医療におけるモラルジレンマと生命倫理四原則

日々の生活の中で、私たちは様々な選択の機会にめぐりあいます。医療においても同様に、いたる場面で選択が行われています。

常に正解があればいいのですが、正しい選択が明白でないことも多いのが実情です。その時に発生するのが「モラルジレンマ」です。

この記事では、「モラルジレンマとは何か」と、考えの礎となる「生命倫理四原則」についてご紹介します。

医療におけるモラルジレンマ

モラルジレンマとは

医療において、様々な選択や判断を行う際には、仮に科学的なエビデンスが揃っていたとしても、判断に迷うことは珍しくありません。

言い換えるなら、科学的な視点だけでは「どの選択肢が最善なのか」という問いに対する答えにたどり着けないことがあります。

そのような時、科学以外に拠り所となるのが「倫理」です。

判断に困るような場面にぶつかったときには、倫理原則に照らし合わせて、「できるだけ最善に近い選択は何か」を考えることになります。

ただ悩ましいのは、倫理原則を考慮して導き出された選択肢が複数ある場合です。

後でご紹介する生命倫理四原則「自由尊重と敬意」「無危害」「善行」「正義」から成りますが、この全てを同時に完璧に満たすのは簡単なことではありません。

「自由尊重」に重きを置いたら、「無危害」の部分が弱くなってしまう(危害が起きる可能性が高まる)などは、想像しやすいでしょう。

あちらを立てればこちらが立たず、という難しさがあるんですね。

そのため、「自由尊重と敬意」「無危害」「善行」「正義」を全て完璧に満足いくレベルで達成することが難しい場合、この4つの原則の中で何を大切にするかという話になってきます。

こうした悩み、葛藤をモラルジレンマといいます。

当然ながら医療は科学的根拠に基づいて行われるので、「倫理原則を考慮して導き出された各選択肢」には、それを主張するだけの科学的根拠が求められることには注意しましょう。

倫理的葛藤に深く入り込むほどに、議論が感情的・情緒的なものになりがちですが、議論を適切に進めるためには科学的根拠がないと水掛け論になってしまいます。

科学的根拠を踏まえたうえで、「患者さんやご家族の気持ち・考えの尊重」「患者さんの健康や安全の確保」「医療サービス提供側のリソース」「国や自治体のリソース」の議論を行うのが理想的です。

また、注意しなければならないのは「患者さんの気持ち・考えの尊重」「ご家族の気持ち・考えの尊重」することが、必ずしも患者さんやご家族を良い方向に導かない可能性もあることです。

医療に限らず、サービスを受ける側の知識や情報と、サービスを提供する側の知識や情報の間のギャップがある場合、サービスを受ける側がどの選択肢が良いかの判断を的確に行うことは難しくなりがちです。

一例として、抗がん剤治療をめぐるモラルジレンマ倫理的葛藤)を考えてみましょう。

適応外のがん治療とモラルジレンマ

仮に「Zさん」という人がいたとして、モラルジレンマについて考えてみます。

Zさんは数年前にとある固形がんが見つかり、がん治療を受けています。

今までは、日本で承認されている治療を受けていたのですが、先日、主治医から「これ以上、治療を続けることは難しい」と伝えられました。

その理由は「今、日本で承認されている治療方法では、治療効果よりも副作用などのリスクが大きく、継続することはZさんへの負担が大きくなる」というものでした。

Zさんとしては、「家庭のために、少しでもながく生きていたい」という気持ちがあり、「今、日本では承認されていないが、他国で承認されている治療を受けたい」と主治医に相談しました。

いわゆる「適応外治療」を受けたい、という相談です。

これは、生命倫理四原則における「自由尊重と敬意」から考えれば「患者の決定を尊重し従う」ことになります。

一方で、生命倫理四原則における「無危害」から考えるとどうなるでしょうか。

「今、日本では承認されていないが、他国で承認されている治療」が、Zさんにとって良い結果をもたらすか、そうでないかはわかりません。

医療サービスを提供する側としては、「情報が非常に限られている、日本では承認されていない治療」を安易に提供することは好ましくないでしょう。

そのため、「他国で承認されている治療」について、可能な限り多くの情報を集め、無危害の原則に反しないかどうかを見極める必要があります。

「日本では承認されていないから使ってはいけない」とけんもほろろに断るのは、「自由尊重と敬意」の面からみると好ましくなさそうです。

とはいえ、「使いたいというなら使おう」と安易に進めるのも「無危害」の面から考えると問題がありそうです。

こうした葛藤を抱えながら、他国における使用状況を調べるなど、意思決定に必要な情報を集めていくことになります。

次は、その礎となる「生命倫理四原則」について少し深堀してみましょう。

生命倫理四原則

まず、生命倫理四原則は次の4つです。

  1. 自律尊重と敬意(respect for autonomy, respect for persons)
  2. 無危害(nonmaleficence)
  3. 善行(beneficence)
  4. 正義(justice)

もともとは英語で書かれているものを日本語に当てはめているので、訳し方は様々ありますが、大切なのはその意味するところです。

自律尊重と敬意(respect for autonomy, respect for persons)

「自律尊重と敬意」は、英語では respect for autonomy や respect for persons と表現されているものです。

自律できる人、すなわち成人など自己決定のできる人に対しては、本人の自由意思を尊重するということを意味します。

また、医療においては、未成年であったり、意識を失った人、疾患等で判断力が低下している人も医療を受けることがありますが、こうした方々は自己決定ができないこともあるため、その場合は「人として尊重する」という意味になります。

具体的にはインフォームド・コンセントシェアード・ディシジョン・メイキング(SDM)などの形で医療の場面では目にすることが多いでしょう。

また、患者参画型看護計画であったり、患者参加型医療という言葉もよく目にするようになりました。

無危害(nonmaleficence)

「無危害(nonmaleficence)」とは、そのままの意味で「人(患者さんや被験者)に危害が及ばないようにする」というものです。

「これは絶対に危害が及ぶ」とわかっているものであれば、それを避けるようにすればよいでしょう。

ところが、必ずしも「これは絶対に危害が及ぶ」というものばかりではありません。

中には、日本未承認の抗がん剤の使用などのように、「これは、もしかしたら危害が及ぶかもしれない」という選択肢も出てくることがあります。

近年はゼロリスク信仰からの脱却の流れも出てきていますが、「どの程度のリスクなら負うことができるか」の議論は、まだ緒についたばかりです。

善行(beneficence)

「善行(beneficence)」とは、ある意味で当たり前かもしれませんが、「患者さん(や被験者)に対して最善を図ること」を意味します。

当たり前のことですが難しいのは、「医療提供者側が考える最善」と「患者(や被験者)が考える最善」が完全に一致するとは限らない点です。

疾患や治療に関する情報は医療提供者側が豊富に持っている一方で、患者さん(や被験者)は生活者としての側面もあり、医療だけを考えたときと、生活面まで含めたときの最善は異なる場合もあります。

分かりやすい例としては、通院頻度の設定が考えられるでしょう。

医療提供者側としては、毎月定期的に通院してもらってきめ細かな経過観察をしたい一方で、患者さん側は毎月の通院は負担なので数ヶ月に1回程度にしたいと思っている、というのはよくあることです。

何が「最善」なのかは、立場や役割、タイミングによっても変わってくるので、シンプルですが難しい問題です。

正義(justice)

「正義(justice)」という言葉は、日常的にはあまり使われないため、いざ「正義とは何か」と問われると戸惑う方も多いのではないでしょうか。

正義という表現だと少し抽象的すぎるので、「医療資源の配分、負担の配分、それぞれについての説明責任を果たすこと」と言い換えるとわかりやすいかもしれませんね。

正義(justice)の視点から考え、説明する必要がある具体的な例としては、「新型コロナウイルスワクチン接種の対象の決め方」があります。

厚生労働省のウェブサイトに、新型コロナワクチンの4回目接種の対象者の条件が次のように書かれています。

接種の対象
新型コロナワクチンの4回目接種の対象は、3回目接種又はそれに相当する接種から5か月以上が経過した下記の方です。

1)60歳以上の方
2)18歳以上60歳未満で、
・基礎疾患を有する方や新型コロナウイルス感染症にかかった場合の重症化リスクが高いと医師が認める方
・医療従事者等及び高齢者施設等の従事者

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_fourth-dose.html

なぜ、この条件が設定されているのかの説明責任を果たすことは、正義(justice)の原則からも重要なことと言えるでしょう。

まとめ

今回は「医療におけるモラルジレンマ生命倫理四原則」というテーマで、モラルジレンマ生命倫理四原則について考えてみました。

モラルや倫理に関する議論のたねは、医療だけでなく日常生活のいたるところにあります。

生命倫理四原則も、つまるところ「思考のフレームワーク」ですから、覚えておくと日常生活から様々な気付きを得ることができます。

医療におけるモラルジレンマと生命倫理四原則

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

トップへ戻る