順番に参りましょう。
「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」の第1章 総則、第1 目的及び基本方針です。
第1章 総則
第1 目的及び基本方針
この指針は、人を対象とする生命科学・医学系研究に携わる全ての関係者が遵守すべき事項を定めることにより、人間の尊厳及び人権が守られ、研究の適正な推進が図られるようにすることを目的とする。全ての関係者は、次に掲げる事項を基本方針としてこの指針を遵守し、研究を進めなければならない。
人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(以下、統合指針と呼びます)の二大目的は「人間の尊厳及び人権を守る」「研究の適正な推進を図る」ということですね。
Table of Contents
① 社会的及び学術的意義を有する研究を実施すること
「研究」というものは、もしかすると「学術的意義を有するが、社会的意義を有さない」ものもある…ということなのでしょうか。
いずれにせよ、学問の発展だけではなくて、社会に役立つ研究を心がけましょう、ということですね。
② 研究分野の特性に応じた科学的合理性を確保すること
先行研究や、研究分野の知見など、「今分かっていること」をきちんと把握した上で研究計画を練りましょう、ということでしょう。
③ 研究により得られる利益及び研究対象者への負担その他の不利益を比較考量すること
倫理指針っぽさが強まってきましたね。
「研究により得られる利益」とは、研究対象者個々人に対して直接返されるものではなく、「社会全体の知識向上」という、公共の利益となるのが通常です。
研究参加者は、自分の医療情報が研究目的で使われることや、研究デザインによっては、追加の採血であったり、通常の診療では受けることのなかった検査を受けたりすることを受け入れられるかどうか、考える必要があります。健康食品の摂取や、あるいは薬剤の摂取も求められるような研究もあり得ます。
もちろん、参加の意志を示した後に撤回することも可能ではありますが、一時的にせよ、自分の医療情報が使われることや、何らかの食品や薬剤を摂取するということのリスクに対しては、怖がりすぎる必要はないかもしれませんが、適度な緊張感をもって考慮することが大切です。
なお、治験のような「新しい治療法の効果を確かめる研究」の場合、既存治療ではうまく疾患コントロールが出来ない方にとって、新しい治療をいち早く試すために治験に参加したい、という思いもあるでしょう。
ただしその場合でも、あくまで「新しい治療法の効果を確かめる研究」は治療というよりも研究的な要素が強く、本当に効くのかどうかがまだ十分に確かめられていない、治療という側面を強く捉えて臨むのは適切ではない、という点に注意が必要です。
④ 独立した公正な立場にある倫理審査委員会の審査を受けていること
研究計画書や同意説明文書(インフォームド・コンセント・フォーム)は、研究責任者が作成するものです。
その後、研究責任者やその所属機関から独立した(別法人など)倫理審査委員会に審査してもらい、研究内容や同意説明文書の内容に倫理的な問題点、修正が必要な点がないかのチェックを受けます。
その際、倫理審査委員会のメンバーは何を参考に審査するかというと、まさに「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」を参考にするわけです。
いわば、研究計画書と同意説明文書の作成のための参考書のような位置づけでもあるわけですね。
⑤ 研究対象者への事前の十分な説明を行うとともに、自由な意思に基づく同意を得ること
⑥にも通ずる部分なので、詳細は下記を見ていただきたいのですが、「十分な説明」「自由な意思」を担保するための工夫や努力は、研究実施の上で最も重要な要素の1つです。
⑥ 社会的に弱い立場にある者への特別な配慮をすること
やっちゃいけないけれど、結構やられてしまっているのが「学生を対象とした研究」です。
学生は、単位を取るという避けられない課題があるため、例えば先生から「こんな研究をやってるんだけれど、協力してもらうこと、できるかな?●●さん自身の勉強にもなるだろうし、いい経験になると思うよ。」なんて言われて断る学生って、どれくらいいるでしょうか。
だいたい、そういう場合は「アンケート調査」のような、簡単な調査であることが多そうですが、参加者の負担の大小というのは、一要素にすぎません。
あえて嫌な言い方をするならば「強者による、情報の搾取」が行われているとも言えます。
そのため、純粋に学問的な興味関心に基づくアンケート調査だったとしても「このアンケートに回答したとしても、あなたの成績や評価には、何の影響もありません。アンケートへの参加を断ったとしても、不利益が生じることは絶対にありません。」というような断り書きを、同意説明画面にでかでかと強調して表示することが大切です。
同意説明の手続きは、研究参加者を守るだけでなく、研究責任者を、後々に発生する恐れのある批判やそしりから守るという側面もあります。そのため「同意説明の部分を分かりやすく表示する、優先事項が分かりやすく表示する」というような、ユーザーインターフェースを考慮した設計は、中身には直接的に関わらないように見えるものの、研究の成功・失敗を決める重要なファクターの1つです。
⑦ 研究に利用する個人情報等を適切に管理すること
個人情報の管理は、とても重要です。
すこし先取りになりますが「個人情報等」と「等」がついているのには重要な意味があります。
(24) 個人情報
生存する個人に関する情報であって、次に掲げるいずれかに該当するものをいう。
① 当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等( 文書、図画若しくは電磁的記録( 電磁的方式( 電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式をいう。(26)② において同じ。) で作られる記録をいう。) に記載され、若しくは記録され、又は音声、動作その他の方法を用いて表された一切の事項( 個人識別符号を除く。) をいう。) により特定の個人を識別することができるもの( 他の情報と照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)
② 個人識別符号が含まれるもの
(25) 個人情報等
個人情報に加えて、個人に関する情報であって、死者について特定の個人を識別することができる情報を含めたものをいう。
そうなんです、個人情報という言葉は「生存する個人」に対して使われるので、亡くなった方の情報については「個人情報等」という表現を使う必要があります。
⑧ 研究の質及び透明性を確保すること
「研究の質」をどう担保するか、ですが、まず思いつくのは「ドキュメント管理」と「手順の遵守」です。当然ながら、研究計画書のクオリティのような、学術的な「質」もありますが、倫理指針でいう「研究の質」というのは、オペレーションの側面が強いでしょう。
きちんと研究で発生した書類が管理され、必要時には倫理審査委員会を含む研究に関連する組織へ報告されているか、というものです。
透明性の確保についても、きちんと書類に残し、必要な情報は「研究登録システム」に登録するなどして、世間から見える適切な場所に登録しているかどうか、という点も大切なポイントです。
わざわざ研究を計画して実施しようとしている人達が、悪意を持って始めているということはないと思いますが、「都合の悪い情報を隠しているんじゃないか」「研究という枠組みを使って不正を働いているのではないか」という疑念が生じるのは、だれにとっても不幸なことでしょう。
透明性の担保というのは、研究参加者を守るというだけでなく、研究を実施する側を守るという一面ももちあわせています。