当初は不審物扱いだった「リアルワールドエビデンス」も、今では当たり前のように使われています。
既に「ビッグデータ」や「データサイエンス」等は、かなり一般的になってきていますが、「リアルワールドエビデンス」もその一つ、と思っていただければ大体あっています。
これまで、ヘルスケア業界(特に医薬品・医療機器業界)では、RCT (Randomized Controlled Trial) というものがエビデンス創出のゴールデンスタンダードとして実施されていましたが、その対比として出てきたのが RWE (Real World Evidence) です。
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RWEの源泉:リアルワールドデータ(RWD)
RWEは、「リアルワールドデータ(Real-World Data: RWD)」と呼ばれる、日常的に収集される多種多様な健康関連データを分析することによって生み出されます。RWDは、管理された臨床試験(治験)の環境とは異なり、より現実世界の実態に近い情報を提供します。
RWDの具体的な種類
RWDには、以下のような様々な情報源が含まれます。
- 電子カルテ(EHR/EMR): 医師の診療記録、処方、検査結果、患者背景など、個々の患者に関する詳細な臨床情報。
- DPCデータ(診断群分類包括評価データ): 日本の急性期入院医療で用いられるデータ。入院期間中の診療行為、診断名、使用薬剤、医療費などが含まれる。
- レセプト(診療報酬明細書): 医療機関が保険者に提出する請求データ。実施された診療行為、処方された薬剤、病名などが記録されている。
- 患者登録・レジストリ: 特定の疾患を持つ患者や、特定の治療を受けている患者の情報を、特定の目的のために継続的かつ体系的に収集・登録したデータベース。
- 健診データ: 企業や自治体などが行う健康診断の結果データ。生活習慣病のリスク因子や早期発見に繋がる情報を含む。
- ウェアラブルデバイス等から得られるデータ(Patient-Generated Health Data: PGHD): スマートウォッチや活動量計などから得られる心拍数、睡眠時間、歩数といった個人の健康・活動データ。患者自身が生成するデータも含まれる。
- その他: 患者報告アウトカム(PRO)、アンケート調査、公的統計データなどもRWDの源泉となり得ます。
データ、エビデンスについて
リアルワールドデータという言葉も比較的よく目にしますね。データやエビデンス、情報といった言葉の定義はこちらもご覧ください。
どう違う?データ・情報・知識・エビデンス
RWEの重要性:なぜ注目されるのか?
伝統的な医薬品開発では、有効性と安全性の検証は主にランダム化比較試験(RCT)によって行われます。RCTは科学的エビデンスレベルが最も高いとされる一方で、以下のような限界も指摘されています。
- 限られた患者集団: 厳格な選択基準・除外基準により、実際の診療で対象となる多様な患者(高齢者、合併症を持つ患者など)が含まれないことがある。
- 管理された環境: 厳密に管理された条件下で行われるため、日常診療の実態とは乖離する場合がある。
- 期間と費用の問題: 長期間の観察や大規模な試験には多大な時間とコストがかかる。
RWEは、これらのRCTの限界を補完する役割を果たします。日常診療における多様な患者背景での有効性や安全性、薬剤の長期的な影響、費用対効果などを評価する上で非常に有用な情報を提供します。
伝統的な Randomized Controlled Trial との違い
伝統的なRCTは、その名の通り、「ランダム化して、比較対照群を設定し、研究目的のために新しくデータを取っていく」という手法です。新しい治療Aが本当に効くかどうかを確かめるためのゴールデンスタンダードとして現在も実施されています。これからも、当面はゴールデンスタンダードであり続けることでしょう。
そのメリットは、下記です。
- 比較対照を置いているので、治療Aを経験した人と、治療Aを経験していない人を比べられる
- 治療Aを経験するかしないかは、ランダム割り付け(くじ引き)されるので、「この患者さんには治療Aが効きそうだから治療Aにしよう(治療Aに対して有利になる)」「この患者さんにはどんな治療をしても効果が得られなさそうだから、対照群にしよう(治療Aに対して有利になる)」というような「偏り」を避けられる
- 研究目的に新しくデータを取っていくので、「治療Aの効果を検証するために必要なデータ」を漏れなく集めるための準備・対策ができる
一方で、新しく出てきたRWEは、ものすごくザックリ言うと「実臨床下(リアルワールド)のデータを用いて、治療Aが実際の医療の現場でどの程度、役に立っているのかを明らかにする」という概念です。
前述のRCTは、治療Aの効果そのもの「のみ」に焦点を当て、その再現性を担保するために、ある意味「実臨床下(リアルワールド)」との乖離が避けられない、という宿命があります。
例えば、小児や高齢者、複数の疾患を持っている方などは、RCTに積極的に参加するのはどうなのか、倫理的にもハードルは高いのではないでしょうか。
そういった場面で出てきたのが RWE です。いままで RCT で積極的な対象にはなっていなかった方々に対しても、実臨床下で集められたデータをもとに検証すれば、今まで分からなかったことが見えてくるのではないか、という期待があります。
ビッグデータとの関連性
なぜ今盛り上がっているのか?については、電子カルテの普及も含め、まさに「ビッグデータ」の流れと同様かなと感じています。
ビッグデータについて臨床試験や臨床研究と絡めながら考察した記事は下記です。
ビッグデータの本質、3Vとは (Velocity, Volume, Variety)
リアルワールドデータやリアルワールドエビデンスについて、その概要を掴むには、次の書籍が良くまとまっておりお勧めです。
RWEの具体的な活用例
- 医薬品承認後の安全性監視(ファーマコビジランス): 市販後に発生する稀な副作用の検出や、長期使用における安全性の評価。
- 有効性の検証: RCTでは対象となりにくかった特定の患者サブグループ(例:特定の遺伝子変異を持つ患者、特定の合併症を持つ患者)における有効性の確認。
- 比較有効性研究: 既存の複数の治療選択肢について、実臨床での有効性や安全性を比較評価。
- 適応拡大の根拠: ある疾患で承認された薬剤が、別の疾患にも有効である可能性を示すエビデンスとして活用。
- 診療ガイドラインの策定・改訂: 最新の臨床実態に基づいた推奨を作成するための根拠として利用。
- 医療経済評価: 薬剤や治療法の費用対効果を評価し、医療資源の最適配分に貢献。
- 個別化医療の推進: 患者個々の特性に応じた最適な治療法選択のためのエビデンス提供。
まとめ
RWEは、日常診療から得られるリアルワールドデータを分析することで創出される、現実世界での医薬品・医療機器の価値を示すエビデンスです。
RCTを補完し、より多様な患者における長期的かつ実態に即した有効性・安全性を明らかにする上で不可欠な要素となりつつあり、医療の質の向上や効率化、個別化医療の推進に貢献することが期待されています。