データ、エビデンス、あるいは情報や知識といった言葉の使い分け、出来ていますか?
あるいは、データと情報の使い分けの方が難しいかもしれませんね。
では見ていきましょう。
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データ・情報・知識・エビデンスの本質
データ(data)
結論から言いましょう。
データの本質は「素材性」にあります。
データそのものには、特段の目的は含まれていません。
データのことをしばしば low data(ローデータ、生データ)と呼ぶことがありますが、これから処理される「なまもの」のような捉えられ方をされていますね。
情報(information)
一方、情報の本質は「実用性」にあります。
情報は英語で information ですが、動詞は inform (人に~を知らせる)です。
情報は単体でただそこにあるというものではなく、人に知らせるためにあるもの、ということですね。
知識(knowledge)
では、知識の本質はどこにあるでしょう。
知識の本質は「体系性」です。
ここでデータと知識と比較してみると、データも情報も、普通は断片的に散らばって存在しています。
データ収集、情報収集という言葉があるように、データも情報も様々な場所から拾い集めてくるという感覚ですね。
一方で知識は収集するものではなくて習得するものです。
言葉としては「断片的な知識」のように体系化されていない知識もありますが、ネガティブな文脈で使われる表現です。
知識は断片的であるのは望ましい状態ではなく、体系的に整っている状態が本来あるべき姿だということですね。
エビデンス(evidence)
さて、ではエビデンスの本質は何でしょうか。
エビデンスの本質は、「説得性」にあります。
エビデンスは日本語では証拠と翻訳されるように、何かの主張を裏付ける根拠を指します。
臨床試験あるいは臨床研究を通じて、疾患の社会的重要性を訴えたり、医薬品や医療機器の有用性を主張したりする際の根拠としてリアルワールドエビデンスが使われるように、その説得性に本質があります。
主張を裏付けるためのエビデンスですから、主張したいものがないのであればエビデンスの登場場面はありません。
終わりに
何らかの言葉を使う際に、その本質を捉えられているかどうかは大切なことです。
通常のやり取りはもちろん、プレゼンテーションなどでも正しい言葉遣いが出来ているかどうかで聴く側の受け取り方や納得感にも大きな違いが生まれます。