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なぜ?強制加入の社会保険―逆選択―

自分は健康体だし、なぜ社会保険に入らなければならないんだ。

国民皆保険とはいうが、自分はお金を払うばかりで、支払っている金額に見合った利益を享受できていない。

公的保険ではなくてすべて民間保険で賄う方が、資本主義の世の中に即しているんじゃないか。

そんな考えを一度は抱いたことがある方は少なくないのではないでしょうか。

その考えは至極当然なもので、資本主義が主流の現代においてはむしろ「強制加入の社会保険」の方が異質なものとして映るでしょう。

とはいえ、資本主義が主流の世の中であっても、資本主義が全て合理的で正しいとも限りません。

本記事では、なぜ現代においても「強制加入の社会保険」が必要とされているのか、その合理的な理由について見てみましょう。

今回のキーワードは、逆選択(Adverse Selection)です。

逆選択(Adverse Selection)が起きる背景

逆選択は、英語ではAdverse Selectionと言います。

選択する(select)ということですが、何(誰)が何(誰)を選ぶのでしょうか。

答えは「保険者が被保険者を選ぶ」です。

もう少し平易な言葉にするなら、「保険会社が、保険に入ってほしい人を選ぶ」ですね。

こう表現すると、保険会社と、保険に入ろうか迷っている人の駆け引きが見えてきます。

保険者(保険会社)の立場

保険者(保険会社)としては、「できるだけ沢山の人に、保険に入ってほしい」という思いがあります。加入者が多ければ多いほど、保険料として保険者(保険会社)に納められる金額が大きくなり、保険者(保険会社)としての体力増強になりますからね。

そして、「加入した人は、できるだけ事故・けが・病気などにならないでほしい」とも考えています。当然ながら、事故・けが・病気になると、保険金が出ることになり、保険者(保険会社)にとっては損失です。

いやいや、保険ってそういうときのためのものだから当然でしょう、とお考えでしょう。その通りです。ですが、保険者(保険会社)にとっては、できることなら払いたくありません。

当人にとっても、事故・けが・病気は歓迎するものではありませんが、保険者(保険会社)も別の観点から、そういった事態は避けたいのです。

そのため、保険者は入り口と、加入後の二つの側面から、事故・けが・病気などの保険金支払いリスクに備えようとします。

入り口でのリスク評価

入り口段階では、保険への加入希望者に対して、リスク評価を行います。過去の健康診断の記録、入院・手術の経験、家族の健康状態などの申告を求めているのはリスク評価のためです。

「ほぼ確実に保険金の支払いが見込まれる人」に対して、保険加入が認められることは想像しにくいでしょう。

例えば、月々1万円の保険料だが、入院したら5万円の見舞金がでる、という類の保険商品があったとします。Aさんはこの保険商品に加入したいと思っていますが、過去2~3年の入院・手術の経験を見たら、毎月少なくとも1回は入院していました。とすると、保険会社からしたら、毎月1万円の保険料を納めてもらう代わりに、毎月最低でも5万円を保険金としてAさんに支払う可能性が高いので、保険会社としては毎月4万円の赤字となることが見込まれます。ビジネスとして破綻してしまいますね。

保険会社のビジネスの継続性という観点から、保険加入希望者に対するリスク評価は必須のプロセスになります。

加入後の対策

入り口段階でのリスク評価をパスし、保険に加入したとしても、その後の事故・けが・病気が起きる確率は日々変動します。

生活環境の変化、加齢に伴う変化などを中心に、その人に対して保険金を支払うことになる可能性については、入り口段階でのリスク評価結果からずれ始めるのは当然です。

ただ、いったん加入した後は、加入者側に非がない限りは強制的に保険対象から外すことはできません。

そうするとどんな方法でリスクの変化に対応するかというと、保険料で調整することになります。

年齢が高くなると保険料が上がるのは、加齢に伴い、事故・けが・病気のリスクが高くなると一般的に考えられているので、保険金の支払可能性に備えて保険料の徴収を増やしているわけです。

加齢以外にも、事故・けが・病気のリスクが上がったとみなされた場合、保険料の徴収額が増えることもあります。定款などの取り決めを見て確認することをおすすめします。

被保険者(保険に加入する私たち)の立場

保険に入ろうかどうしようか迷っている私たちからすると、気になるのは次の二点です。

  • 保険料が、自分の経済状況と見合っているか
  • 将来、事故・けが・病気になるリスクがどの程度あるか

保険料

保険料は、高すぎると加入することができません。

日々の生活費を逼迫させるような金額だと、入ることによって必要な生活費を賄えず、逆に事故・けが・病気のリスクが高まることもあるかもしれません。

そうなると本末転倒ですから、保険料と生活費のバランスはとても重要です。

将来のリスク(自己評価)

実は、この将来のリスクに対する自己評価が逆選択の鍵になります。

自分の健康状態は、自分が一番よくわかっています。

違和感、痛みといった主観的な症状はもちろん、医師による診断結果も、特別な場合を除いて本人以外には開示されません。

保険者(保険会社)からみたら、「将来のリスクに対する情報」について、保険加入希望者と比べて圧倒的に情報が不足していることになります。

この情報の非対称性が、逆選択を起こし、加速させるきっかけになります。

逆選択(Adverse Selection)が起きる仕組み

健康な人達が保険に入らない(保険から離脱する)

将来のリスクに対する自己評価が、「将来、自分が事故・けが・病気を経験する可能性と、保険料を比べたら、この保険商品は割高だ」という方向に傾いた場合、保険商品は買われません。

また、現時点での加入者がそのような考えに至った場合、保険から離脱する(継続しない)場合もあります。

そうすると、保険者(保険会社)からすると、毎月の収入が減ってしまうことになります。

加入しない・離脱する人たちは、「将来、自分が事故・けが・病気を経験する可能性と、保険料を比べたら、この保険商品は割高だ」という判断をするくらいには、健康状態が良好な人達が大半です。

具体像としては、毎日のジョギングであったり、定期的なジムトレーニングを行っていたり、地域の体操教室に通っていたり、毎日の食事に気を遣っている人達ですね。

そうすると、保険に入りたがる人や、保険に残る人達というのは、離脱を決めた人たちに比べて、事故・けが・病気のリスクが高い人たちに偏ります。

保険料をひき上げざるを得なくなる

事故・けが・病気のリスクが高い人たちが保険に残ると、保険加入者は減ったのに、保険金の支払いは今まで通り続く、ということが考えられます。

すると、保険者(保険会社)からしたら、収入は減ったのに支出は今まで通りということで、経営状況が悪化してしまいます。

もし収入よりも支出が大きい状態になってしまうと、保険者(保険会社)としての存続が出来なくなってしまいますから、破綻する前に収入と支出のバランスを保つ打ち手が必要になります。

リスクが高い人たちを強制的に保険から外す(支出を減らす)ことはできませんから、保険料を上げる(収入を増やす)ことになります。

保険料を上げると加入者や継続者が減る

保険料を上げると、新たに保険に入る人や、保険を継続する人が減ります。

しかも、その判断基準は「将来、自分が事故・けが・病気を経験する可能性と、保険料を比べたら、この保険商品は割高だ」ですから、事故・けが・病気のリスクが低い人ほど、保険に入りませんし、保険を継続しません。

保険料をさらに引き上げざるを得なくなる

さあここまでくると、逆選択の歯止めは聞きません。

保険者(保険会社)としての継続性を維持するために、保険商品の値上げをしますが、すればするほどリスクが高い人たちの割合が高まります。

本来は、リスクの低い人たちを集めたいのに、リスクの高い人たちが集まってしまうということで、保険者の選びたい人達とは逆の人達が選ばれて行ってしまうということで、逆選択(Adverse Selection)と呼ばれるわけです。

強制加入の社会保険―逆選択の面から―

ということで、民間保険だけに頼った場合、逆選択の観点からは「保険者の選びたい人達とは逆の人達が選ばれて行ってしまう」ことが想定されました。

そうならないように、まるで税金のように、全員を強制的に保険に加入させるという社会保険の方が「保険制度」の維持のためには有用だと考えられています。

もちろん、社会保険を支持する根拠は逆選択だけではありません。また別記事でご紹介します。

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