新しい経済社会の構築に向けて
~「成長」と「分配」の好循環をどう作るか~
2021年 11月9日
十倉 雅和
中空 麻奈
新浪 剛史
柳川 範之
日本経済はデフレではない状況となり、生産年齢人口が約550万人減少する中で約500万人の雇用が創出された。また、年率3%程度の最低賃金の継続的な引上げを通じて賃上げのモメンタムも作り出された。一方で、日本経済の大きな課題は、長期にわたる民間のアニマルスピリッツの消失と多様性の欠如から生じる硬直性である。有効な民間投資が進まず、現預金も積み上がり、結果として、最大の課題である低生産性が解消せず、むしろ悪化した。また、GDPの6割を占める消費の活性化には、国民に将来生活への安心感の醸成が必要であるが、持続可能な社会保障制度の構築は未だ途上にある。また、官の政策立案・実行・評価機能が劣化し、時代のニーズに即応した公共サービスの提供が遅れている。
さらに、コロナ禍で顕在化した、様々な構造的な格差(所得・資産・雇用・地域・教育)、デジタル化の遅れ、危機対応への脆弱性への対応は喫緊の課題である。
これらの課題を解消して、「成長」と「分配」の好循環を作り出すためには、大胆な政策の実行が求められると同時に、粘り強く必要な政策を継続していくことが肝要である。そのためには、短期にとどまらない、場合によっては数年に渡る政策プランの策定と、そのプロセスをチェックし実効性を確保する体制づくりが必要である。
Table of Contents
1. 当面の課題・・・経済対策で思い切った人的投資・イノベーション投資を
まず求められるのは、最悪の事態を想定した感染症対策と、厳しい状況にある方々への経済支援である。経済の底割れを防止するとともに、社会経済活動の日常回復を急ぐべきである。また、税制等も活用しつつ賃上げモメンタムを維持・強化することで可処分所得を回復させる必要もある。
それと同時に、理系人材育成やDX時代のリスキリング、女性や若者がより活躍できる能力開発支援等、労働移動支援を含め、それぞれの状況に応じた人的投資が積極的に行われるようにするとともに、デジタル・グリーンや起業などのイノベーションを喚起する投資を通じて成長力を徹底強化すべき。
現下の経済状況を見ると、大きなデフレギャップに加え資源価格の上昇等がもたらす所得流出や民需抑制への影響、世界的なダウンサイドリスクに十分に注意する必要がある。こうした中にあって、国内の成長力を高めることは急務であり、税財政を活用してリスクマネーを拡大し、サプライサイドを強化する投資を思い切って強化することがこれまで以上に重要となっている。
今次対策では、昨年度補正予算の今年度への波及効果を勘案し、経済の下支えと成長力強化に十分な規模と内容としつつ、適切かつ効果的な支出の仕組みを徹底し、思い切って成長力強化への投資に重点化したものとすべき。
こうした取組を通じて、今年中に我が国の経済活動の水準をコロナ前に戻し、来年には、先進国の中でも本格的な民需回復を実現することが重要である。総理から指示のあった経済対策により、こうした取組を迅速かつ総合的に進め、成長と分配の好循環へのジャンプスタートを切るべき。
2.成長と分配の好循環に向けた考え方とその課題
好循環をもたらすためには、民間投資を活性化し、生産性を向上させ、収益・所得を大きく増やす。そして、成長分野への労働移動、リスキリング等を通じた人的資本のボトムアップ等を通じて、継続的に物価と賃金が安定的に上昇する環境とすることが求められる。また、現役世代の負担を抑制し、持続可能性が見通せる社会保障制度を構築する。さらには、政府の機能の向上を通じて、こうした仕組みを支え、循環の拡大と持続性の向上の実現が求められる。
これらの変化は一朝一夕に実現できるものではないが、粘り強く政策を継続していく必要がある。そのためには、メリハリのあるKPIを掲げ、かつ適切かつ効果的な支出の仕組みを重視し、中期的なプロセス管理をしっかり行って、以下の取組を推進すべき。
(1) 継続的に物価と賃金が上がる環境整備
生産性の向上に向けた民間投資の活性化なくして、好循環は生まれない。そのためには以下の重要課題を含め、何が必要か徹底して検証し、必要な構造改革の断行、投資促進税制等による積極的後押しを実行すべき。
① 民間投資の活性化
デフレマインドの根強い継続は、企業の賃上げに対する慎重姿勢や現金保有・借入抑制・投資抑制の誘因となっている。インフラや医療介護等の公的分野、脱炭素をはじめとするSDGs分野等にリスクマネーを大胆に呼び込み、イノベーションを活性化させることで、社会課題の解決に向けた新たな投資需要を喚起させる。スタートアップ支援や事業転換の支援等を通じて民間投資を活性化し、生産性を向上させるべき。
② 人的投資と人材活用
生産性向上の下、賃上げモメンタムを維持・拡大しつつ、人的資本の抜本強化を通じて、成長力の強化・可処分所得の増加につなげ、好循環を強化すべき。企業においては、働き方改革等を通じたエンゲージメントの向上、リスキリングの機会の提供を通じた能力向上、成長分野への労働移動の促進、理工系女性の採用拡大や育成が重要である。政府は、労働保険特会の構造改革を通じて、教育訓練の強化や労働移動の円滑化、働き方の違いによるセーフティネット格差の是正に取り組むべき。また、科学技術立国の実現を通じたイノベーティブ人材の増強、高度外国人材の呼込みを促進すべき。
③ 企業行動の変革~両利き経営、付加価値創出経営へ
短期的視点の下での企業経営はコストカットと投資抑制に偏りがち。また、過当競争体質や長年のデフレマインドの下、販売価格も硬直化し、賃上げ率や下請け業者の価格転嫁率も低い。こうした結果、潜在成長力も伸び悩んでいる。短・中期を両にらみした経営を通じて、将来への投資を活性化するとともに、付加価値創出経営を促進することで、事業と雇用の持続性を高めるべき。また、エネルギー価格の上昇が予想される中、安全性を確保した原発の再稼働も重要な要素となる。
④ 地方の成長と世界経済の成長をダイナミックに取り込んだ好循環の拡大
デジタルやリモートワークを用いることで、地方においても、大都市や外国の人・モノ・データを、積極的に活用することが可能になってきている。これらの動きを促進し、世界とネットワークでつながることで、地方において新たな雇用と所得を創造すべき。また、農業・観光・中小企業等の輸出競争力を強化するほか、省エネ・エネルギーのコスト低減等を通じて所得流出の抑制を進め、経常黒字を継続する。こうした取組を通じて、地方と海外を積極的に連携させ、好循環を拡大すべき。
(2) 持続可能な社会保障制度の構築を通じた所得と消費の拡大
現役世代の多くが教育や子育て・住宅取得といった旺盛な資金需要に直面しながらも、雇用や社会保障制度の面での不安や所得の伸び悩みの中で、消費を抑制しがちである。DXによる医療介護の生産性向上、予防医療・創薬等に係る民間活力を活かした市場の創造、マイナンバー活用による利便性の向上と応能負担の徹底に重点をおいて、現役世代の負担を抑制し、可処分所得と消費の拡大を実現すべき。
また、中間層の拡大の観点からは、正規・非正規の処遇格差、資産所得格差、一人親世帯の困窮、貧困の根雪化や世代を超えた継承といった課題が顕在化している。全世代型社会保障改革を進め、勤労者皆保険制度、働き方改革等を通じて、経済のダイナミズムを強化しながら、誰もが何度でもチャレンジできてやりがいのある社会、格差が固定化しない社会を構築すべき。
(3) 政府の機能の向上
政府は、①危機管理、②社会的共通資本、③再配分、④財政の適切かつ効果的な支出の分野で機能の向上を図るべき。公的組織、人材、制度を迅速に見直して対応するとともに、デジタル技術を利活用することで、政府の政策立案・実行・評価機能を強化し、時代のニーズに即応した公共サービスを提供すべき。