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実装研究(Implementation Research: IR)とは
実装研究(Implementation Research: IR)とは、研究成果を公共政策を含めた実践に体系的に適用するための障壁や方法を科学的に研究するものです。
実装科学あるいはインプリメンテーション・サイエンス(Implementation Science)などの表現が用いられることもあります。
実装科学あるいは実装研究とは、「さまざまな研究で得られた研究成果を、臨床現場や実際の政策の改善などにつなげる(=日常に取り入れる)にはどうすればよいのか」を明らかにする学問と言えるでしょう。
ヘルスケア分野の研究で日々生み出される研究成果が、臨床現場やヘルスケア関連の政策に反映されるまでには長い年月が必要なのは皆さん実感の通りです。
臨床現場に反映されるまでに、最初の研究成果から10年経っているというのは、珍しいことではありません。
繰り返しになりますが、実装研究とは「研究成果を、日常診療や政策に体系的に取り入れることを促進するために、どうすればいいのか(何が障害になっているのか)」を調べるための研究です。
また、実装科学は、新しく何かを実装するためのものだけではありません。
すでに世の中にある検査方法や治療方法について調べたら、臨床上の有益性が低い、あるいは全くないことが明らかになったとします。
そうした場合は、そうした治療や検査を止めた方がよいだろう、という結論に至ることもあるでしょう。
あるいは、別の切り口としては、患者、医療従事者、医療機関の行動を調べて、なぜそういった行動をとっているのかを明らかにするような、行動科学のようなアプローチもあり得ます。
有効な治療方法があるのに、なぜかとある地域では患者、医療従事者いずれもその治療方法を採用しないという状況があった場合に、その理由を探るといったものです。
感覚的な表現にはなりますが、実装研究とは、人々の日常に寄り添った研究ともいえるかもしれませんね。
連続体としての実装研究
実装研究は「研究としての定義を満たしていない」という批判に出会うことは珍しくありません。
その理由はいくつか考えられますが、実装研究の概念を当てはめられる場面が多岐にわたっており、目的次第で様々な研究デザインが組まれるという掴みどころのなさが一因といえます。
1.実装段階と関連しない段階
主に基礎科学や、製品開発などが該当します。実装段階のことはいったん忘れて、研究そのものに没頭する段階と言えるでしょう。
まずは研究や製品開発そのものを成功させることが至上命題である時期がここです。
医薬品でいえば、第Ⅰ相試験や第Ⅱ相試験が該当します。
比較対照群を置き、選択除外基準を厳密に定めて、結果の再現性を高めることに特化した研究デザインが組まれます。
2.実装段階との関連が高くなっているものの、研究企画時の優先度は低い段階
製品開発の後期段階が該当します。医薬品でいえば、第Ⅲ相試験が該当します。
結果の再現性に重きを置く姿勢は変わらないものの、実装段階の条件に近くなるような研究デザインが組まれます。
実装時に影響しそうな要因については、条件が固定されているか、そもそも無視されていることが多い段階です。
3.実装段階との関連が高くなっており、研究企画時の優先度も高くなっているが、まだ手探りな段階
実際の環境下でどの程度使い物になるのかを確かめる段階です。
世に出してみて、どの程度機能するのか、その平均的な効果を見てみよう、という時期ですね。
医薬品でいうなら、承認を取得して薬価収載された後に、使われ始めたばかりの頃が該当するでしょう。
投薬期間(処方日数)の14日制限がかかっている時期を思い浮かべればいいかもしれません。
研究デザインでは、プラグマティックトライアルや、準実験的研究(quasi-experimental study)などが該当します。
製造販売後調査(PMS, Post Marketing Surveillance)も実施時期やその目的から考えれば、この段階の実装研究の一つとも言えます。
手探りな段階なので、投与期間が縛られていたり、注意喚起が重点的に行われていたり、特定集団への使用が制限されていたりといった慎重な姿勢が取られる段階でもあります。
4.実装段階に影響する要素を検証する段階
実装研究的な要素が強くなってきている段階です。
手技や検査、治療法が実際の世の中で機能することが確かめられてはいるものの、何らかの要因によって、実装されるまでのスピードや実装後の定着度合がばらつくことは珍しくありません。
その要因がすぐ分かったり、研究するまでもなく明らかであれば話は別ですが、「なぜばらつくのかわからない」「専門家でも意見が割れる」ような場合には研究して確かめる必要が出てきます。
手技や検査、治療法はすでに世の中に普及しており、盲検化やランダム化といった手法は手間と倫理面からとりにくい段階になります。
そのため、この段階の研究手法としては、観察研究が優先して検討されるのが一般的です。
効果が認められるのは既知のため、観察研究の目的は「実装のスピードや定着度合に影響している要因は何か?」を明らかにするというものになります。
遍くすべての変数を集めるのは不可能ですから、仮説を立てて、どんな情報を収集するとよいか、どの程度の観察機関を設定すれば十分かを考慮して計画し実行することになります。
5.実装段階に主眼を置いた段階
ここまでくると、実装段階に影響を及ぼす要因があらかた分かっているため、実装研究の目的はおもに2つに大別されます。
一つ目が、前段階で分かった「要因」をいじったり、調整することによって本当に実装のスピードや定着度合に影響が出るかを確かめる、というものです。
なぜ確かめる必要があるかというと、例えば、国全体の施策として大鉈を振るう前に、一部の集団で確かめるといった目的があるでしょう。
もう一つが、「要因」をいじった後の状況を観察し記録するというものです。
一例としては、政策の効果検証のための観察研究などがあります。この段階までしっかりとフォローできるのが理想的ですが、そこまでの余裕がないのが現実かもしれませんね。
ヘルスケア分野で実装科学が活きる場面
それでは、具体的にどういった場面で実装研究あるいは実装科学が活用されるか見てみましょう。
ステークホルダー別に、どういった場面で実装科学的な思考が必要になるかを表にまとめました。
ステークホルダー | 場面 | 例 |
政府 |
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医療実施機関、医療提供機関 |
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第一線で働く人 |
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地域社会や世帯 |
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全体に当てはまること |
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実装科学について対話式で記事にしました。