研究を実施する際に守るべき倫理として、有名なところでは「ヘルシンキ宣言」などが義務教育でも教科書に載っています。
とはいえ、ヘルシンキ宣言の内容は非常に抽象的・概念的なものなので、各国の法規制や慣習に合わせたり、実際の具体的な手順等に落とし込んだりする必要があります。
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色々なレギュレーション
医薬品の承認申請のための研究(臨床研究のうち、臨床試験、さらに狭めて治験)の場合は薬機法やJ-GCPといった規制があります。
製造販売後の規制では、GPSP (Good Post-marketing Study Practice) というものもあります。PMSがPost-Marketing Surveillanceの略であり、SがSurveillanceを指しているので、GPSPのSもSurveilanceを指していると思っている方も見かけますが、GPSPのSはStudyのSです。
Good Post-marketing Study Practice
医薬品製造販売後調査・試験の実施の基準。医薬品の市販後調査の中で、GVP(製造販売後安全管理の基準)と並ぶ業務の一つ。 市販後調査はGPMSP省令(GPMSP:Good Post-Marketing Surveillance Practice:市販後調査の基準・1997年省令化)に基づいて実施されていたが、2005年(平成17年)4月1日に改正薬事法が全面実施となり、GPMSPが医薬品の安全管理に関するGVP省令と調査や試験に関するGPSP省令に分離された。GVPは医薬品の製造販売業の許可要件なので、製造販売業者は必ず具備していなければならないが、一方、GPSPは、医薬品の製造販売後の調査や試験を実施する際に求められる遵守事項となっている。(2007.1.22 掲載)
リアルワールドデータ、リアルワールドエビデンス、疫学研究、臨床研究といった領域では、J-GCPやGPSPも考慮しなければならない場面もありますが、疾患に注目した研究の場合は「倫理指針」に従うことになる場合が少なくありません。医薬品の有効性や安全性についての研究というのは、臨床研究のうち、ごく一部であるということを認識する必要があります。医薬品産業で働く人ほど、そこに気付かなければ落とし穴にはまってしまうことでしょう。
倫理指針の見直し:統合指針ーゲノム指針と医学系指針の統合
その「倫理指針」ですが、現在、大幅な見直しが進められています。
ゲノム指針とは、平成25年に制定された「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」です。
医学系指針とは、平成26年に制定された「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」です。医学系指針は、もともと別々に存在していた「疫学指針」と「臨床研究指針」を統合したものです。
式で表すとこんな感じですね。
- 疫学指針+臨床研究指針→医学系指針
- 医学系指針+ゲノム指針→生命科学・医学系研究に関する倫理指針
統合指針のポイントは?
統合指針に関して、現在進行形で議論が行われている状況ですが(2020年11月4日現在)、その概要について書いてみます。
用語の定義、研究者等の基本的責務関係
「人を対象とする生命科学・医系研究」の定義の新設
本指針(統合指針)が適用される研究には、医学系以外の領域で行われる研究(工学系学部の医工連携による研究の参画や、人文社会学系学部が人類学的観点から行う研究など)も含まれることに留意し、「人を対象とする生命科学・医学系研究」の定義が新設されました。
とはいえ、「医学系研究」という呼称のときから、その対象となる研究は変わっていません。少し、「人を対象とする生命科学・医系研究」の定義を見てみましょう。ポイントは「知識を得る」という部分です。人々の健康に関する知識を得ようとする活動は、「人を対象とする生命科学・医系研究」に該当するのでは?と立ち止まって考えてみることが重要です。
健康食品もそうですが、ヘルスケアをうたった商品や、それらを使った研究(っぽいもの)などは特に要注意でしょう。いつの間にか倫理指針に抵触している活動になっているかもしれません。
人を対象とする生命科学・医学系研究
人を対象として、次のア又はイを目的として実施される活動をいう。
ア 次の① 、② 、③ 又は④ を通じて、国民の健康の保持増進又は患者の傷病からの回復若しくは生活の質の向上に資する知識を得ること。
① 傷病の成因( 健康に関する様々な事象の頻度及び分布並びにそれらに影響を与える要因を含む。) の理解
② 病態の理解
③ 傷病の予防方法の改善又は有効性の検証
④ 医療における診断方法および治療方法の改善または有効性の検証
イ 人由来の試料を用いて、ヒトゲノムおよび遺伝子の構造又は機能並びに遺伝子の変異又は発現に関する知識を得ること。
「研究協力機関」の定義の新設
研究機関とは別に、新たに試料・情報を取得し研究機関に提供のみを行う機関について「研究協力機関」として定義が新設されます。「研究協力機関」には、研究機関に課される研究実施に係る手続き等を履行する義務は課されないことになります。
「多機関共同研究」の定義の新設
複数の研究機関において実施される研究が増えてきていることをうけて、1つの研究計画書に基づいて複数の研究機関で実施される研究を「多機関共同研究」として定義されることとなります。
治験では「多施設共同研究」などのような表現が用いられていますね。英語では「multi-center」「multi-institutional」といった表現が用いられます。
「研究者等」の定義の変更
「研究協力機関」が新しく定義されたことをうけて「研究者等」の定義から、新たに試料・情報を取得し研究機関に提供のみを行う者が除かれます。
「研究代表者」の定義の新設
「研究協力機関」が新しく定義されたことをうけて「研究代表者」が新しく定義されます。「多機関共同研究の代表者」ですね。多機関共同研究では、各機関(各医療機関)に、それぞれ研究責任者が設定されますが、それら複数の研究責任者のハブとなるような、まさに「研究代表者」という位置づけです。研究全体のオーガナイザー的な役割を担うことになるでしょう。
「遺伝カウンセリング」の定義の変更
医学系指針とゲノム指針の統合に伴って調整が必要になった部分です。
「個人情報管理者」の削除
医学系指針とゲノム指針の統合に伴って調整が必要になった部分です。「個人情報管理者」の設置を必ずしも求めないこととなりました。統合指針のガイダンスには、個人情報管理に関する留意事項等が記載されることになります。
「研究対象者等への配慮」に係る規定の変更
研究計画書に関する手続き関係
多機関共同 研究を実施する 場合の 研究代表者の選任 や研究計画書の作成に係る規定 の新設
多機関共同研究に 係る計画書ついては、原則とし一の倫理審査委員会よる一括した審査を求めなければらい旨の規定新設
研究の 概要登録等に係る規定変更
介入を行う研究について 、jRCT等の公開データベースに、当該研究の概要等をその実施に先立って登録し、及び更新を行わなければらい旨が規定されます。また、その他の研究についても、登録を努力義務として記載されることになりました。
インフォームド・コンセント等関係
インフォームド・コンセントの手続きと、その他の手続きの項目を分離
混在して記載されている下記の項目について、別立てにして分かりやすく整理されることになりました。
- 「インフォームド:コンセントを受ける手続き」
- 「他の研究機関に資料・情報の提供を行う際に必要な記録の作成と手続き」
- 「他の研究機関から資料・情報の提供を受ける際に必要な記録の作成と手続き」
研究協力機関において、試料・情報の取得をする際のインフォームド・コンセントは、研究者等において受けなければならない旨の明記
インフォームド・コンセントを受ける際に、電磁的方法(デジタルデバイスやオンライン等)を用いることが可能である旨、および、その際に留意すべき事項についての規定の新設
既に、インターネットを通じたアンケート調査等では、アプリやウェブブラウザの画面で同意説明文書を表示し、OKボタンをクリックしないと先に進めない、ということは行われています。
あるいは、紙の同意説明文書ではなくて、iPadのようなタブレット端末を用いた同意説明と同意取得も行われているケースもあるでしょう。
それらについて明記されることになると予想されます。ZoomやLINE通話のような、ビデオ会議機能を用いた同意取得について言及されるかどうかは不明です。
研究により得られた結果等の取り扱い関係
「研究により得られた結果等の取り扱い」に係る規定の変更
遺伝情報を用いた研究が実施された場合、ゲノム指針における「遺伝情報の開示」や「遺伝カウンセリング」のように「フィードバック」の視点を取り入れられることになります。
倫理審査委員会関係
研究計画書の軽微な変更に関する迅速審査において、委員会が事前に確認のみで良いと認めたものについては、倫理審査委員会への報告事項として取り扱うことができることとする規定の新設
軽微な変更のたびに「迅速審査」が行われているのが現状ですが、単に「報告」として処理できることになりました。
その他
研究計画書の倫理審査委員会への付議等の手続きの実施主体の変更
ゲノム指針の催促で規定していた事項について、内容に応じて本文またはガイダンスに移設
おわりに
倫理指針について、治験やGCP等との対比も含めて知識を深めたいという方にはこの一冊がお勧めです。
GCP省令と倫理指針を対比しながら、特徴と相違点が表形式でわかりやすくまとめられており、治験になじみの深い人に響く一冊でしょう。