統計学

近代統計学理論を築いた人々~記述統計から推測統計へ~

統計学のはじまり~Statistics, State, Status~

人間や人間社会の様々な活動や興味関心から、様々な学問が生まれて来ており、それは今も変わりませんが、統計学もその一つです。

社会現象、自然現象、生命現象など、様々な”現象”の中に法則性を見つけようとする試みが、科学や統計学といった分野を生み出し、育ててきた、ともいえるでしょう。

いまでも、統計学と統計は使われる場面が少々異なっており、前者は科学的、数学的、分析的なニュアンスを含みますが、後者は人口統計のように政治的、社会的、記述的な色合いが強まります。

今でも国勢調査という形で全数調査が行われていますが、これはいわゆる記述統計に分類されるものです。

可能な限り大量の情報やデータを集めて整理し、そこから規則や傾向を見出す、ということも目的に含まれます。

今でこそ分析の要素が当たり前のように含まれていますが、1600~1700年頃の統計は、国勢学の文脈で用いられることの方が主流でした。

すなわち、国家がどのような状態かを歴史に記すことが、主な役割だったということです。

統計は英語でStatisticsですが、その語源は「State(国家」「Status(状態)」であることにも、そのような背景があります。

近代統計学理論を築いた人々

そのような政治的背景を有する統計が、統計学という学問分野へと昇華されていくに当たり、様々な偉人の取り組みがありました。

今でも様々な統計手法、検定手法にその名前が残されている偉人の中でも、特に有名な10名について見ていきましょう。

ウリィアム・ペティ

ウィリアム・ペティ(William Petty、1623年5月26日 - 1687年12月16日)は、イングランドの医師でした。測量家、経済学者でもありました。

労働価値説を初めて唱え、政治算術派の先駆者でもあります。そのため、古典派経済学と統計学の始祖ともしても有名です。

オックスフォード大学の解剖学教授やアイルランドの軍医総監を務めるなど、医師としての活躍も見逃せない、多彩な人物です。

ゴットフリート・アッヘンヴァル

ゴットフリート・アッヘンヴァル(Gottfried Achenwall、1719年10月20日 - 1772年5月1日)はドイツの王立芸術院士でした。歴史家、経済学者、法学者などの顔も持っていました。

著書「ヨーロッパ諸国の構造概要」は、ヨーロッパ諸国の農業、工業、貿易の状態について統計を交えながら記述するなどし、各国の構造概要を数値を交えて記録している点を特筆すべきでしょう。

シモン・ラプラス

シモン・ラプラス(Simon Laplace、1749年3月23日 - 1827年3月5日)は、フランスの天文学者でした。数学者、物理学者でもあります。

特に有名な著作として、「天体力学概論」や「確率論の解析理論」があります。

数学や物理学を学んだ方はラプラス変換ラプラス方程式をご存知かと思いますが、そのラプラスもこの方の名前から取ったものです。

また、「確率論の解析理論」でラプラスが記した文が発端となり、ラプラスの悪魔という概念も生まれました。

もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう。

「確率論の解析理論」

カール・フリードリヒ・ガウス

カール・フリードリヒ・ガウス(Carl Friedrich Gauß、1777年4月30日 - 1855年2月23日)は、ドイツの数学者であり、天文学者・物理学者でした。

最小二乗法の発見、複素平面の導入などもこの方によるものです。

有名なエピソードとしては、7歳の時に「1から100までの数字を全部足せ」と先生から言われたときに、数秒で計算する方法を考案した、というものでしょう。

19世紀最大の数学者の一人、とされます。

アドルフ・ケトレー

アドルフ・ケトレー(Adolphe Quételet、1796年2月22日 - 1874年2月17日)は、ベルギーの数学者・天文学者・統計学者・社会学者で、社会学に統計学的方法を導入した方です。

近代統計学の父」とも呼ばれます。

当時、確率論や統計学は新しい研究分野であり、ケトレーは確率論を社会学に応用し、「社会物理学」という分野を生み出しました。

肥満度を表す指数であるBMI指数を生み出したのもケトレーであり、ケトレー指数とも呼ばれます。

フランシス・ゴルトン

フランシス・ゴルトン(Francis Galton、1822年2月16日 - 1911年1月17日)は、イギリスの人類学者、統計学者、探検家であり、遺伝学者でした。優生学者の側面もありました。

従兄には、進化論で有名なチャールズ・ダーウィンがいます。

相関係数標準偏差の概念を提唱するなど、現在の統計学に欠かせない概念を生み出しました。

カール・ピアソン

カール・ピアソン(Karl Pearson、1857年3月27日 - 1936年4月27日)はイギリスの数理統計学者です。優生学者の側面もありました。

ヒストグラムという言葉を生み出した人物です。ヒストリカル・ダイアグラムから草案したと言われます。カイ二乗検定のもっとも一般的なバージョンを生みだしたのもこの方です。

なお、ピアソンはゴルトンの後継者とも言われ、ゴルトンの希望で総説された優生学部の初代教授となっています。

ウリィアム・ゴセット

ウィリアム・ゴセット(William Gosset、1876年6月13日 - 1937年10月16日)は、イギリスの統計学者、醸造技術者でした。スチューデント、というペンネームも有しています。

ロナルド・フィッシャーと並ぶ、推計統計学の開拓者でもありました。

ピアソンの研究室の出身で、ギネスビールに就職しました。ギネスビール社では社員が論文を出すのを禁じていたため、スチューデントというペンネームを用いて論文発表を行っていました。

このペンネームは、今でもスチューデントのt検定、で大変有名なのはご存知の通りです。

ロナルド・フィッシャー

ロナルド・フィッシャー(Ronald Fisher、1890年2月17日 - 1962年7月29日)は、イギリスの統計学者、進化生物学者、遺伝学者でした。優生学者の側面もありました。

現代の推計統計学の確立者とされます。集団遺伝学の創始者の一人でもあります。分散分析(ANOVA, Analysis of variance)の基本的手法を確立した人物です。最尤法という手法も生み出しました。

F検定やF分布は、ジョージ・W・スネデカーという同時期の数学者・統計学者がフィッシャーに敬意を払い、フィッシャーのFを用いて命名したというエピソードもあります。

エイブラハム・ワルド

エイブラハム・ワルド(Abraham Wald、1902年10月31日 - 1950年12月13日)はトランシルバニア出身の数学者でした。

決定理論、幾何学、計量経済学の分野で活動し、逐次解析の分野を確立した人物です。ワルド検定(Wald検定)も、この方が計量経済学の分野で発表したものです。

有名なエピソードとしては、「戦場から帰ってきた戦闘機の被弾箇所を見て、被弾していない部分を強化することを提案した」というものがあります。

これは、生存者バイアスを踏まえた分析をもとにした提案と言えます。

記述統計から推測統計へ

さて、10名の偉人の概要を見てきましたが、その足跡を追うだけでも、記述統計から推測統計への発展の道筋がおぼろげながら見えてきたのではないでしょうか。

直感的にも、いきなり推測を行うよりは現在の状態、現在地を把握するのが先決ですが、推測統計を行う前に、土台となる記述統計が求められるわけですね。

統計学という体系的な学問が形作られたのも、長い歴史を見ればごく最近のことです。

偉大なる先達の足跡を一歩一歩追っていくことで、今の最先端の分野の理解が深まり、さらにその先の道筋も見えてくるかもしれませんね。

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