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Ⅰ.新しい資本主義の起動に向けた考え方
政府は、「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした新しい資本主義を実現していくため、内閣に新しい資本主義実現本部を設置した。また、同本部の下、新しい資本主義の実現に向けたビジョンを示し、その具体化を進めるため、新しい資本主義実現会議を開催することとし、本年10月26日から検討を開始した。
現在、世界各国において、持続可能性や「人」を重視し、新たな投資や成長につなげる、新しい資本主義の構築を目指す動きが進んでおり、我が国がこの動きを先導することを目指す。
具体的には、1980年代以降、短期の株主価値重視の傾向が強まり、中間層の伸び悩みや格差の拡大、下請企業へのしわ寄せ、自然環境等への悪影響が生じていることを踏まえて、政府、民間企業、大学等、地域社会、国民・生活者がそれぞれの役割を果たしながら、格差の是正を図りつつ、民間企業が長期的な視点に立って「三方良し」の経営を行うことで、現場で働く従業員や下請企業も含めて、広く関係者の幸せにつながる、長期的に持続可能な資本主義を構築していく必要がある。全てを市場に任せるのではなく、官民が連携し、新しい時代の経済を創る必要がある。
その際、人的資本や無形資産、社会・自然環境・人権への配慮などを可視化することで、成長の質や長期的な企業価値を評価するための環境を整備することが重要である。
成長と分配の好循環の起爆剤として、デジタルトランスフォーメーション(DX)やグリーン分野の成長を含めた科学技術立国を推進し、イノベーション力を抜本的に強化する必要がある。その際、民間がイノベーションを起こし、それを官が支援することを基本とする。また、イノベーションを社会課題の解決に活用することで、利便性の高い社会を作るとともに、地方の中堅・中小企業や下請企業、スタートアップを含めて、幅広い産業や企業の生産性向上を促進し、豊かな中間層を生み出していくことが重要である。製品だけでなく、サービスのイノベーションも進めていく必要がある。
逆に、従業員に賃金の形で分配してはじめて、消費が拡大し、消費拡大によって需要が拡大すれば、企業収益が更に向上し、成長につながる。分配戦略は、成長を支える重要な基盤である。
さらに、成長と分配を同時に実現するためには、幼児教育・保育や小中学校から企業内まで、「人」への投資を強化する必要がある。多様性(ダイバーシティ)と包摂性(インクルージョン)を尊重し、女性や若者、非正規の方、地方を含めて、国民全員が参加・活躍できる社会を創り、一人一人が付加価値を生み出す環境を整備する必要がある。また、リカレント教育やセーフティーネットの整備を通じて、やり直しのできる社会、誰一人として取り残さない社会を実現する必要がある。働く人の評価や処遇を成果に基づき行う慣行を定着させる必要がある。
このような視点を含めて、我が国においても、成長戦略によって生産性を向上させ、その果実を働く人に賃金の形で分配することで、広く国民の所得水準を伸ばし、次の成長を実現していく「成長と分配の好循環」の実現に向けて、政府、民間企業、大学等、地域社会、国民・生活者がそれぞれの役割を果たしながら、あらゆる政策を総動員していく必要がある。
新しい資本主義実現会議では、こういった基本的な考え方を踏まえて、来春にビジョンとその具体化の方策を取りまとめ、世界に向けて率先して発信していく必要がある。策定にあたっては、車座対話を随時開催し、多様な関係者の方々の声を丁寧に聞きながら、検討を進めていく。
本緊急提言は、早速、実行すべきものは実行に移し、新しい資本主義を起動するため、当面、岸田内閣が最優先で取り組むべき施策を整理するものである。
Ⅱ.成長戦略
1.科学技術立国の推進
(1)科学技術立国の推進に向けた科学技術・イノベーションへの投資の強化
①10兆円規模の大学ファンド・大学改革
世界最高水準の研究大学を形成するため、10兆円規模の大学ファンドを本年度内に実現し、運用を開始する。また、世界と伍する研究大学に求められる、ガバナンス改革や外部資金確保の強化などの大学改革の実現に向けて、新たな大学制度を構築するための関連法案の次期通常国会への提出を目指す。
優れた若い研究者が研究に専念できる環境を作っていく。このため、我が国の科学技術・イノベーションの将来を担う優秀な博士後期課程学生に対して、生活費相当額及び研究費を継続的に支援する。また、若手研究者の参画を要件として国際共同研究を支援するスキームを新たに構築し、世界と戦える優秀な若手研究者の育成を推進する。
②デジタル、グリーン、人工知能、量子、バイオ、宇宙など先端科学技術の研究開発・実証
科学技術立国の推進に向け、デジタル、グリーン、人工知能、量子、バイオ、宇宙といった先端科学技術の研究開発・実証に大胆な投資を行う。
人工知能や量子など革新的な技術が出現し、イノベーションをめぐる国際的な競争が激化する中、経済安全保障の強化推進の観点から先端的な重要技術を迅速かつ機動的に育てる必要がある。このため、国が経済安全保障上のニーズに基づき、研究開発のビジョンを設定した上で、その実現に必要な研究開発を複数年度にわたって支援する枠組みを設ける。
長期の野心的な目標に挑戦するムーンショット型研究開発について、カーボンニュートラルの実現、人工知能・量子・バイオなど新技術の研究開発力強化、がんなど日米協力に基づく研究開発の推進を目指して、抜本的に強化する。
小型衛星コンステレーション(多数の衛星群を協調させることで、高速・低遅延通信や高頻度の観測を可能とするシステム)を構築するための実証や国際宇宙探査(アルテミス計画)の推進など、安全保障・防災等の観点から、宇宙開発利用を加速する。
③ライフサイエンス分野の強化
人生100年時代を迎え、ライフサイエンス分野の研究開発・投資を強化する必要がある。
このため、ワクチンや治療薬の安定供給を確保するため、国内での開発、生産を支援する。
新型コロナウイルス感染症の経口治療薬について、本年内の実用化を目指すとともに、国産の経口治療薬の研究開発を支援し、国民の安全・安心を確保できるよう、承認された経口治療薬の国による買い上げを行い、必要量を確保する。
ワクチンについて、より強力な変異株や新たな感染症にも対応できるよう、新たなモダリティ(創薬手法)の創出を目指した基礎研究や企業等の応用研究、ベンチャーキャピタルによる出資を要件とした、創薬ベンチャーにおけるワクチン実用化のための開発、平時にはバイオ医薬品を生産し、緊急時にワクチン製造に転用できる生産設備(デュアルユース)の整備を支援する。
がんや難病に苦しむ患者を対象として、全ゲノム解析を推進し、その結果をもとに、個別化医療の提供を目指す。また、得られたゲノム情報をデータベース化し、研究機関や民間企業等における創薬や治療法開発に向けた利活用を可能とする。
現状、累計6,300症例(1.2万ゲノム)の全ゲノム解析を実施済み。本年度末までに累計19,200症例(2.5万ゲノム)まで実施する見込み。これに加えて、英国を参考に、来年度から5年間でがん・難病に関して10万ゲノム規模の全ゲノム解析を実施することを目指し、複数年度にわたって支援する。
(2)デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進
①デジタル庁による健康・医療・介護、教育等の分野におけるデータ利活用の推進
デジタル庁において健康・医療・介護、教育など準公共分野におけるデータの利活用を強力に推進するため、データの具体的な利用ケースを想定し、実際の運用時に生じる課題を把握するための実証や、データを利活用できる環境の整備を行う。
具体的には、健康・医療・介護の分野においては、妊産婦・乳幼児・高齢者といった方々の個人の健康状態に関するデータを、公共サービス、医療、福祉サービスの提供者など様々な主体が利用できる環境を想定して実証を行い、データの標準化をどのように行うか、データの取扱いのルールをどのように設定するか、どのようなシステムの整備が必要かといった課題を整理する。
また、教育分野においては、様々なデジタルコンテンツを学校で利用できる環境を整備するため、官民の様々なデジタル書籍・素材について、学習指導要領との紐付けを行うとともに、それらを容易に検索することができるような検索システムの開発及び実証実験を行う。
さらに、このように様々な分野における実証等を行うことで、将来的に分野横断的なデータプラットフォームの構築へとつなげていく。
②DFFT(信頼性ある自由なデータ流通)の推進
デジタル時代の信頼性ある自由なデータ流通(DFFT)を実現するため、国際的なルールづくりに積極的な役割を果たしていくとともに、データの越境移動に関する国際的な規制の相互運用の在り方について検討を行う。
③利用料の透明化によるキャッシュレス利用環境の整備
クレジットカード加盟店手数料の7割を占めるとされるインターチェンジフィー(クレジットカードでの決済があった際に、お店と契約する決済会社が、利用者と契約する決済会社に支払う手数料)について、公正取引委員会において、標準料率の公開状況等の実態調査を行い、競争政策上の課題の有無について、本年度末までに取りまとめる。あわせて、関係省庁においてキャッシュレス決済の拡大に有効な公開方法を検討する。
④コンテンツの利用拡大
デジタル化、ネットワーク化を成長の機会とすべく、コンテンツの利用に関する多数の権利者の許諾について、簡素で一元的に権利処理できるような制度について、本年中に検討の上、結論を得て、来年度中の法案提出を目指す。
感染拡大に伴う開催制限により延期・中止した音楽や演劇の公演等について、キャンセル費用を支援するとともに、コンテンツの海外展開を支援する。
(3)クリーンエネルギー技術の開発・実装
①再生可能エネルギーの導入拡大
2050年のカーボンニュートラル、2030年度の排出削減目標の実現に向けて、再生可能エネルギーの最大限の導入に取り組む。
再エネ普及のための送電網の整備を加速化するため、海底直流送電線に関する実現可能性調査を支援するとともに、ケーブルの製造に係る設備投資等を加速する。また、再エネの出力変動に対応するための電力系統につながる蓄電池の整備、余剰な再エネ電気で水素を製造する装置の整備を支援する。
太陽光発電の導入拡大に向けて、事業会社がFIT制度やFIP制度の対象とならない再エネの長期契約に基づく調達を促進するための太陽光発電設備の整備を支援する。
②蓄電池の国内生産、水素ステーション・充電設備の整備、電動車の普及促進による自動車の電動化の推進と事業再構築
自動車産業は、関連産業を含めると、国内で550万人の雇用を抱える、我が国の基幹産業である。自動車の電動化を推進するため、包括的な支援を実施する。
車載用の電池について、サプライチェーン強靱化を図るとともに、2030年までに国内生産能力を大幅に高めるため、電池及び電池材料の大規模生産拠点の国内立地を支援する。
水素ステーションや充電設備の整備を支援し、電動車について、遅くても2030年までにガソリン車並の利便性を実現する。
2035年までに乗用車の新車販売で電動車を100%とするグリーン成長戦略の目標に向けて、電気自動車・燃料電池自動車等の購入を支援する。
2050年カーボンニュートラルに伴う産業構造転換を支援するため、部品サプライヤー、ガソリンスタンド、整備拠点などが、自動車の電動化に伴い事業転換・事業再構築に挑戦する取組を支援していく。
あわせて、既存のインフラを活用可能な、二酸化炭素(CO2)と水素の合成燃料(e-fuel)の技術開発・実証を行う。
③化学・鉄鋼等の エネルギー多消費型産業の燃料転換
鉄鋼、化学、製紙・パルプ、セメントといったエネルギー多消費型産業における石炭火力自家発電の燃料転換を支援する。また、鉄鋼の高炉・コークス炉の高効率化等を支援する。
④既存住宅・建築物を含めた省エネ性能の向上や木造建築物の促進による住宅・建築分野の脱炭素化
住宅・建築分野における脱炭素化を強力に推進する。
具体的には、2025年度までに、住宅や小規模建築物を含めた全ての建築物を省エネルギー基準の適合義務の対象とするとともに、5,000万戸を超える既存住宅の省エネリフォームを推進するため、低利融資制度を創設する。また、木材の利用を促進するため、木造建築物に対する構造計算の規制や防火規制を改正する。このため、次期通常国会への関連法案の提出を目指す。
このほか、地域における木造のゼロ・エネルギー住宅の取得等を支援するとともに、住宅ローン減税の在り方や、リフォーム税制の拡充・延長について検討し、本年末の来年度税制改正において結論を得る。
⑤核融合など将来に向けた原子力利用に係る新技術の研究開発の推進
将来に向けた原子力利用の安全性・信頼性・効率性を抜本的に高める新技術等の開発を進める。2030年までに、民間の創意工夫や知恵を活かしながら、国際連携を活用した高速炉開発の着実な推進、小型モジュール炉技術の国際連携による実証、高温ガス炉における水素製造に係る要素技術確立等を進めるとともに、ITER計画等の国際連携や民間企業の技術開発を通じ、核融合研究開発を着実に推進する。
⑥クリーンエネルギー戦略の策定
グリーン成長戦略、エネルギー基本計画を踏まえつつ、再生可能エネルギーのみならず、原子力や水素などあらゆる選択肢を追求することで、将来にわたって安定的で安価なエネルギー供給を確保し、さらなる経済成長につなげていくことが重要である。
このため、クリーンエネルギー戦略を策定する。
2.我が国企業のダイナミズムの復活、イノベーションの担い手であるスタートアップの徹底支援
(1)要素技術の製品化・サービス化の促進
我が国では、要素技術の研究開発に成功しても、製品・サービス化がうまくいかず、他国企業がビジネスとして収益化した事例が散見される。
日本企業が要素技術の製品化・サービス化を進めるためには、新しい技術の可能性を見出す経営の「目利き力」や、事業化に繋げる「事業立ち上げ力」の強化、こうした力を持つ人材の育成、経営戦略と知財戦略の一体的な推進など、民の経営力の強化を進める必要がある。
(2)付加価値の高い新製品・新サービスの創出の促進
OECDによると、新製品や新サービスを投入した企業の割合は、日本の場合は製造業9.9%、サービス業4.9%にとどまり、ドイツ(製造業18.8%、サービス業9.0%)や米国(製造業12.7%、サービス業7.6%)よりも低い水準となっている。
また、 我が国の労働生産性(就業者一人当たりGDP)は2019年に7.5万ドルであり、G7諸国の中で最も低い。
製造コストの何倍の価格で販売できているかを示すマークアップ率を見ると、日本は1.3倍にとどまり、1.8倍の米国や1.7倍の英国より低い水準となっている。
このように、日本企業は新製品や新サービスを生み出せず、十分な売値が確保できていない。売値を上げるのは、現場の工員や従業員の問題ではなく、経営の問題である。
日本企業が付加価値の高い製品やサービスを生み出し、高い売値を確保できる付加価値を創造するようにすることで、新しい資本主義の考え方に沿って、従業員や取引先に付加価値を分配する構造へと日本の産業を変革していく必要がある。
このためには、日本企業は、従来の「モノ売り」から脱却し、高収益を狙える「サービス」売りを進めるとともに、AI・ビッグデータの活用やブランド力の強化等の事業構造の改革を進める必要がある。
また、最先端技術を活用し、新興国ならではの課題を克服するための新製品や新サービスが創出され、先進国へ逆輸入されるリバースイノベーションが加速している。我が国においても、アジア新興国企業と日本企業が連携して迅速に成功モデルを生み出し、日本への逆輸入を進める取組を推進する。
(3)スタートアップを生み出し、規模を拡大する環境の整備
成長戦略が成功するためには、イノベーションの担い手であるスタートアップを徹底支援し、新たなビジネス、産業の創出を進める必要がある。
我が国のスタートアップの数は近年増加傾向にあるが、企業年齢0-2年の企業が企業全体に占める割合は13.9%にとどまり、米国(20.5%)、英国(22.4%)、フランス(22.8%)に比べて低い。
また、我が国の上場企業は、ソニーや本田技研工業など1945-1954年に設立された企業が119社と最多である一方、米国の上場企業は、アマゾンやフェイスブックなど1995-2004年に設立された企業が124社と最多である。
さらに、我が国では成長するスタートアップが少なく、ユニコーン(時価総額10億ドル超の未公開企業)の数は、2021年3月1日現在、米国274社、中国123社、欧州67社であるのに対して、日本は4社にとどまる。
このように、我が国では、イノベーションの担い手であるスタートアップの数は依然として低い水準にとどまっており、成長するスタートアップは極めて少ない。日本の将来を築いていくためには、終戦直後に続く第二の起業ブームを起こす必要があり、スタートアップの創出・成長発展のための環境整備に取り組む必要がある。
例えば、我が国の場合、VC・CVC投資やエンジェル投資の規模が米国等と比べて非常に小さい。また、米国では、スタートアップの足元の利益ではなく、将来の成長性を見込んで多額の投資が集まるのに対し、日本では短期的に利益を出すことが求められるため、スタートアップが成長投資を行うことが難しい状況にある。
スタートアップの創出・成長発展に向けて、挑戦が奨励される社会環境の整備、兼業・副業の促進等による人材の流動化、新SBIR制度の着実な運用によるスタートアップからの政府調達、雇用を増やすスタートアップに対する政策金融による融資、SPAC(特別買収目的会社)制度の検討等による新たな上場環境の整備、大企業とスタートアップとの取引関係の適正化等を総合的に進める。
(4)新規株式公開(IPO)プロセス及びSPAC(特別買収目的会社)制度の検討
日本の上場の仕組みは、新たなチャレンジを起こそうとする起業家にとって優しい制度とは言えない。日本の上場の仕組みでは、スタートアップではなく証券会社の顧客が儲ける構造になっており、スタートアップに十分な資金が回っていないとの指摘がある。
具体的には、新規株式公開(IPO)については、諸外国と比べて、起業家が株を売る価格(公開価格)を上場初日に市場で成立する株価(初値)が大きく上回り、起業家の資金調達額が少ない。
そうした現状を踏まえ、IPO時の公開価格設定プロセスについて、公正取引委員会において実態把握を進める。また、日本証券業協会において、スタートアップの持続的な成長に資するよう、実需を反映するための公開価格設定の在り方や、よりスタートアップの意向に沿った株式の配分の在り方などについて検討を進め、本年内を目途に中間的な取りまとめを行う。
また、諸外国で導入されているSPAC制度についても、買収時にスタートアップと投資家が合意して価格を決めるため、お互いに納得した価格で上場できる仕組みであり、現在の上場の問題を解決する上でも意味があると考えられる一方、投資家保護が必要である。
このため、東京証券取引所において、上場時の基準や開示の在り方、買収に反対した場合等の一般投資家への資金の返還、買収先企業の開示など、投資家保護策等の観点からSPACを導入した場合に必要な制度整備について、諸外国の状況も踏まえ、具体的に検討を進め、論点を整理した上で、結論を得る。
(5)大企業とのオープンイノベーションの支援
大企業とのオープンイノベーションを促進する税制措置について、スタートアップ企業の株式取得を通じて連携を深める取組が増えるよう、対象となる株式の範囲の拡充を検討し、本年末の来年度税制改正において結論を得る。
また、大企業とスタートアップの人材マッチングの支援を実施する。
(6)公正な競争を進めるための競争政策の強化
新しい資本主義を進めていくためには、地方の中堅・中小企業、下請企業、スタートアップを含めて、豊かな中間層を生み出していくことが重要となる。欧米では、競争当局から他の政府機関等に対し、唱導(アドボカシー;提言)が活発に行われ、公正な競争環境の整備が着実に進められている。我が国でも、専門性の高い外部人材も活用しつつ、スタートアップ・中小企業の取引の適正化や通信等のデジタル市場・電力等のエネルギー市場といったインフラ分野などをはじめとして、公正取引委員会による唱導機能の実効性を強化する。
専門的な知見の向上など質的な充実と併せ、組織・人員の抜本的な拡充など量的な充実を図ることにより、公正取引委員会の体制を重点的かつ計画的に強化する。
(7)デジタル広告市場の透明化・公正化の推進
デジタル市場を支える重要なインフラであるデジタル広告に関して、市場が寡占化する中でプラットフォーム事業者による一方的なルール変更や、広告の閲覧数の水増しによる広告費の虚偽請求など様々な課題が指摘されている。こうした状況を踏まえ、デジタルプラットフォーム取引透明化法の対象にデジタル広告市場を追加し、大規模なプラットフォーム事業者に対して、ルール変更の際に内容や理由を事前に開示することや、広告費の不正取得のリスクに関する説明の徹底を求めるなど、透明化・公正化のための制度整備を行う。
3.地方を活性化し、世界とつながる「デジタル田園都市国家構想」の起動
新しい資本主義は、地方からスタートする。過疎化や高齢化といった地方の課題にデジタルを実装することで解決する「デジタル田園都市国家構想」を起動する。
(1)テレワーク・ドローン宅配・自動配送などデジタルの地方からの実装
地方の課題を解決するため、地方からデジタルの実装を進める。
電子商取引が拡大する一方で、ドライバーの数は減少を続けている。さらに、ウィズコロナの中、高齢者などの利用者、ドライバーの安全を確保する観点からも、非接触型の自動配送サービスを実現することが重要である。
低速・小型の自動配送ロボットは、現行制度(道路運送車両法、道路交通法)には位置付けられていないが、自動配送サービスを早期に実現するため、道路運送車両には該当しないこととした上で、 配送サービスの提供エリアや事業者の連絡先等について事前の届出を求め、安全管理義務に違反した場合には行政機関が措置を行えることとし、機体の安全性・信頼性の向上が図られるよう、産業界における自主基準や認証の仕組みの検討を促すこと等を前提に、次期通常国会に関連法案を提出する。
あわせて、高齢者の移動手段の確保や運転手の不足に直面する地方では、人を運ぶ自動運転による移動サービスが期待されるが、現行法では一般的な制度は規定されていない。このため、申請されたサービスの提供地域・区間を前提として、自動運転システムの性能、遠隔監視や緊急時の対応等を確認した上で、自動運転移動サービスを認める新たな制度を創設し、次期通常国会に関連法案を提出することを検討する。
また、物流や保安、防災など様々な分野においてドローンを活用できる環境を整備する。具体的には、機体の安全性を認証する制度や操縦者の技能を証明する制度等の詳細な制度設計を進め、来年度中にドローンの有人地帯での目視外飛行(レベル4)を可能とする。
「デジタル田園都市国家構想」の具体化に向け、デジタルを活用した地域の自主的な取組を応援するための交付金を大規模に展開する。デジタルを活用した地域における課題解決や魅力向上の好事例を創出し、そうした取組の横展開を図る。
テレワークを更に推進するため、サテライトオフィスの整備や運営、そこに進出する企業による地域活性化に向けた事業の支援などの地方自治体の取組を支援する。
(2)地域金融機関を含めた地域の中小企業のDXの面的・一体的な推進
地域金融機関が、面的・一体的に地域の中小企業のDXを推進するため、改正銀行法に基づき、子会社を設立する等により、地域の中小企業のDXを支援する業務を展開する。これにより、地域金融機関が各地域における官民連携の面的なDXの推進の取組に積極的に参加することを促す。
また、DX専門人材を地域金融機関に対して斡旋するスキームを設ける等、地域金融機関の支援能力の向上を推進する。こうした一定の能力や体制を整備した地域金融機関が中小企業に対し支援を行うことを推進する。
(3)いわゆる6G(ビヨンド5G)の推進
次世代の通信インフラであるいわゆる6G(ビヨンド5G)について、2030年頃の導入を見据えて、研究開発を推進する。このため、現在使われている電気通信技術に代えて、ネットワークから端末まで全てに光通信技術を活用することにより、基幹ネットワークにおける現在の100倍の通信速度とネットワーク全体における現在の100分の1の超低消費電力を同時に実現する革新的な技術を今後5年程度で確立することを目指して、ネットワーク技術やコンピューティング技術に関する研究開発を支援する。
(4)教育のICT環境の整備
一人一台のIT端末の配備に加え、学校における通信環境の安定化の支援や、大型スクリーン等のオンライン教育推進機器の整備など、新たな学びの環境の整備(ギガスクール構想)を推進する。
その環境を生かし、先端的教育ソフトウェアを導入して、児童生徒一人ひとりの状況に応じた個別最適な学びの充実など、学びの転換に取り組む学校を支援する。
(5)デジタル田園都市国家構想実現会議とデジタル臨調の設置
地方からデジタルの実装を進め、新たな変革の波を起こし、地方と都市の差を縮めていくことで、世界とつながる「デジタル田園都市国家構想」の実現に向け、デジタル田園都市国家構想実現会議を開催する。
デジタル改革、規制改革、行政改革を一体的に進めていくために、デジタル臨時行政調査会を開催する。
(6)地方活性化に向けた基盤づくりへの積極的投資
①農林水産業の成長産業化の推進・家族農業や中山間地農業などが持つ多面的機能の維持
デジタル技術を用いたスマート農林水産業を生産現場で進め、若者にとっても魅力のある産業としていく。このため、技術の研究開発や生産現場での実証・経営改善効果の分析、スマート機械のシェアリングを通じたスマート農業産地の形成、農業高校でのスマート機械の導入、効率的な林業生産・流通に役立つ森林資源情報のデジタル化、漁業生産の基礎となる資源管理のためのデジタル技術を用いた漁獲情報の収集による資源の的確な評価などを支援する。
世界でも評価の高い日本の農林水産物・食品の2025年2兆円、2030年5兆円という輸出額目標の達成に向けて、商談会の開催、プロモーションの実施、オールジャパンとして活動する品目団体の活動、国内の輸出産地に対する専門家の派遣、輸出拡大に必要な加工・保管等の施設の整備などを支援する。
森林の若返りによるCO2の吸収拡大を通じて、カーボンニュートラルにも貢献していくため、伐採、利用、植栽の好循環に向け、路網の整備、国産材の加工施設の大規模化、成長の早いエリートツリーの苗木の生産施設の整備などを支援する。
国民全体が享受している、農業・農村の持つ国土保全等の多面的機能を維持していくため、農業用水路等を地域で共同作業により管理する取組や中山間地域での各集落の農地の利用や担い手についての将来像を策定した上で実施される持続的な農業生産活動への直接支払いを推進する。
②防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策の推進・豊かな田園都市国家を支える交通・物流インフラの整備
防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策に基づき、激甚化する風水害や切迫する大規模地震等への対策、予防保全型インフラメンテナンスへの転換に向けた老朽化対策の加速、国土強靱化に関する施策を効率的に進めるためのデジタル化等の推進の各分野について、取組を推進する。
地方の産業を支え、物流効率化や地域交通の安定的確保に資する道路ネットワークや港湾の整備など、交通・物流インフラの整備を推進する。
③PPP/PFIの推進
空港、林業などPPP/PFI等の活用推進に向けた検討を行う。
空港分野では、PPP/PFI推進アクションプラン(令和3年改定版)に基づき、地方管理空港を含め、原則として全ての空港へのコンセッションの導入を促進することとしている。国が管理する空港について、コンセッションの取組を進め、すでに新千歳空港、福岡空港をはじめ9空港において民間事業者による運営を開始している。空港会社が管理する空港についても、関西国際空港においてコンセッションを実施している。今後、空港における機能強化の進捗や地域との関係等を踏まえつつ、更なるコンセッションの実施について検討していく。
林業分野では、樹木採取権制度に基づき、本年10月までにパイロット的に指定された10箇所について、来年1月頃から順次、樹木採取権を設定していく。また、より大規模なものも含めた来年度以降の樹木採取区の指定について、本年から実施しているマーケットサウンディング(市場調査)の結果を踏まえ、検討していく。
④2025年大阪・関西万博の準備の円滑化
新型コロナウイルス感染症を乗り越えた先の新たな社会を示すこととなる2025年大阪・関西万博の開催に必要な経費を確保するとともに、会期終了後の撤去費用を確保する。その際、建設主体が政府、外国政府、私企業など多岐にわたり、更にそれぞれの行政手続も絡むことから、工事や技術実証等の進捗状況に応じた機動的・弾力的対応を可能とするよう措置する。
⑤観光立国復活に向けた観光業支援
コロナ禍の影響を強く受けた観光産業では、ウィズコロナを前提とした旅行ニーズの変化やデジタル化に対応した事業再構築を支援していくことが重要となる。
旅館・ホテルでは、施設の価値を高めるため、団体客向けの大部屋から家族などの少人数が泊まる温泉付きの客室に改修することや、宴会場を個室の食事会場に改修することなどが考えられる。また、観光地でリモートワークしながら余暇も楽しむワーケーションの受入れには、Wi-Fiやデスクなどの環境整備が必要となる。
こうした観光産業の事業再構築に向けた積極的な施設改修や、地域のバスや鉄道におけるキャッシュレス決済の導入等を支援する。
あわせて、GoToトラベルなどの消費喚起策については、感染状況を十分に踏まえつつ、ワクチン接種証明や陰性証明を活用して、より安全・安心を確保した制度に見直すとともに、週末の混雑回避の工夫や中小事業者への配慮についても検討し、再開に向けた準備を整える。
4.経済安全保障
安全保障と経済を横断する領域で様々な課題が顕在化している中で、戦略技術・物資の確保や技術流出の防止に向けた取組を進め、自律性の確保と優位性ひいては不可欠性の獲得を実現していく。このため、経済安全保障に係る施策を総合的・包括的に進める。
(1)我が国の自律性の確保、優位性ひいては不可欠性の獲得のための経済安全保障を推進するための法案の策定
我が国の経済安全保障を推進するための法案を策定する。
(2)戦略技術・物資の特定、技術の育成、技術流出の防止等に向けた取組の推進
本年中にシンクタンク機能の活動を開始し、重要技術の特定に資する調査分析を行う。
人工知能や量子など、先端的な重要技術を迅速かつ機動的に育てるため、国が経済安全保障上のニーズに基づき、研究開発のビジョンを設定した上で、その実現に必要な研究開発を複数年度にわたって支援する枠組みを設ける。
本年10月に対象業種を拡大した対内直接投資審査の執行体制、留学生・研究者等の受入審査の体制、経済安全保障に係る情報収集・分析・集約・共有等に必要な体制など、経済安全保障の推進を図るための人員の拡充を図り、体制を強化する。
「みなし輸出」管理の対象の明確化(居住者への情報提供であっても、非居住者へ技術情報を提供することと事実上同一と考えられる場合には管理対象とするもの)について、意見募集の結果を検討した上で、早期の関連通達の改正、来年度前半からの実施を目指す。
大学・研究機関等における自律的な研究の健全性・公正性を高めるため、競争的資金の適正な執行に関する指針を本年内を目途に改定する。
特許の公開制度について、安全保障の観点から非公開化を行うための措置について検討し、必要な措置を講じる。
サプライチェーン上の重要技術・物資の生産・供給能力などの戦略的な国内産業基盤の確保を推進するため、主要国の動向も念頭に、中長期的な資金拠出等を確保する枠組みも含めた支援の在り方を検討し、早期の構築を目指す。
(3)デジタル社会の基盤となる先端半導体に関する国際共同開発支援と半導体工場の我が国への立地支援、国内拠点工場の刷新
日本は先端半導体の輸入依存度が高く、先端半導体の製造能力を有していない。最先端半導体の受託製造でトップシェアを誇る台湾企業の日本進出は、日本の半導体産業の不可欠性と自律性を向上し、安全保障に大きく寄与することが期待される。こうした先端半導体の国内立地の複数年度に渡る支援、必要な制度整備を早急に進め、強靱なサプライチェーンを構築する。
また、国際的に半導体が不足する中、マイコン、パワー半導体等について拠点となる国内半導体製造工場の刷新・増強のための設備投資を支援し、安定供給の確保、サプライチェーンの強靱化を図る。
あわせて、ポスト5Gやメガデータセンター向けの最先端半導体(微細化加工技術、光配線技術等)に関する国際連携による研究開発を支援する。
(4)次世代データセンターの地方分散・最適配置の推進
デジタルインフラの中核であるデータセンター(大量のコンピューターを設置し、インターネット接続サービスやデータの管理・運用サービスを提供する施設)の立地場所は、以下の点から重要である。
- データの伝送遅延に大きな影響がある。例えば、ユーザーが東京にいるとき、データセンターの立地がシンガポールの場合は0.069秒、札幌の場合は0.020秒、東京の場合は0.001秒となる。こうした伝送遅延は、自動運転の安全確保等において問題となる。
- 災害に対する強靱性の観点では、国内における分散立地が必要となるが、現在は東京圏に6割が集中している。
- 電気を大量に消費するため、再エネ電気の発電場所に近い立地が望ましい。
こうした課題に対応するため、新たな中核拠点の整備を目指し、東京圏への立地とのコスト差を埋めるための支援を行い、データセンターの地方分散・最適配置を図る。あわせて、分散立地した複数のデータセンターを効率的に活用するための技術開発を支援する。
Ⅲ.分配戦略 ~ 安心と成長を呼ぶ「人」への投資の強化
1.民間部門における中長期も含めた分配強化に向けた支援
(1)新しい資本主義を背景とした事業環境に応じた賃上げの機運醸成
我が国の労働分配率は、2010年代の経済成長に伴い低下傾向にあり、OECDによると、2019年の日本の労働分配率は50.1%であり、米国(52.8%)やドイツ(52.3%)などと比べて低い水準にある。
成長と分配の好循環を実現するための鍵は賃上げである。コロナ禍では、デジタルなどの分野の企業は収益を伸ばす一方、飲食・宿泊・文化芸術・エンターテイメントなどの業種は大きな影響を受けており、業種間で差が生じていることを認識しつつ、来春の労使交渉では、新しい資本主義の考え方に基づいて、労働分配率の向上に向けて、事業環境に応じた賃上げが行われるよう、政府、民間企業、労働団体がそれぞれの役割を果たしていくことが必要である。新しい資本主義実現会議では、月内に、具体的な取組について議論することとする。
(2)男女間の賃金格差の解消
我が国の女性の労働市場は、結婚後に就業率が低下するM字カーブが存在すると言われてきたが、2010年代における女性の就業率の向上により、こうしたM字カーブは解消しつつある。
他方、女性の正規雇用率は、20代後半でピークを迎えたのち低下するL字カーブ型になっている。すなわち、出産・育児後の30代以降の就業が非正規雇用となる傾向が見てとれる。
全ての女性が活躍できる社会を実現し、男女間の賃金格差の解消を図るため、企業に短時間正社員の導入を推奨するとともに、勤務時間の分割・シフト制の普及を進める。また、保育の受け皿の整備や男性の育児休業の取得促進等を通じて、仕事と育児を両立しやすい環境を整備する。さらに、正規雇用と非正規雇用の同一労働同一賃金を徹底し、女性が多い非正規雇用労働者の待遇改善を推進する。
(3)労働分配率向上に向けて賃上げを行う企業に対する税制支援の強化
労働分配率の向上に向けて、賃上げに積極的な企業への税制措置について、
- 新規雇用者ではなく、継続雇用者の一人当たり給与の増加を要件とすること、
- 非正規雇用を含めて全雇用者の給与総額の増加を対象とすること、
- 賃上げに積極的な企業に対する税額控除の率を引き上げること、
など、制度を抜本的に強化することを検討し、本年末の来年度税制改正において結論を得る。
なお、赤字の中小企業における賃上げも支援するため、補助金の要件として賃上げを考慮することを検討する。
(4)労働移動の円滑化と人的資本への投資の強化
新しい資本主義の考え方に立てば、企業が、長期的な視点に立って、株主だけではなく、従業員も取引先も恩恵を受けられるように経営を行うことが重要であり、共存共栄の企業社会を実現するための環境整備を進める必要がある。
一方、日本企業の人的投資(OJTを除くOFF-JTの研修費用)は、2010-2014年に対GDP比で0.1%にとどまり、米国(2.08%)やフランス(1.78%)など先進国に比べて低い水準にあり、また、近年低下傾向にある。
企業の人的投資を促進するため、金融審議会において、企業の人的資本への投資の取組などの非財務情報について有価証券報告書の開示の充実に向けた検討を行うとともに、投資家や企業の意見を踏まえ、市場への影響を見極めた上で、適時開示を促進しつつ四半期開示を見直すことを検討する。
また、職業訓練やトライアル的な雇用、労働移動の支援などについて、人的資本への投資の支援を強化する3年間の施策パッケージを設け、民間の知恵を求める。具体的には、デジタルなど今後の成長が見込まれる分野における人材を育成するため、事業主が行う職業訓練を支援する。非正規雇用労働者の方々の企業内でのキャリアアップを促進するため、正社員化や処遇改善を行う事業主に対して助成を行う。
さらに、業種によって業績や労働需要の回復の度合いが異なる中で、雇用の回復を実現し、多様な人材の能力を最大限に発揮するため、非正規雇用労働者の方々を対象とした再就職や転職に向けた無料の職業訓練の提供、求職者をトライアル的に雇用する事業主に対する助成、在籍型出向を行う際の出向に係る経費の助成等を通じて、産業構造転換に伴う失業なき労働移動の支援を強化する。
特に、中小企業については、労働者の労働生産性の向上を図るため、人材能力の開発に重点を置く。
多様で柔軟な働き方が拡大する中で、どんな働き方をしてもセーフティーネットが確保されるよう、働き方に中立的な社会保障や税制の整備を進め、勤労者皆保険の実現に向けて取り組む。
(5)非正規雇用労働者等への分配強化
①新たなフリーランス保護法制の立法
コロナ禍では、フリーランスの方々に大きな影響が生じている。フリーランスとして安心して働ける環境を整備するため、事業者がフリーランスと契約する際の、契約の明確化や禁止行為の明定など、フリーランス保護のための新法を早期に国会に提出する。あわせて、公正取引委員会の執行体制を整備する。
また、フリーランスの方々が労災保険に加入できるよう、労災保険の特別加入の対象拡大を図る。
②厳しい環境にある非正規雇用の方々の労働移動の円滑化
コロナ禍により雇用が不安定化しているのは、飲食・宿泊・文化芸術・エンターテインメントなどで働く非正規雇用労働者の方々である。特に、女性の非正規雇用労働者で20代~40代の方々への影響が大きい。
他方、女性の非正規雇用労働者の方々に非正規雇用を選択した理由を問うたところ、正規雇用の仕事がないは10.3%であり、都合の良い時間に働きたい(39.9%)、家事・育児・介護と両立しやすい(19.7%)といった優先順位が高く、時間的制約があるため、フルタイムの職業への労働移動は困難なケースが少なくない。
こうした非正規雇用労働者等の方々に対して、ワードなど簡単なトレーニングを行って、時間的制約の少ない事務職などに円滑に労働移動することを支援する。
同時に、企業側にも、勤務時間の分割・シフト制の普及や、短時間正社員の導入など多様な働き方の許容を求める。
③正規雇用と非正規雇用の同一労働同一賃金の徹底及び最低賃金の経済状況に応じた引き上げ、働き方改革
企業に対して、労務管理の専門家による無料の相談受付や先進的な取組事例の周知・啓発、労働局による助言・指導等を行うことを通じて、正規雇用と非正規雇用の同一労働同一賃金を徹底し、非正規雇用労働者の待遇改善を推進する。
感染症の影響を受けて厳しい業況の企業に配慮しつつ、雇用維持との両立を図りながら賃上げしやすい環境を整備する。このため、生産性向上等に取り組む中小企業への支援強化、下請取引の適正化、金融支援等に一層取り組みつつ、最低賃金について、感染症拡大前に我が国で引き上げてきた実績を踏まえて、地域間格差にも配慮しながら、より早期に全国加重平均1,000円とすることを目指す。
多様な働き方や新しい働き方を希望する方のニーズに応え、企業における兼業・副業の選択肢の提供を促進するとともに、短時間正社員等の多様な正社員制度の導入を促進する。産業構造の変化に伴う労働移動の円滑化を図るためにも、働き方改革を更に推進する。
(6)大企業と中小企業の共存共栄を目指した、取引適正化のための監督強化、産業界への働きかけ強化
下請Gメンを大幅に増員し、年間1万社以上の中小企業の現場の声を直接聴取することにより、下請取引に対する監督を強化する。
労務費の価格転嫁ができなかったとする企業は5割、手形払いの期間は60日を越えるものが8割となっている。取引適正化を更に進めるため、ガイドラインの策定業種を更に拡大するとともに、2024年までの手形期間の60日以内への短縮化、2026年までの約束手形の利用廃止に向けて、本年夏に策定・改定された業界の自主行動計画のフォローアップを行う。
加えて、大企業と中小企業の共存共栄を目指すパートナーシップ構築宣言(現在3,000社超が宣言)について、特に大企業の宣言数の増加に向けて、官民をあげて周知や働きかけを実施する。労務費や原材料費を含むコストの上昇が取引価格に適切に反映されるよう、産業界に対する働きかけを行うとともに、状況調査を行い、宣言の実効性も高める。
(7)事業再構築・事業再生の環境整備
①中小企業の事業継続・事業再構築・生産性向上の支援
コロナ禍の中で、資金繰りの円滑化を図り、中小企業の事業継続の支援に万全を期すとともに、ウィズコロナ、グリーン、デジタル化といった構造変化に直面する中小企業の事業再構築や生産性向上を支援する。
特に事業再構築補助金については、宿泊施設における施設改修、飲食店におけるデリバリー販売の導入、オンラインでの商品やコンテンツの販売のための機器の導入、将来を見据えてガソリン車向け部品の製造から電動車部品の製造へ転換するための設備投資など、幅広い取組を強力に支援していく必要がある。
このため、売上減少要件の緩和や特別枠の設定など拡充を図り、より多くの中小企業の前向きな挑戦を支援する。
②採算性の回復が望める事業者に対する事業再構築の促進のための私的整理円滑化の立法
コロナ禍が始まって2年となる中で、債務の過剰感を持つ事業者が増えている。本年8月に民間調査会社が行ったアンケート調査では、「債務の過剰感がある」と回答したのは大企業が16.7%、中小企業が35.7%となっている。
新たな成長に向けて企業の事業再構築を進めていくためには、債務を軽減すれば新たな投資が可能であるとメインバンク等が判断する場合には、早期に債務の軽減措置がとれるような法制度を整備する必要がある。現在の法制度では、全ての貸し手の同意がなければ、債務の軽減措置が決定できない。
このため、事業再構築のための私的整理円滑化のための法制整備の検討を進め、関連法案を国会に提出する。
③中小企業の私的整理等のガイドラインの策定等
中小企業の実態を踏まえた事業再生のための私的整理等のガイドラインの策定について、金融機関団体、中小企業団体、実務家等による検討を行い、本年度内に策定し、来年度から運用を開始する。
あわせて、個人保証が事業再生の早期決断の大きな阻害要因にならないよう、経営規律の確保に配慮しつつ、経営者保証に関するガイドラインの内容を明確化し、活用を促すことを検討する。
事業再生に関わる私的整理等に対する金融機関等の取組を促す施策を検討する。
(8)新しい資本主義の時代における今後の税制の在り方についての政府税制調査会における検討
新しい資本主義の時代における今後の税制の在り方について、政府税制調査会の場で議論を進める。
2.公的部門における分配機能の強化
(1)公的価格の在り方の抜本的見直し
①看護、介護、保育などの現場で働いている方々の収入を増やしていくための公的価格の在り方
若い世代の将来への不安を解消することは、消費の拡大につながり、成長と分配の好循環を支える基盤となる。人生100年時代の到来を見据え、子どもから子育て世代、お年寄りまで、全ての方々が安心して生活できる、全世代型社会保障の構築に取り組む。このため、新たに全世代型社会保障構築会議を立ち上げる。
新型コロナウイルス感染症や少子高齢化への対応の最前線におられる、看護、介護、保育などの現場で働いている方々の収入を増やしていくため、全世代型社会保障構築会議の下に公的価格評価検討委員会を設置し、公的価格の在り方の抜本的見直しを検討する。
これに先立ち、経済対策等において、必要な措置を行い前倒しで引き上げを実施する。
②賃上げのための政府調達手法の検討
政府調達の対象企業の賃上げを促進するため、賃上げを行う企業から優先的に調達を行う措置など政府調達の手法の見直しを検討する。
(2)子ども・子育て支援
①子ども目線での行政の在り方の検討
子どもを巡る様々な課題に適切に対応するため、子ども目線での行政の在り方について、本年末までに基本方針を決定し、可能であれば次期通常国会に法案を提出するというスケジュールを念頭に検討を進める。
②保育の受け皿整備、幼保小連携の強化、学童保育制度の拡充や利用環境の整備など、子育て支援の促進
待機児童の早期解消を目指し、2024年度末までに約14万人分の保育の受け皿を整備する。このため、保育所の新設、改修に要する経費を支援するとともに、保育士の業務負担を軽減するためのICTシステムの導入の支援、保育士を目指す学生に対する学費の貸付け等により、保育人材の確保を図る。
幼児期の子ども達が、小学校教育へ円滑に移行できるようにする(幼保小連携)ため、好奇心や粘り強さといった学びや生活の基盤を育む体験活動など、モデル地域での実践を行い、教材や教育方法の開発・改善を行う。
学童保育、病児保育事業、乳幼児の一時預かり事業、保育コンシェルジュ等の運営に必要な費用を支援するとともに、必要な施設整備を支援する。また、保護者との連絡帳の電子化やICT機器の導入を支援することにより、職員の業務負担の軽減を図る。
③大学卒業後の所得に応じて「出世払い」を行う仕組みに向けた奨学金の所得連動返還方式の見直しの検討、子育て世代の教育費の支援
大学卒業後の所得に応じて「出世払い」を行う仕組みに向けて、奨学金の所得連動返還方式の見直しを検討する。
引き続き、安定財源を確保しつつ、幼児教育・保育の無償化、高等教育の無償化を着実に実施する。
④子育て世代の住居費の支援
子育て世代の住居費の支援を強化する。
子育て世帯や高齢者など住宅の確保に配慮が必要な方に対して、入居を拒まないものとして都道府県等に登録をした住宅(セーフティネット住宅)に入居する場合の家賃支援の対象を拡充する。
子育て世帯が、親世帯の近くのUR賃貸住宅に新たに入居する場合に、家賃の減額を行う。
子育て世帯や若者夫婦が、省エネ性能の高い新築住宅の取得や既存住宅の省エネリフォームを行う場合の費用の一部を支援する制度を新たに創設する。
新型コロナウイルス感染症の影響により生活が困窮する世帯の方々が住宅を借りる場合の家賃の一部を支援し、家賃負担の軽減を図る。
(3)財政の単年度主義の弊害是正
科学技術の振興、経済安全保障、重要インフラの整備などの国家的な課題に計画的に取り組むなど、財政の単年度主義の弊害是正に向けて、複数年度の視点の反映を検討する。