ICH見解「ウイルスとベクターの排出に関する基本的な考え方」
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1.0 序
本 ICH 見解文書において、排出(shedding)とはウイルス/ベクターが患者の分泌物や排泄物を介して拡散することと定義する。ウイルス/ベクターの排出を、生体内分布(例えば、患者の投与部位から全身への広がり)と混同してはならない1。ウイルス/ベクター2には遺伝子治療用ベクター3や腫瘍溶解性ウイルスが含まれる。
- 生体内分布試験の結果は、手術や外傷などで血液を介した排出を評価する場合に利用することができる。
- 本文書には記載されていないが、基本的な考え方はがん治療に用いられる増殖性細菌にも適用できる。
- ウイルス/ベクターが顕在化するリスクがある場合を除き、遺伝子組換えを行った動物細胞は除外する。
排出の評価は、第三者への伝播(transmission)のリスクと環境へのリスクを把握するために利用することができる。ただし、環境問題に関わる排出は各地域で規制が異なるため、本文書の対象としない。
本文書では、非臨床及び臨床での排出試験*1 の実施が適切とされる場合に、推奨されるデザインを提示することに焦点をあてている*2。特に、検出に用いる分析法と、非臨床及び臨床試験におけるサンプル採取及びサンプリング・スケジュールに関する事項に重点を置いている。非臨床データの解釈と臨床試験計画の立案への活用、さらにはウイルス/ベクター伝播試験の必要性の評価における臨床データの解釈も本文書の範囲である。
- ここで述べている試験とは、新たに試験設定を求めているわけでは無く、他の試験の中に組み込んで実施することで対応可能な試験と考えて良い。
- 本見解は、適切と認められるときに適宜参照されることを期待しており、規制的要件を述べたものではない。
2.0 ウイルス/ベクターの生物学的特性
対象となるウイルス/ベクターが由来する野生型株の既知の特性に関する情報は、排出試験計画を立案するための基本的要件である。
増殖能は考慮すべき重要な特性である。増殖性ウイルス/ベクターは患者体内に長期間存続するおそれがあり、量も増える可能性がある。従って、排出の可能性は増殖性ウイルス/ベクターでより高く、伝播の可能性もより大きいことになる。増殖性ウイルス/ベクターでは、分子変異体の分析も重要であり、分子変異体が出現した場合はウイルス/ベクターの排出に影響を与える可能性がある4。
4. 腫瘍溶解性ウイルスに関する ICH 見解
実際には、現在開発中のウイルス/ベクター製品のほとんどは非増殖性あるいは制限増殖性である。このような場合、由来する野生型の感染によって起こる排出と比較して、ウイルス/ベクターの排出ははるかに短期間となり、また投与経路によっては、野生型とは異なる排出プロファイルを示すことがあり得る。一方、野生型株の既知の伝播経路に関する情報は、排出試験のデータの解釈と伝播の可能性の推定に役立つであろう。非増殖性のウイルス/ベクター製品の製造工程で生じる可能性のある増殖性組換え体の解析を行うことが、製品の品質の観点からも、また排出の考察を行うに当たっても重要である。
排出試験を計画する上で考慮すべき増殖性ウイルス/ベクターのその他の特性として、予測される感染期間が短期間なのか長期間なのかということがある。ウイルス/ベクターが野生型株とは異なる細胞/組織指向性を示すように遺伝子組換えがなされているか、患者の免疫状態がウイルス/ベクターの排出に影響を与えるかどうかなどを考慮する必要がある。例えば、ウイルス/ベクターに対する免疫応答がより強い場合には、ウイルス/ベクターのクリアランスがより迅速になり、その結果、ウイルス/ベクターの排出の期間と程度を低下させる場合がある。
3.0 分析法に関する考慮事項
排出試験の実施には、適格な分析法を用いることが非常に重要である。分析法は、特異性、十分な感度、再現性を示すものである必要がある。伝播の可能性を定量的に推定できるように、定量的な分析法を用いることが望ましい。生体試料マトリクスによる測定妨害の評価が重要であり、過度の妨害を避けるためには分析前にサンプルを希釈することが適切であろう。
排出されたウイルス/ベクターの検出には、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)と感染性試験の2つの方法が通常用いられる。ウイルス/ベクターの遺伝子配列の検出には定量的 PCR(qPCR)に基づく分析法の使用が推奨される。qPCR 法の利点は、高感度、再現性、迅速性である。qPCR に基づく分析法の主な欠点は、感染性のあるインタクト(intact)なウイルス/ベクターと非感染性又は分解したウイルス/ベクターとを区別できないことである。感染性試験には、排出物と増殖許容性細胞株を in vitro で培養した後、高感度なエンドポイント検出(細胞内で増幅したウイルス/ベクターの高感度検出)により測定することが含まれる。
感染性試験は、インタクトで感染性のあるウイルス/ベクターのみを検出するという利点がある。非増殖性ウイルス/ベクターの場合、感染性試験には in vitro 培養系での形質導入と導入遺伝子の検出が含まれる。感染性試験の主な欠点は、PCR に基づく分析法と比べて本質的に感度が低いことである。サンプル分析の第一選択としては、ウイルス/ベクター製品に特異的な核酸断片の定量的検出に基づく方法が適切であろう。イムノアッセイやサザンブロットなどの他の分析法も用いられるが、PCR 法と同様、主な欠点はインタクトなウイルス/ベクターと非感染性又は分解したウイルス/ベクターとの区別ができないことである。どのような分析法を選択するにしても、その妥当性を示す必要がある。
しかしながら、「排出物」による伝播の可能性を正確に評価するには感染性試験を用いることが重要と考えられる。感染性試験によって、「排出物」の性質(例えばインタクトなウイルス/ベクターなのかウイルス/ベクターの断片なのか)の正確な評価が可能だからである。感染性試験は排出された増殖性ウイルス/ベクターを検出する基本的な試験として通例用いられる。ウイルス/ベクターが非増殖性の場合に、「排出物」が非増殖性のウイルス/ベクターなのか、増殖性を持つ組換え体なのかを確定することにおいても感染性試験は有益であろう。これはウイルス増殖を相補する遺伝子を持つ細胞株と持たない細胞株を用いることで実施できる。例えばアデノウイルスベクターの場合、「排出物」の特性解析にはアデノウイルスベクターの増殖を相補する E1a 領域を持たない A549 細胞と、同領域を持つ HEK293 細胞を用いることができる。HEK293 細胞の培養では陽性、A549 細胞の培養では陰性の場合、「排出物」は欠損型のウイルス/ベクターであり、増殖性の組換え体ではないと考えられる。陽性の場合、検出物の同定には分子レベルの解析が適切であろう。
qPCR で検出された「排出物」の量が感染性試験の検出限界以下の場合、試験感度の制約から、感染性試験による「排出物」の更なる分析を実施しない、という選択も可能である。
4.0 非臨床での考慮事項
非臨床の排出試験データは臨床での排出試験を計画するのに役立つ。非臨床の排出試験の目的は、ウイルス/ベクターの分泌/排泄(による排出)のプロファイルを決定することである。これらの非臨床試験から得られる情報はヒトでの排出の起こりやすさとその程度の推定に用いることができる。非臨床の排出試験は他の非臨床試験計画に組み込むことができる(独立した試験でなくてもよい)。非臨床の排出試験の実施に先立ち、類似した性質を示すウイルス/ベクター製品(同じウイルス株又は同じウイルス/ベクターでマーカー遺伝子を発現するものなど)を用いて実施した試験の結果を参考とすることができる。
非臨床の排出試験の計画と解釈に当たっては以下の点を考慮すべきである:
4.1 動物種
ウイルス/ベクター製品を非臨床試験で調べる際の問題点の一つは、動物種の妥当性である。臨床評価が行われているウイルス/ベクター製品の多くは、ヒト以外の動物種では容易に感染せず、ほとんど増殖しない親株に由来する。非臨床動物試験で得られたデータを解釈する上で、動物におけるウイルス増殖許容性の重要性は明らかである。例えば、ウイルス受容体の発現と組織分布に違いがある動物種では、ウイルス/ベクターの排出プロファイルが異なることがある。従って、細胞や組織での局在が異なる可能性があるため、動物からの排出プロファイルがヒトの場合とは直接相関しないこともありうる。排出の最良の評価には、疾患の状態を模倣した動物モデルの使用が役立つ可能性がある。例えば、腫瘍溶解性ウイルス製品を増殖させるためには、担がんモデルの使用が適切であろう。ウイルス/ベクターのクリアランス速度とひいては排出に影響する可能性があるため、ウイルス/ベクターに対する免疫の影響も考慮に入れるべきである。サンプリングに関する 4.3 項及び 4.4 項も参照のこと。
4.2 投与量と投与経路
非臨床での排出試験における投与量と投与経路は、可能な限り臨床で予定されている投与量、投与経路を反映すべきである。非臨床試験計画は、選択した臨床の投与経路と投与量を考慮して、最大の暴露となるように設定するべきである。例えば、非臨床試験でのウイルス/ベクターの排出の評価においては、予定される臨床投与量の範囲をカバーするような投与量設定を考慮すること。
4.3 サンプリングの頻度と試験期間
野生型株の既知の生物学的特性は、ウイルス/ベクターを投与した後のサンプリング頻度の決定に利用することができる。一般的に、投与後の最初の数日間は、一過性の排出プロファイルを検出するためにより高い頻度でサンプルを採取することが適切であろう。サンプルの数と頻度は排泄物や分泌物の種類に応じて、現実性を配慮し決定するべきである。
試験期間の決定には考慮すべきいくつかの要素がある。これには親ウイルスの感染の自然経過、既存の免疫及び目的とするウイルス/ベクターの増殖能などが含まれる。
野生型株の自然感染の経過は、排出期間の予想の目安となる。目的とするウイルス/ベクターの増殖性は特に重要である。すなわち増殖性を持つ場合、ウイルス/ベクターの複製を示唆するウイルス/ベクターの第二ピークの検出に十分な試験期間をとることが必要である。もしもウイルス/ベクターが特定の組織、すなわち腎臓、肺、血中などに長期間存続する場合、排出試験を行う期間も同様のタイムコースに設定することが推奨される。しかし、複数回連続して陰性が観察された場合は、試験期間を短縮することも適切であると考えられる。潜伏感染や再活性化が懸念されるウイルス/ベクター製品の場合、あらかじめ設定した期間に陰性の試験結果が得られても、後の時点でのウイルス/ベクター排出を正確に捉えられない可能性があることに注意しなければならない。再活性化は、必ずしも非臨床試験でモデル化できるとは限らないとされている。また、免疫応答によりウイルス/ベクターが循環系から除去され、排出の期間が短縮されることも予想される。
4.4 サンプルの採取
ウイルス/ベクターの特性、投与経路、及び動物種を考慮して、採取するサンプルを決定すべきであろう。最も一般的に採取されるサンプルの例は尿と糞便であるが、他に口腔スワブ(ぬぐい液)、鼻腔スワブ、唾液、気管支洗浄液などのサンプルも含めることができる。
定量的で適格性が確認された分析試験を実施するためには、採取すべきサンプルの種類と量について考慮することが重要である。分泌物や排泄物の種類によっては、例えば尿のように、十分な量のサンプルを採取することが困難なことがある。このような場合、同一量を同時に投与された複数の動物から得られるサンプルをプールすることは、十分なサンプル量を得るための選択肢の一つとなるであろう。
4.5 非臨床データの解釈と伝播試験
留意すべき重要な点は、非臨床の排出試験で得られたデータは臨床での排出試験の計画、特にサンプルの種類やサンプリングの頻度、試験期間の設定に有用であることである。
もしも非臨床試験で排出が検出され、それが伝播の可能性を示唆するものであった場合、臨床試験でのヒトからヒトへの伝播の可能性を予測する上で、同居感染試験の実施が有用なこともある。5.3 も参照のこと。
非臨床の排出試験は、臨床での排出試験を代替するものと考えるべきではない。たとえ非臨床試験で排出が認められなくても、臨床開発期間におけるウイルス/ベクターの排出の評価を除外してよいことにはならない。
5.0 臨床での考慮事項
非臨床試験に関する上述の考慮事項は、臨床におけるウイルス/ベクターの排出試験の計画にも当てはまる(すなわち投与経路、観察された排出の期間、採取すべきサンプルの種類と頻度)。臨床での排出試験を計画する際に考慮すべき主な要素は、親ウイルス/ベクターの既知の生物学的特性、製品の増殖能、投与量、投与経路及び患者集団である。
ウイルス/ベクターの排出試験を実施する厳密な時期については、ウイルス/ベクター製品の性質や患者集団に依存するものであり、規制当局と相談すべきである。排出に関する十分なデータが初期の臨床試験において得られた場合、検証的な臨床試験での排出試験を省略することが妥当とされる場合がある。検証的臨床試験における追加の排出試験を実施する必要性を決める要素としては、収集したデータの質と患者で見られる排出パターンの一貫性が挙げられる。排出の評価は製造販売承認後においても継続することが適切な場合もある。
5.1 サンプリングの頻度と期間
非臨床試験及び関連する臨床試験で得られたデータは、サンプリングの期間と頻度の決定に役立つ。非臨床の項で述べたように、サンプリングは、投与後の最初の数日間ではより高頻度に行い、投与後の時間の経過につれて低頻度にすることができる。また、目的とするウイルス/ベクターの増殖能にも依存する。増殖性のウイルス/ベクターの場合、投与後に起こりえるウイルス/ベクター排出の第二ピークの検出を考慮に入れて、サンプリング期間を設定するべきである。患者集団の免疫状態はウイルス/ベクターのクリアランスに影響を与えるおそれがあり、排出試験において考慮すべき要因となる可能性がある。免疫抑制剤による治療がウイルス/ベクターの排出に影響を与える可能性にも注意すべきである。
その他の留意事項として、排出されたウイルス/ベクターのサンプリングと分析の終了時期の問題がある。サンプリングと分析は複数の連続したサンプルが陰性となるまで継続すべきである。潜伏感染を示す野生型に由来するウイルス/ベクターの場合、再活性化の確認に必要な期間にわたり、排出されたウイルス/ベクターのサンプリングを行うことは難しい。このような場合、各規制当局に相談すべきである。
5.2 サンプルの採取
採取するサンプルの決定には、非臨床試験で得られたデータの活用に加えて、ウイルス/ベクターの特性と臨床試験で用いられる投与経路について考慮すべきである。頭頸部がんの腫瘍内投与の例では、尿、糞便、唾液などの通常のサンプルに加えて、鼻咽頭の洗浄液又はスワブの採取が考えられるであろう。また、ウイルス/ベクターを皮内又は皮下投与する場合、注射部位を拭き取ってサンプルとしてもよい。
5.3 臨床での排出試験データの解釈
臨床の排出試験データの評価及び排出されたウイルス/ベクターの伝播リスクの評価に際しては、考慮すべき多くの要素がある。考慮すべき重要な要素の一つは、「排出物」の同定及び特性解析である。特に、インタクトなウイルス/ベクターと分解したあるいは非感染性のウイルス/ベクターとを区別しない分析法が用いられた場合、得られたデータは伝播のリスクに関しては参考にならないであろう。従って、qPCR などの分析法は感染性試験と組み合わせて用いられることがある。qPCR で検出された排出物の量が感染性試験の検出限界以下の場合、試験の感度の制約から、感染性試験による排出物の更なる分析を実施しない、という選択も可能であろう。インタクトなウイルス/ベクターと非感染性あるいは分解したウイルス/ベクターを区別しないアッセイ法のみに頼る場合、「排出物」は感染性があると見なすべきである。
ウイルス/ベクターがどのように排出されるかを明らかにすることは、伝播のリスクを評価する上で重要な要素である。従って、野生型株の自然感染の経路を考慮すべきである。例えば、一部のウイルスはエアロゾルを介して飛散するが、もしウイルス/ベクターが唾液から排出されたり鼻咽頭スワブで検出された場合には、他の経路(尿等)からの排出と比較して、伝播の可能性はより高いと考えられる。
また、排出される量と期間も考慮すべきである。増殖性ウイルス/ベクターは患者体内に長期間存続し、量も増える可能性があり、結果的に伝播の可能性も高まる。
非病原性株に由来するウイルス/ベクターは病原性株に由来するものよりも排出時の懸念は低いかもしれないが、これはウイルス/ベクターの他の生物学的特性、すなわち増殖性や弱毒化の程度に依存する。遺伝子組換えにより、ウイルス/ベクターに導入遺伝子が組み込まれている場合、発現される導入遺伝子産物の安全性プロファイルを考慮すべきである。さらに、導入遺伝子がウイルス/ベクターの表現型の特徴に及ぼす影響も考慮すべきである。最終的には安全性情報は臨床試験から得る必要がある。
6.0 第三者への伝播
場合によって、排出が観察されるときは、第三者への伝播の可能性を調査すべきである。このような調査には、ウイルス/ベクターの被投与者と濃厚に接触した人々(家族や医療従事者など)への伝播の有無を評価することが含まれる。このような第三者(濃厚接触者)の免疫状態も考慮するべきである。大部分の人々がそのウイルス/ベクターに対する免疫を既に獲得している場合、大部分の人々では既存の免疫によりウイルスは効果的にクリアランスされるはずである。しかし、接触した第三者の免疫状態が低下している可能性がある場合(例えば、高齢者や乳幼児では)、クリアランス機構が有効に働かない可能性がある。従って、このような人々では感染の結果はより重大になる可能性がある。
患者及びその家族に対して、第三者への暴露を最小限にするための方法を指導することが適切であろう。これには、特定の衛生管理の方法に関する助言も含まれる。
参照
https://www.pmda.go.jp/int-activities/int-harmony/ich/0012.html