臨床試験 規制

ICH 見解 腫瘍溶解性ウイルス (2009 年 9 月 17 日)

1. 緒言

腫瘍溶解性ウイルスは、悪性腫瘍患者の初期臨床研究においてウイルス感染又は生ウイルスワクチン接種に伴い悪性腫瘍の退縮が認められたことにより初めて見出された。これらの初期の報告以来、腫瘍溶解性ウイルスの研究は、個別のウイルス感染の経験や意図的に感染させた事例から、がん治療のために特別に選択したウイルスや遺伝子改変を施したウイルスを使用するものへと進歩している。腫瘍溶解性ウイルスは、正常組織に過度の損傷を与えることなく腫瘍組織内で選択的に増殖、拡散し、腫瘍組織を破壊することを目的としている。

腫瘍溶解性ウイルスには、がん細胞で選択的に複製しこれを溶解させる固有の性質を持つ野生型ウイルスや弱毒化ウイルスがある。加えて、がん細胞で選択的に複製し、細胞を溶解させるよう遺伝子改変されたウイルスもある。ウイルスの改変には、

  1. 正常細胞でのウイルス複製に不可欠なウイルス遺伝子の変異、
  2. 腫瘍特異的プロモーターを利用した初期遺伝子発現の制御、
  3. ウイルスの組織指向性(トロピズム)や細胞内への侵入過程の改変、
  4. ウイルスゲノムへの目的遺伝子の組み込みなどがある。腫瘍溶解性ウイルスには、アデノウイルス、麻疹ウイルス、水胞性口内炎ウイルス(VSV)、レオウイルス、ニューキャッスル病ウイルス、単純ヘルペスウイルス(HSV)、ポックスウイルス、センダイウイルスなど

がある。

ICH に参加している規制当局は、腫瘍溶解性ウイルスの治療上の有用性と複製能を有するウイルスを使用することによるリスクとのバランスが重要である、ということで合意している。本文書では、腫瘍溶解性ウイルスの臨床開発のための一般的原則を示す*1

*1: 日本では野生型あるいは弱毒型の腫瘍溶解性ウイルスは遺伝子治療ではないが、本文書で示す見解は適用される。

2. 腫瘍溶解性ウイルスの特性解析

腫瘍溶解性ウイルスの製造及び特性解析は、各極のガイドラインでカバーされている生物薬品等、より具体的には遺伝子治療薬に対する現行の規制の原則に従う。ただし、腫瘍溶解性ウイルスは複製能を有するため、外来性病原体試験や特性解析の実施においては、特有の技術的な困難さを伴っている。

2.1 選択性

腫瘍選択性に関して分子レベルで十分に理解することが重要である。臨床試験前に腫瘍細胞への選択性を示すために、腫瘍/増殖許容性(permissive)及び非許容性(non-permissive)の細胞株を用い、in vitro アッセイで腫瘍溶解性ウイルスの細胞傷害性/細胞溶解性や複製能を検討するべきである。腫瘍溶解性ウイルスの選択性を in vitro アッセイで示すことが容易でなかったり、限界がある場合もある。ヒト正常組織由来及びヒト腫瘍組織由来の初代移植片培養も使用することができる。in vitro の非臨床試験においてのみ、選択性が明らかにされる場合もある。

腫瘍細胞に対する選択性は、腫瘍溶解性ウイルスの力価の直接的な指標ではない。力価の出荷試験では、腫瘍溶解性ウイルスの生物活性(腫瘍細胞の溶解性など)を直接測定するか、それと相関するような指標を測定するべきである。

2.2 分子変異体

腫瘍溶解性ウイルスの特性解析には、目的とするウイルスの分子変異体の存在の有無の確認を含める。複製における選択性又は腫瘍溶解性プロファイルが変化している可能性のある変異体に焦点を当てた試験を実施すべきである。分子変異体の試験法は、変異体の特性と存在量の両方を反映しうるものである必要があろう。腫瘍溶解性ウイルスの由来や起源、選別の方法を記載しておくことは、遺伝的な安定性を証明し、評価することの助けとなる。腫瘍溶解性ウイルスの遺伝的安定性を示すことは重要である。

2.3 外来性病原体試験

腫瘍溶解性ウイルスは、外来性病原体試験で常用される培養系において複製可能であり偽陽性の結果を示すことがあるため、外来性病原体試験は特に技術的な困難さを伴うことがある。これを克服する一つの方策としては、in vivo 及び in vitro 外来性病原体試験を実施する際に腫瘍溶解性ウイルスに対する中和抗体を使用することが挙げられる。もし中和抗体が利用できない場合、ウイルスを接種することなく、ウイルスの生産培養と同時並行的に培養して得られた細胞を検体として外来性病原体試験を実施することでも許容できる場合があり、これは生ウイルスワクチンの試験で実施されている手法と同様の手法である。

3. 非臨床試験

非臨床試験は臨床試験に用いる腫瘍溶解性ウイルス構成体を用いて実施するべきである。非臨床試験を開始する前に、開発中の腫瘍溶解性ウイルスに類似した特性を持つウイルス(例えば、同系統のウイルス株)を用いて実施された試験結果を参考にすることは有用と考えられる。

3.1 選択性の評価

動物モデルを使用する前に、正常細胞及び腫瘍細胞における選択性を解析する in vitro 試験によって、選択的な遺伝子発現、細胞傷害性及びウイルス複製について検討するべきである(Section 2.1 参照)。

適用可能であれば、in vivo モデルにおいてもウイルス複製の選択性について検討するべきである(Section 3.3-3.6 参照)。

3.2 動物モデルの選択とその限界

動物モデルの選択においては、試験の目的に加えて、腫瘍溶解性ウイルスのトロピズム、感染性、複製能、細胞障害活性、及び抗腫瘍効果を考慮する必要がある。非担がん動物及び異種移植又は同種移植担がん動物モデルのいずれも非臨床試験で有用であるが、種によってウイルスの感染や複製に対する感受性に差があることや免疫応答のすべての面を備えたモデルになり得ないことなどの限界がある。

腫瘍溶解性ウイルスの親ウイルスに対する動物種の増殖許容性を考慮する必要がある。非臨床試験において通常用いられる標準的な動物種は適切でない可能性があることから、別の動物種を考慮する必要が生じる場合がある(例:コットンラット、シリアンハムスター)。使用する動物種は、理想的には、ウイルス感染に感受性があり、腫瘍溶解性ウイルスの感染によってヒトと類似した病態を引き起こし得ることが望ましい。遺伝子改変又は細胞/組織移によってヒトの標的受容体を発現する「ヒト化」げっ歯動物が使用できる場合がある。

担がんモデルは、プルーフ・オブ・コンセプト(POC)*2、薬物動態学、薬力学、ウイルス排出及び安全性を調べるために用いることができる。理想的には、異種移植又は同種移植モデルは、動物モデルで観察された治療効果を臨床における有効性の指標として外挿しうる程度に、対象患者集団の腫瘍の生物学的及び病理学的側面を反映していることが望ましい。担がんモデル動物でのウイルスの生体内分布や持続性は非担がん動物のそれとは著しく異なることもあるため、目的とする治療効果を考慮した上で、腫瘍溶解性ウイルスの安全性を評価すべきである。

*2:製品開発過程において、その開発コンセプトの妥当性を証明することの総称。ここでは開発段階にある遺伝子治療薬について、非臨床試験で検討された有効性や安全性から、ヒトへの応用研究の妥当性を確認することを意味する。

しかし、担がんモデルは対象とする患者集団における腫瘍の生物学的及び病理学的側面の一部しか反映していない。例えば、異種移植担がんモデルを用いた場合、マウス組織ではアデノウイルスは増殖することができないため、ウイルス増殖の影響を評価するには限界がある。さらに、がん組織の移植に汎用されるマウスの系統は免疫不全であり、そのため、腫瘍溶解性ウイルスに対する免疫応答を調べることには適していない。その他、担がんモデルを用いることの不利な点として、腫瘍増殖によって動物の生存期間が短いことがある。従って、長期安全性を調べるには適していないであろう。

非担がんの生物学的に感受性のある動物種は、担がんモデルから得られた情報を補完するものとして腫瘍溶解性ウイルスの安全性を評価するために用いることができる。

腫瘍溶解性ウイルスに導入遺伝子が組み込まれている場合、発現されるタンパク質に対して動物種が薬理学的に反応性を有していることが重要である。遺伝子産物がその動物種で活性がない場合(例えば、ヒト GM-CSF はマウスにおいて活性がない)、種特異的な相同遺伝子を発現するように腫瘍溶解性ウイルスを設計し、それを非臨床試験において活性及び安全性の両方を評価するために使用することができる。このような場合、臨床使用を目指す腫瘍溶解性ウイルスとの同等性を評価するために、動物に投与された腫瘍溶解性ウイルスの特性解析(例えば導入遺伝子の発現レベル)の実施を考慮するべきである。

動物種の選択においては、腫瘍溶解性ウイルスの臨床での投与方法を考慮することが重要である。もし投与経路が肝動脈内注入のように標準的なものでない場合、大動物種が必要になることがある。

3.3 薬理学/ POC

POC や予測される作用機序などの生物学的作用の側面は、in vitro 及び in vivo の両方のモデルを使用して示すことができる。腫瘍溶解性ウイルスが生体内で目的とする生物学的効果をもたらす能力があることを示すためには、腫瘍溶解性ウイルスの生物活性及び薬理学的プロファイルを調べることが重要である。これらの試験において、標的となるがんに対する腫瘍溶解性ウイルスの生物学的有効性(ウイルス複製の選択性や抗腫瘍活性等)を示すことは、特定の対象患者集団に腫瘍溶解性ウイルスを投与することの科学的妥当性の確立に寄与するはずである。さらに非臨床試験は、

  1. 薬理学的活性を示す用量範囲の決定と至適投与量や最小有効投与量の確立
  2. 最適な投与経路の決定
  3. 初期臨床試験のための投与スケジュールの決定

に役立つ。

3.4 生体内分布

動物での生体内分布試験は、標的及び非標的臓器における腫瘍溶解性ウイルスの分布を調べるための試験である。腫瘍溶解性ウイルスの分布や推移はウイルスゲノムを検出することにより測定することができる。動物の臓器又は組織における腫瘍溶解性ウイルスの配列の存在を調べるには、定量的 PCR のような高感度分析法を少なくとも一種類用いることが望ましい。

腫瘍溶解性ウイルスの生体内分布プロファイルの評価と平行して、腫瘍溶解性ウイルスの感染性を評価するべきである。腫瘍溶解性ウイルスは複製能があり、正常組織において感染及び増殖する可能性があるので、ウイルス力価やウイルス核酸の量を測定するべきである。非標的組織でウイルスのゲノム配列又は導入遺伝子の有意な発現が認められた場合は、組織/体液のさらなる分析を実施すべきである。これらのデータを、毒性試験で得られた臨床病理学的及び病理組織学的検査成績とあわせて考察することにより、ウイルスの存在や遺伝子発現が動物における副作用の所見と相関しているかどうかを明らかにできる。

3.5 ウイルス排出に関する考慮事項

本 ICH 見解において、ウイルス排出(viral shedding)とは患者の分泌物/排泄物を介した腫瘍溶解性ウイルスの拡散(dissemination)と定義される。

腫瘍溶解性ウイルスを用いるにあたっての懸念のひとつは、ヒト対ヒト伝播による患者以外への曝露の可能性である。動物を用いたウイルス排出の評価は、臨床モニタリング計画の立案に役立つと考えられる。腫瘍溶解性ウイルスの排出に関する情報は、非臨床及び臨床試験における長期有害事象のモニタリングに有用である。「ICH 見解:ウイルスとベクターの排出に関する基本的な考え方」も参照されたい。

3.6 毒性試験及び安全性試験

毒性試験における観察期間及び剖検の間隔は、腫瘍溶解性ウイルスの生体内分布及び持続性のプロファイル、並びに導入遺伝子を保持している場合はその発現プロファイルから設定されることが多い。腫瘍溶解性ウイルスの毒性評価では、投与後に起こりうる局所及び全身性の毒性の識別、解析、定量化ができるような幅広い検討を行うべきである。POC 試験で確立された動物種、投与経路及び投与手順、想定される治療上の用量域及び投与スケジュールから、毒性試験をデザインするべきである。腫瘍溶解性ウイルスの毒性は投与経路に依存することから、投与経路及び投与スケジュールは想定している臨床試験を出来るかぎり忠実に反映すべきである。評価結果には、急性及び慢性毒性、毒性の可逆性、遅発性毒性、挿入変異及び他の用量反応性の作用を含める。

生殖細胞への伝播の可能性を、「ICH 見解:生殖細胞への遺伝子治療用ベクターの意図しない組み込みリスクに対応するための基本的な考え方」に示された原則に従って考慮することが必要とされる。ICH S6 ガイドライン「バイオテクノロジー応用医薬品の非臨床における安全性評価」の科学的原則には適用可能な部分もあるが、毒性試験は、正常細胞/組織におけるウイルス複製及び感染の可能性、並びにウイルスや発現した導入遺伝子への望ましくない免疫反応などを含む腫瘍溶解性ウイルスの生物学的特性を反映する必要があるだろう。

3.7 医薬品安全性試験実施基準(GLP)試験

安全性の評価指標は、担がん動物を使用して実施された試験によって収集されることがあり、動物の管理においても特別な配慮が必要となる可能性がある。ICH S6 ガイドラインに記されているように、特殊な検査系を用いる試験においては、各極の法律で要求されている GLP の完全な遵守は、困難を伴うことがある。バイオセーフティーの要件も、GLP に適合した腫瘍溶解性ウイルスの非臨床試験の実施可能性に影響を与えることがある。そのため、非 GLP 試験であっても、当該試験があらかじめデザインされた試験計画に従って実施され、そのデータが提案された臨床試験をサポートするのに十分な質と完全性(整合性)を備えている限り、受け入れることは可能であろう。

4. 臨床試験

腫瘍溶解性ウイルスの複雑性及び動物モデルの有用性に限界があることにより、初期臨床試験で多くの残された課題が明らかにされる必要がある。このため、初期の投与レジメン及び投与経路に関して注意が必要となるであろう。動物での投与情報からは十分な安全性情報が取得できていない場合があることから、安全な開始用量を決定するためには、がん患者における用量設定試験を実施する必要性がある。適切な投与経路を決定する際には、腫瘍内投与から始め、部分又は局所投与、そして全身投与へと段階的に実施する手法がしばしば用いられる。選択された投与経路の妥当性を示すべきであり、非標的部位におけるウイルス複製の可能性も考慮すべきである。

可能であれば、腫瘍溶解性ウイルス又は分子変異体の望ましくない複製に対処するための抗ウイルス療法を考慮すべきである。一例として、ガンシクロビルは、腫瘍溶解性 HSV の複製の制御に有用である。

フォローアップのための臨床試験計画が作成される必要がある。各極にガイドラインがあれば、それを考慮すべきである。

4.1 薬物動態、薬力学及び生物活性

腫瘍溶解性ウイルス量のモニタリングには、PCR 及び感染性試験の両者が使用されている。増殖許容性組織でのウイルス複製の指標となる血中ウイルスの第二ピークを十分に検出することが可能な頻度と期間にわたり、モニタリングを実施すべきである。腫瘍溶解性ウイルスのモニターには、ウイルスの遺伝子又は導入遺伝子の発現レベルを調べるなどの別の手法を用いることもできる。正当な理由がある場合には、導入した非治療用のマーカー遺伝子の利用も考えられる。

腫瘍内における腫瘍溶解性ウイルスの存在と分布を測定することは困難であると予想されるが、腫瘍の切除又は生検が可能であれば病理組織から有用な情報が得られる可能性がある。

4.2 免疫及び免疫反応

ウイルスに対する既存の免疫(体液性免疫や細胞性免疫)は、投与経路、投与レジメン及び連続投与の効果に影響を及ぼす場合がある。腫瘍溶解性ウイルス(及び存在する場合は導入遺伝子産物)に対する免疫反応をモニタリングすることは重要である。

しかし、ウイルスに対する中和抗体が有効性に及ぼす影響は現時点では明らかではない。この免疫応答は、過度のウイルス血症に対する防御機構となる可能性がある一方で、目的とするウイルスの(がん組織への)拡散を妨げてしまう可能性もある。

目的とするがん細胞の溶解に伴う炎症反応の影響も考慮すべきである。

4.3 バイオセーフティー

腫瘍溶解性ウイルスを投与する際、感染性物質やバイオセーフティーに関する予防措置、バイオセーフティーガイドラインもしくはそれに相当する指針に従うことが重要である。各医療施設、国、州、地域の規制を遵守すべきである。すべての規制当局は、通常は臨床プロトコルの中に、個人間伝播を防ぐための標準的な措置として、臨床試験期間中のバリアー型避妊の実施を含めることを求めている。

非臨床におけるウイルス排出試験結果は、臨床試験の計画や検出方法の評価にも有用である。排出ウイルスのモニタリングを臨床開発計画に組み込むことが望ましい。

腫瘍溶解性ウイルスの第三者への伝播が及ぼす影響は十分に解明されておらず、医療従事者、家族、患者と接触するその他の人への曝露を最小限にするために予防措置を講ずるべきである。免疫抑制又は免疫低下患者、同様に免疫機能の低い集団(乳児や高齢者等)への暴露を最小限にするための配慮も必要である。

患者及びその家族に対して、外来投与後の公共移動や日常生活における第三者への暴露を最小限にするための方法を指導することが適切であろう。これには特定の衛生管理に関する助言も含まれる。これらの考慮事項の多くは環境への放出/リスクとして取り扱う事項であり、詳細については各規制当局に相談するべきである。

*1: 日本では野生型あるいは弱毒型の腫瘍溶解性ウイルスは遺伝子治療ではないが、本文書で示す見解は適用される。
*2:製品開発過程において、その開発コンセプトの妥当性を証明することの総称。ここでは開発段階にある遺伝子治療薬について、非臨床試験で検討された有効性や安全性から、ヒトへの応用研究の妥当性を確認することを意味する。

参照

Gene Therapy:遺伝子治療

https://www.pmda.go.jp/int-activities/int-harmony/ich/0012.html

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