ビジネス全般

カネミ油症に関する研究事業(令和4年度厚生労働科学研究)

1.研究事業の目的・目標

【背景】

昭和 43 年に、カネミ倉庫社製のライスオイル中に混入したポリ塩化ビフェニル(PCB)や、ダイオキシン類の一種であるポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)等を原因として発生した健康被害(食中毒)であるカネミ油症について、平成 24 年に成立した「カネミ油症患者に関する施策の総合的な推進に関する法律」では、基本理念の一つとして「カネミ油症に関する専門的、学際的又は総合的な研究を推進することによりカネミ油症の診断、治療等に係る技術の向上を図るとともに、その成果を普及し、活用し、及び発展させること」とされ、また「国は、カネミ油症の診断基準の科学的知見に基づく見直し並びに診断、治療等に関する調査及び研究が促進され、及びその成果が活用されるよう必要な施策を講ずるものとする。」とされ、これを踏まえた研究を実施する。

なお、ダイオキシン類の慢性影響についての大規模な検証(疫学調査)は世界的にも例がなく、平成 27 年以降に英文雑誌に報告した油症・芳香族炭化水素受容体(Arylhydrocarbon Receptor)(以下、「AhR」という。)関連論文 30 編の引用回数は 247 回にのぼる(Google Scholar)。令和2年3月現在の Expertscape では世界第 2 位にランクさせている。

また、血液中のごく微量なダイオキシン類を精確かつ再現性を持って分析しており、将来的にダイオキシン類の毒性を緩和する治療法につながる等、カネミ油症患者のみに限定されない、幅広い有益な知見が得られることが期待できる。

【事業目標】

カネミ油症の診断、治療等にかかる技術の向上を図るとともに、その成果を普及し、活用し、発展させる。

【研究のスコープ】

  • カネミ油症患者の健康実態調査や検診結果を集積した患者データベースの構築及びそのデータを解析する等の調査研究
  • 本研究の成果である、AhR を介したダイオキシン類曝露による健康影響のメカニズムの解明結果を活用した、カネミ油症患者の臨床症状の緩和のための漢方薬等を用いた臨床研究
  • 世界的にも稀な PCB や PCDF の摂食による健康被害の長期的影響や継世代影響の実証型研究

【期待されるアウトプット】

  • ダイオキシン類による炎症による酸化ストレスを軽減する薬剤について研究を行い、最終的にカネミ油症患者に対する治療薬としての活用を開始する基盤整備を行う。3年以内に3件以上の候補化合物を同定する。現在のところ、候補化合物メトホルミン・黄連解毒湯が候補化合物として同定されている。

【期待されるアウトカム】

カネミ油症患者への支援の充実が期待できる。またヒトに対するダイオキシン類汚染への対処法を幅広く普及できる。また、ダイオキシン類のみならず様々な要因によって生じる酸化ストレス自体を軽減する手法を確立し、幅広い疾患に対する治療法の確立に貢献する。

特に

  • 新たな治療法・対処法等の発見やこの普及促進を図ることにより、患者のQOLを改善する。
  • 科学的知見に基づく診断基準のより一層の精緻化を図る。

2.これまでの研究成果の概要

【油症患者の支援と治療研究】

全国油症一斉検診の検体分析に関連し、分析カラムによる血中の PCB・ダイオキシン類の測定精度を検証し、精度・感度が高度であることを確認したことを踏まえ、令和元年度では至適条件についてさらに検討を行った結果、測定に要する時間を 15 分短縮することに成功した。また、検診データを中心として、アンケート調査等の情報を適宜更新し、死因調査の基盤整備を実施し、分析に必要な死亡情報の収集を進めている。また、油症患者の生活の質の向上に資する各種セミナーや油症に関する診療連携の検討と実践を行った。

油症患者の 50 年間の追跡調査を実施し、死亡リスクを検証した。平成 30 年度より死因調査の基盤作りに取り掛かり、令和 2 年度に死因調査の結果をまとめ、論文報告した。その結果、一般の人と比較すると、男性の油症患者では、全がん(SMR: 1.22, 95% CI: 1.02-1.45)、肺がん(SMR: 1.59, 95% CI: 1.12-2.19)の死亡リスクが高かった。また、女性の油症患者では、肝がん(SMR: 2.05, 95% CI: 1.02-3.67)の死亡リスクが高いことが明らかとなった。

【疫学研究・基礎的研究】

ダイオキシン類の生体内動体・次世代健康影響に関する研究

  • 令和 2 年度分担研究「油症患者におけるダイオキシン類の濃度変化」では、体脂肪による補正を行い、ダイオキシン類の濃度変化を検討したが、従来の報告と同様にダイオキシン類の半減期が約 10 年の群と平均寿命よりも長い群があることが確認された。

ダイオキシン類の免疫調節機構への影響(毒性)の解明

  • 令和 2 年度分担研究「油症患者における免疫機能の検討」では、油症患者では Th2 細胞の割合が増加傾向にあることが認められた。

ダイオキシン類の中枢神経・末梢神経系への影響(毒性)の解明

  • 令和2年度分担研究「ダイオキシン類による神経障害の機構」では桂枝茯苓丸の有効成分である桂皮を実験動物に投与し、ベンゾピレンによる神経障害が緩和される可能性が示されつつある。
  • 令和元年度分担研究「安静時機能的MRIによる脳機能的ネットワーク相互作用の研究」では、カネミ油症患者での自覚的な異常感覚が海馬を中心とした脳機能的ネットワーク障害に起因している可能性を検討するため、まずはコントロールとして健常高齢者に安静時機能的 MRI を実施し、前頭葉ネットワークと default mode Network が機能的に分離していることを明らかにした。
  • 平成 29 年度分担研究「長崎県油症認定患者におけるセマフォリン 3A(※)の検討」では、油症患者においてセマフォリン 3A が健常人に較べて有意に高いことが明らかとなった。引き続き、血中 PCB 濃度との相関があるかを検討している。
    ※セマフォリン 3A は表皮神経系の発達に関わるタンパクである。
  • 平成 30 年度分担研究「ダイオキシン類により高濃度曝露された油症患者における不眠:全国横断調査報告」では、油症患者における不眠の有症状率が高く、総毒性等量(toxic equivalent quantity:TEQ)のレベルが不眠と関連していることが明らかとなった。この傾向は、健常人でも同様に認められ、ダイオキシン類は一般住民の不眠にも関与している可能性が示唆された。

ダイオキシン類の毒性を緩和する治療法の確立

  • 令和2年度分担研究「芳香族炭化水素受容体の制御機構」では、ダイオキシン類によって活性化された AhR が炎症を起こすメカニズムにおいて、活性酸素の産生による酸化ストレスが重要な働きをすることが明らかとなった。このメカニズムを抑制する薬剤として、糖尿病治療薬であるメトホルミン、漢方薬である黄連解毒湯にその可能性があることを報告した。
  • 平成 30 年度分担研究「ダイオキシン類で亢進する接着異常とオートファジーに関する研究」及び「オートファジーによる酸化ストレスの調節機構」では、ダイオキシン類の受容体である AhR が、オートファジーの誘導に関与することが明らかとなった。また、糖尿病治療薬であるメトホルミンが AhR を介してオートファジーを誘導することが明らかとなった。令和元年度でも継続して検討を実施し、ダイオキシン類による酸化ストレスをメトホルミンが抑制する機構が明らかとなった。

3.令和4年度に継続課題として優先的に推進するもの

食品を介したダイオキシン類等の人体への影響の把握とその治療法の開発等に関する研究油症認定患者の次世代の健康状態を調査し、次世代の自覚症状やかかりやすい病気の傾向等を解析することにより、次世代へのダイオキシン類の影響を明らかにする必要がある。

4.令和4年度に新規研究課題として優先的に推進するもの

なし

5.令和4年度の研究課題(継続及び新規)に期待される研究成果の政策等への活用又は実用化に向けた取組

  • ダイオキシンによる生物学的毒性の解明と防御法の確立
  • カネミ油症の症状を緩和する可能性のある、新たな化合物の候補の同定、AhR を介した免疫反応の制御等の基礎的な機序の実証、エビデンスに基づく治療法の確立
  • 研究成果の患者への公表及び説明を通じた、治療や生活指導への活用
  • 検診結果の解析結果に基づく検診項目等の精緻化
  • 新たに得られた科学的知見に基づく診断基準のさらなる精緻化の検討
  • 関係自治体から得られた情報に基づく死因調査に資するデータベースの構築

参照

令和4年度厚生労働科学研究の概要

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