エビデンス全般

疫学は何のためにあるの?

2020年8月12日

今回のテーマは「疫学は何のためにあるの?現代人にとって必須の教養の一つ」です。

疫学とは「集団内における疾病の分布そのものや、その疾病の発症や伝播に影響のある原因について研究する学問」です。健康に関する種々のイベントは無規則に発生するのではなく、何らかの規則をもって発生している、という考えが根本にあります。今、あなたが何らかの病気になったとした時に、「神様がさいころを振ったから」「今日の占いが悪かったから」ではなくて、「何々と何々が原因でしょう」と説明できる、ということです。

原因がわかるとどう役に立つかですが、今後、同様の状況に陥る可能性を減らせることになります。例えば、お風呂に入った後、髪の毛をきちんと乾かさずに眠ってしまって風邪をひいてしまったとき、髪の毛を濡らしたまま寝ると風邪をひくリスクが高まることが分かっていれば、きちんと髪の毛を乾かせばいいことになります。「当たり前」と思うでしょうが、今はまだ「当たり前」と思われていないことを「新しい当たり前」として多くの人々の同意を得ていくことが、疫学の真髄と言ってもいいかもしれません。

疫学は何のためにある?

1.病気の原因を知る

病気の原因が「意識すれば避けられる」ものであれば、その原因を避けるように気を付けることで病気にならずにすみます。例えば、「たばこの煙は吸わないようにする」「お酒は飲まないようにする」「運動不足にならないようにする」「油や砂糖、塩は摂取しすぎないようにする」などです。

ここに挙げたものは当たり前のことばかりですが、昔は当たり前ではなかったものでもあります。今は見向きもされていない物事が、病気の原因として大衆の同意を得て、避けられることになることも出てくるでしょう。

2.病気がどれくらい蔓延しているかを知る

病気がどの程度広まっているかは、調べようと思っても難しいのが実情です。COVID-19然り、罹患すると「差別」されるようなこともあります。過去にも、数多くの疾患が原因で差別が起きていたという事例があります。感染症だけでなく、生活習慣病に対しても「生活習慣病にかかるのは、本人の怠慢が原因だ」等という極端な差別的な主張を行うような事例もあるでしょう。

プライバシーに配慮し、不当な差別が発生しないようにしながらも、今、世の中でどんな病気がどの程度広まっているのかを知ることは非常に重要です。

3.病気の自然経過や予後を知る

何らかの病気にかかった時、「急に高熱が出て苦しむ」「咳が止まらない」「急にお腹が痛くなる」「頭痛がする」「徐々に関節が変形していく」等の症状の出方はその病気によって様々です。急に症状が出るのか、徐々に症状が進行していくのか、という時間に応じた症状の出方も多種多様です。これは非常に重要なポイントで、診断という観点からも情報の蓄積が大切になってきます。

当たり前ですが、病気になったとき、その人に対して「この人は病気です」といったラベルを神様が貼るわけではありません。病気という概念自体が、人間が人工的に作ったものなので、ラベル自体が間違っていることもあります。実際、疾患概念は日々更新されるものであり、十年前の病気が今はより細分化されてより細かい病名が付いている、等は珍しくありません。

そのため、疾患というものの概念をより強固なものにするためには、疾患の情報を蓄積して「こういう症状が出たり、自然経過を辿るのであれば、この人はこの疾患だろう」という推定精度を高めることが重要になってきます。月並みな表現ですが「プライバシーに配慮しながら、ビッグデータを蓄積して、客観性を高める」ということですね。

病気になってから情報を集めるのでは時すでに遅しなので、健康な人の情報を集めて、「病気が発生する前の情報」というベースラインデータが必要になってきます。ここが「病気の人を救う」医療との大きな違いで、「病気でない人を病気にしない」という疫学や公衆衛生学の活躍な場でもあります。

4.予防対策や治療方法、今の医療システムの役立ち度を知る

イメージしやすいところでは、母子手帳があります。生まれたばかりの赤ちゃんの情報を出生直後はかなり注力して細かく情報を集めています。そこで何らかの異常を検知した場合、より詳細に調べて、赤ちゃんが成長するうえで障害になりそうなものがあれば取り除く、ということになります。公費負担の予防接種なども、公衆衛生の施策です。

同様の考えは、小学校以降、成人になってからも続く年に一回の健康診断の根底にあります。

また、医療システムそのものも、その医療システムのもとで生活する人々の健康に影響を及ぼしています。極端な話、「この治療薬や治療法を、公的保険制度で費用負担を軽減する」ということ自体が、その治療方法へ人々を誘導しているので大きな影響を及ぼしています。誰だって、安く治療を受けられるならそちらを選びますよね。

そうした医療システム自体が、本当に役に立っているのかを調べるというのも、疫学の目的の一つです。とはいえ、「この医療制度を取り入れた世界」と「この医療制度を取り入れなかった世界」を同時に比較することは出来ないため、過去の情報であったり、仮想的な比較対象を置く等の工夫が避けられません。「この薬を投与したラット」と「この薬を投与しなかったラット」のような実験を組むことは、実際の社会で生きる人たちに対して実行できないのは、倫理的にも当たり前ですね。

5.健康に影響のある物事についての基礎情報を固める

これは「1.病気の原因を知る」にも近いものです。とはいえ、病気の原因とまでは言えないにしても、「健康に影響がある」とされる情報は沢山あります。例えば、「コーヒーを飲むと便の通じが良くなる」「生姜湯を飲むと体温が上がる」などです。これらは、治療や医療としては通常は捉えられていませんが、「健康に影響がある」ものではあります。似非科学の付け入る隙のある部分なので、要注意ではありますが、日常生活を取り巻く種々の物事についての知見を深めるというのも疫学の役割の一つです。

 

それでは、また。

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