臨床試験 規制

ICH S1B(R1)医薬品のがん原性試験に関するガイドラインの補遺

序文

本補遺は、ICH S1A:医薬品におけるがん原性試験の必要性に関するガイダンス、S1B:医薬品のがん原性を検出するための試験に関するガイダンス、および S1C(R2):医薬品のがん原性試験のための用量選択のガイダンスと密接に関連して使用する。本補遺はS1 ガイドラインを補完するものである。

1. 緒言

1.1 本補遺の適用範囲

本補遺は、S1A に記載の通り、がん原性評価が推奨されているすべての低分子医薬品を対象とする。

1.2 本補遺の目的

本補遺は、現行の S1B ガイドラインに記載されていない追加のアプローチを導入することにより、低分子医薬品のヒト発がんリスクを評価するための試験の枠組みを拡張する。これは、2 年間ラット試験が、ヒトがん原性リスク評価を完了する上で価値を付与するか否かを示す特定の証拠の重み付け(weight of evidence:WoE)の基準を提供する統合的なアプローチである。また、本補遺では、rasH2-Tg マウスモデルにおける高用量設定のための血漿中曝露量比に基づくアプローチが追加されているが、S1C(R2)ガイドラインにおける高用量選択のための、その他のすべての推奨事項は継続して適用される。この統合的アプローチの適用により、3Rs[使用動物数の削減/苦痛の軽減/代替法の利用]の原則に基づいて動物の使用を削減し、より科学的な機序に基づく発がん性評価を得ることに集中するために資源をシフトすると供に、新規低分子医薬品の安全かつ倫理的な開発を促進する。

1.3 背景

S1B ガイドラインは、医薬品のがん原性試験に対処するためのアプローチを柔軟に検討することを求めているが、基本的な枠組みとして一般的には長期げっ歯類試験を推奨しており、実際には、これらは、通常ラットを用いた 2 年間試験およびマウスを用いた 2種目のげっ歯類がん原性試験(2 年間または短期試験)となる。S1B ガイドラインの発出以来、腫瘍発現の作用機序の解明に向けた科学的進歩、げっ歯類モデルの限界に関する理解の向上に加え、医薬品データセットの複数の後ろ向き解析により、2 年間ラットがん原性試験にはヒトの発がんリスク評価に価値を付与しない場合があったこと、また、利用可能なすべての薬理学、生物学および毒性データの包括的評価に基づき、がん原性を適切に評価できる可能性があることが示されている(2-9)。

このような後ろ向き解析から得られた結論が現実的に(すなわち、2 年間ラットがん原性試験の結果を知る前に)確認可能かどうかを判断するため、ICH S1(R1)RND:医薬品のげっ歯類がん原生試験の変更(案)-規制通知文書(Proposed Change to Rodent Carcinogenicity Testing of Pharmaceuticals–Regulatory Notice Document)の下で、自主的な国際共同前向き研究が実施された。この前向き評価から得られた結論により、特定の医薬品では、2 年間ラット試験を実施する代わりに、統合的 WoE アプローチによって、ヒトにおける発がんリスクを適切に評価可能であったことが確認された。

また、ICH S1C(R2)に示されている 2 年間げっ歯類試験における高用量選択のための曝露量比によるエンドポイント(動物/ヒト血漿 AUC に基づく)を rasH2-Tg マウスを用いた試験に使用することは国際的には受け入れられていない。そのために、利用可能な情報に基づき rasH2-Tg 試験における曝露量および結果を評価するため、包括的な解析を実施した。3 項に記載のように、本解析の結果は、このモデルでの高用量選択において、曝露比が 50 倍を超えることに意義がないことを示している。

2. 低分子医薬品のヒトにおけるがん原性を評価するための証拠の重み付けアプローチ

薬物開発の過程において、重要な生物学的、薬理学的および毒性学的情報を考慮した科学的に頑健ながん原性評価戦略を構築することが医薬品開発者にとって重要である。2.1項および 2.2 項に記載した統合的な WoE 評価アプローチは、被験物質が以下のいずれかに該当するという結論を支持する可能性がある。

  • ヒトで発がん性がある可能性が高いため、製剤にはその情報が表示され、2 年間ラットがん原性試験は価値を付与しないと思われる;または
  • ヒトでは発がん性がない可能性が高いため、2 年間ラット試験は価値を付与しないであろう(ラットでも発がんする可能性がない、またはラットでは発がんする可能性が高いが、ヒトへの外挿性がないことが知られている十分に認知された機序を介する);または
  • ヒトのがん原性については不確かであり、2 年間ラットがん原性試験はヒトのリスク評価に価値を付与する可能性が高い。

WoE 評価の結果、ヒトの発がん性が不確かであると結論付けられた場合は、S1B に記載されている、2 年間ラットがん原性試験およびマウスを用いたがん原性評価(短期または 2 年間試験)を実施するというアプローチが、引き続き最も適切な戦略である。

2.1 WoE 評価で考慮すべき要素

WoE アプローチは、公開情報および従来の薬物開発試験から得られる発がん性に関連するデータすべての包括的評価に基づいており,以下の要素が含まれる。

1) 薬物標的の生物学的特性、ならびに親化合物およびヒトの主要活性代謝物の主な薬理学的機序に基づく、発がん性を示すデータ。これにはラットおよびヒトにおける薬物標的の分布、遺伝子改変モデルからの情報、ヒト遺伝子関連研究、がん遺伝子データベース、薬物クラスの発がん性情報が含まれる。

2) 親化合物および主要代謝物のオフターゲット作用を示す副次的薬理学的スクリーニング結果、特に発がんリスクを示す結果(例:核内受容体への結合)。

3) 親薬物および主要代謝物の曝露マージン評価を含む、被験薬を用いて完了した反復投与毒性試験,特にラット長期試験の病理組織学的データ。

4) 薬物標的および代償性内分泌反応機序の情報を含むホルモン変動の証拠;反復投与毒性試験における内分泌器官および生殖器官の重量、肉眼的および病理組織学的変化ならびに生殖毒性試験の結果。

5) ICH S2(R1):医薬品の遺伝毒性試験および解釈に関するガイダンスの基準による遺伝毒性試験データ;不確かな遺伝毒性は、発がん性に関する不確実性を増大させる。

6) ICH S8:医薬品の免疫毒性試験に関するガイドラインに従った免疫調節の証拠。標準的なラットおよびマウスがん原性試験は、この特定のヒトのリスクを同定するのに信頼性がないことが一般に認識されている(12,13)。

上記の WoE 要素は、2 年間ラット試験が価値を付与するか否かを結論付けるのに十分である可能性がある。しかし、1 つあるいはそれ以上の WoE 要素が不確定の可能性や、発がん性の懸念を示す場合、医薬品開発者は、潜在的リスクのヒトへの外挿性を明らかにする検討を実施することができる。以下のアプローチが考えられるが、これらに限らない。

1) 追加の検討試験または過去の試験において採取した検体の分析(例:特殊組織化学染色、分子バイオマーカー、血清ホルモン値、免疫調節のさらなる特性評価、代替の in vitro または in vivo 試験システム、新規技術によるデータ等)

2) 臨床用量および曝露におけるヒトへの機序的な外挿性を示すために得られた臨床データ(例:尿中薬物濃度および結晶形成の証拠、ヒト血漿中ホルモンの変化を対象とした測定、ヒト画像データ)

2.2 ヒト発がんリスク評価のための WoE 要素の統合

上述の WoE 要素の統合解析により、標準的な 2 年間ラット試験のヒトの発がんリスク評価に対する寄与が判断される。すべての要素は統合解析に影響を及ぼすが、各要素の相対的重要性は、検討される分子ごとに異なる。ICH S1 RND 研究[S1(R1)RND:医薬品のげっ歯類がん原生試験の変更(案)-規制通知文書]で得られた経験に基づく重要な結果と事例の要約を付録 1 に示し、2 年間ラット試験の必要性を判断する際に WoE 要素をどのように統合できるかを示す。

ICH S1 RND 研究の経験から、ある薬物クラスの他の化合物で確立されたプロファイルは、薬理学的標的の調節に関連したヒトでの発がんリスク評価に大きく寄与することが示されている。新たな治療標的を有する化合物(すなわち first-in-class)であっても、統合的な WoE ベースのアプローチは適用可能である。このような候補物質については、標的の生物学的特性に関して懸念要因がないことを確立するために、より高い水準で科学的根拠が要求される。付録 1 では、WoE 評価により、2 年間ラット試験が新規標的阻害薬のヒトがん原性リスク評価に価値を付与しないと思われるとの結論に至った事例を示している。

WoE 評価によって 2 年間ラット試験の実施が不要であると判断された場合、医薬品開発者は販売承認を申請する各地域の医薬品規制当局(DRA)との調整を求める必要がある。医薬品開発者が ICH S1B に従って 2 年間ラット試験を実施することを決定した場合、各DRA との合意を求めることやそれらの根拠の文書化の義務はない。

2.3 マウスがん原性試験

統合 WoE 評価により 2 年間ラット試験が有意な価値をもたらさないことが示された化合物についても、ICH S1B に規定する 2 年間または短期のトランスジェニックモデルのいずれかのマウスを用いたがん原性試験は、依然としてがん原性評価計画の一部として推奨される。しかし、例えば、WoE 評価によりヒトに対する発がん性リスクがないことが強く示され、かつマウスでは治療用量以下の薬理学的に不活性な薬物曝露しか得られないことがデータにより示される場合には、マウスを用いたがん原性試験の実施が適切でない可能性がある。

3. rasH2-Tg マウスがん原性試験の高用量選択基準に関する解説

rasH2-Tg マウスモデルにおいて、用量制限毒性がない場合、ICH S1C(R2)に概説されるその他の用量設定基準を適切に用いず、高用量選択のために血漿中曝露量(AUC)比を用いることは、エンドポイントとして国際的には受け入れられていなかった。このため、rasH2-Tgマウスモデルを用いて評価した 50の化合物について利用可能なデータを解析した結果、血漿中 AUC 曝露量比(げっ歯類:ヒト)で 50 倍を超える投与量はがん原性評価を支持する上での価値がないとの結論に達した。したがって、げっ歯類を用いた 2 年間の試験について、S1C(R2)に規定されているがん原性試験の高用量の選択に関するすべての基準は、血漿中 AUC 曝露量比を含めて、rasH2-Tg に適用できる。ただし、曝露量比は、野生型げっ歯類を用いた 2 年間試験の 25 倍ではなく、rasH2-Tg マウスでは 50倍である。S1C(R2)の他のすべての事項は、rasH2-Tg マウスに適用可能である。

参考文献

REFERENCES

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