臨床医学、公衆衛生学、疫学といった学問は、似ているもののその違いや境界がわかりにくいものです。本記事ではその違いについて考えてみましょう。
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臨床医学、公衆衛生学、疫学
臨床医学は個々の患者さんの健康状態、公衆衛生(または疫学)は集団の健康状態を見る学問、というイメージはなんとなくコンセンサスが得られているような気がします(私だけ?)。
もう少し正確な表現を使うなら、下記のようになるでしょう。
- 臨床医学:個々の患者さん(ないし「症例」)に重点を置く。個々の患者さんに対する診断や処置・治療の効果や影響、その後の転帰に注目する学問。
- 公衆衛生学:ヘルスケア関連の情報の広がりや健康に関する知識の習得度、ヘルスケア政策の決定や実行、健康を取り巻く諸問題の評価および対策に注目する学問。
- 疫学:集団における、疾病や健康関連のイベント(感染や発症を含む)のパターン・現れ方や、有病割合・発生率の測定、疾病や健康関連イベントの要因に焦点を当てた学問。
こうしてみると、疫学というのは、公衆衛生的な活動へのインプットのための情報を作るためにも使われますし、臨床医学的な場面でのバックグラウンド情報としても使われることが分かります。
一言でいうなら、疫学は臨床医学的な活動や公衆衛生学的な活動を行うための材料を作り出したり、その材料を解釈するために使われる、共通言語的な立ち位置にいる学問でしょう。
例えば、何らかの医療政策を決めなければならないときに、「今、疾患Aに罹患している患者さんがどの程度存在していて、今後どれくらい増える見込みである」という情報だったり、「疾患Aの原因」または「疾患Aにかかりやすくする要因」を明らかにすることで、その原因または要因を取り除くための打ち手を考えることができます。
一方、臨床医学的な面では、目の前の患者さんの治療を行う上で、疫学で分かっている情報(例:こういう特徴を持つ人は、疾患Aにかかりやすい。こういう生活習慣の人は、疾患Aにかかりやすい。)をもとに、生活指導であったり、治療戦略を決めることもできるわけです。
疫学の目的
疫学の目的は、主に下記の4つになります。
- 健康に影響を与える因子を発見する。主要な因子だけでなく、仲介するような因子や、環境的な因子も対象。
- 病気や悪化、死亡に繋がる要因が複数ある場合、それらの要因の重要性を順位付けする。
- ハイリスク集団(病気になりやすい、死亡リスクが高い)を特定する。医療における「ハイリスクアプローチ」のために必要な情報です。
- ヘルスケア関連の政策やサービスなどがどの程度有効なのか(あるいは有効でないのか)を評価する。
臨床医と疫学者の似ているところ
臨床医は、医学知識、科学的思考、臨床的判断を駆使して、目の前の患者さんを診断したり治療して、健康状態を改善したりコントロールすることを目的の1つとしています。
疫学者は、記述的疫学研究や分析的疫学研究から得られた科学的知識を駆使して、健康にまつわる諸問題を個人レベルおよび集団レベルでコントロールすることを目的の1つとしています。
古典的疫学と臨床疫学
古典的疫学は、比較的広い地域(例えば都道府県などの自治体レベル)を焦点にしているイメージです。とある自治体に住む人たちにおける、感染症への感染要因、栄養学的な情報、環境因子、その地域特有の行動や考え方(習慣、文化)、経済的な側面などの情報を集めて、健康への影響を幅広い角度から分析するというものです。例えば、ある国のとある地域では、宗教的な理由で肉を始めとする動物性たんぱく質の摂取が禁じられているということで、栄養に偏りが生じて疾患Bに罹患する確率が高くなっている、等の事例が古典疫学的な分析です。
一方、臨床疫学は、各医療施設における患者さんを対象に研究するような、古典的疫学に比べて対象をより絞っているイメージがあります。特定の疾患に罹患していたり、あるいは罹患はしていないが危険因子を有する人たちを対象に、どうしたら予後を改善できるか、予防や早期発見できるか、という臨床医学により近い部分に疫学的手法や研究デザインを組み込んでいく、というのが臨床疫学と言えるでしょう。
まとめ
疫学と医学、公衆衛生学は、似たような文脈で語られることがあり、境界線はあいまいな部分もあります。
ワイドショーなどのテレビ番組で「専門家」と呼ばれる方々の発言を聞いていてこんがらがった時には、「目の前の患者さんの健康状態」と「集団の健康状態」のどちらの立場からの発言なんだろう?と考えてみると理解が進むかもしれません。