その8で、発生率(incidence rate)とはどんなものなのか?というさわりの部分を見ました。
今回は、もう少し具体的な事例をもとに計算方法を見てみましょう。
具体例:肺炎の発生率(開始時の対象集団は5万人、観察期間は3年間)
この研究の観察対象(ETARO Townに住む成人男女)は、開始時点で5万人でした。
この5万人からは、3年間の観察研究に参加する同意を得ています。
もし肺炎が起きたら、研究メンバーに連絡が行くような仕組みも整っています。
(話を単純化するために、いろいろ端折っていたり、突っ込みどころがたくさんあるのは見逃してくださいね)
この5万人は、いままで肺炎を起こした経験がない人ばかりです。
さて、1年間観察を終えた段階では、肺炎を起こした人は誰もいませんでした。その代わり、5万人のうち1000人が、引っ越し(転勤、大学進学、結婚など)であったり、なかにはお亡くなりになるなどして(肺炎が原因ではない)追跡不能になりました。追跡不能な状態になることを、Lost to follow up などと表現することもあります。(残りは50000-1000=49000人)
2年間観察を終えた段階では、肺炎を起こした人が5名いました。追跡不能(Lost to follow up)になった人は、昨年の1000人以外に、追加で2000人が追跡不能になりました(残りは49000-2000=47000人)。
3年間観察を終えた段階では、肺炎を起こした人が新たに10名いました。追跡不能(Lost to follow up)になった人は、これまでの3000人以外に、追加で3000人が追跡不能になりました(残りは47000-3000=44000人)。
はい、ここで研究は終了です。データは揃ったので、肺炎の発生率を計算してみましょう。
でも、このままでは計算しようとしても手が止まってしまいますね。なぜならば、それぞれの観察期間が不明だからです。
例えば、1年間観察を終えた段階では49000人が残っていましたが、追跡不能になった1000人が「いつ、追跡不能になったか?」が分かりません。
- こういった状況は、実際の研究でもよくあります。研究参加に同意した人に対して、毎日報告を求めるような研究であれば、毎日の情報が得られますでしょうが、そんな負担の大きな研究はたぶんほとんどないでしょう。月に一回、報告を求めるような研究のほうが現実的でしょう。毎日、日記をつけるようなタイプの研究もありますが、そういった研究に参加して最後まで日記を付けられるような人は、おそらく極少数の優秀な方です。一般的な集団を反映しているか?と問われると、疑問符がついてしまうかもしれませんね。(例えば、ある程度はスマートウォッチなどで自動的に収集される仕組みを活用すれば、こうした疑問符はある程度解消できるかもしれませんが、完全には消せません。スマートウォッチですら、充電を忘れてしまう人もゼロではないでしょう。「充電を忘れたので、週に1日ほどデータが欠落してしまう」というのは、よくあることなのかもしれません。)
そこで、研究を計画する段階で「定義」を行っておきます。例えば、「追跡不能になった人がいた場合、追跡不能になったタイミングは一律6月30日とする」というものです。そうすると、追跡不能になった年において、その人は0.5年(半年)だけ観察された、ということで計算式に組み込むことができます。
この定義を置いた場合には、最初の1年間の観察期間においては、49000人+1000×0.5人=49500人が観察対象になった、という計算になります。
1年間における観察対象人数が49500人、という状況を、49500人が、その1年間においてリスクに晒されていた(曝露していた)というのを明示するために、49500人年(英語ではperson-year)という、[人年] という単位が使われることもあります。
- 疫学をかじった方は、あぁ、人年ね、と思うところだと思いますが、初見の方にとっては「人年ってなんだ???」という概念なので(理解するとすんなり分かる)、もっと人年という考え方が広まることを願います。あと5、6年くらいかかるかな。
この調子で計算してみましょう。
2年目の観察対象人数は、47000人+2000人(2年目に追跡不能になった2000人)×0.5=48000人。
3年目の観察対象人数は、44000人+3000人(3年目に追跡不能になった3000人)×0.5=45500人。
3年間の観察期間内に肺炎を起こした合計人数は、0人(1年目)+5人(2年目)+10人(3年目)=15人。
3年間、肺炎を新しく発症するリスクに晒されていたのは、49500人年(1年目)+48000人年(2年目)+45500人年(3年目)=143000人年(3年間の合計)。
発生率では、分母は「リスクに晒されている集団(今回は143000人年)」、分子は「肺炎を起こした人数・件数(今回は15件)」となるので、15件÷143000人年=0.0001048951 [件/人年] となります。
さいごに
発生率は、ある疾患の頻度や拡大状況を評価するための重要な指標です。ただし、疫学的な研究では、様々な要因が影響することから、発生率だけで病気の状況を評価することは困難です。
必ず他の指標と併用し、総合的に評価する必要があります。