他の種類の研究結果や、生物学的な知見など、既に分かっている幅広い知識全体と照らし合わせて、話のつじつまが合うか」という視点です。

例えば、「ある化学物質が動物実験で発がん性を示す」という結果が得られ、さらに「その物質が人間の細胞の遺伝子を傷つけるメカニズムも実験室で確認された」となれば、その化学物質が人間にとっても発がんリスクとなるという主張は、より「一貫性がある」と判断できます。

9.類推(Analogy):似たような他の例はあるか?

  • ポイント:よく似た要因と結果の間で、既に因果関係が知られている例があれば、今回のケースでも因果関係があるのではないかと推測する手助けになる。

「あのケースと似ているから、今回も同じようなことが言えるのではないか?」と考える視点です。

例えば、「サリドマイドという薬が胎児の奇形を引き起こした」という過去の事例を知っていれば、別の新しい薬について、「構造がサリドマイドに似ているから、もしかしたら胎児に影響があるかもしれない」と類推し、慎重に調べるきっかけになります。あるいは、「あるウイルスが特定の病気を引き起こす」ことが分かっていれば、「構造や性質が似ている別のウイルスも、似たような病気を引き起こす可能性がある」と考えることができます。


まとめ:総合的な判断が大切

ご紹介した9つの基準は、ある要因と結果の間に「因果関係があるかもしれない」と考えるための、あくまで判断材料です。

  • これらの基準をすべて満たさなくても、因果関係が存在することもあります。
  • 逆に、いくつかの基準を満たしているように見えても、実は因果関係がない(別の要因が隠れているなど)という可能性もあります。

大切なのは、これらの視点を参考にしながら、利用できる情報を多角的に検討し、総合的に判断することです。健康に関する情報に触れたとき、「これは本当に原因と結果の関係なのかな?」と少し立ち止まって、これらのヒントを思い出してみると、より深く情報を理解する助けになるかもしれません。

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