「健康でいるためには、バランスの取れた食事や運動が大事!」 たしかにそうですよね。でも、もし、あなたの健康が、あなたがどんな場所で生まれ育ち、どんな風に学び、働き、暮らしているか…といった「環境」にも左右されるとしたら、どう思いますか?
最近、「健康の社会的決定要因(SDH)」という言葉を耳にする機会が増えてきました。 なんだか難しそうに聞こえるかもしれませんが、これは「私たちの健康は、体のこと(生物学的なこと)だけじゃなくて、毎日の暮らしを取り巻くいろんな社会的なことにも影響されているんだよ」という考え方なんです。
たとえば、どんな教育を受けられるか、どんな仕事についているか、住んでいる場所の環境はどうか、地域の人とのつながりはどうか…などなど。これら一つひとつが、実は私たちの健康状態にじわじわと、でも確実に、関わっているんですね。
このSDHという考え方を知ると、「病気や健康の問題は、個人の努力不足だけが原因じゃないのかも?」という新しい視点が見えてきます。
この記事では、そんな「SDH」について、
- そもそも、どういう意味?
- なんでそんなに大事なの?
- 私たちにできることってある?
といったポイントを、できるだけわかりやすく、かみ砕いてお伝えしていきます。 あなたの健康、そして社会全体の健康について、一緒に考えてみませんか?
Table of Contents
1. SDH(健康の社会的決定要因)とは?
これは「Social Determinants of Health」の頭文字をとったもの。日本語にすると「健康の社会的決定要因」となります。…うーん、ちょっとカタい感じがしますよね。
もっと簡単に言うと、私たちの健康状態を決めているのは、医学的なことだけじゃないよ! という考え方なんです。
あの有名なWHO(世界保健機関)も、このSDHがすごく大事だと言っていて、こんな風に説明しています。
「人がどんな環境で生まれて、育って、毎日を過ごして、働いて、そして年を重ねていくか。それと、お金や、社会的な力(発言力とか影響力みたいなもの)、使える資源(サービスとかモノとか)にどれだけアクセスできるか、ということ全体」
これがSDHなんだ、と。
つまり! 健康かどうかは、「ちゃんとお医者さんにかかれるか」だけが問題じゃないんです。
普段の私たちの生活を取り巻く、もっとずーっと幅広いいろんなことが、実は健康にめちゃくちゃ影響してるってことなんですね。
SDHの主な要素・分類
じゃあ、その「健康に関わる社会的なこと(SDH)」って、具体的にはどんなものがあるんでしょう?
実は、専門家の間でも「これ!」と一つに決まっているわけではなく、色々な分け方があるんです。ここでは、ひとつの例として、アメリカの大きな健康目標「Healthy People 2030」で使われている、代表的な5つのグループ分けを見てみましょう。
1. お金や暮らしの安定 (経済的安定性)
やっぱり、生活の土台は大事ですよね。お給料が十分か、安定した仕事があるか、毎日ちゃんとご飯を食べられているか(食料のこと)、安心して住める家があるか、といったことが含まれます。
2. 学びの機会と質 (教育へのアクセスと質)
子どもの頃にどんな教育を受けられたか、高校や大学に進学できたか、文字の読み書きはしっかりできるか… こうした「学び」に関する経験も、将来の健康に繋がってきます。
3. 医療や健康ケアとのつながり (ヘルスケアへのアクセスと質)
病気になった時にちゃんと病院にかかれるか、健康診断のような病気を予防するためのケアを受けやすいか、といった、医療との関わり方も大切です。
4. 住んでいる場所や環境 (近隣環境と物的環境)
あなたが住んでいる「まち」も、健康に影響します。家は安全か、バスや電車は使いやすいか、近くに新鮮な野菜を買えるお店はあるか、空気や水はきれいか、治安は良いか…などがポイントです。
5. 人とのつながりや社会との関係 (ソーシャル・コミュニティ・コンテキスト)
ひとりで頑張るのって大変ですよね。家族や友人との良い関係、地域の人たちとのつながり、困ったときに助け合える雰囲気があるか、差別されたり仲間外れにされたりしないか、といった社会的なつながりも、心と体の健康に関わっています。
6. 他にも
WHO(世界保健機関)なんかは、もう少し違う角度から、「社会の中での格差」「ストレス」「子どもの頃の経験」「働きがい」「失業」みたいに、10個のポイントを挙げることもあります。
こうして見てみると、本当に色々なことが私たちの健康に関わっているんですね。そして、これらのたくさんの要因の根っこを探っていくと、「貧しさ(貧困)」の問題や、「学ぶ機会(教育)」の問題が、大きく横たわっていることが少なくないんです。
SDHが健康に与える影響力
ここで、ちょっと「えっ、そうなの?」って思うかもしれないデータがあるんです。
ある研究によると、私たちの健康状態に影響を与えている色々なことの中で、病院にかかれるかとか、医療のレベルがどうかっていう「医療」の部分。これって、実は全体のたった20%くらいしか影響していない、という分析があるんです。
「じゃあ、残りの大部分は何なの?」って思いますよね。 その内訳を見てみると…
- 40%は、これまで話してきた「SDH」(収入、学歴、仕事、人とのつながり、住む場所の安全など)
- 30%は、そのSDHの影響も受けやすい「毎日の暮らし方」(どんなものを食べるか、運動するか、タバコやお酒との付き合い方など)
- 10%が、空気や水といった「環境」
…なんだそうです。 (※これはあくまで一つの分析例です)
WHO(世界保健機関)も、「健康の結果の3割~5割くらいは、このSDHが関係しているんじゃないか」と考えているんですよ。
つまり! これまで健康って、遺伝とか、ちゃんとお医者さんにかかること、そして本人の生活習慣がほとんど全てだと思っていませんでしたか? でも、データを見ると、それ以上に「どんな社会で、どんな風に暮らしているか(SDH)」の方が、もしかしたら私たちの健康に大きな影響を与えているかもしれないってことなんです。
さらに、こんなちょっと切ない現実も指摘されています。 「収入が低い人ほど、健康状態が悪くなりやすい」という、はっきりとした傾向があること。これを専門用語で「ソーシャルグラディエント(社会的な健康勾配)」って呼んだりします。
難しく聞こえるかもしれませんが、要するに、収入とか社会的な立場によって、健康レベルにまるで階段みたいに差がついちゃってる、そんな状況を表す言葉なんです。
2. なぜSDHの理解が重要なのか?
ここまでSDHの話をしてきましたが、「ふーん、そういう考え方もあるんだ」くらいに思っているかもしれませんね。でも、ちょっと待ってください! このSDHをちゃんと理解することが、実は、私たち一人ひとりの健康はもちろん、社会全体の「健康」を考える上で、めちゃくちゃ大事なことなんです。
どうしてかと言うと…
理由1:健康の「不公平」をなくすため
世の中には、残念ながら「健康の不公平(ヘルスインイクイティ)」が存在します。生まれた場所や育った環境、経済的な状況によって、健康になれるチャンスに大きな差がある…これって、本当は避けられるはずなのに、そうなってしまっている。SDHは、まさにこの「不公平」を生み出す大きな原因の一つなんです。
逆に言えば、SDHの問題にみんなで取り組めば、「健康の公平(ヘルスエクイティ)」に近づける! つまり、「誰もが、できる限り最高の健康を手に入れられるチャンスを持てる」そんな社会を目指せるってことです。スタートラインがデコボコじゃなくて、ちゃんと揃っているイメージですね。
理由2:「根本」から解決するため
病気になってからお医者さんに行くのはもちろん大切。でも、それだけだと、例えるなら、庭の雑草の、地面から出ている部分だけを毎回ハサミで切っているようなものかもしれません。SDHに目を向けるというのは、「なんでそこに雑草が生えるの?(=根本の原因)」を考えて、土壌改良からやろう!というアプローチなんです。
ちょっと寄り道:「社会的なニーズ」って言葉、知ってる?
ここで、「社会的なニーズ (Social Needs)」っていう、SDHと似ているようでちょっと違う言葉も紹介しますね。
SDHが「社会の仕組み」みたいな大きな話だとしたら、社会的なニーズは、その仕組みの問題が、一人ひとりの「今、困ってること!」として現れたものです。 たとえば、「今日食べるものがない…」「家賃が払えなくて困ってる…」「頼れる人がいなくて孤独だ…」といった、目の前の具体的な SOS を指します。
SDHという大きな川の流れ(社会構造)があって、その流れの中で「助けて!」となっている個別の状況が「社会的なニーズ」と考えると、分かりやすいかもしれません。
健康へのアプローチは「川の流れ」で考えよう!
健康問題を解決する方法を考えるとき、よく「川の流れ」に例えられます。
- 下流 (Downstream) での対応: 川に流されてきた人(=病気になった人)を助け出すこと。これが、お医者さんによる治療などにあたります。もちろん大事!
- 中流 (Midstream) での対応: 川で溺れかけている人(=困窮している人、社会的なニーズを抱える人)に、浮き輪を投げたり、泳ぎ方を教えたりすること。生活支援や、具体的な困りごとへのサポートがこれにあたります。
- 上流 (Upstream) での対応: そもそも、なんで人が川に落ちちゃうの? を考えて、川のほとりに柵を作ったり、橋を安全にしたりすること。これが、社会のルールや政策を変えたり、根本的な原因(SDH)に働きかけたりするアプローチです。
SDHを知るということは、「下流」の治療だけじゃダメで、「中流」での助け合いも、「上流」での仕組み作りも、ぜーんぶ大事! ということに気づかせてくれます。もっと広い視野で、みんなが健康でいられる社会を作るヒントが見えてくるんですね。
3. SDHへの向き合い方、私たちにできること
さて、この「健康を決める社会的な要因(SDH)」。なんだか大きな話になってきましたが、じゃあ具体的にどうすればいいんでしょう?
これは、お医者さんや病院だけが頑張る話ではありません。社会全体で「よーし、やるぞ!」って協力していく必要があるんです。
社会みんなでできること・やるべきこと
世界保健機関(WHO)も、「SDHに取り組むなら、こういうことが大事だよ!」と大きく3つのポイントを挙げています。
- みんなの毎日の暮らしをもっと良くすること(安全な家、きれいな環境、働きやすい職場など)
- お金やチャンスの不公平な偏りをなくしていくこと(格差を減らす工夫など)
- 今、どんな問題が起きているかちゃんと調べて、対策が効いているか効果を見ること
これって、行政だけ、NPOだけ、企業だけ…じゃなくて、色んな立場の人が「自分ごと」として捉えて、手を取り合うことがめちゃくちゃ重要ってことですよね。
そこで注目されているのが、「Health in All Policies(すべての政策に健康の視点を!)」みたいな考え方。 たとえば、街の計画を立てるとき、新しい働き方のルールを作るとき、教育のことを考えるとき…どんな分野の政策でも、「これって、みんなの健康にどう影響するかな?」っていう視点をちゃんと入れようよ!っていう動きです。「ウェルビーイング(心も体も社会的にも、ぜんぶが良い状態)」を入れよう、という考え方もあります。
具体的な例でいうと、
- 地域の中で、SDHに関する色々な相談や支援を一つにまとめる窓口「SDOHハブ」を作る動き
- 食べ物を買いに行くのが大変な人を助けるために、「食料お届けサービス」を試験的にやってみる(アメリカのミシガン州の取り組みなど)
…なんていう、具体的な工夫も始まっています。
お医者さんや病院など、ケアの現場でできること
もちろん、私たちがいざという時にお世話になる医療の現場でも、できることがあります。
- 診察室での「ちょっと踏み込んだ質問」 お医者さんにかかった時、病状だけでなく、「最近、食事はちゃんと摂れてますか?」「お仕事やお金のことで、心配なことはありませんか?」「住む場所は安心できますか?」なんて、暮らし向きについて尋ねられることがあるかもしれません。これは、病気の背景にあるかもしれない生活の「困った」を探るため。もしよかったら、正直に話してみるのもいいかもしれません。
- 困りごとと「支援」をつなぐ もし、そうした会話から「食料が足りない」「家賃が払えない」といった具体的な困りごとが見つかったら、「こういう公的な支援が使えますよ」「地域のこういう団体に相談できますよ」と、フードバンクや公的なサポート窓口など、具体的な助けにつながる情報を提供したり、橋渡しをしてくれたりします。(これもミシガン州の例ですが、食料、住まい、医療費、光熱費など、様々な支援プログラムがあります)
- 病院と地域の連携 病院だけで抱え込まず、地域の福祉サービス機関などと普段から顔の見える関係を作り、協力体制を築いておくことも大切です。
- 情報の活用 最近では、こうした患者さんの生活背景(SDH)に関する情報を、電子カルテなどに入れて、より良いケアに活かそうという動きも出てきています。
ただし、注意点も!
「なんでも医療」にしない!
生活の困りごとを、何でもかんでも「医療の問題」として扱ってしまうと、本来解決すべき社会の側の問題が見えにくくなるかもしれません(これを過度な医療化と言います)。お医者さんだけでなく、ケアマネージャーさんや地域の保健師さん、ソーシャルワーカーさんなど、色々な専門家とのチームプレイが重要です。
「ないもの」探しより「あるもの」探し!
困っている人の「問題点」や「足りない部分」ばかりに注目するのではなく、その人自身が持っている**「強み」や、地域にある「良いところ・資源(資産)」に目を向けて、それを活かす形でサポートしよう!というポジティブな視点**も、すごく大事にされています。
こんな風に、社会全体と、ケアの現場、そして私たち一人ひとりがSDHに関心を持つことで、みんながもっと健康に、もっと自分らしく暮らせる社会に近づけるのかもしれませんね。
まとめ
というわけで、今回は「健康の社会的決定要因(SDH)」という、ちょっと聞き慣れないかもしれない言葉について、一緒に見てきました。
ポイントをギュッとまとめると、
「私たちの健康って、病院で受けるケアだけじゃなく、普段どんな暮らしをしているか、どんな社会で生きているかっていう『医療じゃない部分』も、ものすごく大きく影響しているんだよ!」
…ということ。もしかしたら、お医者さんにかかることと同じくらい、いや、それ以上に大事かもしれないんです。
このSDHっていう視点を持つことは、
- 自分自身の健康を「もっと広い視野で」見つめ直すヒントになったり、
- 世の中にある「なんであの人と私で、こんなに健康状態が違うんだろう?」っていう健康格差の問題に気づいたり、
- そして最終的には、誰もが「生まれてきてよかった!」って思えるくらい、心も体も元気に、自分らしく生きられる、そんな公平な社会をつくるために、絶対に欠かせない考え方なんです。
この大きな課題に取り組むためには、お医者さんや看護師さんだけじゃなく、学校の先生、まちづくりをする人、会社の社長さん、役所の人、地域で見守り活動をする人… 本当に色んな立場の人が「自分にも関係あるぞ!」って意識して、みんなで力を合わせていく必要があります。分野を超えたチームプレイが大事ってことですね!
この記事が、SDHという考え方を知るきっかけになって、「なるほど、健康ってそういう見方もあるんだな」「自分の周りの社会のこと、ちょっと気にしてみようかな」なんて、皆さんの視野が少しでも広がるお手伝いができていたら幸いです。