ヘルスケア業界では、ICHという言葉が当たり前のように使われています。
ですが、ヘルスケア業界から距離のある方であったり、あるいは医薬品の開発(特に治験)業務に携わったことがない場合、そもそもICHという言葉を「そんなものあったな、特に日々の仕事には関係ないけど」とどこか他所事のように感じる方も少なくないでしょう。
そこで本記事では、ICHの基本中の基本から振り返ってみて、最後にちょっとだけ最近の動向に触れます。
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ICHってそもそも何?何の略?
ICHは、International Council for Harmonisationの頭文字をとったものです。
日本語訳するならば、調和国際会議といったところでしょうか。
イギリス英語なので、Harmonizationではなく、Harmonisationとなっている点も歴史的経緯を感じさせますね。
ですが、最近はアメリカFDAが世界の医薬品の規制当局の大御所的な位置づけになっているので(今後どうなるかは分かりませんが)、Harmonizationでもいいのかも。
ICHの正式名称は International Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use とかなり長いのですが、医薬品の規制要件を国際的に調和させる、というのが主なコンセプトです。
すごーーーーーく簡単にまとめると「他の国で承認されている医薬品なのに、なんでうちの国は承認されてないの?同じ人間なんだから使えてもいいじゃない。少なくとも、ゼロからやり直しとかはナンセンスじゃないの?」という指摘に答えるための会議がICHです。
ICH会議を通じて、「民族差の検討が必要な医薬品の場合は、こんな追加試験を行えば、ゼロからやり直す必要はなくて他国のデータもある程度使えますよ」であったり、「最低限、世界各国どこかで臨床試験をするときは、この基準は満たしておいてね。そうじゃないと、他国での審査に使えないから。」といったメッセージを出すことが主目的の1つです。
ゼロからやり直すのははっきり言って時間と労力の無駄ですし、新しい治療法を待ち望んでいる患者さんのことを考えると、非倫理的な場合すらありますからね。
ICH guidelines
ICHと聞くと、「GCPのやつね~」となんとなくイメージする業界の方もいます。だいたいあってますが、GCPはICHの一部です。
そもそもがICHは会議のことですから、正しくはICH Guidelinesです。ICH(調和国際会議)は、4つのカテゴリー別にガイドラインを出しています。
4つのカテゴリーとは、Quality、Safety、Efficacy、Multidisplinaryの4つです。
ICH - Quality Guidelines
おもに、「モノ」としての医薬品の質をどう担保するか、という点についてまとめられたガイドラインです。
例えば、次のようなトピックについての考え方が示されています。
- 安定性試験の実施
- 不純物試験に関する閾値の定義
- GMPリスク管理に基づく柔軟なアプローチ
ICH - Safety Guidelines
人に対して医薬品が使われた際に、安全性に関する情報をどのように集めて、どのように対応するのが良いか、という点についてまとめられたガイドラインです。
顕在的なリスクはもちろん、潜在的なリスクについても常に目を光らせ続ける必要があるため、安全性の検証は、世の中に出てからが本番ともいえるでしょう。
ICH -Efficacy Guidelines
GCP (Good Clinical Practice) という、ICH ガイドラインの代表格ともいえるものは、このICH guidelinesのEパート(Efficacyに関わる部分)の一部です。
ICH - Efficacy Guidelinesでは、臨床試験のデザインや実施方法、"試験中に得られた"安全性情報に関する対応や、結果の報告についての方向性や考え方を示しています。
ICH - Multidisciplinary Guidelines
multidiciplinaryとは、日本語では「学際的な」という意味の形容詞です。
multidisciplinary [adjective]
involving several different subjects of study
https://www.oxfordlearnersdictionaries.com/definition/english/multidisciplinary?q=multidisciplinary
Quality(品質)、安全性(Safety)、有効性(Efficacy)のいずれかに分類するのが難しい、横断的なトピックがまとめられています。
主なものとして、「MedDRA (ICH medical terminology) 」「CTD (Common Technical Document) 」、「ESTRI (Electronic Standards for the Transfer of Regulatory Information) 」があります。
かみ砕くならば、統一用語、統一書式、統一電子フォーマット、のような用語や記録に関するガイドラインがまとまっています。
もし「なんだ、そういう事務的な基準か」なんて思う方がいるとすれば大きな誤解で、これらがきちんとしていないとデータや結果が使い物にならない(あるいは全て処理し直し)といった大変な事態になりかねません。
医療従事者の方々は日々のお仕事の中で感じられているかと思いますが、用語の統一や、記録方法の統一というのは、かなり深刻なテーマです。
日本だけが独自のコードを使い続けてしまっていると、国際標準からまた大きく取り残されてしまい、一億人越えの国ではあっても、日本国内でしか使えない(そして他国の情報は日本で使えない)といった事態になりかねません。
ああ恐ろしい。
最近のトピック - ICH E8 (R1) 臨床試験の一般指針 ガイドライン
現在、ICH - Efficacy Guidelines のうち、E8 の改訂が進んでいます。
R1 の R は Renovation(刷新)のことで、1というのは1回目の改訂という意味です。
ICH E8 (R1) の日本語訳(案)の中には次のような記載もあります。
実臨床を代表する対象集団は、既存のヘルスケアシステム内で実施される実践的試験(pragmatic trials)で対象とされることがある。そのような試験では、被験者募集手順は他の種類の試験とは異なり、選択/除外基準は既存の診療録に基づいて評価されるであろう。
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000187470
ですが、Pragmatice Trialをしたくても、日々収集され蓄積されている医療情報が日本独自の基準やコーディング、方言が用いられたままだと、国際共同治験で対照群を日常診療データで代替しようとしても日本のデータが使えなくなってしまうので、日本外しが加速するという悪夢が現実になりかねません。
何とかして、マイナンバー!