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1. はじめに
1.1. 背景
バイオテクノロジーと免疫学の進歩により、新規ワクチンの開発とともに既承認ワクチンに対する改良も検討されている。しかしながら、ワクチンはその多様性及び種特異性のため、安全性及び薬理作用に対する一律の評価基準が存在するわけではない。そのため、新規ワクチンの安全性及び薬理作用を明らかにするためには、現時点の科学的水準に基づき、非臨床評価の項目と内容を決定する必要がある。ワクチンの非臨床試験は、ヒトに接種後の有効性及び安全性を予測するための手法であり、開発中のワクチンが非臨床から臨床へ移行する上で重要である。
1.2. 目的
ワクチンの非臨床試験は、製品の特性(安全性及び薬理作用の評価を含む)を明らかにすることを目的に実施される。本ガイドラインは、ワクチンの非臨床試験の計画立案のための一般的な原則を提供するものである。
非臨床試験を実施する主な目的は、
- 薬理作用を評価すること
- 毒性の標的となりうる器官・組織を特定すること
- ヒトに接種される投与量での安全性を評価すること
- 発現した毒性所見が可逆的なものであるかを評価すること
- 臨床でモニタリングする際の安全性に係る評価項目を見出すこと
である。
1.3. 適用範囲
本ガイドラインは、感染症の発症予防又は感染予防(以下「感染症の予防」という。)を目的とするワクチン開発に適用され、「治療用ワクチン」である抗腫瘍ワクチン(がんワクチン)等には適用されない。本ガイドラインが対象とする感染症の予防を目的とするワクチンは、病原性微生物等に対する特異的な免疫を誘導する以下のようなものである。
- 免疫原性を保持したままで、化学的又は物理的に不活化された微生物を有効成分とするワクチン(日本脳炎ワクチン等)
- ヒトに感染する病原性微生物と抗原が類似した微生物で、適切な免疫原性を残したまま弱毒化された微生物を有効成分とするワクチン(麻しんワクチン、BCG ワクチン等)
- 病原性微生物から抽出された抗原、又は病原性微生物が産生するトキシンを不活化したトキソイドを有効成分とするワクチン(インフルエンザ HAワクチン、百日せきワクチン、ジフテリアトキソイド、破傷風トキソイド等)
- 遺伝子組換え技術によって得られた抗原、又はこれらを凝集化、重合化した抗原や、担体と結合させた抗原を有効成分とするワクチン(B型肝炎ワクチン、肺炎球菌結合型ワクチン等)
- ウイルスや細菌の遺伝子を組み換えたワクチン
- 発現プラスミド等の核酸を有効成分とするワクチン
なお、個別にガイドライン等が発出されている場合には、別途対応する必要がある。
また、上記に記載されていないような新しいワクチンの開発にあたっては、得られている知見をまとめたうえで、開発早期から規制当局への相談を開始することが望ましい。
2. 一般的な考え方
ワクチンの非臨床試験は、薬理作用及び安全性に関する特徴を明らかにする目的で行われる。ワクチンには固有の全身毒性、過剰な局所反応、目的としない感作等の有害な免疫反応、場合によっては生殖発生毒性、不純物による毒性及び製剤中に存在する成分の相互作用による安全上の懸念が存在する。そのため、新規ワクチンについては、非臨床試験を実施すべきである。また、新規アジュバント及び新規添加剤が含まれる場合には、これらの添加物質の安全性についても評価が必要である。しかしながら、本邦で既承認のワクチン有効成分のみからなる新規混合ワクチンの場合、又は多くの臨床使用実績があり、安全性が確認されているワクチンと組成が同様で薬理作用が同様である場合等の科学的に正当な理由がある場合には、他の新規ワクチンに求められる非臨床試験は必ずしも必要としない。
2.1. 試験デザイン
各ワクチンの特性を踏まえ、非臨床試験の必要性、試験の種類、動物種の選択及び試験デザインを科学的根拠に基づいて考える必要がある。非臨床安全性試験を実施する際には「医薬品の安全性に関する非臨床試験の実施の基準に関する省令(Good Laboratory Practice : GLP)」に準じて実施することが求められる。GLP 下で実施できない場合には、GLP 下で実施できない部分を明確にし、安全性評価に与える影響について説明する必要がある。
動物を用いた非臨床試験をデザインする際には、動物種の選択、用法・用量、投与経路、試験期間、評価項目(例えば、一般状態観察、体重、血液検査、尿検査、剖検、病理組織学的検査等)、及び評価の実施時期等を検討する必要がある。非臨床試験の用法・用量については、臨床での接種方法を考慮して、投与量、投与間隔、投与回数及び投与期間を決定する必要がある。
2.2. 動物種/モデルの選択
ワクチンの非臨床試験における動物種の選択にあたっては、通常、ワクチンの有効成分に免疫応答を示す少なくとも1種の動物種を用いること。その際、必ずしもヒト以外の霊長類を選択する必要はない。
2.3. 被験物質
ワクチンの非臨床試験に用いる被験物質は、臨床に用いる製剤の有効性及び安全性に影響を及ぼす特性(組成、剤型、製造方法等)を適切に反映する必要がある。
2.4. 投与経路
投与経路は、原則として臨床適用経路に準じる。非臨床安全性試験では、臨床適用経路以外であっても、臨床適用経路と同様の全身の免疫反応(例えば、抗体産生)が惹起されるのであれば、全身の安全性を評価することが可能であるが、その場合でも、臨床適用経路に準じた局所刺激性の評価は必要である。
3. 薬理試験
ワクチンの薬理作用を評価する非臨床試験では、試験の目的に合致した感度と特異性が期待される試験法を採用する。
3.1. 免疫原性の評価
ワクチンの免疫原性を評価する試験には感染予防又は発症予防との関連性が高いと予想される抗体の産生レベル、産生された抗体のクラス及びサブクラス、細胞性免疫及び免疫系に影響を及ぼすサイトカイン産生の評価等が含まれる。
3.2. 感染防御能の評価
ヒトでの感染・疾病を反映する動物モデルが存在する場合には、ワクチンが対象とする病原性微生物による感染又は発症の防御を評価項目とすることが望ましい。
3.3. 安全性薬理試験
通常、ワクチンの非臨床安全性評価では、主要な生理機能(中枢神経系、呼吸器系、心血管系)への影響を、毒性試験における観察、検査等の中で評価することが可能である。これらの評価において、主要な生理機能に対する安全性上の懸念が認められた場合には、独立した安全性薬理試験の実施を検討する。
4. 薬物動態試験
通常、ワクチンでは薬物動態試験を必要としない。
ただし、発現プラスミド等の核酸を有効成分とするワクチンについては、原則として、生体内分布試験を実施する必要がある。
新規の弱毒生ワクチンでは排出について評価する必要があるが、当該ワクチンを用いた薬理試験等における動物での知見、又は野生型ウイルス等のヒトでの感染に関する十分な知見が得られている場合は、当該評価のためにワクチンを用いた生体内分布試験を独立して実施する必要はない。
5. 毒性試験
5.1. 単回投与毒性試験
急性毒性の評価は必要であるが、通常、反復投与毒性試験の初回投与時の所見等で評価可能である。
5.2. 反復投与毒性試験
通常、臨床での予定接種回数以上の投与を行う必要がある。用量は、臨床での 1回接種量と同じ用量を目安とする。しかしながら、ヒトと同じ用量の投与が物理的に困難な場合は、少なくともヒトでの体重換算用量(mg/kg又はmL/kg)を超える投与量(mg/kg又はmL/kg)を設定することが必要である。これらの用量設定が、技術的あるいは動物福祉の観点から困難である場合は、使用する動物種における最大投与可能量を投与する。このように設定した用量において、毒性学的に意義のある所見が認められた場合には、臨床での安全性を担保するために、より低用量での非臨床安全性評価の必要性を検討する。一般状態観察では、投与局所の状態、過敏反応等にも留意する必要がある。病理組織学的検査では、少なくとも主要器官(脳、肺、心臓、腎臓、肝臓、生殖器等)に加え、主要な免疫器官(胸腺、脾臓、骨髄、投与部位の所属リンパ節等)を評価する必要がある。また、血液検査の実施も必要である。
これらの検査において、毒性変化が認められた場合には、その回復性を検討する。
5.3. 生殖発生毒性試験
生殖発生毒性のうち受胎能への影響は、反復投与毒性試験における生殖器系の病理組織学的検査で評価可能である。胚・胎児発生に関する試験、出生前及び出生後の発生並びに母体の機能に関する試験については、臨床での接種対象者によりその必要性が判断される。これらの試験を実施する場合には、通常、1種の動物を用いて生殖発生ステージ C(着床~硬口蓋閉鎖)からステージE(出生~離乳)までのエンドポイントを評価する。臨床試験において適切な妊娠回避の手段が確保されていれば、生殖発生毒性試験は、製造販売承認申請までに実施することでよい。一方、生殖発生毒性に関する懸念がある場合には、大規模な臨床試験開始までに当該評価を実施する必要がある。
5.4. 遺伝毒性試験
通常、ワクチンでは遺伝毒性試験を必要としない。
5.5. がん原性試験
通常、ワクチンではがん原性試験を必要としない。
5.6. 局所刺激性試験
局所刺激性は、単回投与毒性試験又は反復投与毒性試験に組み込んで評価できる場合があり、その場合には、必ずしも独立した局所刺激性試験を実施する必要はない。
5.7. トキシコキネティクス
通常、ワクチンではトキシコキネティクスの評価を必要としない。
6. 特別な留意事項
6.1. アジュバント
新規アジュバントについては、ワクチン製剤を用いた試験等の中で、アジュバントの安全性を評価する必要があり、特に、局所反応、過敏反応等に留意する。既承認のワクチンに含まれるアジュバントと既承認のワクチン有効成分の新たな組合せであっても、新たな毒性が懸念される場合には局所反応等に関する追加の非臨床安全性評価が必要である。また、ワクチン製剤に新規アジュバントが含まれる場合は、新規アジュバントに関する生体内分布試験が必要になることがある。
6.2. 添加剤(アジュバントを除く)
使用前例がない新添加剤(安定剤、溶解補助剤、防腐剤、pH調節剤等)が含まれる場合は、ワクチン製剤を用いた試験等の中で、添加剤の安全性を評価する必要がある。
6.3. 混合ワクチン
新規混合ワクチン(既承認のワクチン有効成分同士を混合したものを含む)については、混合したワクチン有効成分間で相互作用(干渉、抑制等)が生じる可能性があるため、混合に伴う免疫反応(薬理作用及び安全性)の増強又は減弱が生じる可能性について検討する。
用語解説
- アジュバント:免疫反応を促す補助剤。抗原とともに生体に投与されたとき、その抗原に対する免疫反応
を非特異的に増強させる物質。 - 免疫原性:ワクチンによる免疫反応(液性免疫、細胞性免疫)の誘導能。
- 混合ワクチン:複数の感染症に対する有効成分を含むワクチン。