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1. IRUD の概要と本企画書の位置づけ
臨床的な所見を有しながら通常の医療の中で診断に至ることが困難な患者(未診断疾患患者)は、多数の医療機関でも診断がつかず、原因もわからず、治療方法も見つからないまま、様々な症状に悩まされている。
日本医療研究開発機構(AMED)が研究班と二人三脚で進める未診断疾患イニシアチブInitiative on Rare and Undiagnosed Diseases (IRUD) は、このような患者の臨床情報及び必要に応じて遺伝学的解析結果等を踏まえた総合的診断プログラムの開発を行う体制で、国際連携可能なデータベース構築等による積極的なデータシェアリングを行う体制を構築し、厚生労働省が進める難病に対する医療提供体制ならびに自治体の難病対策と連携しつつ推進する研究事業である。まず、2015 年7 月からそれまでの厚生労働省の研究班を引き継いだ「原因不明遺伝子関連疾患の全国横断的症例収集・バンキングと網羅的解析」(小児 IRUD 研究班)がスタートし、2015 年10 月からは新たに「成人における未診断疾患に対する診断プログラムの開発に関する研究」(成人IRUD 研究班)が開始され、両者はAMED と共にIRUD 推進会議を開催して連携を進めてきたが、2017 年4 月には両研究班が統合されて1つのIRUD 体制となった。2018 年4 月からは、新たにAMED 事業として公募・採択されたIRUD 解析センターやIRUD データセンター、IRUD 拠点病院をIRUD コーディネーティングセンターのもとに連携させるオールジャパンの研究体制が構築された。それにより網羅性の向上など国内体制をより充実させるとともに、国際連携を発展させて、未診断にとどまる症例の情報共有と診断確定の更なる推進を図っている。IRUD 全体の推進には、日本全国の患者、家族、医師、医療スタッフ、研究者、研究支援者、助成機関、行政等多くの関係者の協力が必要であり、2018 年12 月に施行された「検体検査の精度確保に係わる改正医療法」に準拠した体制の元で、これら希少・未診断疾患の診断確定と、最終的な治療を目指した疾患研究の推進によって、それぞれの貢献に応えていく。 本企画書は、IRUD の全ての関係者間で理念を共有し、認識を共通化することを目的に作成するものである。
2. IRUD の背景及び推進に当たっての原則
2-1. IRUD の背景
我が国においては、1972 年に難病対策要綱が制定されて以降、40 年以上にわたる難病研究・支援の歴史がある。2015 年には、難病の患者に対する医療等に関する法律及び改正児童福祉法が施行され、指定難病、小児慢性特定疾病として、医療費助成が法定化されるとともに対象疾患が大幅に拡大された。新規に指定された疾患の多くは遺伝性疾患である。
近年、遺伝子配列解析技術の革新が進み、次世代シーケンサー(NGS:Next Generation Sequencer)と呼ばれる機器の開発により、以前より安価かつ網羅的に遺伝子を解析することが可能となった。約9,100 存在すると推定されている単一遺伝子疾患のうち、3,000 余りは原因遺伝子が確定しておらず、これらの研究の進展へのNGS の貢献は非常に大きいと期待されている。
海外では、このNGS を利用して、未診断疾患患者の遺伝子解析を進め、診断を目指すプロジェクトが一定の成果を上げつつある。これらプロジェクトとしては、米国のUDP (Undiagnosed Diseases Program) とそれを引き継いだUDN (Undiagnosed Diseases Network)、カナダのFORGE (Finding of Rare Disease Genes)、英国のGenomics EnglandやDDD (Deciphering Developmental Disorders) 等が挙げられる。
これら未診断疾患患者には、これまで報告がなされていない新規の疾患だけでなく、報告はなされていても患者数が少なく診断が困難な希少疾患等も含まれている。希少疾患では、その患者数の少なさから研究が進まず、発症メカニズムや診断方法が確立されていないことが多く、発症から診断に至るまで数年を要することも少なくない。希少・未診断疾患患者の診断には、希少疾患を専門とする複数の医師による臨床的検討やエクソーム解析・全ゲノム解析といった網羅的な遺伝学的解析が有効であることが海外のプロジェクトで示されている。
また、特に新規疾患の診断には、類似症状を有する複数の症例を関連付けて検討を行う必要があるため、これまでは十分に共有されてこなかった、各々の臨床医が個別に保持する患者等の臨床情報と遺伝学的情報を積極的に共有し、全国レベルで照合できる体制を構築することが求められる。さらに、非常に希少な疾患については、国際的に情報共有する仕組みの構築も必要である。
2-2. IRUD 推進に当たっての基本原則
IRUD は、個別領域の研究にとどまらず、日本全国の、多様な症状を有し得る希少・未診断疾患患者の診断をめざす体制の構築を通じて、解析結果をかかりつけ医を介して患者に返還することに加え、患者・家族を支援する環境整備に資するものである。公平かつ安定的な制度の確立等を目指す世界にも類を見ない我が国独自の難病対策と連携した取り組みであることから、IRUD の関係者は以下の基本原則を共有する。
2-2-1. 希少・難治性疾患分野での保健医療行政との連携を図る。
IRUD では未診断疾患患者に対する診断体制を構築するにあたって、厚生労働省が進めている難病に対する医療提供体制の整備の方向性を注視し、研究事業終了後も体制が継続可能となるように進める。また、自治体の難病対策との連携を図る。
2-2-2. 多臓器にわたる疾患・遺伝子異常が疑われる疾患等、多様な疾患に対応可能な体制を確保する。
全国各地域で自律的に機能するシステム構築を目指す。未診断疾患では、多臓器系統にわたる症状を呈することが多いため、複数の診療科等が協力して診断にあたることが求められる。臨床遺伝専門医、遺伝カウンセラー等の専門的人材も必要である。各地域でこれらの専門的人材の確保と連携関係を構築するとともに、人材が確保できない場合には、全国的な支援も検討する(情報通信技術の利用も考慮する)。
2-2-3. 地域の医療連携を意識した研究を推進する。
地域のかかりつけ医や医療機関との連携を意識して研究を進める。具体的には、定期的なIRUD に関する説明会や勉強会の開催、対象患者を紹介したかかりつけ医への情報提供、検討会等への参加促進、診断後の診療支援等を行う。また地域の医師会との連携を図り、IRUD への参画を促す。
2-2-4. Microattribution を意識した研究を推進する。
IRUD を進めるにあたっては、患者、家族、かかりつけ医や大学病院等の医師、看護師、研究者、遺伝カウンセラー等の診療スタッフや研究支援者等、研究に参加する全ての関係者の協力が必要不可欠であり、その貢献を重視し、敬意を払う。
IRUD に参加した患者に対しては診断や研究成果のフィードバックによりその貢献に応える。研究成果の公表等にあたっては、遺伝子解析を行った研究者のみならず、対象患者を紹介したかかりつけ医や診断に関与した専門家等の貢献を反映させる。
2-2-5. 既存研究と連携し、新規疾患概念の確立等、希少・未診断疾患研究を継続していく。
IRUD は、新規疾患原因遺伝子の同定や新規疾患概念の確定にとどまらず、IRUD 以外の研究班等との連携を通じて、疾患メカニズムの解明、革新的治療法の研究開発等につなげることを目指す。
2-2-6. データシェアリングを進める。
IRUD で対象となる疾患の多くは希少・未診断疾患であるため、研究を進める上でデータシェアリングが極めて重要な概念となる。個人情報の保護に配慮した上でデータシェアリングを実現化するには、同意手続きやデータの取扱規定等の共通化、国際連携も視野に入れた臨床情報・遺伝学的情報の共通言語化等が必要となる。まずは、IRUD 研究班内でのデータシェアリングを実現し、ついでIRUD 以外の関連する研究班とのデータシェアリングを進めていく。さらに、診断等の加速のため、国際連携に則ったデータシェアリングも推進する。
3. IRUD の目的(実施内容)
IRUD では、以下の3 つを目的として研究を実施する。
- ) 希少・未診断疾患の診断のための全国的な体制構築
- ) 国際連携可能なデータベースの構築ならびに積極的データシェアリング
- ) 希少・未診断疾患の研究開発推進
4. IRUD 実施体制(図1 参照)
IRUD は「IRUD 診断連携」、「IRUD データネットワーク」、「IRUD 解析コンソーシアム」によって構成される。また、IRUD 全体にかかわる運営方針等について検討・決定機能を担う「IRUD 推進会議」を設置する。以下にそれぞれの役割・実施業務等を記載する。
4-1. IRUD 推進会議およびIRUD コーディネーティングセンター
IRUD 推進会議は、IRUD 研究班のIRUD コーディネーティングセンター、IRUD 解析センター、IRUD 拠点病院、IRUD データセンター、IRUD 臨床専門分科会の責任者及びAMED担当者からなり、IRUD 全体にかかわる運営方針等について検討・決定を行う。IRUD 推進会議は定期開催のほか、必要により臨時に開催する。会議での決定事項はIRUD 診断連携、IRUD データネットワーク、IRUD 解析コンソーシアムの活動に反映させ、その活動状況はIRUD 推進会議にフィードバックされる。IRUD コーディネーティングセンターはIRUD 推進会議を運営し、IRUD 全体の連携・進捗を管理する。定期的にIRUD 拠点病院・高度協力病院・解析センターでの実績調査を行うとともに、中央倫理審査委員会(CEC)への対応等を行う。
4-2. IRUD 診断連携(図2 参照)
IRUD 診断連携では、地域医師会を含むIRUD 拠点病院を中心とした地域における医療機関の連携及び、全国的な連携を構築する。また、特定の疾患領域の専門家の全国的な連携体制を構築する(IRUD 臨床専門分科会)。
4-2-1. IRUD 拠点病院
IRUD 拠点病院は、公募により審査・採択されたIRUD 研究班の研究開発代表者もしくは分担者が所属する総合的な診断が可能な施設であり、病院設置者の同意を得てIRUD推進会議が認定する。具体的には複数の診療科を有する病院、国立高度専門医療研究センター等の医療機関とし、地域的な偏りのないように配慮し、全国に50 ヶ所程度をおく。各IRUD 拠点病院を中心にIRUD 診断委員会及びIRUD 拠点事務局を構成し、登録の判定、同意説明、試料取得、IRUD Exchange への被験者情報登録、患者のフォロー等を行う。
4-2-2. IRUD 高度協力病院
患者のアクセスを考慮して、IRUD 拠点病院に準じた機能を有する施設であり、IRUD高度協力病院候補施設からの申請、IRUD 解析センター又はIRUD コーディネーティングセンターからの推薦に基づき、IRUD 推進会議にて審査・認定を経て、IRUD コーディネーティングセンターから、申請したIRUD 高度協力病院並びに推薦したIRUD 解析センターに通知される。
IRUD 高度協力病院においては同意取得や検体採取を行い、またIRUD 診断委員会に相当する多診療科による診断委員会が構築され、臨床検討会の開催をIRUD 拠点病院に準じて行う。
4-2-3. IRUD 協力病院
IRUD 拠点病院に協力し未診断疾患疑い患者の事前検討の一部を担う施設であり、IRUD拠点病院からの推薦に基づき、IRUD 推進会議にて審査・認定する。
IRUD 協力病院においては、IRUD 拠点病院・IRUD 高度協力病院への未診断疾患疑い患者の紹介を行う。
ただし、IRUD 拠点病院・IRUD 高度協力病院に設置されたIRUD 診断委員会の委員が、IRUD 協力病院にて、同意取得や検体採取を行うことは可能である。
4-2-4. IRUD 診断委員会
IRUD 拠点病院及びIRUD 高度協力病院に設置され、IRUD 拠点病院における被験者情報の流れを管理するとともに、解析前検討会、解析後検討会を開催し診断の検討を行う。委員長を置き、その業務の取りまとめと推進を行う。委員会メンバーは、幅広い診療科の医師、臨床遺伝専門医等のほか、地域の医師会に所属する臨床医などから構成される。運営にあたる事務局担当者をおき、書類の受付や関係する医師や患者との連絡・日程調整、データの入力や管理等を行う。拠点病院において、ヒトの症状や表現型の網羅的・階層的な国際的標準化記載方法となっている Human phenotype ontology (HPO)のシステムに準拠した患者シートを作成し、IRUD Exchange に入力する。コーディネーティングセンターを経由して解析センターから解析結果が届いたら、事後検討会を開催して診断の確定等の判定を行い,その結果をIRUD Exchange に入力する。必要に応じて遺伝カウンセリング等患者のフォローを行う。
4-2-5. IRUD 臨床専門分科会
個々の疾患領域における、より専門性の高い検討を行うため、IRUD 診断委員会に所属する各疾患領域の専門家からなる全国レベルの疾患エキスパート集団の横断的な連携によるIRUD 臨床専門分科会を設立する。各ブロックのIRUD 診断委員会と臨床専門分科会の有機的連携による、専門分野の網羅性と地域の網羅性を共に達成する。
4-3. IRUD データネットワーク
IRUD Exchange を用いた、IRUD 研究グループメンバー内で情報共有を行う連携体制を IRUD データネットワークと呼ぶ。登録された情報を保存するサーバーをIRUD データセンターに設置する。
4-3-1. IRUD データセンター
IRUD データネットワークの中心として、IRUD データセンターをおく。IRUD データセンターは、IRUD 研究の中で、得られたデータを管理し共有するシステムとしてIRUD Exchange を構築する。IRUD Exchange には、IRUD 診断委員会、IRUD 解析センター等により、IRUD にエントリーされた患者について、国際基準の共通言語化された臨床情報等が登録される。
また、IRUD データセンターが構築するデータベースに関しては、データ登録と利用の公正性ならびに継続性を担保することを前提とする。これらのデータおよびデータの登録状況についてIRUD 推進会議に定期的に報告する。
4-3-2. IRUD データネットワークにおける情報の取扱
データシェアリングはIRUD の基本原則であり、情報の保護と有効な活用を図るために以下の点を充分考慮した体制整備を進める。
未診断疾患患者を診断する上で、研究者間の患者データの共有が極めて重要である。多くの未診断疾患患者のデータが共有・比較されることで、診断に至る可能性が高まる。IRUD では、被験者の診断確定等を目的として、改正個人情報保護法および関連規定に準拠し、以下に示す要約情報または要約情報と詳細情報を様々なデータベースに登録する。登録の際は、あらかじめ匿名化を行う。
要約情報 | 詳細情報 | |
臨床情報 | 国際基準の標準化・コード化された表現型(HPO) | カルテサマリーや画像等を含む臨床情報 |
遺伝学的解析結果 | 候補遺伝子名 確定遺伝子名 |
遺伝子情報 複数候補遺伝子の情報 (バリアントを含む) |
要約情報および詳細情報は、以下の2 種類のデータベースとそれらを活用した国際的な取り組みにより共有を行う。
- IRUD Exchange: IRUD Exchange には要約情報および詳細情報(画像データ含む)が登録される。IRUD Exchange では、被験者毎にデータの閲覧可能範囲を登録者が決定できる。IRUD 研究グループメンバー内でデータ共有ポリシーを定めた上で、閲覧可能範囲を決めて共有する(これをIRUD データネットワークとする)。また、AMED の難治性疾患実用化研究事業、厚生労働省の難治性疾患克服研究事業、およびそれらの後継事業の研究班とも共有する。
- 病的バリアントデータベース: 病的バリアントが明確になり、確定診断のついた症例については、臨床ゲノム情報統合データベース等の病的バリアントデータベースに登録する。
- 海外の類似希少・未診断症例照会システム: International Rare Diseases Research Consortium (IRDiRC)およびGlobal Alliance for Genomics and Health (GA4GH)の2020 年5 月15 日時点でのデータシェアリングポリシー要件を満たすプラットフォームを用いて、国内外の類似症例を照らし合わせる照会システムにおいて要約情報を共有し、登録されたデータは非制限公開される。
これによって、希少・未診断疾患患者に関する研究開発に貢献する。さらに、研究成果について適宜学会、論文等でも公表する。
4-4. IRUD 解析コンソーシアム
IRUD 解析コンソーシアムは、IRUD 解析センターによって構成される。IRUD 診断委員会が必要と判断した遺伝学的検査等の解析が各IRUD 解析センターで効率的に実施されるように連携する。解析方針についてはIRUD 推進会議とIRUD 解析コンソーシアムが連携して決定する。
4-4-1. IRUD 解析センター
IRUD 診断委員会で必要とされた症例について、次世代シークエンサーを用いて遺伝子配列等の遺伝学的解析を行うもので、全国で数カ所設置する。
5. IRUD における未診断疾患の診断体制の構築と具体的な運用方法
5-1. 概要
IRUD 診断連携、IRUD 解析コンソーシアムならびにIRUD データネットワークが連携し、オールジャパンの診断体制整備を進める。
5-2. 体制構築
2018 年度に組織されたIRUD 拠点病院およびIRUD 診断委員会をベースとし体制整備を進める。本邦における未診断疾患の現状の把握、未診断疾患に対する医療機関間の連携を含む診断スキームの構築、未診断患者とかかりつけ医への本研究の周知と得られた診断情報の提供、臨床情報・遺伝学的情報・診断結果等を含むデータベースと管理運営体制の構築を推進する。これらの活動により、新規疾患原因遺伝子の発見、未診断患者に対する必要な鑑別診断や新規疾患概念の確立とともに、治療薬シーズの創出にも貢献することが期待される。また、他の難病研究と緊密に連携すると共に、諸外国の稀少疾患や未診断疾患の研究とも国際協力を進める。
5-3. IRUD における未診断疾患診断フローチャート
5-3-1. かかりつけ医等からの患者コンサルト
かかりつけ医等の医師が、臨床的な症状・所見を有しながら通常の医療の中で診断に至ることが困難な患者(未診断疾患患者)をIRUD へ紹介しようとする場合には、ポータルサイト、パンフレット等の情報から、近隣など適切なIRUD 拠点病院の診断委員会へコンサルトシート(患者識別情報を含まない)を送付することにより患者コンサルトを行う。IRUD で対象とする患者の基準(紹介基準)は、原則として以下のとおりとする。
以下の1 または2 を満たし、6 ヶ月以上にわたって持続し(乳幼児は除く*)、生活に支障のある症状があり、診断がついていない状態。
*乳幼児の場合は6 ヶ月以上にわたって持続していない場合でも対象となる(生後6ヶ月未満でも対象となりうる)。
- 2 つ以上の臓器にまたがり、一元的に説明できない他覚的所見を有すること。
- なんらかの遺伝子異常が疑われる病状であること(血縁者、兄弟に同じような病状を認められる場合を含む。)
5-3-2 登録前検討・IRUD エントリー
IRUD 診断委員会は、コンサルトシートの内容を検討し、必要に応じてかかりつけ医に対し情報収集を行い必要な検査を助言する。またIRUD 拠点病院における外来・入院での保険診療内での診察・検査を追加する場合もある。必要に応じて染色体分析や遺伝子パネル解析などのゲノム解析も追加する。極めて遠方からの受診を要するなど特別な場合には、研究費から交通費等の一部が支出される場合がある。
これらの情報をもとに、コンサルトシートに臨床情報・診察内容・検査結果を追記してIRUD 患者シートを作成する。この時に、担当の解析センターとエントリーの妥当性について協議し確認を得ておく。IRUD 患者シートに基づき登録前検討を行いIRUD へのエントリーの可否について判断する。登録前検討会には、必ずしも診断委員会のすべてのメンバーが出席する必要はなく、症例ごとに適切なメンバーを選定することが可能である。また、診断委員会に属さない担当医や、当初コンサルトを行ったかかりつけ医等が出席する場合もある。
登録前検討会での検討を経て、特定の疾患領域においてさらに詳細な検討が必要と考えられた場合には、診断委員会はIRUD 臨床専門分科会への追加検討依頼を行う。臨床専門分科会は専門的な検討を行い、その検討内容をIRUD 患者シートに追記し、IRUD 診断委員会へフィードバックする。
IRUD へのエントリーが適切ではないと判断された場合には、かかりつけ医等紹介元医師に対し、その旨を理由を含めて連絡し、必要に応じて以後の対応について助言する。また、提出された検査結果をもとに再度判断することもある。特定の疾患が疑われる場合には、難治性疾患実用化研究事業および難治性疾患政策研究事業で採択されている研究班(難病研究班)の対象疾患リスト情報等をもとにして、患者に説明のうえ他施設への紹介を行う。
IRUD へのエントリーが決定した場合には、臨床情報をIRUD Exchange に登録する。
5-3-3. 同意取得・検体提出
IRUD へのエントリー対象とされた場合、担当医は文書によるインフォームドコンセント(IC)を取得する(理解不十分な患者については適切な代諾者による同意。小児については保護者等代諾者による同意取得に加え、インフォームドアセントがなされる場合もある)。遺伝子解析研究についての患者・家族の不安や疑問に対応し判断を支援するため、患者・家族の求めに応じ、IRUD 拠点病院等において遺伝カウンセリングを実施する。
IC 取得後、血液等の試料の採取を行い、患者シートとともに専任業者に提出する。専任業者においてゲノムDNA 抽出・リンパ芽球作製が行われ、DNA の一部が解析センターに、DNA の残りとリンパ芽球はリソースセンター(当面はコーディネーティングセンター)に送付される。小児例等で採血量が非常に少ない場合、リンパ芽球作製は行わずDNA抽出のみを行うことがある。
唾液や生検・剖検組織など血液以外の試料の場合や、既に抽出済みのDNA があって再採血が難しい場合には、試料が拠点病院から患者シートとともに解析センターに直接送付される場合がある。
5-3-4. IRUD 解析センターにおける「解析」および「解釈」
IRUD 解析センターは、遺伝学的検査(エクソーム解析等)が必要とされ、かつIC が得られていることが確認された症例について、患者試料から抽出されたDNA をもとに、NGS を用いて、VCF データ(NGS を用いて解析された遺伝子変異データのフォーマットであるVariant Call Format)等の遺伝子配列情報を得る(この遺伝子配列情報を得るプロセスを「解析」と呼ぶ)。さらに、この遺伝学的情報と臨床情報(IRUD Exchange、IRUD 患者シート等)等をもとに、依頼元のIRUD 診断委員会と連携し、疾患原因遺伝子変異を同定するための検討を行う(この疾患原因遺伝子変異を同定するプロセスを「解釈」と呼ぶ)。以上の解析・解釈結果(疾患原因遺伝子変異含む)をIRUD 患者シート等を通じて中央事務局に報告し、そこからIRUD 診断委員会とデータセンターに連絡される。解析センターとIRUD 診断委員会は必要に応じて解析結果について協議を行う。
世界的には毎年多くの新規遺伝子変異が見出されている。このため1~3 年程度後の再解析も、診断確定に有用である。
5-3-5. IRUD 診断委員会による診断とその後
IRUD 解析センターからの報告を受けて、IRUD 診断委員会は解析後検討会を開催する。解析後検討会には、必ずしも診断委員会のすべてのメンバーが出席する必要はなく、症例ごとに適切なメンバーを選定することが可能である。IRUD 患者シートに追記、NGS 解析・解釈の結果と臨床情報等を併せて、総合的な診断を検討する。確定された診断については、IRUD 拠点病院の担当医へフィードバックし、その担当医から患者へ診断結果の説明を行い、必要に応じて遺伝カウンセリングを行う。かかりつけ医に対しても担当医から情報の提供を行い、必要に応じて以後の対応について助言する。
病原性変異の候補が複数存在した場合や、新規疾患原因遺伝子変異が疑われた場合、遺伝子変異が見出されない等、確定診断に至らなかった場合には、IRUD Exchange 等を通じたデータシェアリングを行う。原因遺伝子の候補が1つに絞り込まれたが、1家系のみであり原因遺伝子の確定に至らない家系は、N-of-1 家系と呼ばれる。2 家系以上で同一の遺伝子変異及び臨床症状が確認される場合等、新規の疾患あるいは新規の遺伝子変異として同定される可能性がある。
候補遺伝子の絞り込みのために、関連プロジェクトであるIRUD Beyond のBeyond Genotyping にて、モデル生物を用いた遺伝子変異候補の機能解析を行うことができる[モデル生物コーディネーティングネットワーク(J-RDMM)]。
診断が確定されなかった症例については、一定期間経過した段階で、IRUD 拠点病院等の担当医が患者への説明を行う。かかりつけ医に対しても担当医から情報の提供を行い、必要に応じて以後の対応について助言する。
診断が確定した患者も、確定し得なかった患者についても遺伝カウンセリング等を含めた長期フォローアップは極めて重要であり、かかりつけ医による診療の支援を含め、IRUD 拠点病院ごとに体制構築を行う。
IRUD 診断体制の成果・パフォーマンスについてはIRUD 推進会議が、IRUD 診断委員会・データセンター・IRUD 解析センターからの定期的な報告等により把握し、IRUD 拠点病院の評価や将来の医療行政実装等に向けての重要な参考情報とする。
6. 臨床情報と遺伝学的情報のデータベース構築と具体的な運用
IRUD Exchange 等のデータベースを利用して、HPO 等標準化された臨床情報と解析された多型を含めた遺伝子変異情報を登録・集積・共有する。IRUD Exchange に登録された情報は、IRUD 拠点病院、IRUD 解析センター等が段階的に共有範囲を拡大し、類似の症状や遺伝子変異が認められる症例の有無を確認するとともに、診断確定のため定期的に外部データベースとの照合を行う。IRUD データセンターが中心となり、構築されたデータベースの運用を行い、データおよびデータの登録状況についてIRUD 推進会議に報告する。
診断が確定された症例については、臨床情報と遺伝学的情報を中央事務局を介してIRUD データセンターのデータベース等へ登録し、将来の診断、研究開発に活用する。このデータはIRUD 内外に公開し共有を進めるとともに、既存難病研究班とも積極的に連携する。
6-1.試料の保管・利活用について
採取試料は、原則として IRUD リソースセンター(当面はIRUD コーディネーティングセンター)、IRUD 解析センターにおいて保管する。IRUD 拠点病院・高度協力病院においても保管する場合がある。蓄積されたリソースは、利活用委員会の審査を経て申請者に提供される。将来的にAMED が指定する公的バンクに移管する可能性がある。
7. IRUD 成果の活用ヘ向けた活動
IRUD の研究成果としてはまず新規疾患原因遺伝子変異の同定や症例報告・診断の推進があげられる。
さらに研究を発展させるため、IRUD 拠点病院、IRUD データセンター、IRUD 解析センターからIRUD 推進会議への定期的な成果報告、IRUD Exchange への登録だけでなく、班会議等も活用してデータシェアリングを進める。これらIRUD 研究班全体で共有される臨床情報・遺伝学的情報等は新たな研究提案等につながるものであり、積極的な研究創出・推進のため活用する。
「N of 1」症例の確定診断には、IRUD 研究班内外でのデータシェアリングにより、類似の症状や遺伝子変異を持つ症例を継続的に照合することが重要である。診断が確定した場合には、関連する研究班へ積極的に情報提供し、新規疾患概念の確立、疾患メカニズムの解明、治療法の研究開発等の推進に寄与する。IRUD Beyond のBeyond Diagnosis において、IRUD で得られた成果を元にした創薬研究を推進する。iPS細胞プロジェクトとの連携も推奨される。
このような研究活動を通じて、単一遺伝子疾患、希少疾患だけでなく、Common Diseases(一般的疾患・頻度が高い疾患)を含むより広い範囲の疾患について、臨床症状と遺伝子変異との複雑に絡み合った関連性の検証を進めていく。
IRUD の研究成果については、研究班において権利化を検討し必要な出願を行う。原則として診断法等の出願は、治療法のある疾患やコンパニオン診断薬としての開発可能性があるものを除き、諸経費及び事業性とのバランスを考慮して実施する。治療薬や治療法開発につながると想定されるもの(物質・用途等)については積極的な出願を行う。また、権利活用へ向けて企業との連携等も検討する。
学会・論文等での発表に際してはmicroattribution の理念のもとに、IRUD 診断委員会のメンバー、IRUD 解析センターの研究者・研究支援者だけでなく、IRUD へのコンサルトを行ったかかりつけ医、IRUD 拠点病院・協力病院の医師、看護師、遺伝カウンセラー等の診療スタッフ等、研究に参加する全ての関係者の寄与を考慮した対応を行う。
8. スケジュール・マイルストン
第2 期IRUD ではとくに以下に述べるような課題について研究期間内に計画的にその解決を図り、IRUD をさらに発展させる。
- )IRUD 拠点病院・高度協力病院がなく、カバーが不十分と思われる地域への対応
- )上記とも関連するが、遠隔地への対応
- )臨床遺伝医、遺伝カウンセラー、ゲノムバイオインフォマティシャン(ゲノムデータサイエンテイスト)などのゲノム関連人材の育成
- )WES 後も未診断に留まる症例への対応
- )国内外でのデータシェアリングの推進
- )バイオリソースの整備と活用
9.期待される成果
IRUD 診断連携の構築により、全国で未診断疾患患者が適切な医療機関にアクセスできるようになり、希少・未診断疾患の診断が行われるようになる。その結果、未診断のまま取り残される患者数の減少、医療費の削減、ならびに、IRUD 拠点病院・高度協力病院の関連する医師・医療関係者の診断技術の向上や増加が期待できる。
患者の臨床情報や遺伝学的情報に関して国際的に共通のフォーマットによるデータベースを構築することにより、IRUD 研究班内だけでなく国内外のデータベースとの情報共有も進めることが可能となり、新規疾患が疑われた症例と同一の遺伝子変異を有する別症例の照合が行われ、「N of 1 症例」の解決につながる可能性が高まる。
また、IRUD Beyond や関連する難病研究班等と連携し、同定された新規疾患原因遺伝子の機能や発症メカニズム解析を進めることにより、当該希少疾患に対する治療薬・診断法等の開発が期待できることに加え、病態解明の結果としてCommon Diseases に対する治療薬探索等の可能性も開ける。IRUD の診断体制は他の診断が困難な疾患での診断にも展開可能な先駆的モデルになると考えられる。
IRUD の研究成果を論文や学会での発表に加えて一般向けにも公表することで、IRUDならびに希少・難治性疾患、ゲノム医療に関する認知度が高まり、医療関係者及び患者・家族等からのさらなる協力が得られ、新たな未診断疾患患者の診断確定ならびに新規疾患の同定につながることが期待できる。
別添1. IRUD 診断委員会構成メンバー
【臨床専門分科会 診療分野担当】
- 疾患等領域
- 小児科(一般)
- 先天代謝異常
- 先天異常
- 産科
- 神経・筋疾患
- 呼吸器疾患
- 循環器疾患
- 消化器疾患
- 腎・泌尿器疾患
- 内分泌代謝疾患
- 血液疾患
- アレルギー・リウマチ疾患
- 免疫不全疾患、感染症
- 骨疾患
- 皮膚疾患
- 眼科
- 耳鼻科
- 歯科
- 精神科
- 臨床遺伝
- 地域医療(医師会)
その他
【事務担当】
- コーディネーター(データ、スケジュール等)
- 遺伝情報解析担当
- その他
【遺伝専門分野担当】
- 臨床遺伝専門領域(解析センターから報告されたバリアント情報の候補と臨床情報を合わせて診断を絞り込むプロセスを担当する方を想定)
- 遺伝情報担当(解析結果を自施設で解釈する場合に、担当する方を想定)
【事務局】
- データコーディネーター(IRUD Exchange への入力、IRUD 患者シート等の記録情報の管理を担当する方を想定)
- スケジュールコーディネーター(IRUD 拠点病院でのスケジュール等管理を担当する方を想定)
- その他