アジャイル・ガバナンスの実践に向けたインセンティブ設計

アジャイル・ガバナンスを各ステークホルダーが実践するためには、適切なインセンティブ設計が必要である。その具体例としては、以下のような仕組みが考えられる。

企業に対するインセンティブ設計

企業が適切なガバナンスを行うインセンティブとなるのは、法規制による制裁や、問題発生時の損害賠償や社会的評価等のリスク、そして市場における評価(とりわけ金融市場における投資家からの評価)であると考えられる。

規制・制裁・責任の一体的改革

現状の制裁制度や損害賠償制度は、法令上の行為義務や過失責任上の結果回避義務など、公的権威によって規定された一定の義務に対する違反があったかどうかを基準としている。そのため、企業にとっては、提供する製品・サービスのリスクに関する費用便益分析に基づいて最適なリスクマネジメントを設計・実施するというよりも、形式的に法令を遵守したり、形式的な法令遵守からの逸脱が事後的に法令違反と判断される可能性を排除できない場合には、新たなリスクマネジメントを行うこと自体を差し控えたりすることが最善のリスク回避策となっている。すなわち、自主的に最適なガバナンスを設計・実施することに向けたインセンティブ設計がされているわけではない。

この点を踏まえ、不確実性の高い製品・サービスに関する事故について、いわゆる厳格責任制度を導入し、企業が自ら製品・サービスの想定されるリスクに関する費用便益分析を実施するインセンティブを与えるよう責任制度を再設計することが考えられる。一方で、厳格責任制度を単純に導入すると、予見不可能な事故について、企業が過剰な回避行動をとってしまい、イノベーションが阻害されてしまう。そこで、以下のように、免責制度と共に、いわゆる訴追延期合意制度(Deferred Prosecution Agreement:DPA)と類似した仕組みの制裁制度を併せて導入し、イノベーションとリスクをリバランスし続けるインセンティブを与えるよう制度設計することも考えられる。

これは、①事故に関するステークホルダー(複数の場合もあり得る)の厳格刑事責任を規定し、事故が起きた場合に、②事前に想定可能なリスクの発現であれば情報提供と被害補償、③想定不可能な不確実性の発現の場合には情報提供と事故調査への協力及び製品・サービスの改善や組織の改善の約束をさせて訴追を延期するものとし、④不協力・不履行の場合には訴追することで相当額の制裁金を賦課すると共に、製品・サービスの認証取消などの厳格な行政制裁を行うという制度である。なお、事故時の被害者救済の確実化や、事業者の厳格責任下での過剰なリスク回避措置の防止という観点からは、保険制度や公的被害補償制度、認証制度の整備や、情報ハブの設置(評価と学習 参照)も重要である。

このように、規制・制裁・責任に関する一体的な改革を行うことによって、自律分散型統治を高度にコーディネーションさせることを通じて、複雑なシステムにおいて生じるリスクとイノベーションの最適なバランスを実現することができると考えられる。

市場からの評価

コーポレートガバナンス・コードでは、従来、プリンシプルベースに基づく「コンプライ・オア・エクスプレイン」のアプローチがとられてきたが、実務上は、可能な限りコンプライすることによってエクスプレインを避けたり、形式的なコンプライで対応を済ませたりする例が多いことが指摘されている。しかし、イノベーションの提供者による責任あるガバナンスを実現するためには、企業が様々な価値(ゴール)に関する自らのコミットメントを宣言した上で、それを外部に適切に開示する「コンプライ・アンド・エクスプレイン」が必要である。

実務上も、自ら非財務情報に属するゴールと目標を設定して積極的に開示を行う企業が増えてきている。統合報告書において、国際的な開示フレームワークであるGRIスタンダードなどに基づき、気候変動や品質の責任、労働の安全・衛生、人権、ダイバーシティ、人材育成などについて、重要事項の選定理由や評価指標、それに対するKPIとして目標や数値などを開示する例は増加している。その背景には、社会へのインパクトに関する非財務情報の積極的な開示とステークホルダーとの対話こそが、企業価値の向上につながるとの経営者の判断があるものと考えられる。

政府においては、こうした取組を後押しするよう、国際的な枠組みを尊重しながら開示制度を整備していくことが求められる。

非財務情報の開示に関する近年の政府の検討

コーポレートガバナンスの文脈において、従来、企業の情報開示制度は、財務に関する情報を中心に整備されてきたが、近年では、非財務情報の開示に関する議論が進んでいる。

2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂においては、上場会社が、自社のサステナビリティについての取組や、人的資本や知的財産への投資等について適切に情報開示すべきとされた。また、プライム市場上場会社では、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、国際的に確立された開示の枠組みである気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures, TCFD)又はそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきとされた。

こうした非財務情報の開示に関する企業の取組を後押しするため、金融庁の「ディスクロージャーワーキング・グループ」は、2021年9月に「サステナビリティ(気候変動対応、人的資本への投資、多様性の確保等)」に関する開示について検討を開始した。 これらの情報の開示枠組みが整備されることによって、市場参加者が、「サステナリビティ」というゴールの達成に向けた各社のガバナンスの在り方をより適切に評価できるようになると考えられる。

アジャイル・ガバナンスの実践に役立つツールの提供

企業によるアジャイル・ガバナンスの実践をインセンティブ付けするためには、自社がガバナンスにおいて評価されるために何をすればよいのかが明らかになっていることが必要である。そのため、一定の分野ごとに、企業が参照できるガイドラインを整備することが重要である。こうしたガイドラインは、マルチステークホルダーによる検討に基づき、アジャイルにアップデートされていくべきである。

例えば、以下のガイドラインについては、アジャイル・ガバナンスの枠組みを促進するものとして位置付けることができる。

① 個別的な分野に関する企業向けガイドラインやツールキット

例: AI原則実践のためのガバナンス・ガイドラインDX時代における企業のプライバシーガバナンスガイドブック

② 官民合同プラットフォームのガバナンスに関するガイドライン

例: プラットフォームにおけるデータ取扱いルールの実装ガイダンス

政府に対するインセンティブ設計

アジャイル・ガバナンスの実践を通じて、政府がSociety5.0にふさわしいファシリテーション、規制改革、システム構築などを推進できれば、政府はより多くの評価や信頼を国民や住民から獲得することができると考えられる。さらには、アジャイル・ガバナンスの過程で民間を政策形成に巻き込んでいる結果、民間側に政策やルールに対する主体性(受け身でない姿勢)が生まれるとも考えられる。これによって、さらに政府のファシリテーションや規制改革、システム構築などが促進されるという好循環が生まれることが、政府にとってのインセンティブになると思われる。

こうした好循環を生じさせるためには、「政府」に分類される組織の目的を見直していくことが求められる。すなわち、所管する個別具体的な利益の保護やそれらの調整を行うだけではなく、イノベーションの促進や競争のためのルール形成といったプロアクティブな動きをすることが組織の存在意義であることを明確にすることによって、報酬体系、組織体系、評価体系などの見直しにつなげていくことが重要になるであろう。

個人・コミュニティに対するインセンティブ設計

個人やコミュニティにとって、アジャイル・ガバナンスに参加するインセンティブとなり得るのは、第一に、個人が政府や企業、又はこれらが連携した組織のガバナンスに参加する手段が確保されていること、そして第二に、そこでの提案や要望が適切に制度改正やシステム改善につながることであると考えられる。そのために、政府や企業としては、ユーザー・国民及びその代表者との間のコミュニケーションの状況や、それが実際にサービスや政策に反映される過程について、透明性を向上することが重要である。また、コミュニティをリードするNPOやNGO組成を民間主体が積極的に支援するための取組(投資や税制優遇など)を行っていくことも考えられるであろう。

さらには、官民の人材交流や兼職などを通じて、政策形成の過程により多くの個人やコミュニティが入り込めるような環境整備も一層重要になる。

参照

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アジャイル・ガバナンスの実践に向けたインセンティブ設計

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